2006年 04月 15日
ダ・ヴィンチ・コードのコード(ネタばれ注意)
ダ・ヴィンチ手稿などが展示 『ダ・ヴィンチ展』 ミラノで開催 - イタリア
【ミラノ/イタリア 24日 AFP】『レオナルド・ダ・ヴィンチ展』が23日、ミラノ(Milan)のスフォルツァ城(Sforzesco Castle)で開催。展覧会では、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo Da Vinci)が1487年から1490年にかけて直筆したダ・ヴィンチ手稿(Da Vinci Codex)として知られる「Codice Trivulziano」などが展示されている。写真は、レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿ノートをじっと見る来場者。。(c)AFP/Filippo Monteforte
レオナルド・ダ・ヴィンチは万能の天才だ、などというフレコミがある。これには困ったもので、彼が確かに才能あふれる人間であったのは確かだが、いろんな事をしていたのは、それは当時がそういうものだったからだ。今でこそ、分業が進んでいて、あの人はこれ、この人はそれ、などと職業にも壁があちこち設けられている。が、ルネサンスの頃は、そんな垣根なんてなかった。出来る人は何でもやって、できない人は普通に生活していただけなのだ。
ダ・ヴィンチのみならず、当時の知識人たちは、一人でいろんなことが出来ていた。
■ダ・ヴィンチ・コードの人気
人気の理由は、キリスト教に秘められた謎、というのが興味をひくからだろう。せいぜい2000年の歴史しかないが、その2000年の間に、多くの人の思いが積み重なり、単なる時間だけでは計れないほど、思い入れの集積となったキリスト教。そんな人たちにとって、自分たちが知っているキリスト教の側面とは違う面、というのは心が揺さぶられるのかもしれない。謎、というほどの謎でもないと思うのだが・・・・それはキリスト教への個人的な思いいれが特にないからだろう。
そして、プロットを進めていくのに使われる暗号解読、というモチーフが、単純に人を楽しませるのかもしれない。
結局、かいつまむと、キリストに子供がいた、しかもマグダラのマリアとの間に、という説を軸にした、さまざまな暗号を用いた小説、というのに尽きる。
そこにヒエロガモス(聖婚)という、ヒット作品には欠かせない、お色気要素を盛り込んでダメ押し(薔薇の名前の中に、無意味にお色気シーンがあるのも同じ理由だ)。
■マグダラのマリア
キリストが生きていた頃のユダヤ人の一般的な習慣として、結婚するのはアタリマエのことだった。イエスが結婚していたところで、とりたててフシギはない。むしろ、あえて結婚をしないようにして過ごした、としたら当時としてはよほどの事。一体どういう理由から「しない」ことにしたのか、曖昧なのも、後にうやむやにされた感が強い。
聖書の中のさまざまな箇所に、結婚していたんでしょう、と思えるような記述が見られる。
ただし、ダ・ヴィンチの最後の晩餐の中で、ブラウンが「マリアだ」としている、女性っぽい人物は、諸説あり、キリストの弟ヤコブであるとする説も有力だ。キリストとこの人物の面影が似ているのも、兄弟なら不自然ではない。
■キリストの子供
そして、キリストに子供がいたからといって、それがなんだというのだろう?
誰にだって、子供くらいいるだろうし、それがどうだっていうんだろう?
キリスト教を特別に神聖で謎めいたものにしようとする、意図的ないやらしさを感じる。
タイポロジーという概念がある。
旧約聖書はユダヤ人の間に伝えられた物語だ。
キリスト教徒は、それと上手にストーリーを対応させながら、新約聖書を書いた。
対応はこの通り。
旧約聖書でアブラヒムが息子イサクを生贄にしようとする物語が、新約聖書では神がその子イエスを生贄にするという同じ型の物語で対応させる。
(このような発想は、ピューリタンがイギリスを出るとき、モーゼの出エジプトに重ねたのと同じ発想だ!)
そうやって、「新約聖書の中の物語は、旧約聖書によってある程度予想なり、予測されていた」と順序を逆転させて見せるのだ(予型論!)。本当は昔話に似せた物語を後づけで作っただけなのに。まるで偶然一致していたかのように、たいそうに言うのだ。
■伝統の肩の上に乗り継いでいく
こうやって、新しいムーブメントは伝統を自分の中に取り込んでいく。
キリストの死に見られる、神が死ぬ、というモチーフ自体、何も新しい発想ではない。
オシリスもペルセフォーネも、タンムーズもみんな
太陽が沈んでも翌日昇るように、収穫された農作物が翌年もまた実るように
死んで生き返る、を繰り返す。
キリスト教も、そのような伝統の大きな大きな流れの一つにすぎない。自分たちだけを特別だと思うことで、他の人達を非難したり、殺戮したりする根拠にするつもりなんだろうか?自分達の正当性をいやおうなく認めさせる根拠を創り出したいのだろうか?ときどき、あからさまにイヤらしいそういう情報の操作に気持ちが悪くなる。
実際のところ、その辺の信者よりも、その辺のそういう謎本作者よりも、キリスト教の修道僧がもっとさらに深く詳しく知っているのだ。ただ、表には出さない。優秀な某アッシリア学者(日本人の弟子を持っていた)がドメニコ会出身で、あまりに熱心にやりすぎて、破門になった事実もあるくらいだから・・・・
教会は本当のことを、実は知っているのだろうな、と感じさせるエピソードだ。
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登録日:2006年 04月 15日 19:58:04
- プロフィール
- 秋田麻早子
- ■プロフィール:
Art Historian たぶん美術史学者、ときどき考古学。
アメリカの僻地の大学・大学院では西洋美術史を専攻。
でも論文を書いたのはアケメネス朝ペルシャ。
・・・美術史という素材の調理方法の可能性を模索しすぎで
エントロピーの法則な日々。
美術史・考古学を軸に、幅広く文化史的なモノゴトとか
特に、アートや学問の世界の面白いとこをご紹介しちゃいましょう。
MA in Art History 2002, University of Texas at Austin
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