ヘブライ語と“まばたき”



オープニングに混じってきましたー!

なんといっても写真のまばたきの木はチビっこたちに大人気!
私は以前からこの作品の大ファンでした。
NHKのトップランナーでも紹介されたアーティスト鈴木さんの代表作の一つでもあるでしょう。

葉っぱの形をした紙の両面に開いた目と閉じた目が印刷されていて、それがヒラヒラ舞うとまるでマバタキをしているように見えるんです。つまり、パラパラ漫画の原理。

この葉っぱを中央の筒のスリットに入れると、空気でふわーーーーっと撒き散らしてくれて、それがまばたきする葉っぱが舞う木の枝と舞い落ちる木の葉に見えてくるんです。不思議な体験が楽しめるのですが、原理が単純なので安心です。

床に落ちた葉っぱを子供たちが必死で拾ってスリットに入れる姿は
『あぁ、アウトプットとインプットが明確なことに子供は参っっちまうんだな』と思わされます。

どこがデジタルなんだって?

葉っぱを筒に入れる。
筒に入れると吹き上げられると知ってる。
入れた葉っぱが吹き上げられる。
この単純なインプットとアウトプットの関係。
人と物とのインタラクション!デジタル技術の基本らしいです・・・

デジタルとかそういうことは分からないけれど
この作品がイスラエルで展示されたとき、まばたきはイスラエルの言葉でも目に関係した言葉だという話が出たとか。

早速ヘブライ語の先生に確認してみると
マバト、というらしいです、目のこと。
“まばたき”という言葉から意外にも日本人ユダヤ人説をとなえるトンデモに有利な情報が飛び出してきたという、楽しい作品なのでした!

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登録日:2009年 10月 19日 20:09:16

水浴びするディアナ


ピカソ云々よりも、この絵の元ネタはロココ時代の画家ブーシェの有名な
水浴びをするディアナ(ダイアナ、アルテミス)でしょう。

ポーズも青い布の位置もそのまま。
もちろんオリジナルの方がよっぽど可憐で可愛いですし
足だってちっちゃくってキュートです。
ブーシェの模写をした誰かの絵でしょう。
それか、ブーシェをもとにした二次創作?!っていうのでしょうか。

バロックの巨匠であるベラスケスのような画家を尊敬していたピカソが
その後の時代のロココ、美術史上ではあまり高い評価を得られない
スノッブな趣味といわれるロココの画家を好んで模写するかどうか
という嗜好の問題があるけれど、その前に出来そのものの問題がありますね。

興味がある人は、是非『ブーシェ・水浴び・ディアナ』で検索してみてください!
ソックリですから!
そしてどうぞ、オリジナルはとても愛らしいパステルカラーの絵ですから
お楽しみください。

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登録日:2009年 10月 19日 19:58:30

聖書


こういう話題について、是非とも書くべきだと思うのですが、まだ書く内容がまとまりません。
さて、どうぞお待ちください。
まとまってませんが、考えがないわけでもないし、時間がないだけです。


聖書、あまりに馴染みがない人には馴染みがないベストセラー。
ある意味、信じてなくても読むのはおススメな本です。
とにかく、素晴らしく面白い本であることに間違いはありません。

信じる?信じない?
それじゃ、エルキュール・ポワロと同じ思想でなくても、アガサ・クリスティの小説を楽しめますよね?同じことが、キリスト教を信じていなくても、聖書という素晴らしい文学を楽しむ根拠となります。私は本当に聖書は素晴らしい文学だと思います、信じていても、信じていなくても。

ちなみに、我が家の葬式は真言宗です。そして、とりたてて信心はありませんが、禅宗のお寺で座禅はやりますが、特定の宗派にこだわりは当然ありません。不思議なものです。

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登録日:2009年 10月 09日 01:53:48

フセイン亡き後

イラクのバビロン遺跡が米軍駐留で損壊、ユネスコが指摘

【7月13日 AFP】イラク中部にある古代遺跡バビロン(Babylon)が、イラク戦争後の米軍駐留の影響で損壊していることが明らかになった。
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(c)AFP

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イラク戦争の影響の一つに、かつてのメソポタミア文明の中心部分を擁しているイラクという国の文化財・遺跡の破壊が挙げられている。

そりゃぁ、戦争をしたんだから・・・無傷ってわけにはいかないのは、誰にも(納得いかなくても)当然の帰結だろうと思うと思います。

もう一つには、亡きフセイン元大統領がこのネブカドネザル(紀元前600年頃の王様)と自分を重ねたメディア戦略を行っていたという事があるでしょう。ネブカドネザルがつまり、この偉大な古代な王を、うまく利用して自分のイメージも偉大に見せようとしていたわけです。ネブカドネザルにまつわる遺跡を派手に修復したり宣伝したり、自分のポスターにも描いてみたり。ネブカドネザルにしてみれば、寝耳に水でしょうし、当時想像したかどうかも分かりませんが、利用されたのは事実。

よくも悪くも、ある意味フセインは保護者であったのは事実なので、そういう人物がいなくなれば、廃れてしまうのも時の流れなのかもしれません。

よくも悪くも、独裁者というのは、過去の英雄と自分を意図的に重ねてメディア戦略をします。ナポレオンも自分の肖像画にハンニバルだとかアレキサンダーだとか(確かこういう人だったと思う)の名前を並べて描かせています。ムッソリーニも初代ローマ皇帝アウグストゥスの墓の整備をやっているところを写真に撮らせたりしています。

しかし、そうすると、その独裁者がいなくなったとき、勝手に利用された元の過去の英雄も、多少とばっちりを食うのかもしれません。

ただ、とばっちりが、過剰になりすぎないことを祈ります。

また、遺跡としての価値に相当したはからいと処置が取られることを願うばかりです。

そこでさらに。そこに今、現在、暮らす人々の利益・公共の福祉との兼ね合いの中でバランスが取られるのが理想的だといえるのではないでしょうか?ただ、このバランスは、なかなか取りにくいもののようです。しがらみと、兼ね合いと、過去の記憶と、これからと、すべてをバランスを取っていくのは、簡単ではないかもしれません。冷静な状況判断と、理性に基づいた決断がもっとも必要なのではないでしょうか。

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登録日:2009年 08月 09日 19:49:48

自分の決断が与える影響の大きさ・・・

都内で「ラロックの聖母」除幕式

【7月20日 AFP】都内のフジテレビ本社で18日、レオナルド・ダビンチ(Leonardo da Vinci)が描いたとされる『ラロックの聖母(Madonna of Laroque)』の除幕式が行われた。式典には、現在この絵画を所有している団体の代表者3人、フランソワ・ルクレー(Francois Leclerc )氏、ギー・ファダ(Guy Fadat)氏、ジャック・プルースト(Jacques Proust)氏も参加した。(c)AFP

AFPBB News


この絵がダヴィンチのものかどうか、私には分かりません。

なんとなく・・・ダヴィンチにしては、人物の手の形あたりが怪しい気もするし、左の赤ちゃんの顔なんかがダヴィンチっぽくないんじゃないかなぁ・・と思いもしますし・・聖母のポーズも、あまりダヴィンチの特徴的な顔と体の向きのねじれもないような・・・洋服の襞も、あれくらいの名人のダヴィンチにしては・・・なんか・・・習作と比べても・・・いや、それくらいで決めちゃだめですが、限りなく、違うんじゃないかなぁ・・・という気持ちがありつつ・・・というか、これがダヴィンチだったら、ずいぶん他の作品もダヴィンチということになってしまうんじゃないかなぁと。。。

そもそも、レオナルドの絵は
(あ、ちょっと気取った言い方をしてみました・・・美術史の本では、ルネサンス三大画家はファーストネームで呼ぶのが慣わしみたいです)真贋が、少なくとも、当人の絵なのか、模写なのか、弟子の絵なのか、同時代の似た感じの絵なのか、論争がすごいものなんです。有名な『受胎告知』ですら、レオナルドが関わっているのは部分だろう、いや、部分によっては弟子だろう、とか・・・なんなら、有名な自画像だって、真贋が問われているくらいです。

■科学は鑑定の決め手になるのか?!

では、一体全体、どうやってダヴィンチなのか、ダヴィンチであるのかと、専門家は見分けるっていうのでしょう?きっと想像されるのは、科学的な分析・・・絵の具の成分分析だとか
炭素同位体だとか、X線だとか、そういうものですよね?

だけど、炭素同位体に「ダヴィンチ」ってサインされてるわけでもなし、同時代の作品かどうかはわかっても、ご本人の筆になるものかまでは、証明することはできない・・・たとえ、ダヴィンチのDNAでも分かってて、彼の細胞のかけらでも、見つかったとしても、それが「彼が描いた」証明になるわけでもないですよね。

ことほど左様に、絵の真贋って、科学でもサポートする限界があるってことです。
もちろん、裏づけとして強い証拠力があるのも確かではあるのですが。

■ルネサンス美術の悩みどころ、困ったダヴィンチさん

では・・・どうやって分かるのよ!って思いますよね?
結局は、どういう経路で現代に伝わったか、確かな筋かどうか、という点が一つ。
茶道具でいったら、箱書きみたいなものでしょうか。
また、絵の具の成分も重要ですよね。画家には絵の具の使用する傾向というか、クセもあるわけだから、それと似通っていれば決め手の一つになるかもしれない。
しかし、絵の具が量産される時代以前には、画家は自分で絵の具を練っていたわけだから作品ごとに少しづつ違ったりするかもしれない。
またまた、雰囲気というかスタイルなんかも重要です。ポーズや表情、その描き方です。
これはとても特徴があるもので、特に何気ないところに出るといわれてます。
ルネサンスの有名な画家なら、判別のための『耳集』まであります。耳みたいなパーツに、意外にも個性が出るから、判定に役立つということで、出自が確かな絵の中の耳ばかりを集めた照合表なんかがあるんですね。

さらに、事が難しくなるのは、ルネサンスの時代は「工房制」だったこと。
つまり、師匠が大体の指示を出して、お弟子が仕上げたりするのは、当然の時代なのです。日本でもそうですよね?工房制、例えば漫画家さんならアシスタントさんを雇っていますよね。背景とか、人物でも重要ではない部分(洋服の襞とか)はアシスタントさんが担当する場合もあるでしょう。顔と手などの重要なパーツの線入れを先生が担当して、スミ入れ(黒く塗ったりする)はお弟子さんの場合もあるでしょう。

だからといって、作品が誰のものかというと、漫画家さんのもの、ということになるでしょう。
しかし、完全にその一人が作ったとは言い切れないところもあります。

絵といえば、一人の人間が最初から最後まで仕上げる、というのは割りと近代の発想。
絵の具ひとつとったって、チューブに入ったのは大量生産が可能になった19世紀半ばのこと!だから、絵の具の準備や、絵の支持体(キャンバスとか、板とか)の準備だって、一人じゃないのです。そうしたら、師匠のもとにいるときは、師匠の絵なんです。

ダヴィンチだって、師匠のもとにいるときは、端っこの人物を描くのを担当したって、その絵は師匠の絵なんです。

ダヴィンチさんは更に、困ったことに、割と描き方に実験的なところがある。際立った特徴もあるんだけど、やはり実験的なこともする人だから「レオナルドはこんな絵を描いた例がない!」という事実だけで、ある作品を彼の作品ではない!と言い切ることが難しかったりもします。レオナルドさんなら、これくらい飛躍する可能性はあるかもな・・・と専門家もちょっと深読みしちゃうみたいです。

■線引きが難しい

さぁ、真贋って難しいでしょう?何をもって、真贋というのか・・・
ルネサンス時代なら、同じ工房だったら、きっと偽物っていうのは、大げさすぎるなって思いますよね。そして、制作された時代がレオナルドとは全く違ったら、偽物!と思ってしまうけど、もしかしたら、専門家が勘違いして勝手に他人の作品をレオナルドだと決めてかかったのかもしれない。

偽物にもいろいろあるし、ホンモノだと決めるにも、いろんな基準点?!というのがあるというわけで、なかなか決めるのは難しいのです。

そして、さらに判断を難しくするのは・・・レオナルドの作品であるか、ないか、というのが『値段』に大きく響くということです。つまり、人の欲に大きく絡む、ということですね。

ここで質問。

もし、あなたが専門家で、明らかに偽物を目の前にしていたとする。
だけど、それが偽物だと分かるのは、自分を含めて、ごく少数だとする。
それをホンモノだといえば、とても儲けになるとする。あなたならどうしますか?

また逆に。それがホンモノだと確信できたとする。
間違いないと思ったとする。
でも、物事に絶対はないという良識があなたにはあったとする。
万に一つくらいは、違っているかもしれないが、99%本物だと思ったとする。
しかも、それには大金が絡んでいると知っている。
あなたは、それをホンモノだと主張できますか?
万が一、それが偽物だと後に分かったときには、あなたの専門家としての見識に大きな傷がつきます。
さて、どうするでしょう?

美術の鑑定というのは、なかなか、名誉といろんなものを賭けたものだと思いませんか?

ある意味、今の裁判員制度に対する感覚に近くないでしょうか。
自分が下す決断が、自分が関わる決断が他人に及ぼす影響の大きさが、自分の判断そのものに影響を及ぼす場合もあるでしょう。

そういう事は、必ずしも司法の現場だけではなく、いろんな分野のさまざまな場面に起こりうるんじゃないでしょうか。美術なら、他愛ない、無害だ、と思うとしたら・・・それは、ちょっと、美術の世界を性善説で捉えすぎかもしれません。そうあって欲しい気持ちも沢山ありますが。

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登録日:2009年 08月 03日 22:24:10

同名異人はどれくらいいるんだろう?

デザイナーと監督、才能溢れる2人のフォンテーヌ

【10月22日 MODE PRESS】アン・フォンテーヌ(Anne Fontaine)は、クラシックな白いシャツを得意とするフランス人デザイナー。
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欧米人の場合、名前が同じケースってわりと多いみたいですね。ファーストネームのバリエーションが、日本ほど多くないものですし。

さて同名の異人か?!それとも同人か?!というのが、歴史上の人物を資料の上で特定する場合にも問題になるのです。なんせ当人が生きていないから、当人に確認できないのが痛いところです。

早雲が井原出身であるという、最近出てきた根拠とは。

早雲は、出家前の名前が伊勢新九郎。出身地については5つの説が。山城宇治説、山城荏原説、伊勢素浪人説、京都伊勢氏説、備中伊勢氏説。

備中伊勢氏は京都の伊勢氏とは親戚。備中には「伊勢新九郎盛時」という人が現在の井原市にある高越城主伊勢盛定の息子であったそう。さらに、この新九郎が後に京都に出て、申次衆というのに抜擢されたとも分かっているとか。

しかし、早雲が盛時(備中の伊勢新九郎の名)と名乗った証拠がなかった。関東で出てくる資料では、早雲は伊勢新九郎“長氏”または“氏茂”だったらしい。だから、その備中出身の新九郎さんは、同名の違う人だろうという風に言われていました。

そこへ。静岡で、早雲が“盛時”と名乗った資料が出てきたというのです。それを静岡大学の元教授大和田先生が発見されたところから、俄然、備中伊勢氏説が活気付いてきたわけです。こういう事は、日本史に疎い私には、どの程度の信憑性なのか、他の説との兼ね合いがどうなのか、全く分かりません。私の一個人の意見ですが、早雲みたいな人は、出自が分からないほどなんだか有り難い気がします。

さて、そろそろ法然上人800年祭?!岡山出身なので、岡山も便乗して何か活気付くと良いのですが・・

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登録日:2009年 06月 03日 21:31:27

荏原庄を行く~北条早雲(伊勢新九郎)はどこの馬の骨だったんだろう?

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実家がある岡山(政令指定都市になって、田んぼのど真ん中の我が家も"中区”に・・・)に帰省していたある朝。
相変わらず私は「そういえば、旅っていったら昔は徒歩だなぁ。馬に乗って移動っていつ頃からだろう」などと考えながらトーストを齧っていた。
すると父上が闇雲に「そういえば、北条早雲が備中岡山井原市出身説を押してる静岡大学の何やらいう先生がおるの知っとるか?」と始める。
これは聞き捨てならぬ。「なに?!」
父によると、早雲の出身地はいくつか説があるけど、その先生には信じるに足る根拠があるらしく、井原市の法泉寺からも資料が出ているらしいとのこと。その元静岡大学教授の大和田先生は、今のNHK大河の時代考証もやってる間違いない先生であって、そういう先生が、そうだろうというのだから、きっとそうなのだろう(笑)詳しいことは、後日また(早雲が名乗っていた名前の資料で裏づけするのが最近、駿河で出てきたのがきっかけなのです)。

ここで、井原市とはなんぞや?と思われる方が99%だと思う。井原市とは、かつての備中荏原庄。これでもピンと来る方はお目が高い!平家物語で大活躍した弓の名人、那須与一が功績を認められて拝領した土地の一つ。彼の菩提寺もここ井原市にある(墓を訪ねたときのナイスエピソードはまたいつか)。また、100歳すぎても大活躍した彫刻家平櫛田中(たなか、じゃないよ、でんちゅう、だよ)の出身地でもある。更に言ったら、江戸時代に庶民教育の場として水戸と萩のアレと並んで日本三大館の一つである興譲館があった地でもある(今は興譲館高校があるよ!)。

そんな、ちょっとした歴史ファンにとってグっと来る地、井原。そこが早雲の出身地だって?!それは、居ても立ってもいられない。
トーストも消化しきらぬうち、私は父上と母上とともに、井原に向かった。付け足せば、美味しい卵で知られる地でもある。

早雲が教育を受けたという法泉寺は、ナビにものっていない・・・微妙に道に迷いながら、すれ違う車もない山道をくねくねとのぼり、ついに法泉寺に!
この訪問は、まるで「街道を行く」のエピソードになりそうなもので、司馬さんだったらさぞかし面白い読み物にしてくださるだろうに、私の筆力ではこの日の不思議な魅力がどれほど伝わるか心配。
この法泉寺、鄙には稀な、とでも言うのでしょうか、とても立派な山門、石畳、本堂(っていうの?)。よっとこらしょとたどり着くと、堂内は広く、畳敷きでフスマというフスマが極彩色の花鳥風月に彩られている。なんてことだ、すごい豪勢なお寺さんじゃないか!そりゃ、早雲だっていたかもしれん!!そこで、人あたりがとっても良い住職が登場、まだお若い。一通り案内をしてくださったところ、フスマの絵はさる有名な画伯のものとのこと。こちらには無償で描かれたというが、相場はかなりの方で、あまり言うとアレだけど、相当お値のはるフスマ。一通り説明していただいたところ、これが旅(ショート・トリップ)の妙というものか、早雲ネタよりもむしろ、戦時中の兵庫県の摩耶小学校の疎開先としての法泉寺のエピソードの方が心惹かれるものだった。当時、すりこぎ棒を削る係りだった少年が、なんと大人になって名の知られた彫刻家になり、クラスメートが資金を提供し、当時の住職(29代)を彫って奉納しているという。住職によると、当時は畳ではなくムシロ。虫などで悩まされて、大変だったということだが、大人になってそうやって像を刻んで奉納しようと思うほどだから、よほど心に残る思い出もともにあったんだろうと思われた。それにしても、何がきっかけで才能が開花するか分からない。スリコギ棒も作らせてみるもんだ。それとも、才能がある人は、どんなキッカケでも昇華させるのだろうか?

ちょっと恥ずかしかったのが、住職に「ここに、トラの絵がありますね。裏に何が描かれているかご存知ですか?」

この手のことは、心得ているつもりだったが、何も浮かばなかった。住職が「一休さんに出てくるトラの絵の裏にも描かれているんですよ。」

それは、龍。竜虎というくらいで、龍とトラは対の生き物なのだ。だけど、龍は想像上の生き物なので、普段は見せないように、トラの面だけを表に出しているというわけ。あぁ、恥ずかしい。

住職がお勤めを始めるということで、お礼を述べ、ふらふらと歩き回り始めたところに、住職の母上とおぼしき女性が手招きくださる。父に聞くと「ダイコクサン」と呼ぶらしい。こちらのダイコクサンのお招きのまま、卓につくと、とても珍しそうな白黒写真を見せてくださった。「私もねぇ、先先代のお顔は拝見したことなかったんで、お持ちいただいたので初めてのことで」なんと大正時代のこの辺りの葬式の写真!住職がお勤めをしている、その檀家さんがその日、持っていらしたものだった。とんでもないお金持ちらしく、写真には立派なお屋敷、身なりの良い洋装の方々、その他大勢と28代のお姿。当時は住職は駕籠で移動していたらしく、それが映っている大変貴重なものなのでした。不思議なのが、女性たちが皆、まるでイスラム教徒のように顔まで白い装束で覆っていることだったが、その時はあまりそれが話題に上らなかった。写真の駕籠は現在、本堂の上に引っ掛けるように展示?!というか、無造作においてある。駕籠での移動は昭和の初期まで続いていたらしい。そのため、駕籠を置く石が堂内に配置されているのも確認できる。

「今日は少し暑いんで、ヨモギ茶をご用意しました」と冷たくて香りの良いお茶をついでくださり、非売品のレアな瓦センベイ(法泉寺と北条の紋である三つのウロコ模様のしるしあり!)をすすめていただいた。ありがたくポリポリと頂きながら、ちょっとハイカラな空気を漂わせるダイコクサンのよどみのないトークを拝聴。なんと、長崎のご出身で、寺とは全く関係ないお育ちとのこと!どうりで、ただようハイカラ感!

法泉寺のおせんべい、お土産にたんまり頂いた。「どうぞ、どうぞ、お持ちください!」。お暇をつげて離れていく私たちに、話はとまらず、それでも遠ざかる中もずっと朗らかに話しかけてくださって、本当にこういう鄙には稀なお寺さんには、鄙には稀な女性がいるものだ、と思ったものでした。

転がるようになめらかにお話になる女性で、娘さんたちの嫁ぎ先であるとか、お付き合いのもろもろなど、いつまでも聞いていたいお話の数々。あとで、私は失念したけれど、彼女の出身地は、わが母上によると「キリシタンで有名な町よ!」。さて、キリシタンの町で生まれ育ったモダンガールが、どのように荏原庄の古刹に嫁ぐことになったのだろう?!と経緯が知りたくなった。もう少し滞在していたら、きっと伺えたことだろうと思う。

早雲とその父の墓?!と言われるお墓を参ってかえる途上、住職が寺にまつわる資料を手渡してくださった。

帰途は興譲館跡に寄り、矢掛(大名行列が通った旧山陽道にある宿場町)を軽く歩いた。つくづく、この日あったことは、なんだかどこかで異次元に迷いこんだような気がした。あぁ、これって街道を行く、に出てくる人物に生で出遭ったらこんな感じなのかしらねぇ?って思うような体験だったんじゃないか?とその晩は家族で話したのでした。頂いたおせんべいが手元にあるので、あぁ、これは現実だったんだね、と思える、そんな体験だったのでした。

あ、写真は・・・携帯で撮ったので・・・ピンボケだけど許して・・・デジカメ・・・持ってないの・・・

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登録日:2009年 05月 24日 21:42:04

知覧にて

ニューヨークのイントレピッド博物館、改修工事のため休館 - 米国

【ニューヨーク/米国 7日 AFP】ジョージ・パタキ(George Pataki)ニューヨーク州知事は6日、同市にある米海軍空母イントレピッド(Intrepid)を利用した海上航空宇宙博物館が、今秋に一時閉館すると発表した。大規模な改修を行うためで、閉館機関は1年半~2年を予定している。空母イントレピッドは太平洋戦争で活躍し、日本の神風特攻隊の攻撃も受けている。写真は、空母イントレピッド。(c)AFP/ Timothy A. CLARY

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知覧に行った、と話すと、思いのほか多くの人が「特攻隊」を思い浮かべるようだ。実は私には何の先入観もなかった。むしろ、お目当てはエキゾチックな石垣で有名な武家屋敷街のほうだった。私の祖父は海軍に所属していて、つまり、特攻隊に出撃するギリギリに生き残った人であり、開聞岳を目印に飛行訓練も受けていたという話は馴染みのものだった筈だから、私の知覧へのピンボケ感覚は不思議に思われるかもしれない。しかし、陸軍にとっては最後に見るものであったが、祖父の場合は知覧のあとに台湾、そして山形などで訓練を受けたりして、祖父の話しを聞いていると、知覧が最後の地、というイメージが薄かったのだ。言い訳がましいけれど、特攻隊の関連の何がしかが鹿児島にあるとは、何百回も聞いていたが、それが知覧だとは特に覚えていなかったという体たらくだったのだ。もちろん、祖父は頻繁に訓練をともに受けた人たちと訪れている。私がぼんやり聞いていただけだと気づいたのは、かえってきてからのこと。それくらい、身近な人間にとっても、話の印象というのは滲んでいくものかもしれない。

ふと、この自分の無意識の無感覚に対して、違和感を覚えた。しかし同時に考えたのは、一体こういう無感覚に対して単純に自責の念に駆られるのは、妥当であろうか?という点だ。つまり、これらは安易な自責だの良心の呵責とも言える。そんなものは、所詮甘えた現代に生きる人間の、綺麗ごとを隠そうとする意識の働きではなかろうか?と。さらに言えば、この二、三行ほどそのものが、つまり屁理屈をこねている暇がある暇な現代人か?という堂々巡りのような思いが巡った。こういったことは、祖父の前では話題にすら出来ないでいるところからして、私自身、つまり、暇なんだな、という答えを導いた。思ったありのままが、すなわち、私の程度であると受け止める意外にない。要するに、私にはもう太平洋戦争は本当に遠いことで、想像もできず、不意に感傷的になるのは身内の話だから、ということだ。どこかで、理不尽な出来事への理想的な心構えなどというものが、それが何であるか検討も付かないのに、あると思っていると、このように屁理屈で自分の自然な反応を手なずけようとしてみたくなる。自分を「私は良識のある人間でございます」と無意識に証明しようとするような(誰に対してだ?!)心の働きだ。しかし、そんなものは、どこにもないと思えてくる。理想的な何かなどないとしたら、ではガイドラインをどこに引いていくか?その答えの一つは、戦争を超えて、それでも清く正しく美しく生きてきた人たちの心持にあるのかもしれない。何事が起きても、いわゆるブレない軸の強さを感じる。時に人によっては、それが戦争のおかげだと早合点する。そうだろうか?戦争がふるいにかけて落ちてきたものの素晴らしさが、戦争に原因を求められるだろうか?他のふるいでも良いのではないだろうか?結果だけを見ていると、安易に原因を求めたくなる衝動に駆られてしまうものだ。そして最もドラマチックなところに原因を求めてしまいがちだ。でも、原因も結果も、へったくれもない世界もそこらじゅうにあるってことを、忘れてはいけない気がする。説明がつかないことだらけでも、ダダをこねるわけにはいかない状況だらけで、それを踏ん張るのが大人ってものだと私は思っている。

さて知覧での話に戻る。
情けない話だが、記念館には入る勇気がなかった。私は長らく、あらゆる古物の類が収まっている施設という施設で気分が悪くなるという、非科学的な素質に悩まされている。博物館や美術館も、正直、一人ではいけない。古代美術専攻としては、致命的かもしれないと思いながら、今日に至っている。さて、少し話がそれました。私は外の供養等で手を合わせた。当時10代であった祖父が、生まれ育った地から遠くはなれ、厳しい訓練、先など待っていない訓練を、どのような気持ちで受けていたろうかと想像してみる。想像が出来ない。全速力で走る航空母艦の上に滑り込んでいく飛行機を操縦する気持ちはどうだろうか、と想像してみる。少し想像が出来る。歴史に興味を持っていると普段の私は言っている。多少なりとも持っていると思ってきた。年配の人の話を好んで聞く。実際、聞いてはいるだろう。だけど、想像もできない。消化もできていない。分かったふりもできない。分かったようなこともいえない。

思うに、うまく言えないけれど、理不尽なことだっただろう。価値観の転換が、いやおうなしに起きた。昨日までの本当が、今日から「はい、それは嘘でした」を、こちらの都合などお構いなしに変わっている。文句も言えない。見渡せば、皆がその理不尽に面している。自分だけではない、というのが慰めになどなるだろうか?

現代に生きる我々が、戦争のことを想像しろといっても、困難なのはしかたないはずだ。そんなもの、携帯電話がない時代の人に、携帯電話を使った生活を想像するのが難しいのと同じだ。出来るというのは、少なくとも私にはちょっと傲慢な気すらする。強いて言うなら、現代の日本人は理不尽に耐える力が弱まったとはいえないだろうか?戦争だけが理不尽ではないけれど、戦争ほど否応なしに迫ってくる、しかものべつまくなしに、人を選ばず迫ってくる理不尽はないかもしれない。他には、パンデミックや大規模な天災が挙げられるかもしれない。いずれにせよ、諦めなければならない事を諦め、諦めてはならないことを諦めずに生きることが求められる。

私たち都会の現代人は、諦めなければならないことを諦めず、諦めてはならないことを、簡単に諦めていないだろうか?それが甘えだといわれると、逆ギレしていないだろうか?そしてそれは非常に幼いと非難されてもしかたないのではないだろうか?

と、こんな事を思った知覧の旅。
忘れないで、知覧のお茶はバツグンに美味い!そして武家屋敷の生垣はワンダフル!さらに二つ家?!だったかな、非常に珍しい建築様式なんですよ。剪定の技術の独特な魅力も、お忘れなく~!といって今回は〆ます。

次は、北条早雲の生まれ育った地、という5つある伝説のうちの1つを辿った記録をお伝えいたします。

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登録日:2009年 05月 15日 15:22:36

ロムルスとレムス2

古代ローマ建国2762年祝う市民の仮装パレード

【4月20日 AFP】イタリア、ローマ(Roma)で19日、古代ローマの建国から2762年を祝う記念パレードやライトアップが行われた。伝説によると古代ローマは、ロムルス(Romulus)とレムス(Remus)という双子の兄弟によって紀元前753年4月21日に建国された。(c)AFP

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画像

下の記事の補足です。
これが、その牝狼。

さてさて、パロディはオリジナルをどの程度いじってると思いますか?

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登録日:2009年 04月 20日 22:30:49

ロムルスとレムス

ドイツ各地でクライマックスを迎えるカーニバル、経済危機を風刺する山車が続々

【2月24日 AFP】カーニバルシーズン中のドイツ各地では23日、クライマックスとなる「バラの月曜日」を迎え、百万人の観客が経済危機という暗雲を振り払うかのように熱狂した。
≫続きを読む…
(c)AFP

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女性首相を狼に仕立てて、その彼女が四つんばいで子供たちに乳をやる姿。このイメージの元ネタを知らなければ、何のことか分からない。ただ闇雲に下品な作品に映るかもしれない(元ネタに関係なく、その可能性も、あるにはある。)

◆メルケル首相のパロディの元ネタ~ローマ建国の英雄~

元ネタは、古代ローマのブロンズ像。それは古代ローマを建国したとされる英雄、双子のロムルスとレムスが、メスの狼に育てられたという伝説に基づいている。エトルリア時代と思われる古い狼の青銅像に、後から赤ちゃん姿のロムルスとレムスの像を付け足したもの。赤ちゃん二人に乳をやる狼の像として有名(世界史の教科書にも載っていた)。このメルケルの像は、それのパロディというわけ。

こういう元ネタというのは、知っている人にはすぐに分かるものだろうけど、知らない場合には、てんでよく分からないものになってしまう。

◆パロディが成立する条件~共通の予備知識~

知識がどこまで共有されているかと確かめるには、パロディを見せて意味が分かるかどうかみてみるといいかもしれない。分かる人は、自分と同じ前提の知識をもっているわけだ。ただし、どこでどのようにその知識を得たかまでは分からない。更にこれを広げると、同じ感覚かどうかは、同じお笑いを見て同じポイントで笑うかどうか、ということにも通じているといえるだろう。

「共通理解」とは共通の前提条件とでも言ったらいいか、共通の基盤と言ってもいいかもしれない。この言葉を使うのは簡単だけど、実際に共通の基盤を得るのは難しいとされる。例えば、「お笑い」というのは、大抵、何かの前提知識を必要としている。下ネタがおかしいのは、そういうことは口にするのが恥ずかしい、というのを皆が前提として持っているからだ。普段の生活で多用すると、顰蹙を買うという前提を共有しているから成り立つのだ。

だから、多くの人が笑う「笑い」というのは、多くの人が前提として共有する知識をアテにしないといけない。社会の階層が広がるほどに、多様性が広がるごとに、大勢で共有できるものが少なくなってくる。だから、多様性のある社会で、笑いというのが「下ネタ」に走ってしまうか「単純な動作」に走ってしまうのは、仕方ないのだ。そうでなければ、内輪ネタとか、身内ウケとか、そういうものになってしまうのだ。つい、笑いがとりたいあまり、苦し紛れに下ネタに走る人が多いのも、こういう理屈から理解できる。

写真のように、メルケル首相がローマ建国の英雄を育てたメス狼になぞらえられている、と分かるとそれなりに下ネタよりも少しは洗練された解釈もできてくる。しかし、分からなければ、なんだかとても下品な印象ばかり感じる。実際、造った人の意図も下品なだけかもしれないけれど。ドイツの人にとっては、この元ネタは一般的なものだろうか?日本人にとっては、そこまで一般的な素材ではないと思われる。

◆「お笑い」の好みを通して知る共通の知識の基盤

共通の基盤だと思っているものが、どこまで普遍的なのか?どこまで通じるものなのか?笑いとかパロディを軸にしてみてみると、割りと見えやすくなる。

どこまで人と共有できているか、確かめるには、まず自分が好きなお笑い芸人を述べてみるといい。おそらく、全部私も好きですわ!という方とは、共有するところが、いくらかあるのだと思われる。ただし、考え方が同じか、というのはまた別だ。あくまでも、前提として共有するものがある、というだけ。ついつい、共通の基盤があると、考えまで同じだと早合点してしまう。では同じ考え方かどうか知るには・・・この場合だと、○○だけは苦手、というのも共有しているか確認が必要なのだろう、きっと。まぁ、あまり批判的な話を話題に載せたくない人の場合は、この方法は得策じゃないかも。

カテゴリー[ 歴史・考古学 ], コメント[1], トラックバック[0]
登録日:2009年 04月 20日 22:17:09

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プロフィール
秋田麻早子
秋田麻早子
■プロフィール:
たぶん古代美術史研究、ときどき考古学。アメリカの僻地で西洋美術史を専攻。主に中東・地中海沿岸の古代美術。

美術史・考古学を軸に、幅広く学際的に文化史とか特に、アートや学問の世界の面白いとこをご紹介しちゃいましょう。

著書に『掘れ掘れ読本』(バジリコ 2007)。笑いのとれる考古学入門書を目指したもの。MA in Art History 2002, University of Texas at Austin
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