2007年 09月
ナンノタメニ
今の子供がうらやましい? 学校の授業にゲーム機活用の動きが活発化
【9月21日 AFP】子供を勉強から遠ざける最大の理由として親から敵視されてきたコンピュータゲーム機を、学校の授業で活用する動きが全国で活発化しているという。
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(c)AFP
勉強。
なんのためにするの?
子供から聞かれたらどう答えるべきだろう。
自分が子供のときにも同じ問いを、深く考えることもなく投げかけていたような気がします。
この問いは「なんのために生きるの?」「人はどうして生まれてくるの?」「人生って何?」「どうして恋をするの?」みたいな問いと同じジャンル。
答えを得ることが目的ではなくて、問いかけて、考えて、もがいていく過程そのものに何か意義があるのじゃないかと思える問いです。
勉強をする、という行為は、一般的には教科書を読んだり、先生に教わったりすること、となっています。だけど、本当にそんなものでしょうか?よく「勉強になった」という言い回しがありますが、これは授業や講演だけで使われるものではありません。人生勉強などという表現もあります。
例えば、私が今まで生きてきた時間の半分くらいは費やしてしまった美術の歴史とかだって、教科書だけで勉強できるものじゃありません。まして、先生からおそわるものでもありません。自分の五感や、悲しいことや、楽しいことや、辛いことや、嬉しいことや、そんな経験を全部ひっくるめて、キレイだとか美しいだとか大事だとか、そんなものに思いを馳せることができるわけです。
一問一答だったり、四角四面なモンダイのための勉強だったり、そういう味気ないものは人が生きていく意味を考えるのに役にたつとは思えません。子供が無意味で無味乾燥だと感じても、それは素直で、とても安心できる感想かもしれません。
でも、本当に自分の人生に向き合って勉強していくというのは、自分の人生ってナンだろう、どう生きるべきだろう、と真剣に悩みながら学び生きていくのは、とっても大変なことで。苦しいことで。大人にとっても、避けたいことだから、子供にもなかなか伝えられないような。「じゃぁ、オマエはどうなんだ」と小さい子供に言われたら、恥じるところが多い大人の方が多いかもしれません。でもそれが現実。それも現実。その上で、学ぶこと、勉強することは、自分の人生に華を添え、彩りを与え、意義を見つけるための手段だというのを伝えていけたらいいですね。
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登録日:2007年 09月 28日 00:57:02
一億総手先器用国ニッポン
「BMWアートカー・コレクション」、インド・ムンバイで開催中
【9月8日 AFP】インドのムンバイ(Mumbai)では、ドイツの高級車メーカーBMWによる「BMWアートカー・コレクション(BMW Art Car Collection)」が開催されている。
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「世界で最もフェラーリを見かける場所ってどこか知ってる?」
某所にて、スノッブな会話。「LAのロデオ・ドライブと・・・青山の骨董通りですって。」
まぁ、そうですの、おほほ。
車って絶対、100年後の美術の教科書には20世紀を代表するアートって言われる気がする。ものすごい数の人が「ただ走ればいい」と道具として切り捨てることが出来ない、何かそれ以上の感情を車に抱いてるんだもの。そういう魅力があるってことだもの。金も動いてるし。
以前も触れたかもしれませんが、日本人にとっての「アート」って・・・漠然とだけど「腕が良さが出てる」ってことだと思いませんか?車だとしたら、なんかスゴイ職人芸がどっかに施されてる、みたいな。
■正直な胸のうち
なんか上手だし。みたいな、マネできないし、みたいな何か「ウデ」があるように見えるものが、なんとなく上質なアートだなぁと本音では感じる。んで、ワケ分からない前衛っぽいのは心の中では「ホンマにスゴイんやろか?自分、騙されてるんとちゃうやろか?」と感じたり、感じなかったり・・・
コレは自然なリアクションだと思うんですよ。
やっぱり、絵だったら、デッサン力があるとか、より写実的な絵が描けるとか、そういうのじゃないと、ぶっちゃけ何がスゴイんだよ?とすばらしい、と認めるポイントが見つからない。
コレって、やっぱり日本が技術立国なのと関係あるのかも?!
■西洋vsジャパン・・・価値感の相違
ニッポン人代表、ワタシがまだ10代で、アメリカでどんな質問でも恥ずかしがらずに投げられた頃。ヴィジュアル・アーツ学の教授に質問をしました。
「先生、もしかして、日本人と欧米人は、美術を鑑賞する際にスゲェって思う観点が違うのでしょうか?」
グッド・クエスチョン。「そう、あなた達日本人はskillとかcraftsmanshipなど、技術の高さを一番に評価する。そして我々はコンセプトの新しさnoveltyが一番大事に感じる」とか、とか。
おおっ!それなら、納得。それなら、欧米人がもてはやすものが、私達にピンとこなくても納得。
しかも、西洋人、手先器用な人すくないし。日本人が異常に手先器用なんだよ。だから目が肥えてる、一般人でも、誰でも。
■四畳半のアート
私達日本人の作り上げてきた美術の歴史・・・それは、職人芸の歴史でもあります。いわゆる壮大な芸術というよりは(例外はあるよ!モチロン!)きめ細かな細工を施したり、繊細な表現の蒔絵だとか、絵巻物だったりとか。
そもそも、西洋の美術とは並行で語ること自体が不可能なんです。西洋美術の用語を使ったり、そういう方法論で語ろうとしたら、日本美術は「装飾性が高いが、深い思想などを表現することは第一義ではない」とかで括ってしまわざるをえない。そんな簡単に片付けられちゃたまらないって、ことで、もちろん最近ではもっと品のいいアプローチが試みられてます。
私達はちゃんと独自の文化を生み出してきたのだから、せっかっくだから、欧米の人たちに、「彼らなりの鑑賞法」もモチロン尊重しつつ「私達にとっての私たちの日本美術」を「彼らの文脈の言葉や表現」を使って説明できたら、一粒で二度美味しくなるでしょうね。
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登録日:2007年 09月 24日 02:51:37
ブツゾウをめぐる韓国と日本のチガイについての論考?!
【9月11日 AFP】(一部修正)韓国で1300年前に建造された巨大な仏像が、ほとんど無傷で発掘されたことが分かった。
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(c)AFP
その前に・・小さく宣伝。
ワタクシごとではありますが、私、本が出ました!(20日だけどね)。
↓↓↓
掘れ掘れ読本
ユルいタイトルです。
2ページ見開き完結♪見所は・・・本の半分を占めるイラスト、なかでも世界のユルい土偶コレクションは我ながら見るたびに笑えます。
一応、20日に同時に買おう♪というプチ祭りやってるので、よろしかったらふるってご参加ください。
■韓国人仏教美術学者、再び登場
たびたび登場する韓国人の友人(オンナノコ)の仏教美術史学者。バングラディッシュでの一年のフィールド・ワークを終え、アメリカで踏ん張っている彼女。
彼女がたびたび私に尋ねるのが「どうして、日本の仏教彫刻は木造なんだろう?」
私が知るわけもありません。なんてったって、仏像ったら木だろう、たまに金属(奈良の大仏とか)くらいのイメージしかありませんでした。でも彼女が言うには「でもね、韓国では仏像といったら”石”なのよ。」
私はまだ、韓国の仏像が石仏が中心なのかどうか、自分では確かめていません。が、極東仏教美術でイーファ大で修士を取得、日本の名古屋大学にも留学していた、その上、アメリカの最も権威あるインド仏教美術学者について博士号取得予定者になった彼女が仏教美術について言うことは、基本的に鵜呑みにします。
■この問いかけの意味は?
「え?韓国は石仏なの?日本にもたまにあるけどね羅漢とか。」
「ねぇ、日本にも石くらいあるでしょう・・・?どうして石仏が主流にならなかったのかなぁ?」
このやり取り、一体何が重要なのかと思うかもしれません。
私たちは一応、美術史で方法論なんかも(私はウロ覚えですが)知っているので、ハっとなるのです。
まとめて箇条書きにしましょう。
1.仏教美術は鮮半島から日本にやってきた。(5世紀頃?)
2.仏教美術を作れる職人も朝鮮半島から日本にやってきた。
3.朝鮮半島では仏教美術は石仏が基本。
■「形は素材に依存する」
ここで・・・重要な事柄が。
「形は素材に依存する」という美術の歴史の基本事項があるんです。
古い時代・・・堅い石を算出する地域では、四角ばったデザインになりがち。(例:エジプト、花崗岩や玄武岩など)柔らかい石を産出する地域では、ゆるいデザインが可能。(例:メソポタミアの石灰岩、ギリシャの大理石)
ようは、素材によって、作りやすいものを作るのが、人間の自然の行動だろう、というような常識的なところです。
だから・・・石で仏像を作る技術と、木で仏像を作る技術って全然違うん筈なんです。
道具も違うだろうし、力の加減も違うだろうし。石なら簡単なデザインが、木では難しいこともあるだろうし。逆に、木であれば簡単なデザインが、石で再現しようとすると至難の業だったり。(*注1)
回りくどいことになりましたが
「石で作ってのと同じようなもんを、木で作るのはそれなりに工夫したり、いろいろあったはず」
つまり、彼女の疑問は「だって日本にも石があるんだから、同じような仏像を作りたかったら、石で同じようなものを作るほうがはるかに簡単なのに、なぜワザワザ木造にシフトしたのか?」
ということなんですね。
■私の答え?
うーん。まだ分からないけど、「日本のほうが木材が豊富だからじゃない?」と適当に答えたら「朝鮮半島にも木は生えている」だった。「日本文化ってフェミニンだからじゃない?」といえば「鎌倉彫刻はフェミニンか?」たしかに・・・。
メンタリティのモンダイとか、美意識のモンダイとか、絡んでくると思うんですけどね。
これととても繋がってくるような気がするテーマで・・・次に機会があったら「その地域の自然環境・風土が、その地域の美術の造形に影響を与えるか?」というモンダイについて書きたいです。これはですね、イタリアの各地域の美術の比較でとても面白いことが見てくるんです。そういうのも知ると、アートが面白くなるかもしれないですね。
(注:1 これは、ギリシャのブロンズ彫刻のオリジナルを、ローマ時代に大理石で模倣したものが、多く重さを支えるためにヘンな接木を作ったりしているのでもわかります。
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登録日:2007年 09月 15日 03:55:59
- プロフィール
- 秋田麻早子
- ■プロフィール:
Art Historian たぶん美術史学者、ときどき考古学。
アメリカの僻地の大学・大学院では西洋美術史を専攻。
でも論文を書いたのはアケメネス朝ペルシャ。
・・・美術史という素材の調理方法の可能性を模索しすぎで
エントロピーの法則な日々。
美術史・考古学を軸に、幅広く文化史的なモノゴトとか
特に、アートや学問の世界の面白いとこをご紹介しちゃいましょう。
MA in Art History 2002, University of Texas at Austin
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