メタボ? 雑感
『花鎮めの祭り』も過ぎた。
桜の花の散る頃、桜を稲に見立ててこの花の散るのを抑えようという祭りといわれるが、言葉だけで、現存しているとはいえない。ただ花見の源という伝えはある。
ヒラホラと風情ある散り方なら惜しみもしようが、突風と雨でひっぺがえすように持ち去られると、「あらら?」と、様の変わりようにびっくりし、もう葉桜かと簡単に諦めてしまう。葉の散りようにもなにかを感じようと文句を付けて「風流だねぇ」 は、やはり日本人の感性なのだろうか。竜巻混じりの突風を「春一番」といわれると、なんとなくのんびりしてしまうが、被害者はそうは言っていられない。季節感の表現は世界一である。
なに?99センチ?腹周りが1メートル近いときたか。これほどとは思わなかった。
先日、市の健康診断へ行って来た。毎年恒例で、血液から始まって、レントゲン、眼圧、検尿、心電図など一通りあるが、その中に身体測定があり、結果が体重75キロ、腹囲99センチだったのだ。1年前より15キロ増えている。腹の周りなんぞ計ったことがないので分からないが、仕事を辞め、ついでにタバコもやめて1年余ー体を動かす機会が減り、歩くにも不自由な足の状態とあっては、運動もままならない。その結果、食事で管理するわけだが、量は減らしてもべらぼうなダイエット効果を得られるはずがなく、栄養バランスの難しさは素人には無理である。
更に久しぶりに風邪を引いた。
セキがひどくなってきたので「どっこらしょ」と病院へ行くことにした。カミさんは、あれだけ「行け行け」とせっついたのに、いまさら何故自分から行こうとしているのか不思議らしい。なんのことはない。1週間前からの検査予約日だからで、このことは言わず、殊勝そのものの態度で「おまえを安心させるために仕方ねぇけど行くことにする」なんて、ウルウル眼で訴えたものだ。
セキの音や出方が今までと違う。頻度は増すし、声も出なくなった。初めてのことだ。これが面白い。以前会社の総務に、風邪を引くと口をパクパクする人がいた。どうしてなのか訊いても要領を得ない。遅まきながら経験することになった。
普通にしゃべる音程以下は出ない。意識したかなり高い音だとなんとか通じるが、オカマさんのようでお勧めできない。最も良いのは、口を耳元に寄せてささやくことだ。
しかしこれは、サラリーマンにとって業務とはいえ勇気のいることで、毛の生え伸びた課長の耳に「今日のプレゼン、予定通りでいいでしょうか」と言ったとしよう。課長もつられて耳たぶを掴みながら「よろしく頼む」と、かすれ声で答える。かなり静かになるだろうなあ。
そんなことを思いながら診察を受け、薬をもらってきた。たかが風邪だが、4種類もある。その医者から電話があって、血液検査でおかしな数値を見つけたと言う。検査前に激しい運動をしたかと訊かれたが「いいえ」と答えると、3日後にまた検査に来て欲しいと言われた。運動ではないが、かなり激しい咳で、その影響か否かを調べるらしい。それよりもやはり内臓脂肪症候群の方が気にかかる。デブの神が居たら、日毎夜毎生け贄を捧げて呪ってやろう。そうすると怒りだして「もう太らせてあげない!」てなことで、痩せるかも知れない。
容疑者は寮の韓国人学生 ノート残す 米大学の銃乱射|米国|国際|Sankei WEB
DATE:2007/04/18 05:03
URL:http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070417/usa070417010.htm
1人で32人を射殺という、コロンバインを上回る事件である。犯人のバッグには銃の領収書があったという。
マイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」は、1999年4月20日に発生したコロンバイン高校銃乱射事件をメインに、銃社会アメリカの現実を他国と比較し、いかに「銃」に毒されているかを描いている。今までの様々な記事や映像でおおよその見当はついていたが、これほどのめり込んでいる人々の姿は初めて見る。
1年ほど前に書いた文章があった。
『「自分の身の安全は自分で守る」という謳い文句は聞き飽きていたが、まるでお題目のように老若男女一様に唱える不気味さはなんともいえない。清教徒に始まった米国大陸侵略(開拓とは言いたくない)は銃によって成され、ネイティブを残酷・未開と決めつけてほぼ抹殺し、黒人奴隷を自分たちの利益のみのために輸入し酷使し、教育も与えず、無知な犯罪者として位置づけて、今では被害を与える対象として身を守るために銃を持つ。法で保障された権利を行使しているだけとも言い、幼い頃からおもちゃ同様に扱い、人を殺傷するモノという意識はほとんど見られない。銃規制に奔走する人もいるが、少なくとも共和党の政権である限りは法の改正はあり得ないだろう。
コロンバイン犠牲者の慰霊集会の時は、同じ時期のすぐ近くで全米ライフル協会の集会が開かれ、6才の子が6才の女の子を拳銃で撃ち殺した事件の集会でも同じ日の近辺でも同じ行動を起こした。そのことに関して、ムーアは会長にまつり上げられている俳優のチャールストン・ヘストンを取材している。上記の集会の件を訊ねられるとヘストンは「アメリカの血塗られた歴史」や「権利」を言うばかりで、犠牲者の心を逆なでした集会については「偶然」と答えて逃げ出した。ヘストンは、演説では銃を振り上げて「銃は手放すな!」と吠え、 自分がモーゼ(映画「十戒」で演じた)か、西部劇の男のなかの男になりきっているのではあるまいか。銃を撒き散らすことで巨富を得ている団体のお先棒。あくまでも銃で化粧しなければならないとは情けない人間だ。』
おそらく、今回もなにも変わりはしないだろう。ただ、議会で有利になった民主党がどう出るかを見てみたい。Mr.Hondaのような暇人は自国のこういうことをこそ、命運を賭けて取り上げるべきである。
学校に金属探知器を設置して校内に持ち込めないようにしているーこれが異常ではないという感覚になりつつある。次から次へ優れた性能の武器をつくりだし、それに対する防御システムを編み出し、更にそれを越える武器を手にして・・・という矛と盾の論理を飽きもせず繰り返している。
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登録日:2007年 04月 18日 05:43:02
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