2008年 03月
馬総統決定かぁ。 台湾とチベット
【3月23日 AFP】台湾総統選から一夜明けた23日、地滑り的勝利を収めた国民党(Kuomintang、KMT)の馬英九(Ma Ying-jeou)次期総統は、中国と「互いに否定することのない」合意を望むと述べ、平和と繁栄の1世紀を見据えた中国との関係の土台作りを明言した。
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(c)AFP/Kevin McElderry
「台湾の選挙にチベットは関係ないでしょう。影響あるのですか?」
基本的に台湾住民は対大陸との関係がポイントでしょうね。
経済・軍事が一番の関心でしょう。
ですが、現在、台湾での宗教票はバカにならないと考えます。
日本でも宗教関係の票は公明党と創価学会だけでなく、
どこかの宗教団体の支持があることで、かなりの票ですね。
台湾では、静かな宗教ブームのため、チベット仏教の信者さんがかなり多いのです。
施主としてリンポチェを招聘し、灌頂や説法会などを行ったり、
お金持ちが支援している、またそれによって世界中から外国人チベット仏教の信者さんが、台湾訪問しているようです。日本人も大勢訪問しているみたいです。
(ほかにも現地の新興宗教や法輪功も流行っているカンジですね)
馬さんは、名前でムスリムと勘違いされていたことがあって、
ダライ・ラマ法王との謁見など仏教徒であることをアピールしています。
「なるほど、ざっと計算しても、100万票単位の票田になりますね」
「台湾では、蒙蔵委員会がありましたよね」
今でも、蒙蔵同盟の実務はありますね。
台湾在住のチベット人・モンゴル人もいますから。
(中華民国5族共存は、どの程度、現在でも言われているのかは不明ですけれど)
「そういえば、台湾の人たちはチベットが台湾が大陸に吸収されてしまったら、
チベットみたいになると考えている人が多いとか」
そうですね。かつて返還前の香港人たちによるチベット旅行がブームだったことがあります。 彼らはチベットに返還後の自分たちの生活を想像する、近くの異国情緒を楽しむ。
また返還後中国と仕事することができれば、チベットを観光地として商売ができるか、資源を使って工場が作れるかなどの下見も兼ねていたようです。思いのほか、英語が通じるけれど、儲かる観光地とはみなさなかったようです。そういった人たちは、現在、カナダやオーストラリアに移住してしまったのですから、チベットに行って、大陸のどこかを失望してしまったのかもしれませんね。
今の台湾では、大陸に吸収されることよりも、大陸といかに対等に商売をするか、
・・・ですよね。
親しい関係でありつつも、対等で敵対しないという態度を出しているのですから、
投票者は、わかりやすい自分たちの立場を説明したアピールだったと考えたのでしょう。
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登録日:2008年 03月 23日 19:00:11
テレビできこえてきたチベット語から テレビ朝日
1988年12月に帰国して、テレビでチベット人にラサ戒厳令について街のおばちゃんにインタビューさてれいた様子に笑った。
質問は、「戒厳令についてどう思いますか」
答え「そんなこと、外(人前)で話せないよ」
おばちゃんの答えの訳の字幕は「なんでもないです」となっていた。
今回、テレビで各地の騒動を報道され、毎日チベット語が聞こえてくる。
誤訳もあきらかに意図的に違う訳もついている。ヤラセもわかる。
でも、ただひたすら懐かしい。
さきほどテレビ朝日から聞こえてきたチベット語もそうだった。
ラサの大家さんに向けてのインタビュー。
「漢人の商店の近くで集まって歩いていると、
危ないからね」
しかし、字幕では「漢人の」という文字が入っていなかった。
ここで状況が少しわかった。推測・分析してみよう。
搾取している漢人の商店がターゲットになっているのだということ。
またそれらの商店を守るために大勢で歩いているだけで、暴徒の可能性ありとみなして、
発砲するかもしれない人民解放軍や公安がいるということ。チベット人を「暴徒」とみなしている人たちがいるのだ。
どんどん街中に商店やビルができ、最初は漢人はラサホテル周辺の地域だったのが、
観光化がすすみ、鉄道ができ、
もともとチベット人の居住区域から追い出された(ラサ市民の弁では「家が古くなってきたから立て直して静かなところに引越ししたんだ」とのことだが)
儲かる場所は漢人経営の商店・レストランになってきて、地元民は搾取されている様子になっている。大抵はチベットに商売に来ているだけの人たちで、市民でない一時滞在的な資格しかない漢人住民もいるはずだ。当然、ご近所ルールなど無視しているだろう。
仏教に対しても、儲かるタネくらいにしか思っていない人も多いだろう。
急激な観光化にともなって、日常的な怒りが蓄積され、信仰を荒らされ、
何が起きてもおかしくない。
リンク
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2364540/2737082
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登録日:2008年 03月 23日 17:34:23
チベットの政治家が大切なものは何??
【3月11日 AFP】中国外務省は11日、チベット自治区の中心都市ラサ(Lhasa)で警察当局が僧侶らによるデモを鎮圧し、数人を拘束したことを明らかにした。
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(c)AFP/Dan Martin
デモではなく、写真について。
民族衣装、なにか恥ずかしい感じがする。
中国の少数民族の代表ですよぉぉってカンジ。
色彩が下品になってきていると、こぼすチベット人が多い。
少しずつ漢民族好みになっている。
それとアクセサリーというかお守りのカウーがないから不自然。
1987年、モンラム大祭のとき、全人代があって、パンチェン・ラマも参加。
テレビの向こうで北京でニコニコしていた姿は、チベット人の怒りとやるせなさだった。
当時の幹部は、チベット人から見た裏切り者と利用されやすい人たち。
特に仏教徒ではない、とか、貴族に帰属した仕事をしていた階層。
今の幹部。どんな人たちなのだろう。
・・・調べてみよう。
[未完]
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登録日:2008年 03月 23日 17:16:12
1988年チベットと現在と
【3月11日 AFP】中国外務省は11日、チベット自治区の中心都市ラサ(Lhasa)で警察当局が僧侶らによるデモを鎮圧し、数人を拘束したことを明らかにした。
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(c)AFP/Dan Martin
http://www.rfa.org/english/news/2008/02/22/tibet_clash/
あさひこむhttp://www.asahi.com/international/update/0225/TKY200802250419.html?ref=rss
突然、テレビでチベット報道があった。
ふと思い出した。
1987年3月。私はラサのモンラム大祭の現場にいた。
人、人、人、人、人。いろんな人たち。あちこちの地方からラサにいっぱい。
すごく盛り上がって、装飾も伝統的で、みんなが祈りをささげていた。
どちらかというと静か系のチベットのお祭りで、こんなに動的なのかと感動した。
その翌年、今から、19年前、1988年にラサで暴動があった。
その当時のきっかけは、モンラム大祭だった。
折角再開されたお祭りが暴動で中止され、現在に至っている。
1987年の様子を考えれば、起きてもおかしくない雰囲気だった。
1988年の戒厳令の真っ最中、関係なくラサをふらふらしていた。
検問は厳しかったけれど、問題なく過ごせた。6月にはインドに出ていた。
さて、今回、なんでラサでこうなったのか。
以下、推測だが、モンラム大祭だろう。祭りというカタチでなく、
僧院で読まれる経典は伝統的な年中行事の通りだったのだろう。
そして、日常的な二級市民扱いさてれいる差別や漢民族地域からきた人々による搾取や伝統否定の政策や態度が怒りをかっているのだから、爆発しちゃったんだろうと思う。
スタートは組織的ではなかったのだろうと思う。
本当は、2月から各地に飛び火していたのだろうが、
1ヵ月遅れてラサにまわってきたんで、外国にも伝わってしまったんだろうと思う。
テレビ番組でラサのお坊さんが「外でみんなで中国人への怒りを叫んでいたら、暴力的にとめられた」と言っていた。デモなのか、ご近所迷惑を受けたチベット人がキレたのか、本当の規模とかもわからないので、なんともいえない。
1988年のことは、1995年にチベットに行ったとき、チベット人の友人が写真を私に託そうとした。彼は、これらの写真を新聞社に持ち込んで世界に発表したら、チベットもあなたも有名になるよ、と、言ったが、(当時の)日本の報道は自主規制が厳しくて、相手にされることがない、中国と仲良しだから、と断った。
それらの写真は、人民解放軍が小学生より小さい男の子のこめかみに銃口を当てているシーンや、後ろ手にしばられた市民と思われる若者(顔つきはラサ人だった)を数名捕らえているシーンや市民に電気ムチを打っているシーンだった。電気ムチは、私も当てられた経験があったので、全身凍ってしまいそうになった。
インターネットが発達した現在、報道機関なしで公表できる時代になった。
毎日、テレビやPCでチベット語が聞こえてくる。
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登録日:2008年 03月 23日 16:10:55
- プロフィール
- 坪野和子
- (女)
- 坪野和子音楽社会人類学研究所アメブロ別館
- 坪野和子音楽社会人類学研究所フォト日記
- 大学・専門学校の非常勤講師。得意分野は主にチベット文化圏と若者文化音楽です。
若い頃、インド・ネパール・チベット・中国を縦横断しました。
若者文化音楽は現代のみでなく、旧制高等学校・女学校も含めて研究中。
また個人的に旧満州国の音楽とそれに関わった作曲家にも興味。
チベット関係単著書
『チベットで深呼吸』(凱風社)
『旅のチベット語会話』(CPC出版)
若者文化コラム
『戦後ニッポン不良音楽の系譜』「氣志團特集」(宝島社)
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