2006年 09月
荒らされた博物館は今?
【バグダッド/イラク 25日 AFP】イラク文化省関係の芸術機関はバグダッドで24日から、「未来を築くために共に」と銘打った美術展を開幕した。写真はバグダッドの美術展会場。(c)AFP/SABAH ARAR
サダム・フセイン政権が打ち倒されたとき、バグダードの国立博物館の警備はすっかりおろそかにされていた。とにかく、人類のイチバン古い文明の遺物の数々が収められているの!!国宝級がたくさん・・・・
コレクションの17万点が盗まれました。あっという間です。
■略奪したのは誰?
まぁ、そういうときって、人命とか、もろもろが優先されるのかな・・・
アメリカ軍がまったく警備しなかったからだ、とか、いろいろ言われています。
残念なことに、略奪するのはイラク人たちなんですね。一般的に、盗掘なんかも、ほとんどが現地の人によってです。自分たちの遺産の価値が分かっているけれど、明日の生活の糧のほうが大事なことだってあるのです。そういう地域では、発掘品を同等の金額で買い取るなど、実際的な手段を取らないと、文化遺産を守ることは難しいようです。事実、文化遺産をそのままで守ろう!なんて意識が生まれたのは、戦後、先進国のみです。それまで、先進国はさんざん発展途上国で「乱掘」「破壊」を繰り返していたのも事実です。
核問題と同じ図式です。「やったもん勝ち」「やめよう、といい始めたもん勝ち」
■盗品はどうやって処分?
数千もの作品が、実際、戻ってきてはいるんです。
ワルカのヴィーナスという有名なアラバスター製の女性頭部像は、返却するしない、という交渉が決裂したと思ったら、民家の庭に埋められていたとか。ホンモノと入れ替わってたりして?!と思ったりもしますが、これくらい世界中で綿密に研究されたものの場合、写真などの資料も多いし、高い技術の偽物を作るのは難しいと思います。同質の石、形、技術、まぁ難しいでしょう。
どうしてこのように戻ってくるケースがあるかというと、転売しようとしても、イラク博物館クラスのものだと記録があるので盗品だと一発でわかるからです。売れなければ仕方ありません。ホンモノを返品する前に、型くらい取ってるかもしれませんけどね。
日本でも、オリエント学会というのにはいっているのですが
盗品が日本国内にまわってきたのを発見したら報告しないといけない
など、他国の文化財に関する法律のコピーがおくられてきました。
実際、イラク博物館の収蔵品のいくつかが、アメリカ合衆国の税関で摘発されました。
国外に持ち出せば、高額で売買できる品々ですからね。
■利用される過去
”考古学は地域に勇気を与える”という言葉があります。
自分たちの文化に誇りを持って、元気が出るからです。
でも、それを守っていくには、まず政治的な安定が最初にないと駄目なんですね。
そして、考古学は政治に利用されることが多くあります。歴史も、政治に「利用」されます。過去を捏造すれば、今の権利の正当性も主張可能だからです。
また、過去というのは、解釈次第なところがあります。だからこそ、歴史を学ぶときは、受身になってしまわず、その解釈は妥当か?!根拠は何か?!矛盾はないか?!理論に走りすぎてないか?!思い込みや期待で目がゆがんでいないか?!という議論が活発に出来るのが望ましいのです。
論理的で、根拠があって、一般的に納得しうるもので、絶対だの100%などと主張しないものが、信じるに足る歴史解釈でしょう。
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登録日:2006年 09月 30日 10:32:11
バロックの光と影
『レンブラント400』 来場者数150万人を超える - オランダ
【アムステルダム/オランダ 17日 AFP】オランダが世界に誇る巨匠レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt van Rijn、1609-1669)生誕400周年を記念して、『レンブラント400』のイベントや展覧会がオランダ各地で開催され、内外のファンに好評を博している。
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(c)AFP/JUAN VRIJDAG
レンブラント、やっぱり大人気!
どうしてそんなに人気なんだろう?!
そう思いますが、ここまで一般的にウケる理由としては
1.セピアっぽい色合いが、しつこくなくってほどよい
2.近所の人っぽい人間の内面の「リアリティ」が感じられる
というあたりが、多くの人にとって「見やすい」「見てて嫌じゃない」絵になってるのかも。
■17世紀
以前も描きましたが、17世紀は芸術の世界ではバロック時代というのにあたります。
カソリック国と、レンブラントの生きたオランダのようなプロテスタントの国の絵は、絵柄が全然違います。カソリックの絵には「自分とは違う世界の人だな」と思わせる王侯貴族が登場しますが、プロテスタントの絵は「なんだか、自分の周りにもいそうな人々」が描かれているので、ほっとします。
宗教画にしても、プロテスタントは基本的に偶像崇拝しないので、大体小さな作品で道徳的な内容を表すことが多いみたいです。
レンブラントの宗教画は、そのへん歩いてるオバサンとかオジサンみたいな雰囲気です。
実際、お嫁さんをモデルにしてたりするので、人間臭い生生しさがあったりします。
■肖像画ばっかり描いてるレンブラント
レンブラントは63歳でなくなりましたが、60点も自画像を描いてます。
多いです。
自画像というのは、注文を受けて描くわけではなく、自分で自発的に描くものです。
パトロンから受注して絵を描いていたレンブラントなのに、どうしてだろう?
という憶測が生まれますが、一般的な解釈としては
「自画像なら、自分の絵であり、いろんな表現が試せる」
という実験的な試みができるから、多く描いたのだろう、と考えられています。
事実、人間の内面を描写する、というレンブラントの特技が、この自画像にも見られます。
■レンブラントの技法
レンブラントは、19世紀後半の画家たちがやったような技法をすでに使っていました。
たとえば、パレットナイフで厚塗りしたり、絵筆の柄で絵の具をこそげとったり。
当時、南の方の画家は、キャンバスの下地に暗い赤色のような色を塗っていました。
でもレンブラントはそのような下地を塗らず、絵の具をこそげとったところは、明るい下地の色が見えて、ハイライトのような効果が出たそうです。
レンブラントの魅力は、水のような薄い重ね塗りの上に、ぽっと厚めの絵の具で
細かい描写が乗せてあるところでしょうか。コントラストが新鮮です。
また、レンブラントといえば、くっきりした明暗。
レンブラントの手紙が7通ほど残っていますが、パトロンに対して「絵はどこそこにかけたら、光線の具合がちょうどいい」と、光のあたり方にとても注意していたそうです。
■不幸な晩年
金持ちの女性と結婚していた若い頃は、羽振りがよかったけど
後半、ビジネスで失敗したとかで、借金苦でした。
でも、そんな苦しい中でも絵のクオリティは高い。
絵に集中するためには、えらい人が訪れてきても、シャットアウトしたりしたそうです。
■トロンプ・ロイユ
さてさて、ひとつマメ知識。
17世紀オランダの絵には上のほうや、両端によく、カーテンとか布が描かれています。
あれ、何だと思います?
当時、絵はまだ貴重品。普段は布をかけていたそうです。
だから、騙し絵的に布が描かれてるんですね。
今度、美術展でそんな絵をみつけたら、その知識を披露してみてください。
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登録日:2006年 09月 24日 20:41:58
古代の世界の七不思議
【アテネ/ギリシャ 7日 AFP】21世紀に入り、新・世界七不思議(New 7 Wonders、略称:N7W)を選ぼうというプロジェクトが現在進行中である。
≫続きを読む…
(c)AFP/LOUISA GOULIAMAKI
現代の七不思議に、いったい何が選ばれるのでしょう?!
不思議って、考えはじめたらキリがないほど、たくさんのものがある時代ですね。
ひとまず、ここでは、古代の七不思議について振り返ってみましょう。諸説ありますが、紀元前2世紀頃のビザンツのフィロンという人が選んだ七不思議が一般論のようです。私が詳しい分野の解説だけ長くなりますが・・・
■ギザのピラミッド
唯一現存する、七不思議。エジプト文明の中でも初期に属していて、紀元前2500年頃のものだ、ということを考えると改めて感慨深い建築物です。
■アレキサンドリアの灯台
これは古代のもので現存こそしていないが、かなり後代まで使用されつづけたものだ。
アレキサンダー大王が活躍した頃のもので、動物の糞が燃料に使われ、鏡を使って反射させることで灯台の役目を果たした。
さぞかし、臭い灯台だったのだろう・・・と想像してしまうが、乾燥していたら存外平気なのかもしれない。
しかし、アンモニアの語源の話を考えると・・・それは、アモン神の神殿で火を焚いていた、燃料はやはり動物の糞だ。木材の豊富でないエジプトのことだ。訪れた外国人が尋ねる「これは何のにおいだ!」神官が答える「アモンのにおいです・・・」これが、アンモニアの語源になった。ということは、わりとエジプト人は臭いのが平気だったのかもしれない。
■ロードス島のヘリオス像、オリンピアのゼウス像、エフェソスのアルテミス神殿に関しては、特に変わったことを知りません(笑)たぶん、ネットで調べて出てくる程度のことしか、ここに書くことができそうもありません。
■ハリカルナッソスのマウソロスの霊廟
このマウソロスの霊廟が有名になりすぎて、霊廟=mausoleumというように、彼の名前は霊廟をあらわす一般名詞になりました。もちろん、今でも英語圏では墓場の霊廟をmausolemと呼びます。
■バビロンの空中庭園
これが今回、どうしても説明したかったポイント。この空中庭園、実在したかどうかさえも定かには分からないんですよ。一応、バビロニアのネブカドネザル2世がバビロンに建設した、ということになってます。が!バビロニアのネブカドネザルの碑文の何を見ても、空中庭園に関する記述など見つからないのです。
専門家の間では、むしろアッシリアのセナセリブ王がニネヴェに建設した庭園のことではないか?とする説が支持されています。たしかに、彼の碑文には「特別な水路を作ったり、たくさんの木を植えた」などと、庭園に関する記述が見られます。また大事なことですが、聖書やギリシャ側の資料では、バビロニアとアッシリアをしょっちゅう間違えていたりするのです。この二つの国に関する細かい情報が、ごちゃまぜになっていた可能性は大。ワタシもいまだに、このあたりは頭が混乱するので、間違えても仕方ないな・・・と思うほど。セナセリブに関しては、レリーフなどが残っていて、空中庭園か?と思わせるようなものがあるのです。
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登録日:2006年 09月 12日 04:27:17
でも・・・
【アテネ/ギリシャ 1日 AFP】アテネ(Athens)で31日、米国のポール・ゲティ美術館(J. Paul Getty Museum)から10年ぶりに返還された紀元前500年の美術品2点が展示された。1911年にタソス島(Thasos island)のLimenasにあるアクロポリスで発掘され、10年間に及ぶ論争の末にようやく返還されたもの。ギリシャ政府は、海外の美術館や収集家らが所蔵するほかの美術品についても、公式に返還請求を行うと発表した。写真は、神殿で女神に謁見する様子を模した石のレリーフ。(c)AFP/Aris Messinis
美術品や考古学上の遺品は、どこにあるべきなのか?
■ジレンマ
返還されて、当然って思う人もいっぱいいるのかな?
デモサ、美術品って「管理」しなきゃならない。
温度だの、湿度など、それに、セキュリティも。
もちろん、それらに関する研究だとかもまとめていかないといけない。
それって、お金がかかることだ。
今のギリシャに、そんな余力あるのかな?
これは、ギリシャの遺品を沢山もってるアメリカ、イギリス、フランス側の
詭弁なのかもしれないけど
やっぱり、きちんと管理できる場所にあるほうが・・・いいような気がします・・・
■現場を守る
そりゃ、アクロポリスから剥ぎ取ってもって帰るようなことは
もうやっちゃマズいって分かってますよね。
一応、今の世間の温厚な人々の考え方としては
基本、現場を保存する。
そのままだと、風化して壊れる場合は、最低限補強する。
どうにもならない場合は、別の場所で保管。
みたいな、ルールっていうのかな。
でも、それも難しいよね。
昔の人が住んでたところって、今の人にとってもすみやすい場所だったりするかもしれない。
文化を守る、って、わりとね、平和で豊かじゃないとできない。
余力がないと、出来ないこと。
美術を趣味にするのが、金持ちの暇つぶしの道楽っぽいのと
同じ図式ですよ。
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登録日:2006年 09月 03日 01:35:02
- プロフィール
- 秋田麻早子
- ■プロフィール:
Art Historian たぶん美術史学者、ときどき考古学。
アメリカの僻地の大学・大学院では西洋美術史を専攻。
でも論文を書いたのはアケメネス朝ペルシャ。
・・・美術史という素材の調理方法の可能性を模索しすぎで
エントロピーの法則な日々。
美術史・考古学を軸に、幅広く文化史的なモノゴトとか
特に、アートや学問の世界の面白いとこをご紹介しちゃいましょう。
MA in Art History 2002, University of Texas at Austin
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