2006年 05月 20日
非西洋の美術
アボリジニのアーティストによる白と黒の作品展が開催される - オーストラリア
【メルボルン/オーストラリア 18日 AFP】先住民アボリジニの姉妹アーティスト、アダ・バード・ペチャラ(Ada Bird Petyarre)とグロリア・ぺチャラ(Gloria Petyarre)による作品展、「Black Abstract」が17日から6月24日までRMITギャラリー(RMIT Gallery)で開催される。同作品展では白色と黒色を巧みに使用した作品の数々が展示されている。写真は18日、同作品展で展示された作品を点検するギャラリーの従業員、ヴァネッサ・ゲランスさん(Vanessa Gerrans)。(c)AFP/William West
アボリジニもそうだが、アフリカなどの原住民系のアートというのが20世紀以降、注目され続けている。
■きっかけはピカソ
ピカソというヒトのアーティストとしてのすごさは、多面的だけれど
その中でも、アフリカの美術をメジャーシーンに持ち込んだことは
社会的に見て、タイヘン重要な役割だったと思える。
彼のセンセーショナルな作品、「アヴィニョンの娘達」の中に描かれた醜い女性達の造形は、アフリカのお面などがインスピレーションの源となっている。
■創造力の限界
ファッション業界などもそうで、インスピレーションに限界が見えてくると、この手の「エスニック系」「民族系」に走る傾向が見られる。
西洋の歴史の中で、何度も繰り返されたモチーフでは、焼きなおしても、焼きなおしても、もう新鮮さを作り出せないときの、必殺技というわけ。
もちろん、何度か沸き起こった日本ブームもその一つ。
■西洋人の目から見た「美しさ」
ただ、ナイーブに「日本や発展途上国の文化が西洋人に受け入れられて嬉しい」などと思っていていいのか?
もちろん、何も交流がないよりは、イイに決まっているとは思う。
でも・・・
あくまでも、これらは「西洋人のスタンダードで気に入ったものが取捨選択される」というフィルターを免れない。
日本人から見たら、少々悪趣味にも見えるし、決して日本文化を代表しているとも思えない、薩摩焼などが、非常に好まれたりしたのも、その歪みの一つだ。
美術史の方法論のクラスで、西洋美術を元に発達した美術史の方法論は非西洋の美術にも適用可能か?という議論の中で「私たちは東洋の美術を美しいと感じる、そういう意識を持っている限り、可能だと思う」という、論理的も何でもないコトを平気で言っている生徒がいた。これで、美術史で博士号を取得しようとしていることに、恐怖も危険性も傲慢さも感じました・・・
■ペルシャ絨毯の憂鬱
私がヨルダンのペルシャ絨毯のお店で、現地人と交わした会話・・・・
私「ねぇ、エリアス、あなたから見て、彼らアメリカ人やヨーロッパ人が絨毯を選ぶとき、中東の人とは違うなぁって思う?」
「そりゃぁ、やっぱり思うよ。あぁ、美意識が違うんだなぁ・・・と。彼らが、彼らの環境の中で必要だと思うもの、それが彼らにとって、欲しいものであり、美しいもの」
私「そうだよね、決して、エリアスたちが生きる文化の文脈の中で何が美しいとされているのか、という点には興味を持たないよね」
「あなたは、美しい言葉を持っている人ですね」
と褒められたものの、やっぱりそうか、と思いました。
まだまだ、我々は、植民地主義時代の価値観の木枠の中で、もがいているのに、それに気付いてもいないのかもしれません。
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登録日:2006年 05月 20日 02:22:03
- プロフィール
- 秋田麻早子
- ■プロフィール:
アメリカはテキサスで西洋美術史を専攻。現在、博士課程で美術史・考古学なんかを面白がるコミュニケーションを鋭意研究中。
著書に『掘れ掘れ読本』(バジリコ 2007)。笑いのとれる考古学入門書を目指したもの。
連絡先:
mana_mana_chan@hotmail.com
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