同名異人はどれくらいいるんだろう?

デザイナーと監督、才能溢れる2人のフォンテーヌ

【10月22日 MODE PRESS】アン・フォンテーヌ(Anne Fontaine)は、クラシックな白いシャツを得意とするフランス人デザイナー。
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欧米人の場合、名前が同じケースってわりと多いみたいですね。ファーストネームのバリエーションが、日本ほど多くないものですし。

さて同名の異人か?!それとも同人か?!というのが、歴史上の人物を資料の上で特定する場合にも問題になるのです。なんせ当人が生きていないから、当人に確認できないのが痛いところです。

早雲が井原出身であるという、最近出てきた根拠とは。

早雲は、出家前の名前が伊勢新九郎。出身地については5つの説が。山城宇治説、山城荏原説、伊勢素浪人説、京都伊勢氏説、備中伊勢氏説。

備中伊勢氏は京都の伊勢氏とは親戚。備中には「伊勢新九郎盛時」という人が現在の井原市にある高越城主伊勢盛定の息子であったそう。さらに、この新九郎が後に京都に出て、申次衆というのに抜擢されたとも分かっているとか。

しかし、早雲が盛時(備中の伊勢新九郎の名)と名乗った証拠がなかった。関東で出てくる資料では、早雲は伊勢新九郎“長氏”または“氏茂”だったらしい。だから、その備中出身の新九郎さんは、同名の違う人だろうという風に言われていました。

そこへ。静岡で、早雲が“盛時”と名乗った資料が出てきたというのです。それを静岡大学の元教授大和田先生が発見されたところから、俄然、備中伊勢氏説が活気付いてきたわけです。こういう事は、日本史に疎い私には、どの程度の信憑性なのか、他の説との兼ね合いがどうなのか、全く分かりません。私の一個人の意見ですが、早雲みたいな人は、出自が分からないほどなんだか有り難い気がします。

さて、そろそろ法然上人800年祭?!岡山出身なので、岡山も便乗して何か活気付くと良いのですが・・

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登録日:2009年 06月 03日 21:31:27

荏原庄を行く~北条早雲(伊勢新九郎)はどこの馬の骨だったんだろう?

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実家がある岡山(政令指定都市になって、田んぼのど真ん中の我が家も"中区”に・・・)に帰省していたある朝。
相変わらず私は「そういえば、旅っていったら昔は徒歩だなぁ。馬に乗って移動っていつ頃からだろう」などと考えながらトーストを齧っていた。
すると父上が闇雲に「そういえば、北条早雲が備中岡山井原市出身説を押してる静岡大学の何やらいう先生がおるの知っとるか?」と始める。
これは聞き捨てならぬ。「なに?!」
父によると、早雲の出身地はいくつか説があるけど、その先生には信じるに足る根拠があるらしく、井原市の法泉寺からも資料が出ているらしいとのこと。その元静岡大学教授の大和田先生は、今のNHK大河の時代考証もやってる間違いない先生であって、そういう先生が、そうだろうというのだから、きっとそうなのだろう(笑)詳しいことは、後日また(早雲が名乗っていた名前の資料で裏づけするのが最近、駿河で出てきたのがきっかけなのです)。

ここで、井原市とはなんぞや?と思われる方が99%だと思う。井原市とは、かつての備中荏原庄。これでもピンと来る方はお目が高い!平家物語で大活躍した弓の名人、那須与一が功績を認められて拝領した土地の一つ。彼の菩提寺もここ井原市にある(墓を訪ねたときのナイスエピソードはまたいつか)。また、100歳すぎても大活躍した彫刻家平櫛田中(たなか、じゃないよ、でんちゅう、だよ)の出身地でもある。更に言ったら、江戸時代に庶民教育の場として水戸と萩のアレと並んで日本三大館の一つである興譲館があった地でもある(今は興譲館高校があるよ!)。

そんな、ちょっとした歴史ファンにとってグっと来る地、井原。そこが早雲の出身地だって?!それは、居ても立ってもいられない。
トーストも消化しきらぬうち、私は父上と母上とともに、井原に向かった。付け足せば、美味しい卵で知られる地でもある。

早雲が教育を受けたという法泉寺は、ナビにものっていない・・・微妙に道に迷いながら、すれ違う車もない山道をくねくねとのぼり、ついに法泉寺に!
この訪問は、まるで「街道を行く」のエピソードになりそうなもので、司馬さんだったらさぞかし面白い読み物にしてくださるだろうに、私の筆力ではこの日の不思議な魅力がどれほど伝わるか心配。
この法泉寺、鄙には稀な、とでも言うのでしょうか、とても立派な山門、石畳、本堂(っていうの?)。よっとこらしょとたどり着くと、堂内は広く、畳敷きでフスマというフスマが極彩色の花鳥風月に彩られている。なんてことだ、すごい豪勢なお寺さんじゃないか!そりゃ、早雲だっていたかもしれん!!そこで、人あたりがとっても良い住職が登場、まだお若い。一通り案内をしてくださったところ、フスマの絵はさる有名な画伯のものとのこと。こちらには無償で描かれたというが、相場はかなりの方で、あまり言うとアレだけど、相当お値のはるフスマ。一通り説明していただいたところ、これが旅(ショート・トリップ)の妙というものか、早雲ネタよりもむしろ、戦時中の兵庫県の摩耶小学校の疎開先としての法泉寺のエピソードの方が心惹かれるものだった。当時、すりこぎ棒を削る係りだった少年が、なんと大人になって名の知られた彫刻家になり、クラスメートが資金を提供し、当時の住職(29代)を彫って奉納しているという。住職によると、当時は畳ではなくムシロ。虫などで悩まされて、大変だったということだが、大人になってそうやって像を刻んで奉納しようと思うほどだから、よほど心に残る思い出もともにあったんだろうと思われた。それにしても、何がきっかけで才能が開花するか分からない。スリコギ棒も作らせてみるもんだ。それとも、才能がある人は、どんなキッカケでも昇華させるのだろうか?

ちょっと恥ずかしかったのが、住職に「ここに、トラの絵がありますね。裏に何が描かれているかご存知ですか?」

この手のことは、心得ているつもりだったが、何も浮かばなかった。住職が「一休さんに出てくるトラの絵の裏にも描かれているんですよ。」

それは、龍。竜虎というくらいで、龍とトラは対の生き物なのだ。だけど、龍は想像上の生き物なので、普段は見せないように、トラの面だけを表に出しているというわけ。あぁ、恥ずかしい。

住職がお勤めを始めるということで、お礼を述べ、ふらふらと歩き回り始めたところに、住職の母上とおぼしき女性が手招きくださる。父に聞くと「ダイコクサン」と呼ぶらしい。こちらのダイコクサンのお招きのまま、卓につくと、とても珍しそうな白黒写真を見せてくださった。「私もねぇ、先先代のお顔は拝見したことなかったんで、お持ちいただいたので初めてのことで」なんと大正時代のこの辺りの葬式の写真!住職がお勤めをしている、その檀家さんがその日、持っていらしたものだった。とんでもないお金持ちらしく、写真には立派なお屋敷、身なりの良い洋装の方々、その他大勢と28代のお姿。当時は住職は駕籠で移動していたらしく、それが映っている大変貴重なものなのでした。不思議なのが、女性たちが皆、まるでイスラム教徒のように顔まで白い装束で覆っていることだったが、その時はあまりそれが話題に上らなかった。写真の駕籠は現在、本堂の上に引っ掛けるように展示?!というか、無造作においてある。駕籠での移動は昭和の初期まで続いていたらしい。そのため、駕籠を置く石が堂内に配置されているのも確認できる。

「今日は少し暑いんで、ヨモギ茶をご用意しました」と冷たくて香りの良いお茶をついでくださり、非売品のレアな瓦センベイ(法泉寺と北条の紋である三つのウロコ模様のしるしあり!)をすすめていただいた。ありがたくポリポリと頂きながら、ちょっとハイカラな空気を漂わせるダイコクサンのよどみのないトークを拝聴。なんと、長崎のご出身で、寺とは全く関係ないお育ちとのこと!どうりで、ただようハイカラ感!

法泉寺のおせんべい、お土産にたんまり頂いた。「どうぞ、どうぞ、お持ちください!」。お暇をつげて離れていく私たちに、話はとまらず、それでも遠ざかる中もずっと朗らかに話しかけてくださって、本当にこういう鄙には稀なお寺さんには、鄙には稀な女性がいるものだ、と思ったものでした。

転がるようになめらかにお話になる女性で、娘さんたちの嫁ぎ先であるとか、お付き合いのもろもろなど、いつまでも聞いていたいお話の数々。あとで、私は失念したけれど、彼女の出身地は、わが母上によると「キリシタンで有名な町よ!」。さて、キリシタンの町で生まれ育ったモダンガールが、どのように荏原庄の古刹に嫁ぐことになったのだろう?!と経緯が知りたくなった。もう少し滞在していたら、きっと伺えたことだろうと思う。

早雲とその父の墓?!と言われるお墓を参ってかえる途上、住職が寺にまつわる資料を手渡してくださった。

帰途は興譲館跡に寄り、矢掛(大名行列が通った旧山陽道にある宿場町)を軽く歩いた。つくづく、この日あったことは、なんだかどこかで異次元に迷いこんだような気がした。あぁ、これって街道を行く、に出てくる人物に生で出遭ったらこんな感じなのかしらねぇ?って思うような体験だったんじゃないか?とその晩は家族で話したのでした。頂いたおせんべいが手元にあるので、あぁ、これは現実だったんだね、と思える、そんな体験だったのでした。

あ、写真は・・・携帯で撮ったので・・・ピンボケだけど許して・・・デジカメ・・・持ってないの・・・

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登録日:2009年 05月 24日 21:42:04

知覧にて

ニューヨークのイントレピッド博物館、改修工事のため休館 - 米国

【ニューヨーク/米国 7日 AFP】ジョージ・パタキ(George Pataki)ニューヨーク州知事は6日、同市にある米海軍空母イントレピッド(Intrepid)を利用した海上航空宇宙博物館が、今秋に一時閉館すると発表した。大規模な改修を行うためで、閉館機関は1年半~2年を予定している。空母イントレピッドは太平洋戦争で活躍し、日本の神風特攻隊の攻撃も受けている。写真は、空母イントレピッド。(c)AFP/ Timothy A. CLARY

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知覧に行った、と話すと、思いのほか多くの人が「特攻隊」を思い浮かべるようだ。実は私には何の先入観もなかった。むしろ、お目当てはエキゾチックな石垣で有名な武家屋敷街のほうだった。私の祖父は海軍に所属していて、つまり、特攻隊に出撃するギリギリに生き残った人であり、開聞岳を目印に飛行訓練も受けていたという話は馴染みのものだった筈だから、私の知覧へのピンボケ感覚は不思議に思われるかもしれない。しかし、陸軍にとっては最後に見るものであったが、祖父の場合は知覧のあとに台湾、そして山形などで訓練を受けたりして、祖父の話しを聞いていると、知覧が最後の地、というイメージが薄かったのだ。言い訳がましいけれど、特攻隊の関連の何がしかが鹿児島にあるとは、何百回も聞いていたが、それが知覧だとは特に覚えていなかったという体たらくだったのだ。もちろん、祖父は頻繁に訓練をともに受けた人たちと訪れている。私がぼんやり聞いていただけだと気づいたのは、かえってきてからのこと。それくらい、身近な人間にとっても、話の印象というのは滲んでいくものかもしれない。

ふと、この自分の無意識の無感覚に対して、違和感を覚えた。しかし同時に考えたのは、一体こういう無感覚に対して単純に自責の念に駆られるのは、妥当であろうか?という点だ。つまり、これらは安易な自責だの良心の呵責とも言える。そんなものは、所詮甘えた現代に生きる人間の、綺麗ごとを隠そうとする意識の働きではなかろうか?と。さらに言えば、この二、三行ほどそのものが、つまり屁理屈をこねている暇がある暇な現代人か?という堂々巡りのような思いが巡った。こういったことは、祖父の前では話題にすら出来ないでいるところからして、私自身、つまり、暇なんだな、という答えを導いた。思ったありのままが、すなわち、私の程度であると受け止める意外にない。要するに、私にはもう太平洋戦争は本当に遠いことで、想像もできず、不意に感傷的になるのは身内の話だから、ということだ。どこかで、理不尽な出来事への理想的な心構えなどというものが、それが何であるか検討も付かないのに、あると思っていると、このように屁理屈で自分の自然な反応を手なずけようとしてみたくなる。自分を「私は良識のある人間でございます」と無意識に証明しようとするような(誰に対してだ?!)心の働きだ。しかし、そんなものは、どこにもないと思えてくる。理想的な何かなどないとしたら、ではガイドラインをどこに引いていくか?その答えの一つは、戦争を超えて、それでも清く正しく美しく生きてきた人たちの心持にあるのかもしれない。何事が起きても、いわゆるブレない軸の強さを感じる。時に人によっては、それが戦争のおかげだと早合点する。そうだろうか?戦争がふるいにかけて落ちてきたものの素晴らしさが、戦争に原因を求められるだろうか?他のふるいでも良いのではないだろうか?結果だけを見ていると、安易に原因を求めたくなる衝動に駆られてしまうものだ。そして最もドラマチックなところに原因を求めてしまいがちだ。でも、原因も結果も、へったくれもない世界もそこらじゅうにあるってことを、忘れてはいけない気がする。説明がつかないことだらけでも、ダダをこねるわけにはいかない状況だらけで、それを踏ん張るのが大人ってものだと私は思っている。

さて知覧での話に戻る。
情けない話だが、記念館には入る勇気がなかった。私は長らく、あらゆる古物の類が収まっている施設という施設で気分が悪くなるという、非科学的な素質に悩まされている。博物館や美術館も、正直、一人ではいけない。古代美術専攻としては、致命的かもしれないと思いながら、今日に至っている。さて、少し話がそれました。私は外の供養等で手を合わせた。当時10代であった祖父が、生まれ育った地から遠くはなれ、厳しい訓練、先など待っていない訓練を、どのような気持ちで受けていたろうかと想像してみる。想像が出来ない。全速力で走る航空母艦の上に滑り込んでいく飛行機を操縦する気持ちはどうだろうか、と想像してみる。少し想像が出来る。歴史に興味を持っていると普段の私は言っている。多少なりとも持っていると思ってきた。年配の人の話を好んで聞く。実際、聞いてはいるだろう。だけど、想像もできない。消化もできていない。分かったふりもできない。分かったようなこともいえない。

思うに、うまく言えないけれど、理不尽なことだっただろう。価値観の転換が、いやおうなしに起きた。昨日までの本当が、今日から「はい、それは嘘でした」を、こちらの都合などお構いなしに変わっている。文句も言えない。見渡せば、皆がその理不尽に面している。自分だけではない、というのが慰めになどなるだろうか?

現代に生きる我々が、戦争のことを想像しろといっても、困難なのはしかたないはずだ。そんなもの、携帯電話がない時代の人に、携帯電話を使った生活を想像するのが難しいのと同じだ。出来るというのは、少なくとも私にはちょっと傲慢な気すらする。強いて言うなら、現代の日本人は理不尽に耐える力が弱まったとはいえないだろうか?戦争だけが理不尽ではないけれど、戦争ほど否応なしに迫ってくる、しかものべつまくなしに、人を選ばず迫ってくる理不尽はないかもしれない。他には、パンデミックや大規模な天災が挙げられるかもしれない。いずれにせよ、諦めなければならない事を諦め、諦めてはならないことを諦めずに生きることが求められる。

私たち都会の現代人は、諦めなければならないことを諦めず、諦めてはならないことを、簡単に諦めていないだろうか?それが甘えだといわれると、逆ギレしていないだろうか?そしてそれは非常に幼いと非難されてもしかたないのではないだろうか?

と、こんな事を思った知覧の旅。
忘れないで、知覧のお茶はバツグンに美味い!そして武家屋敷の生垣はワンダフル!さらに二つ家?!だったかな、非常に珍しい建築様式なんですよ。剪定の技術の独特な魅力も、お忘れなく~!といって今回は〆ます。

次は、北条早雲の生まれ育った地、という5つある伝説のうちの1つを辿った記録をお伝えいたします。

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登録日:2009年 05月 15日 15:22:36

ロムルスとレムス2

古代ローマ建国2762年祝う市民の仮装パレード

【4月20日 AFP】イタリア、ローマ(Roma)で19日、古代ローマの建国から2762年を祝う記念パレードやライトアップが行われた。伝説によると古代ローマは、ロムルス(Romulus)とレムス(Remus)という双子の兄弟によって紀元前753年4月21日に建国された。(c)AFP

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下の記事の補足です。
これが、その牝狼。

さてさて、パロディはオリジナルをどの程度いじってると思いますか?

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登録日:2009年 04月 20日 22:30:49

ロムルスとレムス

ドイツ各地でクライマックスを迎えるカーニバル、経済危機を風刺する山車が続々

【2月24日 AFP】カーニバルシーズン中のドイツ各地では23日、クライマックスとなる「バラの月曜日」を迎え、百万人の観客が経済危機という暗雲を振り払うかのように熱狂した。
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女性首相を狼に仕立てて、その彼女が四つんばいで子供たちに乳をやる姿。このイメージの元ネタを知らなければ、何のことか分からない。ただ闇雲に下品な作品に映るかもしれない(元ネタに関係なく、その可能性も、あるにはある。)

◆メルケル首相のパロディの元ネタ~ローマ建国の英雄~

元ネタは、古代ローマのブロンズ像。それは古代ローマを建国したとされる英雄、双子のロムルスとレムスが、メスの狼に育てられたという伝説に基づいている。エトルリア時代と思われる古い狼の青銅像に、後から赤ちゃん姿のロムルスとレムスの像を付け足したもの。赤ちゃん二人に乳をやる狼の像として有名(世界史の教科書にも載っていた)。このメルケルの像は、それのパロディというわけ。

こういう元ネタというのは、知っている人にはすぐに分かるものだろうけど、知らない場合には、てんでよく分からないものになってしまう。

◆パロディが成立する条件~共通の予備知識~

知識がどこまで共有されているかと確かめるには、パロディを見せて意味が分かるかどうかみてみるといいかもしれない。分かる人は、自分と同じ前提の知識をもっているわけだ。ただし、どこでどのようにその知識を得たかまでは分からない。更にこれを広げると、同じ感覚かどうかは、同じお笑いを見て同じポイントで笑うかどうか、ということにも通じているといえるだろう。

「共通理解」とは共通の前提条件とでも言ったらいいか、共通の基盤と言ってもいいかもしれない。この言葉を使うのは簡単だけど、実際に共通の基盤を得るのは難しいとされる。例えば、「お笑い」というのは、大抵、何かの前提知識を必要としている。下ネタがおかしいのは、そういうことは口にするのが恥ずかしい、というのを皆が前提として持っているからだ。普段の生活で多用すると、顰蹙を買うという前提を共有しているから成り立つのだ。

だから、多くの人が笑う「笑い」というのは、多くの人が前提として共有する知識をアテにしないといけない。社会の階層が広がるほどに、多様性が広がるごとに、大勢で共有できるものが少なくなってくる。だから、多様性のある社会で、笑いというのが「下ネタ」に走ってしまうか「単純な動作」に走ってしまうのは、仕方ないのだ。そうでなければ、内輪ネタとか、身内ウケとか、そういうものになってしまうのだ。つい、笑いがとりたいあまり、苦し紛れに下ネタに走る人が多いのも、こういう理屈から理解できる。

写真のように、メルケル首相がローマ建国の英雄を育てたメス狼になぞらえられている、と分かるとそれなりに下ネタよりも少しは洗練された解釈もできてくる。しかし、分からなければ、なんだかとても下品な印象ばかり感じる。実際、造った人の意図も下品なだけかもしれないけれど。ドイツの人にとっては、この元ネタは一般的なものだろうか?日本人にとっては、そこまで一般的な素材ではないと思われる。

◆「お笑い」の好みを通して知る共通の知識の基盤

共通の基盤だと思っているものが、どこまで普遍的なのか?どこまで通じるものなのか?笑いとかパロディを軸にしてみてみると、割りと見えやすくなる。

どこまで人と共有できているか、確かめるには、まず自分が好きなお笑い芸人を述べてみるといい。おそらく、全部私も好きですわ!という方とは、共有するところが、いくらかあるのだと思われる。ただし、考え方が同じか、というのはまた別だ。あくまでも、前提として共有するものがある、というだけ。ついつい、共通の基盤があると、考えまで同じだと早合点してしまう。では同じ考え方かどうか知るには・・・この場合だと、○○だけは苦手、というのも共有しているか確認が必要なのだろう、きっと。まぁ、あまり批判的な話を話題に載せたくない人の場合は、この方法は得策じゃないかも。

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登録日:2009年 04月 20日 22:17:09

盛メシの民俗学

噴火警戒中、アラスカのリダウト山 

【2月10日 AFP】米地質調査所(US Geological SurveyUSGS)のアラスカ火山観測局(Alaska Volcano ObservatoryAVO)は、アラスカ(Alaska)州最大の都市アンカレジ(Anchorage)近郊に位置するリダウト山(Mt. Redoubt)の火山活動が活発化し、噴火が差し迫っているおそれがあると発表した。
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小さい頃、自分でご飯をよそう際にテンコ盛にしたら母に「それは死んだ人のご飯よ!」と叱られた。テンコ盛は死んだ人に備える飯の流儀だという。知りたいから聞いたのではないが、自分の非を認めたくないから思わず「どうして?」「なんで死んだ人のご飯はテンコ盛なの?」とたずね返した。すると「そういうものなのっ!!!ご飯は普通によそいなさいっ」と怒られて終わりだった。

その後、なんでお供えのご飯、私が育った地方では主に49日の間に供えるご飯、がテンコ盛なのかその意味を考えることはなかった。まして、その上になんで箸を直立に立てるのかも考えなかった。まぁ、そういうもんだろうと納得したのだ。こういうことは、考えはじめるとキリがない。しかし、こういう事は不意なときに「そういう意味だったのか!」と分かるときが来るものだ。そういう時は、なんだか胸がすっとするし、得した気分で嬉しい。

似たような例に、私が育った地方で「墓石は7年くらいは立てない」という事件?!があった。これまた、なんで?どうして?骨壷は埋めても7年くらいは墓石を立てないのが、習いだという。これには私は食い下がった。葬式、法事の際に、慣例に詳しそうなオジサン(おじいさん)、オバサン(おばあさん)を捕まえては尋ねる。「なんで七年は墓石を立てないの?」。大抵の人は、さぁ、なんでじゃろうなぁ、で終わり。しかし、待望のHオジサン!「昔はなぁ、土葬じゃったけぇ。七年くらいしたらな、こなれてくるんよ。そしたら墓石を立てても安定するんよ。今はそんなん気にせんでよかろう。」

やっと答えにたどり着いて、嬉しくて抱きつきそうだった。そう。昔は土葬だったから、その、表現を選ぶけれど・・・いろいろ・・棺おけや中身がバクテリアの力を借りて解体され、土に戻るのに7年くらいかかるという常識があったのだ。そうなのだ。そして、それより前に墓石を立てたら、ぐらぐらしてしまうのだ。棺おけの中の空気のかさだけは、土が沈むわけだから。

そのうち、この“墓石は7年立てない”という知識だけが一人歩きし、火葬の世の中になっても一部地域で残ったわけだ。もう、これに習う人は減ってきた。わりとすぐに墓石を立てる。そのうち、7年の知識も消えるんだろう。

墓石の件はHオジサンのおかげで片付いた(彼は他にもアリ地獄の生態であるとか、いろいろ教えてくれた貴重な存在だ)。盛メシはどうなったか?と。これは、身内ではなく、郡司正勝という中世の日本の芸能研究の大家の本で知った。『風流(ふりゅう)の図像学(イコノグラフィ)』だ。

彼によると、料理は「盛る」ということにある。実際、私がよくお手伝いする小料理屋のおかみさんも「盛るのよ、盛るの!そうすると見栄えがいいのよ」と言う。この盛る、というのが、いわゆる山に見立てるということではないか?と言うのだ。天正本『小笠原礼書』にも“山なりにすぎなりにたかくもるべし”と。ご飯を盛る場合にも、季節を表現して山のように盛れという。昔の絵巻ものなんか見ると、ご飯はテンコ盛だ。日光輪王寺の強飯式だってテンコ盛だ。あの時の母に見せたいくらいだ。礼儀にかなっていたらしいわよ、昔は、と(二重に怒られるに決まってる)。山のように、杉のように、というのが面白い。でもどうして、山のように、杉のようになの?これだけじゃ、まだ納得できない。

古来日本人は山に神が宿ると考えた。この点は、納得できなくても、飲み込んでほしい。そして、神様を平地にお迎えするには、山みたいなものを用意するのがいいと考えたらしい。これも飲み込んでください。その方法は二つ。山にあるものを一部取って来て山の代わりにするか、または、山みたいなミニチュアを作るか。そこに神様が宿ってくれると信じていたのだ。榊だとか、枝なんかを持ってきて拝むのが、前者。柱なんかもそうですね。木は山の中にあるものだから。ほら、おまじないとかで、好きな人の髪の毛(一部)を使うとかいう発想と同じ(なんて気持ちの悪い考えでしょうねぇ、古代から広い地域に見られるのですが)。そしてミニチュアを造る、築山だとか山盛りの飯なんかがコレにあたる。これもまた、おまじないとかで、小さな人形を好きな人に見立てたり、呪いの人形を作ったりするのが同系列の発想でしょう。

何もかも、枝とかミニチュアの山とかが、よりしろ(神様が一時的に宿る場所)になると信じられていた・いるから行われているのだ。実際、おまじないなんかの例からも、今もなんとなく信じられる発想。そして、お供えや儀式で使われるテンコ盛のご飯も、この延長で、つまり、山を造っていて、そこに何かが宿れるようにという信念と目的から成立していると。なるほど!やっとガッテンがいった。

郡司さんは特に、49日のお供えのご飯については言及していない。私が勝手にここから連想したのだが、遠くないはず。おそらく、この49日の間のテンコ盛のお供えご飯を、テンコ盛にする理由は、死んだ人が宿れるように、なのだろう。そして箸を垂直に立てるのは、ちょうど「はしご」みたいなものなのだろう。まるで、山に木がそそり立つようだから、おそらくそういう状態を模したものと思われる。実際、世俗的な仏教の考えでは死んだ人は須弥山に行くと信じられていた。その願いを、ご飯で表現したものと言えるのではないか。

日本人はなんでも、ただそのまま、というのが好きではないようす。何かしら趣向を凝らしたい。だから趣向を凝らさない男はモテない。あ、最後の一文は飛躍かもしれないですね。

付記:ちなみに、山の写真を探してこれにしました。意外にありません。山がニュースになるのは、噴火したときだ、という副産物のような情報を得られました。もしくは、遭難者が出たときでしょうか、今回は見つけられませんでしたが。

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登録日:2009年 04月 15日 15:11:29

脳内作業もアウトソーシングの時代

ジョルジオ アルマーニ、高級筆記具コレクションを発表

【6月27日 MODE PRESS】ジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)が26日、初の高級筆記具の限定コレクション「ジョルジオ アルマーニ ペン(Giorgio Armani Pens)」の導入を発表した。
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アルマーニの万年筆。
こういうのは実用品としての筆記具をこえて
ステイタス・シンボルとかもっと象徴的な意味を持っているといえます。

そういえば、人はいつごろから、筆記具を手に持って書くよりも、キーボードで書くほうが増えたのだろう?8割がたキーボード派の私は、ちゃんとした文章を書くのが本当に苦手だ、しかも下手。気づいたら、文章を書いて対価を頂くという機会を持つようになっていたのだから不思議。本を出す話も頂き、無事一冊が出たが、二冊目はずっと「ただいま執筆中」で進まないことといったら、何に喩えていいのか分からない。
あぁ、どうしてこんなに遅筆なの?

◆便利な道具

ワープロやパソコンがない時代、手書きの全盛の時代に生まれていたら、きっと一度もまともに書くことなく死んでいただろうと思うくらい、私は文章を書くのをひたすら避けて26歳くらいまで過ごしていたのです。

そんな私は現在、書くべき原稿を放ったらかして、妄想に走っている。
早く書けよ。と思いつつ、まとまったものを書くのは、書く以前に、情報の統合作業が大変。この統合作業からの現実逃避の過程を、ここに吐露したいと思う。

私は基本的にはパソコンのワードソフトの前で、ウンウン唸って文をひねり出す。
気に入らなければ、ファイルごと消したっていい。
順番を変えたければ、ちゃちゃっとコピペだ。
思いつくのと同じ速度で書ける素晴らしい道具。
鉛筆で原稿用紙に書き付けていたら、腱鞘炎になりそうだ、パソコンがあってあぁ良かった、と思う。

◆昔の人はどうやって書いたの?

しかし、こんな便利な道具がない時代、昔の人はいったいどうやって文章を書いていたのだろう?

ところで・・・
私が昔、という言葉を使うとき、大抵、すごく昔のことだ。
つまり、祖父母の時代などは基本的には昔の範囲に入っていない。
古代美術ばかりに心を奪われて20年以上も経過するうちに
ついに一般的な「昔」と自分にとっての「昔」が、とんでもなく離れてしまっていた。
それに気づいたのは、編集者のお姉さんが驚いて
「文中で数千年くらい前のこと述べるとき、わりと簡単にサクっとさかのぼるよね。普通の人はそんな簡単にサクっと昔に飛べない」と指摘したとき。

あ!そうか!
いけないいけない。私が文筆・筆記用具について「昔」というのは、紙も鉛筆もないような時代、下手をしたら紀元前とかの時代のことまで思いを馳せています。

ご存知のように(どれだけ一般的な話か私には分からない)古代メソポタミアの人は紙を知らない。この人たちは、粘土を丸めて左手に持ち、先をとがらせた葦のペンを右手で握って押し付けるようにして、クサビ模様の文字を書きつけた。筆記体なんて夢のまた夢だろう。(そういえば、左利きの人もいたと思うけど、粘土板における左利きの考察、なんて研究あったら面白いだろうな)。だけど、そんな面倒な道具を使っていたにもかかわらず、壮大で趣のある叙事詩なんかもちゃんと残されてる。握れる程度の粘土だから、文字を刻み付けられる面積も小さい。一文字一文字を極小にしないといけない。疲れる。しかも、せっかく刻んだのに、うっかりベチャってなったり、誰かに踏んづけられたりもしただろう(パソコンのクラッシュに似ている)。頭をかきむしりたくなりそう。私だったら、仮に物語を思いついても、そんな面倒な書き付け作業の途中で、というか数行くらいでイライラしてきて、粘土を壁にたたきつけてしまうだろうな。辛抱強いな、昔の人。

古代ローマの人なんかは、よっぽど大事な文章ならパピルスみたいなのとか、羊皮紙みたいな高級品に書き付けていたでしょうが、普段使いには蝋板を使っていたようです。板に蝋燭をぬりつけて、先がとがったもので削って字を書くのです。
ちなみに、インクらしいものは、ススとアラビアゴムなんかを混ぜて使っていたらしい。

中国の人は、紙が唐の時代にできるまでは、木とか竹の板に書き付けていたという。
じゃあ、あの中国のすごい古典も、孔子とかの本も、ガサガサさせながら書き記されたの?

すごくない?私、絶対無理。

そりゃあ、古代のエライ人と私なんかじゃ、比較にはならないけれど、私が今、竹と木の板と筆と墨を渡されても、多分、一生かかっても、次の本なんて仕上がらない自信がある。今、豊かな筆記具とパソコンに助けられても、メモと資料の山だけを眺めて、通り過ぎる日々だもの。

◆タイプライター

少し時代が下って・・・一般的に「昔は」と言われる時代のこと。
私の師匠の時代は、文筆の道具はタイプライターだった。内容の順番を変えたい場合などは、物理的にはさみで切ったり、ノリで貼ったりして、手直しをしていたらしい。その手直しをした、切り貼りの原稿をかかえて、清書のタイプをしてもらうため、両手に抱えて道を歩いているとき、風が吹いて原稿が吹き飛ばされそうになった・・・
という想像するだに恐ろしいエピソードを語ってくれた。

今でいうと、せっかく原稿を仕上げたと思ったら、パソコンがクラッシュしたような瞬間だと思う。

ここで思う。じゃ、タイプライターの時代の原稿は、今のワードソフト全盛の時代よりも
質が低いのか?

先ほども述べたけれど、紙も鉛筆もないような時代の文章は、けったくそなのか?

むしろ・・・逆じゃなかろうか。
すっきりと短く簡潔、なおかつ論点は鮮やか、なんてものが、わりと古代のものに多かったりする。
(マズイのはすっかり焼き払ったから、という考え方もできる。)
仮にマズイのが淘汰されたと考えた上でも、限られた資源・技術で、良品が仕上がっているのは事実。師匠の文章だって、簡潔だし論旨もユニーク。

◆ハサミも使いよう

なまじ思ったのと同じ速度で文章にできるために、私はかえってワードソフトでは文章を垂れ流してしまう傾向がある。手書きだったら、そもそも書く気が起きないのだから、中間がないのが問題。だから、文章を書く作業というのは、私の場合には主に「垂れ流しで書いた文章から、いらないものを消す」という作業といえる。
無駄に量は多いわりには、間延びしているし、大した意味もなければ、下手すれば買い物のメモまで混じっている。重複しまくっているし、文一つ一つが絞まりもなく、長いだけで、自分にさえもう意図が分からないものまで。

それらを、なんとかまとめて、意味が通じるものに仕立て直すのだ。
ほとんど、キレッ端によるパッチワークとよぶべきものかもしれない。

そこで、昔の人だったら、多分、この作業は頭の中で行って・・・決定したところで書き付けるんだろうな。と思う次第なのだ。そう、私は今、垂れ流すように書き付けたメモ書きの山を前に、あぁ、これを整理するところまで。頭の中でやっていたのかよ、昔の人は!と思うわけ。すごいなぁ。そりゃ、簡単には物書きが登場しないわけだ。

作業の煩雑さが、自動的に「モノを書く人」になるためのフィルターになってるのね。

書きつける作業そのものが簡単すぎて、ダラダラとやってしまう。ここを引き締めないとなぁ、長いだけで意味もなく、疲れるだけで、読んでも得るものもなく、パッとしない文章を人様に晒すことになってしまう。
それでは自分の頭の中が、ダラダラとだらしなく、さらにはそれが体型にまで影響している、という事がバレてしまう。

ほら、気づいたらもうこんなにダラダラと書いてしまってる!

そうそう。結論として:便利な道具に頼りすぎて、自分の能力を磨く手間を惜しんでいないだろうか?アウトソーシングしすぎて、気づいたら自社で何もやってない会社みたいなことに・・・なってないだろうか?人間は機械に依存することで、半ばサイボーグ化しているといわれる。

自分の垂れ流しの文章を見るとき、自分の脳内作業がワードソフトに垂れ流されていくようなものを私は感じている。

だからね、書いてないけどね、頭で考えてるの!
ホントだってば、考えてるの♪よくまとまったら書くから♪

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登録日:2009年 04月 06日 18:44:32

peace in terris 地上の平和

バグダッド、警察学校前の自爆攻撃で28人死亡

【3月8日 AFP】イラクの首都バクダッド(Baghdad)中心街のパレスチナ通り(Palestine Street)の警察学校前で8日、自転車による自爆攻撃があり、少なくとも28人が死亡、58人以上が負傷した。
≫続きを読む…
(c)AFP/Ammar Karim

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どうしてそんな事をする?なんでそんな事を思う?ひどいことじゃないか!悪いと思わないのか!私ならそんな事しない。ひどい事が起こると、憤慨する人は多いし、許せないと言ったり、ムカムカしたりする。

幸か不幸か、世の中にはいろんな考え方の人がいます。それが間違いのもとなんだ!皆おなじ考えになれば平和なんだ!と思うかもしれません。一瞬、良い考えに思えます。でも、同じ考え・・・同じ考えってどんな考えでしょう。どう皆が考えたら、いいんでしょうか。そういうとき、皆が自分と同じ考えなら良いのに、と思うのでしょうか?そう思う人もいますよね。そういう人はファシストとか呼ばれちゃうかもしれないですが。

同じ考えでも、同じ状態になれるとは限らないのが困ったものです。私は粗食でも幸せなのよ。という考え方は、貧しいのを我慢した果てにその考えに至るのと、大金持ちの奥様がダイエットも兼ねてそう考えるに至るのとでは、共有していても、何か違うような気がします。同じ考えかもしれないし、二人は同じ食事を美味しいねと見詰め合っていえるかもしれないけど・・・でも、深みとか、重なっている層というのか、そこに至るつながりが全然違うという感じです。ずっと同じ考えを共有できるかなぁ?と思ってしまいます。

同じ考え、といっても、その瞬間同じなのと、数週間後、一年後、10年後も同じ考えかどうかは、さまざまな要素で違ってくるような気がします。

私は古代の美術を勉強していましたが(最近ではすっかり、別の方向に転がっていますが)、現代と似た様なものが古代から見つかっても、必ずしも「同じ意味」「同じ重要性」を持っているとは限らないと知っています。逆もあります。私達にとって、当たり前となった「文字」なんかが、古代では一部の特権階級だけが駆使できるハイ・テクノロジーだったことだってあるんです。同じ文字、一緒だ!と浮かれる気分もありますが、その深みの違いには愕然とさせられます。私のようなボンクラには紀元前1800年頃だったら、学ぶチャンスすらなかっただろうからです。

ちょっと一段落だけ話が逸れます。
最近、皆本当は同じ考えなんじゃないかな?とふと思うことがあります。ただ、その表現の仕方、手段の選び方が違うだけだと。とにかく、まぁ、なんとなくだか一生懸命だか、生きて、それなりの、あるいは精一杯の幸せとか生きがいとか、そういうものを見つけたりする、楽しいなぁと程度の差こそあれ、感じたりしながら生きたいわけです。ただ、そこに「危険なことにハッピーを見出す人も」「ルーティンを毎日こなすことに喜びを見出す人も」「ときどき興奮することがあって、普段は普通であることに幸せを見出す人」もいるわけです。脳の麻薬物質の出ている量は同じかもしれないけど、それを引き出す「手段」が「ケンカ」「ちょっと豪華なランチ」「今日も整頓された部屋」「火薬等で演出される過激な場面」とバラバラの可能性があるわけです。

尊敬する福島智教授(全盲・聾の方です)が東大のトップ研究者30人ほどを紹介する本での言葉が頭に刺さっています。9歳で視覚を失い、19歳で聴覚まで失われた先生の当時の日記からだそうですが、ちょっとだけ引用します「みんな一様なものからは何の進歩も生まれない。また異なるものをただ一様にならそうとする努力からも、何の進歩も生まれない。」障害者を普通のレベルにもってくる、平坦にしようとする、そこから何が生まれるんだろう?という発想から、そのような結論に至られたようです。

というわけで、同じ考えについて戻ります。
同じ考えを共有しさえすれば平和になったり、何もかもうまくいく、という発想は、もしかしたら安易ではないか?と思えてきます。生まれながらに人が平等だと、仮にしたとしても、姿形は違うし、生まれてくるタイミングも違う。平等にチャンスは与えられていても、人によって条件は違う。でも、その条件は優劣でも上下でもないはずです。ちょうど、お料理名人を集めて、料理を皆でしましょう!といって、あなたにはニンジン、あなたにはホウレン草、あなたにはカブ、と別々の素材を渡したら、違う料理にはなりますが、きっと皆美味しくなるんです。きっと皆お料理名人なんです。みんな違う野菜かもしれないし(お肉かもしれないけど)、だけどお料理にちょっと工夫してみたら、美味しくなれる。

同じになろうとすることは、とても危険な発想かもしれない・・・違うことを認めるって、認めた上で美味しく料理していくって大事じゃないかな?と思ったのです。テロリストにも言い分があるのか?と言うかもしれない。私に言えることは、テロリストになってしまう人は・・・ならないで済む道を知らずにきた、テロリストになってしまうことが残念で痛ましいことだと知る機会・教育・指導者に恵まれなかった、そんな事を筋道たてて考えるということすら知らずにきた、おそわっても理解することも出来なかった、などと私はまず想像してみます、ということだけです。喜んでなっているように映っても、人って果たして自分にとって好ましい選択を確実にいつもやってるでしょうか?知識不足、経験不足、理解力の不足等で・・・自分にとっては不都合なことを喜んで受け入れたりして、知らないまま過ごしている事も沢山あります。その度合いが、同情できないほどに激しい人たちが、道を踏み外したといわれるのかもしれません。

知らない世界の知らない環境で、知らない人に囲まれて、知らない世界観の中で、下手をしたら極限状態で日々を過ごす・・・そんな人たちの選択について、私は何も判断ができないでいます。

『史記』の中で司馬遷が易経の言葉を引用しています。「天下のおもむくところは一つであっても考え方は何百もあり、帰着するところは同一であってもそこへの道筋はことなる」ただ、どこから出発するのかの違い、何を重要視して、何を後回しにするか、の違いです。

それなのに、重箱の隅をつつきまわしても不毛。必要なのは、共通言語。共通の基盤。
そのためには、各方面の専門家は「翻訳」作業をする必要があるのではないかな?と思います。お互いの専門分野すべてに精通するなんて、人生が1800年くらいあるなら可能かもしれないけど(それでも無理だと思います)出来たものじゃない。だから、かいつまんで分かり易く、誤解のないように。そういう作業を通して、円卓を囲んで合意が作れたら、そしてそれが可能な限り、適宜補ったり修正したりできるように、それが煩雑じゃないように、ちょうど我々の体が意識の方がぼんやりしていてもバッチリ働いて消化したり分泌したりしてくれているような、そういうシステムを作り上げられたらいいのになぁと、ぼんやりと散歩しながら思った暖かい日でした。


PS バチカン市国のHPはスゴイです!1968年のヨハネ23世の回勅を読もうとしたら、すぐに出てくるんです!スゴイです、インターネット最高!!

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登録日:2009年 03月 16日 19:57:35

「当たり前」の壁

新生銀行、赤字192億円で社長退任

【11月13日 AFP】新生銀行(Shinsei Bank)は12日、業績不振の責任を取ってティエリー・ポルテ(Thierry Porte)社長(51)が退任し、後任を05年まで社長を務めた八城政基(Masamoto Yashiro)会長(79)が兼務すると発表した。

 新生銀行は、世界的な金融危機の影響で業績が悪化。米証券大手リーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)の破たんでも大きな損失を計上し、同日発表した2008年9月中間期の連結最終損益は、前年同期の231億円の黒字から192億円の赤字に転落した。(c)AFP

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自分が当たり前!って思ってることって、どこまで通じるんだろう?
これ、結構、気になりますよね。
日本ではよく「外人には通用しねぇだろう」みたいな意識がありますよね。
外人に通用しちゃうと、逆にびっくりしたり。

「当たり前」って思うこと、どうして私には当たり前で、誰かにとっては驚くほど変なことで
信じられないことだったりするんでしょう?と考え始めたりするわけです・・・
美術史をやってると、「美」だって相対的だと気付くわけです。
美術史を語るとき、美しいという言葉は使いません。
だって、当たり前の共通の意味ってないんだもん!

普段は忘れてますけどね。

つくづくまた考えることになったキッカケというのが、
新生銀行で口座を持つことにして、説明を聞いているとき。

どこのATMでの出し入れも手数料がかからないというから
これは良い!と思って繰り出したわけです。
というのも、日本の銀行はどうして時間外とか週末になると
手数料を取るのだろう?他行のATMならまだしも・・・とずっと
ずっとずっとずっと不満だったのです!
アメリカに居たとき、バンク・オブ・アメリカのATMから出す限り
24時間いつでも手数料なんてかからなかったんです。
銀行窓口だって5時くらいまでは開いてるし、ドライブスルーだってあったし。
便利だったんだー!と日本に帰ってきて初めて気付きました。

「もー!日本の銀行、どうでも良いことで儲けすぎっ!!」
いつもブーブー言ってましたが、周囲の人は??って感じ。
「伝わってない感」は感じていたわけです。

そんな中、新生銀行。

説明を聞いていて、はっとしたことがありました。
「通帳がない」「印鑑はいらない」「ATMの手数料がいつでも無料」
説明によると、通帳を設けないことで、ATM等の手数料面
他行より色のついた利子で還元できるのだと。

この3つ、アメリカの銀行では当たり前のことだったんです。
(さすがに他行のATMは手数料がかかりました)

私は19歳から26歳までをアメリカで過ごしたので
銀行初体験もアメリカでした。
通帳がないのは当たり前、印鑑もなし(アメリカに印鑑の制度はない)。
それに馴れていたので、日本の制度をブーブー言ってたのです。

(断っておきます・・・新生銀行の回し者じゃないです・・・)

新生銀行では、もっと充実したサービスがありました。
他行のATMでも手数料が無料(翌月キャッシュバック)。
ネット上での送金なら、月一回振り込み手数料無料。

なんだか目からウロコ。
通帳なんて、別にそもそも使う習慣ついてなかったので
なくても全然困らないんです、私。

しかし・・・ここで思った。
私は通帳がなくて、明細が郵送されてくるアメリカ方式が原初銀行体験だったから
何の抵抗もなく、やった!手数料無いほうが絶対いい!ってもろ手を挙げて
選択できます。当然のこととして。

もしかすると、人によったら、「通帳がないの不便!」って思うのかな?
って思い始めたんです。通帳で管理してるのに慣れてる人たちにとって
それは馴れるまで、面倒だったりするのかな?って。手数料払ったほうがマシだって
時間外に使わなきゃいいんだよ、他行のATM使わなきゃいいだけだよ、って思うのかなって。

「当たり前」って、たまたま居合わせた環境の慣習から成り立ってる。
家族が麦茶に砂糖を入れる人たちだったら、それに馴れて当たり前だと思う。
だけど友達が来て「うわ!変なの!甘い麦茶?!」って、何人にも言われたら
当たり前じゃないみたいだ・・・と気付く。
私だけ?って。

そう。預けてる銀行のATMからお金を引き出すのに
いつでも手数料無料が当たり前だと思ってた私の心は
日本に帰ってきて打ち砕かれた(笑)
新生銀行に癒してもらったけど、他の皆にとっては
当たり前の銀行と違ってビックリなのかもしれない。
印鑑いらないし。

つくづく・・・当たり前と思ってることって
自分の小さな世界観が露呈してしまう穴だな、って思いました。
当たり前じゃん!って思うとき、私は相当に局所的なルールを暗黙裡に前提として
疑いもなく飲み込んでるんだって。
あぁ、もっと良い方法があるかもしれないのに!きーっ!

■「当たり前」=単なる慣れ?

ここで少し飛躍します。
さっき、通帳がないと不便かなぁって言いました。
アメリカ人は通帳使ったことないわけですが、不便だとは特にいってません。
もしかしたら、日本にきて通帳が便利と思った人もいるかもしれません。

○○がないと不便。そう思う考え方も、もしかして、当たり前だと思い込んでるだけ?
かもしれないんですよね。

当たり前と思ってるけど、本当はそうじゃないかもしれない。

私の経験を言います。良い実験でした。

冷蔵庫が壊れた事があって、二ヶ月くらいなしで生活してみようと思ったんです。
まぁ、なくてもいいかと。勿論、自炊生活です。

気付いたのは、基本的な調味料は常温で大丈夫ってこと。
納豆や卵も数日くらいなら常温でOK。
野菜も根菜なんて全然冷暗所で問題ないわけだし
大して不便なことなんて、実はなかったんです。
冷凍食品はもともと使ってなかったし
バターなんかはギブアップしましたが、なくても大丈夫です。
ものすごい贅沢を言わなければ、1日2度の自炊生活に
大して不便はありませんでした。

安心してください。冷蔵庫がなくても、泣くほど困ったり
食べるに窮したり、全外食になるわけでもありません。
せいぜい、出来合いのものを買い置きできないだけです。

しかし、それでも言います。
冷蔵庫がやってきました。
わたし・・・冷蔵庫があると、便利だと思いました。(笑)

アイスクリーム、買ってきて全部食べられなくても
冷やしておいておけるんですよ!
いやぁ、便利です、確かに!

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登録日:2009年 02月 10日 18:04:14

座る芸術

ポンピドーでフランス初のロン・アラッド展

【11月21日 AFP】フランス・パリ(Paris)のポンピドーセンター(Centre Pompidou)で20日、英国の工業デザイナーで建築家のロン・アラッド(Ron Arad)の作品展「No discipline」が開幕した。フランスでは初のアラッド展となる。会期は2009年3月16日まで。(c)AFP

AFPBB News


最近、お世話になっている研究室でフリッツ・ハンセンのアントという名前の椅子が増殖中です。
とっても可愛くて、色違いで黄色・白・赤などがぞくぞく登場中。

見た目だけでょ?フン!

って思ったでしょう?思ったでしょう?
ところがどっこい。座り心地抜群。
お尻のフィット、腰のサポート感、背もたれのしなり具合
長時間座ったままで書き物仕事をしても疲れません。
美人なだけかと思ったら、頭が良くて料理が上手で育ちも良かった。
そして性格も良かった、といったところです。

機能美という言葉があります。
まさにこのアントという椅子には機能美を感じます。
まず見た目がカワイイんですが、座り心地のよさが
素晴らしいのと相まって、感動の連続なんです。
カラーバリエにもグッときます。

この機能美という単語について、今までそんなには考えていませんでした。
古代人が使っていた石器の美についてオハナシしたとき以来です。
大抵の人の認識として「使い勝手が良いシンプルな素敵なデザイン」
くらいの意味で捉えていると思います。
私も大体そう思っています。
機能美という単語は、いわゆる芸術作品には使われることがないようです。
使われるのは日用品であるとか、そういう「道具」として「使う」ためのものに対してですね。

きっと「オシャレだけど使いにくいヤカン」などに対しては、使うことがない単語でしょう。

では、機能美というのはいわゆる純粋芸術の美とどう違うのでしょう?

純粋芸術というのは、芸術を作るぞ!と思って作っているものです。
鑑賞されることが目的で、使用されるのが目的ではありません。
(そいうい芸術が主流になったのは人類の歴史では最近です。
それまでは信仰の対象として礼拝するものだったり、お部屋の装飾品だったのです)
そもそも美しいと感じるかどうかは主観です。
その人の勝手で、他人が踏み込む領域ではありません。
でも美しいと感じることにおいて共通していると思われるのは
美しいと感じる対象に「愛着」「感心」「感動」
「興味」「魅力」などポジティブな要素を感じ取っていることではないでしょうか?

古代メソポタミアについては、神様とかかわりがあるもの、聖なるもの
キラキラしたもの、神々しいもの、などが一般的に美しいとされていたようです。

では、機能美は?
機能美というのは、使い心地の快適さから来る「満足」に由来しているのでは
と思っています。使い心地が良いものは、無駄な動きをさせず
労力を効率よく使い、最大限のアウトプットをもたらします。
道具、日用品として使う中で、ポジティブな結果をあちこちで生み出すわけですから
まさに美しいのでしょう。
そういう次元では、もしかして芸術の美しさと、本質レベルでは変わらないものなのかもしれません。

アインシュタインは、この世は神が作った美しい世界なので
その法則を表す物理の数式も美しいに決まっているというようなことを
言っていました。must be beautifulであると。
実際、E=mc(二乗)はシンプルですっきり。

目的と形がぴったりと一致するようなとき
神がかった美しさのようなものが
あるのかもしれません。

技術を重んじる日本人にとっては
どう良いのかよく分からない主観任せに思える純粋芸術よりも
機能美を持った「美しい日用品」「美しい道具」の方が
心に訴えるものが多いような気がします。
それも、森羅万象に神が宿ると考える日本人の精神性と
物の合理的なデザインに宿る神がかりな何かと
結びついているのかもしれません。
そう、車だとか、茶道具だとか、そういった世界です。

そうそう。
日本の美術の歴史は相当「道具の歴史」でもありますよね。
鑑賞目的の道具みたいなのもありますが・・・
西洋美術史の授業でも、工芸品の類も沢山扱うのですよー
20世紀にいたっては、家具・車・キッチン雑貨も一通り扱います。
生徒の中には、シンプルだけど高級なキッチンウェアーをお金持ちのバザーで発掘して
骨董屋に売って小銭を稼ぐ人もいたくらいです。

では私は、アントを我が家に導入するために「アント貯金」を始めたいと思います。
狙っている色は、ずばり「黄色」。

だって私の部屋、カーテンもシーツも黄色なんですもの。
TV台だって黄色です(笑)

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登録日:2009年 01月 21日 21:26:04

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プロフィール
秋田麻早子
秋田麻早子
■プロフィール:
たぶん古代美術史研究、ときどき考古学。アメリカの僻地で西洋美術史を専攻。主に中東・地中海沿岸の古代美術。

美術史・考古学を軸に、幅広く学際的に文化史とか特に、アートや学問の世界の面白いとこをご紹介しちゃいましょう。

著書に『掘れ掘れ読本』(バジリコ 2007)。笑いのとれる考古学入門書を目指したもの。MA in Art History 2002, University of Texas at Austin
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