2006年 04月
古代遺跡:やっちゃった編
【アテネ/ギリシャ 15日 AFP】個人が所有するアテネとキクラデス諸島にある2つの村に12日、警察が家宅捜索をし、古代からビザンティン帝国時代までの142点の未申告の美術品が押収された。警察はポール・ゲッティ・ミュージアム(J. Paul Getty Museum)の元館長であるマリオン・トゥルー氏(Marion True)が同美術品に何らかの関与をしているとみている。写真は14日、警察が発表したもので、古代エジプトのスフィンクス像とみられる像。(c)AFP
何かと疑惑の多いポール・ゲッティ美術館関係者が、また何かやらかしたようだ。
ギリシャの某村にて、申告されていない正真正銘の古代の美術品たちが眠っていたのが発見された。
■ヘレニズム彫刻(紀元前4世紀~1世紀)
この写真の作品は、ヘレニズム期に属する。万が一違ったとしても、それ以降の時代になる。というのも、女性のヌードは盛期ギリシャでは全く製作されていないからだ。
そして、ポーズ。盛期ギリシャ(紀元前5世紀)頃には、彫刻のポーズはフロンタルといって、正面を意識したものだ。主に、神殿などで対信者へ向かった神像として作られていたからだろう。ヘレニズム期になると、周囲をぐるっと回ってみることで、印象が変わる「立体的なポーズ」になる。この作品でも、肩を大きく傾け、足を曲げるなど、動きのあるポーズが選ばれている。
この彫刻の中で、ヘレニズム期の作品に見られる特徴をまとめると
1.女性がヌード
2.ポーズが360度対応
■ポール・ゲッティの黒いうわさ
ポール・ゲッティに限らない。美術関係者は悪事を働くことができるはずだ。いわゆる情報格差。特殊な知識を持っているのだから、知らない人に対して、なんだってできるのだ。ここの学芸員もよく疑惑を向けられてしまうような、金がらみの事件を起こしている。
■おとぼけギリシャ人
ギリシャの文化大臣に相当する職に、以前、元女優の誰かが就任していたそうだ。彼女が、欧米の美術館を訪れては「あぁ、これは本当はわが国の遺産なのに!」と大げさなジェスチャーで彫刻群に駆け寄っていっていたらしい。
しかし、彼女はあまり知識がないらしく、ギリシャとは何も関係のない彫刻にも走りよっていって、「あぁ、わが国の至宝がぁ」とわざとらしい演技をして顰蹙だったそうだ。
ヘレニズム美術の専門家がため息交じりに漏らしていた。
ギリシャも、人選にはもう少し注意したほうがいいかもしれない。
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登録日:2006年 04月 21日 14:58:51
古代遺跡:しまった!編
【ポッツオーリ/イタリア 18日 AFP】ナポリ近郊のポッツオーリ(Pozzuoli)で、古代ローマ時代の大邸宅の遺構が発見された。遺構は、電線を交換するための掘削作業の際に偶然発見された。写真は3日、遺構で発見されたモザイクの汚れを取り除く考古学者。(c)AFP/Mario Laporta
イタリアという土地は、もう数千年も大きな文明をはぐくんできた場所だ。
しかも、中国などと比べたら、格段に面積は狭い。
そうなると、必然的に・・・・どこを掘っても、何か出てくる、ということに。
■ローマの街の整備事情
ローマなんて、どこを掘っても、絶対に何か出てくる。
そうしたら、全てがひとまずストップ。
しかも、調査などには金がかかる。
おそらく、気分としては「そおっとしておこう、いじらなければ、出てこない」
新しく何かを作るとしたら、途方もない、とんでもないものが出てきてしまいそうだ。
日本でたとえると、京都などにあたるだろうが、歴史の古さが違う・・・
果たして、電線は交換できたのか?!
きっとそれどころじゃないか・・・
■建物の耐久力
最近、世間で建物の耐久力などなど、地震対策などなど、が話題。
一方、ローマにかぎらず、世界のあちこちに2000年も昔の建築がしっかり建っていたりする。ローマ人の建てた建物にいたっては、コンクリート製だ。
日本の最近のコンクリート建造物との違い。
ひとつには、コンクリートに使うセメントが、ローマの場合は火山灰性のもので、日本では海水が混ざったようなセメントを使っていたりするので腐食しやすい。
ひとつには、鉄筋を使っているかどうか。鉄はくさりやすい。
もうひとつには、人件費のかけようが、古代と現代ではぜんぜん違うだろう、という点があげられそう。
とにかく、古代文明が栄えた土地では、そこらじゅうにお宝だらけ。
では次に、ギリシャでの地元民のオトボケ話を。
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登録日:2006年 04月 21日 14:50:58
ダ・ヴィンチ・コードのコード(ネタばれ注意)
ダ・ヴィンチ手稿などが展示 『ダ・ヴィンチ展』 ミラノで開催 - イタリア
【ミラノ/イタリア 24日 AFP】『レオナルド・ダ・ヴィンチ展』が23日、ミラノ(Milan)のスフォルツァ城(Sforzesco Castle)で開催。展覧会では、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo Da Vinci)が1487年から1490年にかけて直筆したダ・ヴィンチ手稿(Da Vinci Codex)として知られる「Codice Trivulziano」などが展示されている。写真は、レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿ノートをじっと見る来場者。。(c)AFP/Filippo Monteforte
レオナルド・ダ・ヴィンチは万能の天才だ、などというフレコミがある。これには困ったもので、彼が確かに才能あふれる人間であったのは確かだが、いろんな事をしていたのは、それは当時がそういうものだったからだ。今でこそ、分業が進んでいて、あの人はこれ、この人はそれ、などと職業にも壁があちこち設けられている。が、ルネサンスの頃は、そんな垣根なんてなかった。出来る人は何でもやって、できない人は普通に生活していただけなのだ。
ダ・ヴィンチのみならず、当時の知識人たちは、一人でいろんなことが出来ていた。
■ダ・ヴィンチ・コードの人気
人気の理由は、キリスト教に秘められた謎、というのが興味をひくからだろう。せいぜい2000年の歴史しかないが、その2000年の間に、多くの人の思いが積み重なり、単なる時間だけでは計れないほど、思い入れの集積となったキリスト教。そんな人たちにとって、自分たちが知っているキリスト教の側面とは違う面、というのは心が揺さぶられるのかもしれない。謎、というほどの謎でもないと思うのだが・・・・それはキリスト教への個人的な思いいれが特にないからだろう。
そして、プロットを進めていくのに使われる暗号解読、というモチーフが、単純に人を楽しませるのかもしれない。
結局、かいつまむと、キリストに子供がいた、しかもマグダラのマリアとの間に、という説を軸にした、さまざまな暗号を用いた小説、というのに尽きる。
そこにヒエロガモス(聖婚)という、ヒット作品には欠かせない、お色気要素を盛り込んでダメ押し(薔薇の名前の中に、無意味にお色気シーンがあるのも同じ理由だ)。
■マグダラのマリア
キリストが生きていた頃のユダヤ人の一般的な習慣として、結婚するのはアタリマエのことだった。イエスが結婚していたところで、とりたててフシギはない。むしろ、あえて結婚をしないようにして過ごした、としたら当時としてはよほどの事。一体どういう理由から「しない」ことにしたのか、曖昧なのも、後にうやむやにされた感が強い。
聖書の中のさまざまな箇所に、結婚していたんでしょう、と思えるような記述が見られる。
ただし、ダ・ヴィンチの最後の晩餐の中で、ブラウンが「マリアだ」としている、女性っぽい人物は、諸説あり、キリストの弟ヤコブであるとする説も有力だ。キリストとこの人物の面影が似ているのも、兄弟なら不自然ではない。
■キリストの子供
そして、キリストに子供がいたからといって、それがなんだというのだろう?
誰にだって、子供くらいいるだろうし、それがどうだっていうんだろう?
キリスト教を特別に神聖で謎めいたものにしようとする、意図的ないやらしさを感じる。
タイポロジーという概念がある。
旧約聖書はユダヤ人の間に伝えられた物語だ。
キリスト教徒は、それと上手にストーリーを対応させながら、新約聖書を書いた。
対応はこの通り。
旧約聖書でアブラヒムが息子イサクを生贄にしようとする物語が、新約聖書では神がその子イエスを生贄にするという同じ型の物語で対応させる。
(このような発想は、ピューリタンがイギリスを出るとき、モーゼの出エジプトに重ねたのと同じ発想だ!)
そうやって、「新約聖書の中の物語は、旧約聖書によってある程度予想なり、予測されていた」と順序を逆転させて見せるのだ(予型論!)。本当は昔話に似せた物語を後づけで作っただけなのに。まるで偶然一致していたかのように、たいそうに言うのだ。
■伝統の肩の上に乗り継いでいく
こうやって、新しいムーブメントは伝統を自分の中に取り込んでいく。
キリストの死に見られる、神が死ぬ、というモチーフ自体、何も新しい発想ではない。
オシリスもペルセフォーネも、タンムーズもみんな
太陽が沈んでも翌日昇るように、収穫された農作物が翌年もまた実るように
死んで生き返る、を繰り返す。
キリスト教も、そのような伝統の大きな大きな流れの一つにすぎない。自分たちだけを特別だと思うことで、他の人達を非難したり、殺戮したりする根拠にするつもりなんだろうか?自分達の正当性をいやおうなく認めさせる根拠を創り出したいのだろうか?ときどき、あからさまにイヤらしいそういう情報の操作に気持ちが悪くなる。
実際のところ、その辺の信者よりも、その辺のそういう謎本作者よりも、キリスト教の修道僧がもっとさらに深く詳しく知っているのだ。ただ、表には出さない。優秀な某アッシリア学者(日本人の弟子を持っていた)がドメニコ会出身で、あまりに熱心にやりすぎて、破門になった事実もあるくらいだから・・・・
教会は本当のことを、実は知っているのだろうな、と感じさせるエピソードだ。
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登録日:2006年 04月 15日 19:58:04
レンブラントと時代の空気
【アムステルダム/オランダ 30日 AFP】17世紀を代表するオランダの画家、レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン(Rembrandt Harmenszoon van Ri)の展覧会「Rembrandt - Search of a genius」が生誕400年を記念しレンブラントの家(Rembrandthuis)で開幕した。同展覧会では、50点もの作品を始めスケッチなどが展示され、作品における派流の変化が解説者から聴くことができる。(c)AFP/Juan Vrijdag
17世紀バロック美術を代表する有名画家が3人います。ルーベンス、ベラスケス、そしてレンブラント。
レンブラントは、日本にもファンが多い画家ですね。
あまり気づきにくいかもしれませんが、レンブラントの絵だけ、少し地味だと思いませんか?
http://www.salvastyle.com/images/collect/rubens_samson00.jpg
http://art.pro.tok2.com/R/Rubens/rub12.jpg
ルーベンスの作品。
■レンブラントはオトナシイ?
画家が何色の絵の具をパレットに載せていたか、というのはある程度分かっているそうです。レンブラントなども、分かっている一人で、その復元されたパレットを見てみますと、タイヘン地味な色合いです。茶色のバリエーションのような色ばかりが「余分なものはイリマセン」とでも言いたげな風に、質実な様子で並んでいるのみ。
地味=ダメ、劣る、という意味では決してありません。むしろ、控えめさ、謙虚さ、実直さ、まじめさ、などが感じ取れる印象ではないでしょうか。もちろん、ルーベンスやベラスケスの絵に見られるような、派手で華やかできらびやかさはありませんが・・・・
この差がどうして生まれるかというと、実はキリスト教の大きな分裂がここに絡んでいるのです。
■プロテスタントとカトリック
16世紀の宗教改革以来、ヨーロッパは対立を繰り返していました。日本人から見たら、カトリックもプロテスタントも同じキリスト教に思えても、当時は敵と味方の殺しあう相手だったわけです。
そんな中、少し落ち着いてきた17世紀、カトリック美術は、その美術史上「最も派手」になりました。簡単な理由です。プロテスタントよりも目だって、派手で、立派に見せるため。そのプロパガンダの一環として、絵画は「できるだけ豪華絢爛でよろしく」という注文が下りるわけです。
逆に、プロテスタントの美術は、、神の前での敬虔で奢侈を好まない慎ましさをアピールし、大体が地味で現実的な雰囲気に仕上がっています。
■それぞれの画家は?
そういうことで・・・
ルーベンスはスペイン領(ヨーロッパ屈指のカトリック国です)ネーデルランドの宮廷画家。
ベラスケスはスペインの宮廷画家でした。
当然ながら、二人の絵はカトリックの意向と合致した「派手派手」になるわけです。
そして、レンブラントは・・
16世紀の終わり頃、ネーデルランドはスペイン領でしたが、その中のプロテスタント勢力が抵抗を始めました。1600年頃までには、北部七州(オランダ共和国)といわれるプロテスタントの勢力は、独立。1648年のウェストファリア条約で、正式にスペインも独立を承認。
そう、レンブラントはオランダ人なのです。
彼の絵が、プロテスタントの精神を反映したものだ、と思ってみてみると、同じ時代の画家の絵と比較しても、横の広がりを感じられるでしょう。
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登録日:2006年 04月 06日 16:43:13
- プロフィール
- 秋田麻早子
- ■プロフィール:
Art Historian たぶん美術史学者、ときどき考古学。
アメリカの僻地の大学・大学院では西洋美術史を専攻。
でも論文を書いたのはアケメネス朝ペルシャ。
・・・美術史という素材の調理方法の可能性を模索しすぎで
エントロピーの法則な日々。
美術史・考古学を軸に、幅広く文化史的なモノゴトとか
特に、アートや学問の世界の面白いとこをご紹介しちゃいましょう。
MA in Art History 2002, University of Texas at Austin
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