2009年 03月
peace in terris 地上の平和
【3月8日 AFP】イラクの首都バクダッド(Baghdad)中心街のパレスチナ通り(Palestine Street)の警察学校前で8日、自転車による自爆攻撃があり、少なくとも28人が死亡、58人以上が負傷した。
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(c)AFP/Ammar Karim
どうしてそんな事をする?なんでそんな事を思う?ひどいことじゃないか!悪いと思わないのか!私ならそんな事しない。ひどい事が起こると、憤慨する人は多いし、許せないと言ったり、ムカムカしたりする。
幸か不幸か、世の中にはいろんな考え方の人がいます。それが間違いのもとなんだ!皆おなじ考えになれば平和なんだ!と思うかもしれません。一瞬、良い考えに思えます。でも、同じ考え・・・同じ考えってどんな考えでしょう。どう皆が考えたら、いいんでしょうか。そういうとき、皆が自分と同じ考えなら良いのに、と思うのでしょうか?そう思う人もいますよね。そういう人はファシストとか呼ばれちゃうかもしれないですが。
同じ考えでも、同じ状態になれるとは限らないのが困ったものです。私は粗食でも幸せなのよ。という考え方は、貧しいのを我慢した果てにその考えに至るのと、大金持ちの奥様がダイエットも兼ねてそう考えるに至るのとでは、共有していても、何か違うような気がします。同じ考えかもしれないし、二人は同じ食事を美味しいねと見詰め合っていえるかもしれないけど・・・でも、深みとか、重なっている層というのか、そこに至るつながりが全然違うという感じです。ずっと同じ考えを共有できるかなぁ?と思ってしまいます。
同じ考え、といっても、その瞬間同じなのと、数週間後、一年後、10年後も同じ考えかどうかは、さまざまな要素で違ってくるような気がします。
私は古代の美術を勉強していましたが(最近ではすっかり、別の方向に転がっていますが)、現代と似た様なものが古代から見つかっても、必ずしも「同じ意味」「同じ重要性」を持っているとは限らないと知っています。逆もあります。私達にとって、当たり前となった「文字」なんかが、古代では一部の特権階級だけが駆使できるハイ・テクノロジーだったことだってあるんです。同じ文字、一緒だ!と浮かれる気分もありますが、その深みの違いには愕然とさせられます。私のようなボンクラには紀元前1800年頃だったら、学ぶチャンスすらなかっただろうからです。
ちょっと一段落だけ話が逸れます。
最近、皆本当は同じ考えなんじゃないかな?とふと思うことがあります。ただ、その表現の仕方、手段の選び方が違うだけだと。とにかく、まぁ、なんとなくだか一生懸命だか、生きて、それなりの、あるいは精一杯の幸せとか生きがいとか、そういうものを見つけたりする、楽しいなぁと程度の差こそあれ、感じたりしながら生きたいわけです。ただ、そこに「危険なことにハッピーを見出す人も」「ルーティンを毎日こなすことに喜びを見出す人も」「ときどき興奮することがあって、普段は普通であることに幸せを見出す人」もいるわけです。脳の麻薬物質の出ている量は同じかもしれないけど、それを引き出す「手段」が「ケンカ」「ちょっと豪華なランチ」「今日も整頓された部屋」「火薬等で演出される過激な場面」とバラバラの可能性があるわけです。
尊敬する福島智教授(全盲・聾の方です)が東大のトップ研究者30人ほどを紹介する本での言葉が頭に刺さっています。9歳で視覚を失い、19歳で聴覚まで失われた先生の当時の日記からだそうですが、ちょっとだけ引用します「みんな一様なものからは何の進歩も生まれない。また異なるものをただ一様にならそうとする努力からも、何の進歩も生まれない。」障害者を普通のレベルにもってくる、平坦にしようとする、そこから何が生まれるんだろう?という発想から、そのような結論に至られたようです。
というわけで、同じ考えについて戻ります。
同じ考えを共有しさえすれば平和になったり、何もかもうまくいく、という発想は、もしかしたら安易ではないか?と思えてきます。生まれながらに人が平等だと、仮にしたとしても、姿形は違うし、生まれてくるタイミングも違う。平等にチャンスは与えられていても、人によって条件は違う。でも、その条件は優劣でも上下でもないはずです。ちょうど、お料理名人を集めて、料理を皆でしましょう!といって、あなたにはニンジン、あなたにはホウレン草、あなたにはカブ、と別々の素材を渡したら、違う料理にはなりますが、きっと皆美味しくなるんです。きっと皆お料理名人なんです。みんな違う野菜かもしれないし(お肉かもしれないけど)、だけどお料理にちょっと工夫してみたら、美味しくなれる。
同じになろうとすることは、とても危険な発想かもしれない・・・違うことを認めるって、認めた上で美味しく料理していくって大事じゃないかな?と思ったのです。テロリストにも言い分があるのか?と言うかもしれない。私に言えることは、テロリストになってしまう人は・・・ならないで済む道を知らずにきた、テロリストになってしまうことが残念で痛ましいことだと知る機会・教育・指導者に恵まれなかった、そんな事を筋道たてて考えるということすら知らずにきた、おそわっても理解することも出来なかった、などと私はまず想像してみます、ということだけです。喜んでなっているように映っても、人って果たして自分にとって好ましい選択を確実にいつもやってるでしょうか?知識不足、経験不足、理解力の不足等で・・・自分にとっては不都合なことを喜んで受け入れたりして、知らないまま過ごしている事も沢山あります。その度合いが、同情できないほどに激しい人たちが、道を踏み外したといわれるのかもしれません。
知らない世界の知らない環境で、知らない人に囲まれて、知らない世界観の中で、下手をしたら極限状態で日々を過ごす・・・そんな人たちの選択について、私は何も判断ができないでいます。
『史記』の中で司馬遷が易経の言葉を引用しています。「天下のおもむくところは一つであっても考え方は何百もあり、帰着するところは同一であってもそこへの道筋はことなる」ただ、どこから出発するのかの違い、何を重要視して、何を後回しにするか、の違いです。
それなのに、重箱の隅をつつきまわしても不毛。必要なのは、共通言語。共通の基盤。
そのためには、各方面の専門家は「翻訳」作業をする必要があるのではないかな?と思います。お互いの専門分野すべてに精通するなんて、人生が1800年くらいあるなら可能かもしれないけど(それでも無理だと思います)出来たものじゃない。だから、かいつまんで分かり易く、誤解のないように。そういう作業を通して、円卓を囲んで合意が作れたら、そしてそれが可能な限り、適宜補ったり修正したりできるように、それが煩雑じゃないように、ちょうど我々の体が意識の方がぼんやりしていてもバッチリ働いて消化したり分泌したりしてくれているような、そういうシステムを作り上げられたらいいのになぁと、ぼんやりと散歩しながら思った暖かい日でした。
PS バチカン市国のHPはスゴイです!1968年のヨハネ23世の回勅を読もうとしたら、すぐに出てくるんです!スゴイです、インターネット最高!!
カテゴリー[ 歴史・考古学 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2009年 03月 16日 19:57:35
- プロフィール
- 秋田麻早子
- ■プロフィール:
アメリカはテキサスで西洋美術史を専攻。現在、博士課程で美術史・考古学なんかを面白がるコミュニケーションを鋭意研究中。
著書に『掘れ掘れ読本』(バジリコ 2007)。笑いのとれる考古学入門書を目指したもの。
連絡先:
mana_mana_chan@hotmail.com
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