はだかまつり②

キューピッドは「わいせつ」? 表紙に使用した書籍が出版禁止に

【7月20日 AFP】香港の検閲当局が、ローマ神話に登場するキューピッド(Cupid)の絵柄が印刷された書籍の表紙を「わいせつ」と判断し、出版禁止を決定。だが再検討の結果、決定を取り消した。同書は国内のブックフェアに出展されていた。(c)AFP/Samantha Sin

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下記の裸祭りのポスターと連動して・・・私が思い出した中国で出版禁止になった本の表紙絵がコレ。

味わい深い対比に感じられるのは私だけでしょうか?

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登録日:2008年 01月 20日 05:28:53

はだかまつり

岩手伝統の裸祭りポスター 「きわどい」とJR東日本が拒否

【1月9日 AFP】千年の歴史がある「裸祭り」の伝統が、時代の変化の壁に阻まれた。
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(c)AFP

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お久しぶりです。
ながらく更新してませんでした、すみません!
諸事情により・・・こちらに手をつけていませんでしたが
ちょくちょく更新したいと思います。

先月、朝日新聞のインタビューを受けたのですが
そのとき、驚いたことにこのブログを褒めていただきました。

こういう、ニュースと連動させた?!コラムのようなものが
もっとあってもよいのかなぁと思った次第です。
だって、ニュースだけだと、毎日洪水みたいに流れてきて
どういう風につかみとったらいいか分からないですもんね。

流しそうめんに、大量のうどんやソバまで放り込まれたら
皆手当たり次第につかんで、何を食べてるのか分からなくなりそうです。


さて、このポスター。
この際、これがセクハラかどうかが、相当恣意的でもあるし個人差があることは
誰もが思うことでしょう。

私が面白いなぁと思ったのは・・・数ヶ月ほど前でしたでしょうか。
中国で、とある本の表紙の絵がワイセツだといって禁止されたことです。
表紙の絵は、18世紀末のフランソワ・ジェラールの描いた愛のキューピッドが恋人のプシュケの額にキスしているもの。
たしかに、彼らは裸体ですし・・・プシュケの衣装はスケスケ。
だけど、現代の西洋文明の人(日本人も含め)の多くが「美しい」でスルーしてきたような絵です。

善悪の問題でも、是非の問題として論じるつもりもなく
「あぁ、そういうことが問題になるんだ」という事実そのものを、心にとどめておこうと思った事件でした。

そういえば、19世紀イギリス、ヴィクトリア朝時代は、ワイセツに対して非常に厳格で・・・その、脚(leg)という単語がいやらしい連想をするから、四肢(limb)という単語を使ったとかいう話を聞いたことがありますが・・・かえって、意識しちゃってイヤらしい気分になりますが。ヴィクトリア朝時代なら、上の2つはどちらもNGだったろうなぁと思った次第です。



ちなみに、上記の3つの事柄に、相互関係はありません。
単なる私の連想です。

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登録日:2008年 01月 20日 05:13:55

うん、たぶん

これもアート? 仏でヨーロッパ現代美術フェア開催

【11月26日 AFP】仏東部ストラスブール(Strasbourg)では26日まで、ヨーロッパ現代美術フェア「St-art」が開かれている。作品の半数が、ほかのヨーロッパ諸国から出品された。(c)AFP

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アートなの?という疑問が湧いてしまうのは
きっと、アートってすごい技術を駆使した、多少高尚なものだろうという
漠然とした思いがあるから・・・かもしれないですね。

これは、自由って何?とか、人間とは?という問いかけと似ていて
本来アートというのは、時代や地域や年齢だとかによって
まったく違う定義を持っているものです。

民芸品はアートなのか?などという問いにも、柳宗悦のような人が「美しい!」と評価する運動をすれば、アートの枠の中で語られ始めます。それまで単なる日用品だとか道具だと思われていたものが、です。

同様に、縄文時代の土器などを「芸術だ!」と岡本太郎氏のような、現代で芸術家として功績を残している人が評価する運動をすれば、やはり美術の教科書に載るようになります。

これは、必ずしも権威ある人が認めたらアートだ、という事でもないんです。

誰が見ても美しいなぁ、すごいなぁ、感動するなぁ、と誰が評価しなくても、皆がいつの間にか認めてしまうようなアートもあるでしょう。日本だったら、京都や奈良のお寺や、そこに収められている彫刻などは、大抵の人にとって宗教的に大事だと思うのに加えて「芸術だなぁ」と感じるでしょう。

そして、また別のところでは、大金持ちの人が芸術家の人に発注して、自分のためのオリジナルなアートを作ってもらうこともあるでしょう。そういうのもアートと呼ばれます。

アートって何だろう?というとき、現代においては、特に一つの決まった答えはないといっていいかもしれません。
アートはメディアかもしれません、アートはコミュニケーション・ツールかもしれません、アートは純粋に美を追求するものかもしれません、アートは人の心に訴えるためにあるのかもしれません、いろんな枠があって、もう一つの括りにするのは、ちょっと難しいかもしれませんね!かえって、混乱してしまうかも。

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登録日:2007年 11月 29日 00:01:51

月のウサギ

メキシコが誇る国立人類学博物館、マヤ・アステカ文明の遺跡を展示中

【10月2日 AFP】メキシコの首都メキシコ市(Mexico city)にある世界有数の博物館、国立人類学博物館(National Museum of Anthropology and History)は、世界最大級のアメリカ先住民のアート・コレクションを所有する。同コレクションは24もの部屋にテーマごとに分類されている。(c)AFP

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アステカだったか、マヤだったか。
この辺りは関係もあったので、どちらでもいいような気もしますが

この地域でも、月に浮かぶ陰影が、ウサギに見えたそうですね。神様がウサギを月に投げつけた、というハナシが残っているそうです。日本人には、月の模様がウサギの餅つきに見える。

そして、太陽に関しては、中国の人は、太陽とカラスを関連つけていて・・・ギリシャの太陽神アポロンの眷属がカラスだったりします。何か、人って考えることが同じなのか?というネタ元になりそうですね。

きっと、カラスに関しては、太陽が暑そうで、焦げたとか、そういう発想じゃないかなぁと思います。

(アポロンのカラスは、女神ヘラのトリ孔雀とヒト悶着あって、声と色をダサくされた、というハナシが残っていますが、これは割と新しい時代の話なので、元を辿ったら、焦げじゃないかと思った次第です)

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登録日:2007年 10月 04日 21:47:50

肌の色

ツタンカーメンの肌の色は何色?

【9月26日 AFP】ツタンカーメン(Tutankhamun)王の肌の色は何色か――。
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(c)AFP

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ハワス氏は今、ときの人ですね!

センセーショナルな提言。
ステキです。
テーマは多少、タッチーですが。

肌の色については、長らくタブーなハナシじゃなかったかと思うんですが
これ、白人の人が言うと、アレだけど、エジプトの人が言うなら・・・ね?


さて、ツタンカーメン。今のアメリカ基準での黒人だったのか、そうじゃないのか・・・

より、地中海的?なんじゃないのかな。
というか地中海との貿易も活発だった地域だけに、早い段階で人種が混ざっていた可能性だってあるでしょうね。

厳密なハナシをしたら、黒人とちょっと肌が黒い人たちと、そのほかの黄色人種以外の肌が褐色系の人たちと、細かくわけたら全然違ってくるんだと思います。そういう中での、黒人かどうか、みたいな話でもあると思うんです。

中国人と日本人と韓国人と・・・二千年前にさかのぼったときに、厳密にチガイが出せるのか、というのも微妙なトピックですが、そういう感じかなぁ・・・と。ちょっと違うけど。

中国の人だって、中国の中でも、どこ出身か?というのが大事なようなのと、似てるような似てないような。

歴史を背にすると、民族の誇りが育ちます。自分たちの先祖にエライ人、偉い文化が増えるほど、なんとなく誇らしげなキモチになるものです。

いわば、取り合い?になったりもするのかもしれません。



いずれにしても、ツタンカーメンは出土品が華麗なので、話題にしたときにも、話題そのものに華がありますね。

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登録日:2007年 10月 01日 03:35:49

ナンノタメニ

今の子供がうらやましい? 学校の授業にゲーム機活用の動きが活発化

【9月21日 AFP】子供を勉強から遠ざける最大の理由として親から敵視されてきたコンピュータゲーム機を、学校の授業で活用する動きが全国で活発化しているという。
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勉強。

なんのためにするの?

子供から聞かれたらどう答えるべきだろう。
自分が子供のときにも同じ問いを、深く考えることもなく投げかけていたような気がします。

この問いは「なんのために生きるの?」「人はどうして生まれてくるの?」「人生って何?」「どうして恋をするの?」みたいな問いと同じジャンル。

答えを得ることが目的ではなくて、問いかけて、考えて、もがいていく過程そのものに何か意義があるのじゃないかと思える問いです。

勉強をする、という行為は、一般的には教科書を読んだり、先生に教わったりすること、となっています。だけど、本当にそんなものでしょうか?よく「勉強になった」という言い回しがありますが、これは授業や講演だけで使われるものではありません。人生勉強などという表現もあります。

例えば、私が今まで生きてきた時間の半分くらいは費やしてしまった美術の歴史とかだって、教科書だけで勉強できるものじゃありません。まして、先生からおそわるものでもありません。自分の五感や、悲しいことや、楽しいことや、辛いことや、嬉しいことや、そんな経験を全部ひっくるめて、キレイだとか美しいだとか大事だとか、そんなものに思いを馳せることができるわけです。

一問一答だったり、四角四面なモンダイのための勉強だったり、そういう味気ないものは人が生きていく意味を考えるのに役にたつとは思えません。子供が無意味で無味乾燥だと感じても、それは素直で、とても安心できる感想かもしれません。

でも、本当に自分の人生に向き合って勉強していくというのは、自分の人生ってナンだろう、どう生きるべきだろう、と真剣に悩みながら学び生きていくのは、とっても大変なことで。苦しいことで。大人にとっても、避けたいことだから、子供にもなかなか伝えられないような。「じゃぁ、オマエはどうなんだ」と小さい子供に言われたら、恥じるところが多い大人の方が多いかもしれません。でもそれが現実。それも現実。その上で、学ぶこと、勉強することは、自分の人生に華を添え、彩りを与え、意義を見つけるための手段だというのを伝えていけたらいいですね。

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登録日:2007年 09月 28日 00:57:02

一億総手先器用国ニッポン

「BMWアートカー・コレクション」、インド・ムンバイで開催中

【9月8日 AFP】インドのムンバイ(Mumbai)では、ドイツの高級車メーカーBMWによる「BMWアートカー・コレクション(BMW Art Car Collection)」が開催されている。
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「世界で最もフェラーリを見かける場所ってどこか知ってる?」

某所にて、スノッブな会話。「LAのロデオ・ドライブと・・・青山の骨董通りですって。」

まぁ、そうですの、おほほ。

車って絶対、100年後の美術の教科書には20世紀を代表するアートって言われる気がする。ものすごい数の人が「ただ走ればいい」と道具として切り捨てることが出来ない、何かそれ以上の感情を車に抱いてるんだもの。そういう魅力があるってことだもの。金も動いてるし。

以前も触れたかもしれませんが、日本人にとっての「アート」って・・・漠然とだけど「腕が良さが出てる」ってことだと思いませんか?車だとしたら、なんかスゴイ職人芸がどっかに施されてる、みたいな。

■正直な胸のうち

なんか上手だし。みたいな、マネできないし、みたいな何か「ウデ」があるように見えるものが、なんとなく上質なアートだなぁと本音では感じる。んで、ワケ分からない前衛っぽいのは心の中では「ホンマにスゴイんやろか?自分、騙されてるんとちゃうやろか?」と感じたり、感じなかったり・・・

コレは自然なリアクションだと思うんですよ。

やっぱり、絵だったら、デッサン力があるとか、より写実的な絵が描けるとか、そういうのじゃないと、ぶっちゃけ何がスゴイんだよ?とすばらしい、と認めるポイントが見つからない。

コレって、やっぱり日本が技術立国なのと関係あるのかも?!

■西洋vsジャパン・・・価値感の相違

ニッポン人代表、ワタシがまだ10代で、アメリカでどんな質問でも恥ずかしがらずに投げられた頃。ヴィジュアル・アーツ学の教授に質問をしました。
「先生、もしかして、日本人と欧米人は、美術を鑑賞する際にスゲェって思う観点が違うのでしょうか?」

グッド・クエスチョン。「そう、あなた達日本人はskillとかcraftsmanshipなど、技術の高さを一番に評価する。そして我々はコンセプトの新しさnoveltyが一番大事に感じる」とか、とか。

おおっ!それなら、納得。それなら、欧米人がもてはやすものが、私達にピンとこなくても納得。

しかも、西洋人、手先器用な人すくないし。日本人が異常に手先器用なんだよ。だから目が肥えてる、一般人でも、誰でも。

■四畳半のアート

私達日本人の作り上げてきた美術の歴史・・・それは、職人芸の歴史でもあります。いわゆる壮大な芸術というよりは(例外はあるよ!モチロン!)きめ細かな細工を施したり、繊細な表現の蒔絵だとか、絵巻物だったりとか。

そもそも、西洋の美術とは並行で語ること自体が不可能なんです。西洋美術の用語を使ったり、そういう方法論で語ろうとしたら、日本美術は「装飾性が高いが、深い思想などを表現することは第一義ではない」とかで括ってしまわざるをえない。そんな簡単に片付けられちゃたまらないって、ことで、もちろん最近ではもっと品のいいアプローチが試みられてます。

私達はちゃんと独自の文化を生み出してきたのだから、せっかっくだから、欧米の人たちに、「彼らなりの鑑賞法」もモチロン尊重しつつ「私達にとっての私たちの日本美術」を「彼らの文脈の言葉や表現」を使って説明できたら、一粒で二度美味しくなるでしょうね。

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登録日:2007年 09月 24日 02:51:37

ブツゾウをめぐる韓国と日本のチガイについての論考?!

韓国で1300年前の巨大仏像がほぼ無傷で発掘

【9月11日 AFP】(一部修正)韓国で1300年前に建造された巨大な仏像が、ほとんど無傷で発掘されたことが分かった。
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(c)AFP

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その前に・・小さく宣伝。
ワタクシごとではありますが、私、本が出ました!(20日だけどね)。
↓↓↓
掘れ掘れ読本
ユルいタイトルです。
2ページ見開き完結♪見所は・・・本の半分を占めるイラスト、なかでも世界のユルい土偶コレクションは我ながら見るたびに笑えます。
一応、20日に同時に買おう♪というプチ祭りやってるので、よろしかったらふるってご参加ください。

■韓国人仏教美術学者、再び登場

たびたび登場する韓国人の友人(オンナノコ)の仏教美術史学者。バングラディッシュでの一年のフィールド・ワークを終え、アメリカで踏ん張っている彼女。

彼女がたびたび私に尋ねるのが「どうして、日本の仏教彫刻は木造なんだろう?」

私が知るわけもありません。なんてったって、仏像ったら木だろう、たまに金属(奈良の大仏とか)くらいのイメージしかありませんでした。でも彼女が言うには「でもね、韓国では仏像といったら”石”なのよ。」

私はまだ、韓国の仏像が石仏が中心なのかどうか、自分では確かめていません。が、極東仏教美術でイーファ大で修士を取得、日本の名古屋大学にも留学していた、その上、アメリカの最も権威あるインド仏教美術学者について博士号取得予定者になった彼女が仏教美術について言うことは、基本的に鵜呑みにします。

■この問いかけの意味は?

「え?韓国は石仏なの?日本にもたまにあるけどね羅漢とか。」

「ねぇ、日本にも石くらいあるでしょう・・・?どうして石仏が主流にならなかったのかなぁ?」

このやり取り、一体何が重要なのかと思うかもしれません。

私たちは一応、美術史で方法論なんかも(私はウロ覚えですが)知っているので、ハっとなるのです。

まとめて箇条書きにしましょう。

1.仏教美術は鮮半島から日本にやってきた。(5世紀頃?)
2.仏教美術を作れる職人も朝鮮半島から日本にやってきた。
3.朝鮮半島では仏教美術は石仏が基本。

■「形は素材に依存する」

ここで・・・重要な事柄が。
「形は素材に依存する」という美術の歴史の基本事項があるんです。

古い時代・・・堅い石を算出する地域では、四角ばったデザインになりがち。(例:エジプト、花崗岩や玄武岩など)柔らかい石を産出する地域では、ゆるいデザインが可能。(例:メソポタミアの石灰岩、ギリシャの大理石)

ようは、素材によって、作りやすいものを作るのが、人間の自然の行動だろう、というような常識的なところです。

だから・・・石で仏像を作る技術と、木で仏像を作る技術って全然違うん筈なんです。
道具も違うだろうし、力の加減も違うだろうし。石なら簡単なデザインが、木では難しいこともあるだろうし。逆に、木であれば簡単なデザインが、石で再現しようとすると至難の業だったり。(*注1)

回りくどいことになりましたが
「石で作ってのと同じようなもんを、木で作るのはそれなりに工夫したり、いろいろあったはず」

つまり、彼女の疑問は「だって日本にも石があるんだから、同じような仏像を作りたかったら、石で同じようなものを作るほうがはるかに簡単なのに、なぜワザワザ木造にシフトしたのか?」

ということなんですね。

■私の答え?

うーん。まだ分からないけど、「日本のほうが木材が豊富だからじゃない?」と適当に答えたら「朝鮮半島にも木は生えている」だった。「日本文化ってフェミニンだからじゃない?」といえば「鎌倉彫刻はフェミニンか?」たしかに・・・。

メンタリティのモンダイとか、美意識のモンダイとか、絡んでくると思うんですけどね。

これととても繋がってくるような気がするテーマで・・・次に機会があったら「その地域の自然環境・風土が、その地域の美術の造形に影響を与えるか?」というモンダイについて書きたいです。これはですね、イタリアの各地域の美術の比較でとても面白いことが見てくるんです。そういうのも知ると、アートが面白くなるかもしれないですね。


(注:1 これは、ギリシャのブロンズ彫刻のオリジナルを、ローマ時代に大理石で模倣したものが、多く重さを支えるためにヘンな接木を作ったりしているのでもわかります。

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登録日:2007年 09月 15日 03:55:59

トルコ風呂

【動画】蒸し暑い夏こそ? トルコ伝統の公衆浴場「ハマム」

【8月30日 AFP】イスタンブール(Istanbul)の蒸し暑い屋外、しかし蒸気に満ちた浴場は、マッサージ、垢すり、そしてトルコ伝統の公衆浴場「ハマム(hammam)」を求める汗だくの観光客を魅了し続けている。長い間、人々にとってストレス解消、解毒の役割を果たしてきたこの浴場は、温泉施設の起源ともされている。最も有名な「ハマム」の一つチェベルリタシュ(Cemberlitas)からレポートする。(c)AFP

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トルコ風呂、という単語を、深読みされずに使える時代になりました。

日本人にとってお風呂というと、ざぶんと湯船に浸かる、あのお風呂。

でも、どこの国でも同じというわけではなく。

中東の方では、蒸し風呂を楽しむようです。

■私が入ったトルコ風呂

中東に行ったとき、やっぱり、試さないと・・・と思い。
友人レイチェルとお風呂に。

まず・・・蒸し風呂。
石で出来た風呂場で気持ちよくサウナを楽しむ感じ。
そう、この写真のようなところ。

次。

オッサン登場。
オッサン、歯が相当抜け落ちていて、腰に申し訳程度の布を巻いていますが、明らかにはみ出しています。

彼は変質者ではなく、これから私の体を洗ってくれるのです。
これくらいずば抜けてオッサンだと、逆に恥ずかしくないです。
彼もまったく女性に興味なさそうです。

いいんです、カッコいい人だったら困ります。

なんかタワシ?みたいなのでごしごしと洗ってくれるのですが
まぁ、貴婦人の気分になってみれば、どってことありません。
水をざっぱんざっぱんかけられて、はい仕上がり。

体を拭いてもらって、バスローブを着て、甘い紅茶を頂きながら涼みました。


■ローマの風呂もそういえば・・・

確か、ローマの風呂も同じようなもんで、蒸し風呂みたいな感じ。
公共浴場を作るときは、一番日当たりがいい部屋をサウナ室にしていたそうです。
もちろん、技術を駆使して、床から暖める装置なども。

一番涼しい場所に水風呂を用意していたそうです。

風呂桶にどっぷり浸かれるのって、もしかして水?!が豊富だから?!とか
そういうことが関係あるのか、ないのか、あまり分かりませんが。


実は、下の方にアルフォンス・ミュシャに関することを書いたのですが、ナゼだか消えてしまいました。ショックのあまり、今のところショックだけを述べています↓

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登録日:2007年 08月 31日 23:47:13

死んだら上に行くのか、下に行くのか

ゾロアスター教の鳥葬、ハゲワシ減少で危機 - インド

【ムンバイ/インド 2日 AFP】ムンバイ(Mumbai)のDhun Bariaさん(65)が同市内のゾロアスター教徒の家2000軒に送付した冊子が激しい論争を引き起こしている。
≫続きを読む…
(c)AFP

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鳥葬という習慣は、日本人から見ると、びっくりするような埋葬?!法ですね。

■ナゼ鳥に食わせる?

衛生的だから、という理由がよく挙げられますが
火葬の習慣がある私達には「どうして焼かないの?どうして鳥?」と感じてしまいます。


■鳥葬と火葬

古代ペルシャにゾロアスター教というのがありまして(成立年代については論争中、紀元前6世紀頃と考える人も、紀元前1000年頃と考える人も)
鳥葬の習慣があるんですね(一般人が必ずやっていたかどうか分かりませんが、僧たちは確かに行っていたようです)。
このペルシャという地域ですが、インドの文化と非常に似ています。
どちらもインド=ヨーロッパ語族で、コーカサス地方から移動しながら途中で分化したと考えられます。
インドのヴェディック文化の流れでは火葬が生まれ、ペルシャのゾロアスター文化は鳥葬。
どちらも、土葬とは逆の発想ですよね。

■死んだら上?下?

大体むかしの文化での死者のイメージって薄暗い土の下の世界に行くもの、って感じだったそうです。日本なんかもそうですよね?黄泉の国。メソポタミアなんかもそうだけど。だから、まぁ、埋めちゃえ!ってなるんでしょうね。

エジプトはどうかというと・・・再生といいますが、それもダイブン時間が経っていつか、みたいなイメージみたいです。死んだ瞬間に、バーという魂は翼が生えていて、天に昇っていく、と考えられていたそう。

少し考えないといけないのが・・・大昔、空を自由に飛べるのは鳥だけでした。
飛行機なんてない時代。
死者の魂が天に昇っていきますように、と願うなら、鳥に託すという発想もまんざら残酷なものではないのです。確かに、火葬の方も、煙とともに天に立ち上っていくイメージと繋がりますよね。

■リユウを問う

こういうチガイの原因について、本当に正確なことなんてわかるわけがありません。
一つには、鳥への憧れ。一つには、ゾロアスター教は火を神聖視していたので、火で死体を焼くなんて、滅相もない!という発想があったからかもしれません。

ちなみに、ゾロアスター教はいまではインドのごく一部の信者しかのこっていないそうです。それがこの記事なんですね。

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登録日:2007年 08月 24日 11:21:52

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プロフィール
秋田麻早子
秋田麻早子
■プロフィール:
Art Historian たぶん美術史学者、ときどき考古学。
アメリカの僻地の大学・大学院では西洋美術史を専攻。
でも論文を書いたのはアケメネス朝ペルシャ。
・・・美術史という素材の調理方法の可能性を模索しすぎで
エントロピーの法則な日々。

美術史・考古学を軸に、幅広く文化史的なモノゴトとか
特に、アートや学問の世界の面白いとこをご紹介しちゃいましょう。

MA in Art History 2002, University of Texas at Austin
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