2006年 03月
かっちり、きっちりとした絵の見方(肩が凝るかな?)
ナポリで「ティツィアーノと16世紀のイタリア宮廷肖像画」展が開催 - イタリア
【ナポリ/イタリア 28日 AFP】24日、ナポリのカポディモンテ博物館で「ティツィアーノと16世紀のイタリア宮廷肖像画」展が開幕した。今展覧会は3月24日から6月4日まで開催される予定となっている。写真は、ヤン・ステファン・カルカル(Jan Stephan Van Calcar)の肖像画(左)を眺める客。(c)AFP/MARIO LAPORTA
絶妙な位置に、観覧者が(笑)
ティツィアーノという画家は、まさに『ヴェネツィア派とはこうだ』という見本のような画家。
http://www.wga.hu/art/t/tiziano/mytholo2/danae_n.jpg
『ダナエ』の全体が見えます。
■ティツィアーノ・ヴェツェッリオ
光いっぱいの、明るい色あい。鮮やかで、華やかで、いきいきとしていて。
現代でも、日本にもファンが多く、ルネサンスの中でもダ・ヴィンチやミケランジェロよりも、絵そのものへの人気は高いかもしれません。
筆のタッチが画面に残る筆づかいなので、例えばダ・ヴィンチの煙のような静かな筆致に比べて、躍動感を感じさせます。実際、ティツィアーノの絵が沢山飾られた部屋に入ると、美術館のほかの空間よりも、ズイブンと明るい気持ちでテンションが上がるものです。
描く人物たちが、神話の登場人物であっても、妙なリアルさを感じさせます。まさに『動き出すような』描き方。
■きっちりとした絵の楽しみ方
絵を見ていて、どの画家の作品であるとか、○○派の作品であるとかを判別するときには、さまざまな要素を見分ける必要があります。
・筆致・・・どんなストロークなのか?
・色・・・画家によって、特定の色を好んで使ったりします
・テーマ・・・時代によって、地域によって好まれる画題があります
・構図・・・画家によって、派閥によって、好まれる構図があります
・線と形・・・ヴェネツィア派は色、フィレンツェ派は形、ボローニャ派は線を強く意識させます
静と動、を見分けると、と言葉で言うと、非常に曖昧な印象を与えると思います。
しかしですね、実際に絵を見ていくと、かなりはっきりと別れるのです。ティツィアーノの絵は、たとえ肖像画であっても、非常な躍動感を与えます。
同じように、ルーベンスなども非常に動きを感じさせる画風が特徴ですね。
それに対して、例えば、先ほどのダ・ヴィンチなどは、彫刻のように、まるで動かない人を描いているかのように見えます。そういう観点で絵を見てみるのも、面白いかもしれませんね。
■きっちりとした絵の楽しみ方:画題『ダナエ』
この絵のテーマは、『ダナエ』。
英雄ペルセポリスの母親に、ゼウスが黄金の雨となって降り注ぐシーンです。
ダナエの父親は、孫に殺されると予言され、ダナエを塔に監禁。ダナエを見初めた、ゼウスはなんとかして彼女と交わろうと、雨となって塔の窓から侵入してきたわけです。
非常に愛されたテーマで、世紀末ウィーン派のクリムトも、眠るダナエに長方形で表された雨がまとわりつく構図で描かれています。
この場面は、性交渉なしで妊娠してしまうことから、一部では『マリアの処女受胎』のイメージの元、とも言われています。そんな風に、複数の事柄に思いを馳せながら絵を鑑賞すると、また違った味わいが出てくるものです。
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登録日:2006年 03月 31日 23:51:23
聖母マリアの処女受胎
【ローマ/イタリア 17日 AFP】15世紀に活躍したシチリア島出身の画家アントネッロ・ダ・メッシーナ(Antonello Da Messina)の展覧会が、スクデリア・デル・クイリナーレ(Scuderie del Quirinale)で幕を開けた。写真は、「Annunciata」を見つめる来場者。(c)AFP
アントネッロ・ダ・メッシーナという画家は、15世紀イタリアの中でもヴェネツィア派に属する画家。
■アントネッロ
彼の作品でもっとも有名なのが、体中を矢に貫かれた『聖セバスチャン』の絵かもしれませんね。ヴァザーリによると、彼は『油絵の秘密』をイタリアに持ち込んだ人、だそうです。
それはどうだか分かりませんが、ヤン・ファン・アイク(油絵を完成させたといわれます)などのフランドル派の画家の技法をイタリアで確立した人といえます。でも、この作品は、保存状態があまりよくないようですね。やはり、油絵が発達過程だったことがうかがえます。
■ルネサンス・ヴェネツィア美術
水の都ヴェネツィア、この地域の絵の特徴は、ずばり『光と色』。色のついていない、白黒の素描一つとっても、この地域の画家たちは、いかにして『水に反射してゆらめく陽光』を美しく表現するかに労力を注いだようです。
そのためには、線よりも、むしろ形や色を中心に表現するため、線を重視するフィレンツェ派などと比べると、陰影でシェイプを取るのが特徴的です。
そして、当時の絵の特徴である、極端なまでの遠近法を使った遠景の表現。遠近法(パースペクティブ)はルネサンスの発明であり、その技術を使いこなすことは、今で言うと、パソコンのソフトを駆使して絵を描くような最先端感に近いかもしれません。
そんなに描き込まなくても・・・と今なら思ってしまうほど、背景がいやに細かいです。どこまでもどこまでも、光が燦々と降り注いで明るいのが分かりますね。
■Annunciation
受胎告知、というシーンは英語ではannunciationといいます。キリスト教の教義発展の歴史の中でも、初期の頃はあまりうるさく語られなかったのが、マリアの処女性について。
いえ、もっと言うと、マリア信仰そのものが、結構後からつけられたものなんですね。というのも、マリアは『神であるキリスト』が人間の世界で『受肉』、肉体を持って登場した原因というか根本的な根拠になる存在ですから。
それというのも、キリスト=神なのか?!という宗教論争がYESという結論に至って、特に大事になったわけです。
SEXなしで子供ができる、という話を作ること自体、逆にいやらしいというか、オッサン臭いと思うのは、私だけなのでしょうか?
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登録日:2006年 03月 24日 17:24:53
ピカソと芸術とセックスライフ
【パリ/フランス 8日 AFP】ロンドンに本社を持つオークション会社、サザビーズ(Sotherby’s)のフランス支社で7日、現代画の巨匠、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)が1941年に恋人のドラ・マールを描いた「ドラ・マールの肖像画」が展示された。ピカソによる恋人の肖像画の中でも最も重要で、大きな作品のひとつである同絵画は、5月3日にニューヨークのサザビーズにて競売にかけられる。40年近くにわたり一般公開されてこなかった同絵画の予想落札価格は5000万ドル(約58億円)。(c)AFP BERTRAND GUAY
モデルの、ドラ・マールは才能あふれる女流写真家で、シュールレアリズムに理解があった。
■ピカソと女性たち
ドラと二人がであった頃、まだピカソは結婚していたし、他にも恋人はいた。
最初の妻、才能のない踊り子オルガが自分を写実的に描くことを、この天才に強要し、彼のインスピレーションを停滞させた。
才能の開花には、ミューズが必要だということを痛感する。
ドラ・マールの時代、と呼ばれるくらい、ピカソは彼女の肖像画をたくさん制作した。
有名な『泣く女』も、彼女がモデルである。
70歳くらいのピカソは、若いジャクリーヌと再び結婚する。
最後の恋人、ジャクリーンは遺産の処理等がすんだあと、ひっそりと自殺する。
彼女によると、ピカソ以上の素敵な男はいないそうだ。
■芸術家がモテる理由は?
しかし、どうして芸術家はこんなにモテるのか!
ニューカッスル・アポン・タイン大学とオープン大学の研究者たちが、偉大な芸術家たちの旺盛で奔放なセックスライフについて調査した。
『職業アーティストや詩人は、一般人より2倍のセックスパートナーを持つ』という結論を導きだした。研究によると、『職業アーティストと詩人には4人から10人のセックスパートナーを持
つが、一般の人は平均3人。』
アーティストが奔放な生活を送っても、世間が大目に見る、というのも理由の一つと考えられている。
これには、創造性が女性をひきつける磁石的効果と作用を持つ可能性を示唆している。
心理学者、ダニエル・ネトル博士は、芸術家は同時に、うつ病にかかりやすい傾向も見られると述べる。医学誌「The Proceedings of the Royal Society (B)」に論文として発表されている。
■そしてピカソの場合は・・・
『セックスパートナーの平均的人数は作品の数が増えるにしたがい
増加する傾向にある。』そうだ。ピカソのような、多作のアーティストの場合は、必然的に恋人の数も増えるわけだ!この場合、作品そのものが、磁石効果を持つとされる。
また、作品のスタイルも大きく変化していくピカソにとって、新しいタイプの女性は、つねに、インスピレーションの源だったのかもしれない。
口説き文句は『偉大な僕と偉大なことをしよう!』だ。
普通の男が言って許される言葉ではないが、納得できるような、できないような・・・
カテゴリー[ アート ], コメント[2], トラックバック[670]
登録日:2006年 03月 16日 13:35:02
シェークスピアの正体?
【ロンドン/英国 2日 AFP】1日、ロンドン(London)の国立肖像画美術館(National Portrait Gallery)で、ウイリアム・シェークスピア(William Shakespeare)の肖像画と言われる、16世紀から17世紀にかけて異なった画家によって描かれた6枚の絵が展示された。
≫続きを読む…
(c)AFP
ウィリアム・シェークスピアに関する総合的な展覧会が開かれている。
彼に関しては、さまざまな謎に満ちていて、多くの人の関心をひいてやまない。
そもそも、16世紀エリザベス朝で活躍した、この劇作家が、いったいダレだったのか?!というのが問題とされている。つい最近にも、外交官のダレソレであったという研究発表がされて世界にセンセーションをおこしたばかりだ。また、当代随一の知識人であったフランシス・ベーコンではなかったか?という説はかなり有力視されていた。
これを単なる疑問にとどめず、実際に確かめようとした人がいる。アメリカの物理学者メンデンホールだ。彼は、単語のスペクトルという、書き手の使う単語の分布の分析から、ベーコンとシェークスピアの文章は、まったく違う傾向を示しており、別人であると結論づけた。
こんな疑惑を生んでしまうのも、ひとえに、シェークスピアの作品がギリシア・ローマの古典を含む、ヨーロッパ全域の文化への深い理解を示しているからだ。一介の一般人のなせる業ではない!と思ってしまうのも無理からぬことだ。
しかし、シェークスピアファンが持ち上げたくなる気持ちもわからなくはないが
随所で「それは、勘違いでは?」と思われる箇所もあるといわれている。
たとえば、「オセロ」について。これは、作家塩野七生も指摘していることだが。
ヴェネツィア支配下のキプロスが舞台で、サヌードの日記に「クレタ島総督のクリストフォ・モーロが、キプロスからの帰途の船上で、妻を死なせた」という記述がある。
この、モーロという単語は黒い、という意味がある。
ミラノのスフォルツァ家にも「イル・モーロ」とあだ名された男がいますが、
提督は、後にヴェネツィア共和国の元首になることが多く、他国人や黒人がなる可能性は相当に低い。
そして忘れてはいけないのが、プリニウスの記述だ。くわの木(morus)をもっとも賢い木、として記述している。そして、黒という色は、知識の象徴としてよく用いられる。モーロという名前が、単に『黒人』を表すとは考えにくいのだ。
これが、シェークスピア氏のどういう解釈にもとづいたものか、異国情緒と高めるためであったのか、単なる勘違いであったのか、今では知る由もない。しかし、これがわかると彼の教養の度合いも見えてくるというものだ。
おのずと、正体の輪郭も見えてくるだろう。
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登録日:2006年 03月 10日 19:39:37
生きることと死ぬこと
ダミアン・ハースト 「The Death of God」 開催
【メキシコシティー/メキシコ 25日 AFP】メキシコ・シティー(Mexico City)のヒラリオ・ギャラリー(Hilario Gallery)でイギリス人アーティストのダミアン・ハースト(Damien Hirst)による展覧会、「The Death of God」が開催される。写真は、展示作品のひとつ、「In the Name of the Father」。オープニングは23日夜。(c)AFP/Alfredo ESTRELLA
ダミアン・ハーストというイギリス人の芸術家は、その見るものの「不快感を誘う」スタイルで有名になってしまった。90年代のイギリスを代表するアーティスト(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト略してYBAs)の一人だ。
■死骸はキモチワルイ?
彼の作品は、とにかくご婦人方の食欲を一時低下させるには都合がいいかもしれない。
というのも、作品の大半は動物の死骸をそのまま用いているからだ。
メキシコで今回開かれている展覧会「the Death of God(神の死)」も、やはり動物の骨や死骸をふんだんに用いて宗教的なテーマを激しく?!表現している。
写真の作品は、「アダムとイブ」の一部。楽園に住んでいた彼らがどうして骸骨?
と思われるかもしれないが、実はキリストが磔刑になったゴルゴダの丘、そこにはアダムのドクロがあるとされる。そして別の展示作品、「In the Name of the Father(父の御名のもとに」に、肋骨をむき出しに吊り下げられた羊(?)の死骸は
磔になったキリストを思わせる。
■ハーストについて
ハーストを一躍トップアーティストの座に据えた、1993年のヴェネツィア・ビエンナーレに出展され1995年にはターナー賞を受賞した"Mother and Child, Divided"。これは、縦割りにした、牛と子牛のホルマリン漬け。内臓の断面が、見ようによっては美しい気もする。
脳学者、養老孟司が指摘するとおり、現代社会は「死」 を遠ざけてきた。
人を含め、動物の死すら、日常では見かけることはない。
衛生上の問題もあるかもしれないが、それ以上に臭いものに蓋、という意識があるように思われる。
現代人の我々にとって、ハーストの作品が妙に生々しく、目を背けたくなるのも
死体に「馴れ」ていないせいなのだ。なんてことはない、生きている動物は見ても平気なのに、死んでいるから気持ち悪くなっているのだ。
考えてみれば、不思議な話。
しかしながら、死を意識しない生など、所詮キレイごとでしかない。
それを人々に再び喚起させるためか?!ハーストは動物の死体を次々と発表していく。
■生と死を巡って、人間たち
彼はまた、人間の生と死を、多少どぎついが分かりやすい方法で表現してくれている。
"A Thousand Years"という作品は、ガラスケースの中に、牛の頭と、たくさんのハエを入れたところから始まった。
蛆が湧き、蛆は牛の頭を食べて、またハエになっていく。モチロン、息絶えたハエは、そのままケースの底に溜まる。
このハエは、まさに人間に見立てられているということ。
そしてガラスケースは地球!
さて、この作品から、何を考えますか?
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登録日:2006年 03月 03日 20:44:13
- プロフィール
- 秋田麻早子
- ■プロフィール:
Art Historian たぶん美術史学者、ときどき考古学。
アメリカの僻地の大学・大学院では西洋美術史を専攻。
でも論文を書いたのはアケメネス朝ペルシャ。
・・・美術史という素材の調理方法の可能性を模索しすぎで
エントロピーの法則な日々。
美術史・考古学を軸に、幅広く文化史的なモノゴトとか
特に、アートや学問の世界の面白いとこをご紹介しちゃいましょう。
MA in Art History 2002, University of Texas at Austin
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