2008年 10月
段ボール・アート
そうだ、せっかくだから
すっごいアート?!があったら
そういうのも紹介しなくっちゃですね。
段ボールでこんなスゴイものが!!
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登録日:2008年 10月 31日 05:04:25
ある意味、リアリティの追求
【10月8日 AFP】生涯をかけて偉大な先達の芸術作品をたたえ、再現し、そして破壊しようとし続けた、画家パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)――。
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(c)AFP/Emma Charlton
現実っぽい、写実っぽい、見たまんま、まるで写真みたい。
そんな絵は『上手ねぇ』という感想を呼ぶと思います。
子供の頃、そういう絵が描ける子が、絵がうまい子、と呼ばれました。
でも、写真みたいだからって、全部の写真が綺麗に感じるわけじゃないように
必ずしも『綺麗ねぇ』とはならないかも!?それから
あぁ、『いいなぁ、ぐっと来るなぁ』となるとも限らないかも・・・
■絵画って?の漠然とした一般的なイメージ
なんのことよ?!という出だしになってしまいましたが
美術作品の話がしたいんです。
中でも絵画に絞って。
絵画と聞くと、"自然をより上手に模倣して
ちょこちょこっと手を加えて、それなりにリアルだけど
目ざわりなリアルは除外して、目に心地良いものを描いて
心地良い二次元を作り出すものじゃないかな?”
という漠然とした一般理解があると思います。
そして、『何もそれ以上に奇をてらったことをするなんて、金持ちの道楽じゃなかろうか・・』
という印象を受けている人も多いような気がします。
金持ちって普通のものに飽きて、ヘンテコなもの欲しがったりするよな
あぁいう感じかな?裸の王様ってやつじゃないの?!まで思う人だって
いたって責められない、それくらい、なんでもアリで
主観オンリーの世界に見える、それが絵画?!
■絵画への苦手意識のはじまり
そういう『目に心地良い』二次元を創作することが、絵画の目的だとしたら
やたらと写実(スーパーリアル)であるとか、ましてピカソのような、まぁ普通に考えたらメチャメチャに見える絵は
絵画の本来の目的から逸脱して、何か別の方面に走ってるんじゃないかな・・・と思えるんじゃないかな・・・
だけどよく分からないな・・・でもそれ言ったら、誰かに怒られそうだな・・・うん、怒る人おおそう・・・
でも、だからって『どうして?』って聞くと『口答えしないのっ!!』ってまた怒られそうだな・・・
私は、これが普通の考え方だと思うし、心地良い絵画も大好きな身としては
そう思うことも不自然じゃないと思っています。
そう思う人にも納得のいく説明というのが
ずいぶんと疎かにされたまま、ずんずんと『ピカソ方面の絵画』は突っ走って
私を含めた一般鑑賞者を蚊帳の外に放置しているようにも思えます。
この混乱は、当然なんです。
考えてもみたら、いろんな時代の、いろんな価値のもとに、いろんな社会的な制約等がある中で生み出された
『絵画』と乱暴に一つ括りにされた諸々の『二次元創作』が、美術館という箱の中にエイっと放り込まれて
現代の絵画制作者の作品も何もかも同じところにあったら、意図も意味も目的も、バラバラになるに決まってます!
その上で、感性で楽しむ、という感性の優れた人はいいんですが
感性方面に自信のない(感性があるフリを頑張った果ての私のこと)は、寂しく美術館を後にして
『やっぱり、ここは感性に自信のある人が心の中にいろいろ描きながら楽しむ場所かもしれない・・・』
とヤケになりつつ、TVでお笑い番組を手を叩いて笑いながら見たりして『こっちの方が、ある意味芸術だし
その、芸は芸だし・・・』なんてお笑いの現代における有益さを、ボソボソとつぶやきたくなるわけでです。
■ピカソのすごさは何ですか?という謎
ピカソのすごさ、そういうものを考えるとしたら、まず、ピカソがどういう時代に生まれてきて
どんな芸術がスゴイといわれたり、飽きられたり、新しく生まれてきたりした時代なのか?
ということも知らないと、分からないものだと思います。
もしかしたら、ピカソと同じ時代で、同じ空気を吸って、大体それなりの素養でもあったら
『感性』だけで理解できたかもしれません。
だけど、一緒に作品を作っていたジョルジュ・ブラックですら『やりすぎちゃうのん?!』とピカソの作品にびっくりしたほど。
だけど、ピカソ、すごいらしい・・・みんなスゴイって言う・・・どうしよう、どうしよう・・・わけわからない・・・
私は、こういう疑問・不思議に思う気持ち、捨てちゃいけないと思います。
こういう素朴な疑問、丁寧に見直していくって、とても大事だと思います。
1.)ピカソという人は影響力がすごい、とか、2)若い頃は写実的な技術の高い絵も描いていたから、とか
3)なんかコンセプトが新しいから、とか、4)ものスゴイ膨大な量の作品を生み出したから、とか
5)さまざまなメディア(彫刻だとか、版画だとか、いろんな手法で)の作品を作ったから、とか
6)さまざまな新しいスタイルを生み出したから、とか、スゴイと言われる理由は沢山あります。
これでも十分だと思う人もいるだろうけど、私はそれでもまだ、よく分からないなぁ・・・
例えば、2の理由。わりといろんな人から聞くけど・・・
小さい頃に絵が上手で、大人になって変な絵を描くのがスゴイって理由、なんだか納得できないもの。
だったら自分だって!って思う人も結構いるだろうし、そんなの美大とか行ったら、そういう『上手』な人の宝庫です。
じゃ、ピカソ、何がスゴイんだよーー!!って。
■納得できるか、できないか・・・素通りするか・・・
でもね、20世紀で最も影響力がある芸術家の1人、と言われるピカソのスゴイということを納得するのに、そんな簡単なはずないじゃんね・・・と気付くと、簡単に納得できない事実に納得しませんか?!私はそう思ったんです。そんなスゴイこと、私がすぐに分かるんだったら、たぶん、おそらく、きっと、そんなスゴくないや・・・
これ、アインシュタインは相対性理論ですごい、って言われてるけど、一般相対性理論とか理解できる人
多分、そんなにいないんだけど、だけど、すごいっていうの、それに似てる図式かもしれません。奇しくも、20世紀に影響を与えたすごい数人の1人だと思います。
アインシュタインの場合は、ピカソよりは割と当たり前に納得しちゃうことが、多いと思います。これ、説得力あるお話で説明されてるからだと思うんです。科学のこういうのが、とか、ああいうのが、とか、説得力がわりとある。仕組みわからないけど、それならスゴそうな気がする、みたいな。この感覚大事だとおもいます、だって、イイのは分かったけど買うか、買わないか、みたいな分かれ目みたいで。
ピカソについても、そういう風に『なるほどー』って、分かってないけど、分かったことにするんじゃなくて、アインシュタインみたいに『それじゃぁ、本当にすごそうだなぁ』って分かる道筋、あってもいいと思うんです。
美術については、そういう実もふたもないことしたら、価値が下がるんじゃないか、というような雰囲気、というか
空気があるような気もしますが、それは・・・そうかもしれないところもあると思いますが
(美人な女性が美しさを保つために努力している姿を、必ずしも見るのが良いとは限らないように)
・・・価値を下げないで、なおかつ簡潔に分かりやすく、親しみやすく且つ敬意を保てる
そういう説明があってしかるべきだと思うんです。
そこで、私はあえて、私が思った一つの考え方。
それで『へぇー』って誰もが納得するかどうか分からないけど・・・
だけど、私にはかなり納得できた道筋というのがあります。
少しだけここでお話すると・・・絵画の一つの目的が『リアリティの追求』にあったとしたら(例:肖像画とか)そのリアリティとは何か?というところに一石を投じるのも絵画の仕事かもしれません。多くの人が、リアリティのある絵画(しかも心地よい)が納得いくものです。例えば、ピカソも真似をしたベラスケス。スゴイ、納得!って気持ちです。さすがバロック時代を代表するスペインの宮廷画家!あんまり疑問湧きません。
ところが、20世紀のリアリティ、というのは、前の世紀とも、その前の世紀とも違ったものでしょう。地域によっても、リアリティというのは、リアルに感じるという感覚、それはずいぶん変化します。
そういったところを掘り下げたとき・・・ピカソのスゴさみたいなのは、単に技術とかそういう次元とは別のところで『へぇー!』を含んだものが出てくるような気がするんです。
さて、この続きを近々書けるといいな・・・って、乞うご期待!
わりと、沢山の説明が必要になり、しかも、補足に次ぐ補足!みたいなものになるかも?!割と、口頭では話したりしてるんですが、文字にしないと、文字にしないと!
でも、トライです、トライ!!
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登録日:2008年 10月 31日 02:44:15
言葉にすると
【10月15日 AFP】ノルウェー南部ドランメン(Drammen)近郊を流れるドランメンセルバ(Drammenselva)川の水面(みなも)を鮮やかに彩る紅葉した木々。(c)AFP
宇多田ヒカルのファーストアルバムのB&Cという曲に
「言葉にすると魔法とけちゃう」というフレーズがあるんですが
とても感動したり、ものすごく深く思ったりするようなとき
それを言葉にしたら、白々しい気がしたり、思いが狭められる気がするようなときがあります。みんな、これだけ言葉に頼る生活をしながら、どこか言葉をバカにしていたり、軽んじたり、言葉を疑ったり、責めたり。まるで恋人の気持ちを試すような、そういう意地悪なスタンスで言葉と付き合っているように見えてきたりしています。
なるほど、言葉の限界を感じる、それは感動するようなときには、いつもあります。
言葉に頼ってコミュニケーションをとっている毎日、それでも言葉以外の情報だってとても多いのに、だけど言葉はその中で「優位」な立場であることにかわりないんです。
目は口ほどにモノを言う、というけれど、それは口があった上での目、ということが多いんじゃないかと、なんとなく思えます。言葉のチカラを過信しすぎた時代を過ぎて、言葉のチカラを軽んじすぎる時代になっているような気すらする。
今、お手伝いというか、なんとなく居座らせてもらっている研究室の先生が
「例えば海に落ちる夕日の綺麗さ。そういうのを、全盲の人にどうやって伝えるか。そのとき、ただ夕日が海に落ちていて、すごく綺麗で、と言っても伝わらないんだよ」
そんな話になりました。
例えば、この湖にうつる紅葉した木の綺麗さなんて、言葉を尽くしても伝わらないと思ってしまったら、そこで終わり。綺麗だと思う、どうして思う、なぜそう感じる、どうしてほかの木と違う、緑のときと何が違う、それ、言葉以外で伝える方法、何があるんだろう。沢山あると思う。ある、だけど言葉はそんなに無力じゃない、と思ったりするんです。
最近、全盲の方と楽しく話す機会に恵まれているのですが、その中でも鉄道の大ファン!という方と井の頭線の話になりました。果たして、見た目の話をするのは、どうだろうと思ったけれど、きっとそんな事に気を使うほうが失礼だと思えるくらいの人だったので、思いきって「井の頭線の車両は、七色七種類あるんですよね!」と話すと
「そうなんです!!!でも七色といっても、細い帯状のシールみたいなのが貼ってあるんですけどね!!」と大喜びで、そのあと、話も弾む、弾む・・・取り越し苦労するより、どんどん交換しなければと思いました。同じことを、全盲かつ全聾の方とお話しているときに思いました。
「情報が多すぎて大変な人に比べると、少なくて楽かもしれませんねー」とユーモアたっぷりに会話(発話が可能な方)していると、コミュニケーションの可能性と限界と、両方について、今ここで、とりとめのない形でしか書けないけれど、どうしても考えて、不思議な気持ちになっているといわざるを得ません。
例えば、赤い色。何を感じるのか?
温かいような、闘争心が湧くような、元気が出てくるような、だけど、何か過剰な気持ちにもなる、情熱だけが先走っていて人を傷つけてしまうような気持ちになる、威圧感を与えたり、血の色を想像して生きている実感を表現しやすいような、赤の中にもいろんなバリエーションがある中で、いろんな気持ちを伝えられる。
色って、目だけで見ているのかしら?
じゃぁ、どうして赤い下着が縁起がいいと言われるのか。
最近なかよくなった、とても感性豊かで知的な風俗勤務の女性が言っていました。「赤いボールと白いボールを箱に入れて、見ないで触る。そうするとね、赤いボールの方があったかいから、何度連続でも赤い方を選ぶことが出来るの」
目が見えない人にいろを伝えるのに、温度を使ったりすると聞いたことがあります。
形を見て数字が浮かぶ人と話したり、私のように数字に色がついている人間がいたり、味で音を感じる人もいる。誰しもが五感はある程度の互換性を持っていて、それを第六感と呼んでいるのかもしれないと感じる日々です。
どうやったら、言語至上主義の社会の中で言語そのものがさげすまれたりする中で、五感のほかの能力に長けた人を評価する「客観的な物差し」を作り出すことが出来るのか、そういうお題を先生から貰いましたが、それは素晴らしい能力を持ちながら不遇であったり「生き難い」「困難」を抱えている人との共同作業になりそうだなぁと感じています。
賛否両論、とっても危険な思想を言葉にしましたが、きっと伝わるかどうか微妙なテーマだと分かりつつも、書かないでいられないような、そんなもどかしい、どうしようもない、そんなテーマなんですね。
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登録日:2008年 10月 16日 05:48:03
- プロフィール
- 秋田麻早子
- ■プロフィール:
Art Historian たぶん美術史学者、ときどき考古学。
アメリカの僻地の大学・大学院では西洋美術史を専攻。
でも論文を書いたのはアケメネス朝ペルシャ。
・・・美術史という素材の調理方法の可能性を模索しすぎで
エントロピーの法則な日々。
美術史・考古学を軸に、幅広く文化史的なモノゴトとか
特に、アートや学問の世界の面白いとこをご紹介しちゃいましょう。
MA in Art History 2002, University of Texas at Austin
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