「アート」の媒体(メディア)の変遷
<第42回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭>オープニングセレモニーにレネー・ゼルウィガー登場
【6月30日 AFP】6月29日から7月7日にかけて開催される第42回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(42nd Karlovy Vary International Film Festival、略称:KVIFF)が29日に開幕を迎え、米国女優のレネー・ゼルウィガー(Renee Zellweger)がオープニングセレモニーに出席した。(c)AFP
多分、20世紀から21世紀にかけて、「映画」という媒体が、アート表現のメインストリームだったと言われるんだろうな、と思います。
アートって、アートの歴史を見ていると・・・
・かかっている金額のデカさ
・高い技術&メッセージの融合もしくは、メッセージそのもの
・影響を与える範囲の広さ
・時代が求めてる!と感じる何か
こんな点をみると、映画は完璧にアート。
でも、映画こそが、アートの主流、という言い方は、そんなアタリマエに受け止められているものじゃない。
ちょいと説明すると・・・
■アートといえば?
アートという単語を聞くと、今の時代ではイコール「ギャラリー(画廊)」とか「美術館」を思い浮かべるし、そういうところと関係あるのがアートなんだろうと。そういう連想がある。また、ワケわからないもの、というのを冗談で「アート」と呼んだりする。
つまり、まぁ、一般人には理解しがたいが、そういうのが分かる人にとってはスゴイらしい、ということらしい、というようなモノがアートとして認識されているわけです。
でも別に、アートってワケわからないものという意味ではないんです。たまに時代の先端のものだと、普通の人には理解できないけど、少し時間がたつと「なるほど」ってことになる。だから、ワケわからない映画のことをアートって言ってるんじゃないの。
スターウォーズみたいなのもアートだと。
■100年後の世の中
さて、では、100年後にはアートってどういうものになっているんでしょうね?はてまた、100年後の人は何をもって「アート」と呼ぶんでしょうね?
たとえば、日本人にとって、15世紀あたりなら、水墨画とかがあったんですよね。
江戸時代なら金箔屏風絵なんかがアートだったわけですよね。
木版画とかね。
でも、今は?
ほら、油絵だったりとか、西洋の技術を使った版画とかだったりするでしょう。
変わったのは何かというと、媒体です。
メディア。膠(にかわ)で溶かした絵の具を使った日本画も、あるにはあるけど、油絵的表現に大きく影響されちゃって、もう、どこに行ったらいいのか、何したらいいのか迷走中のような状態です。
(ある意味、アニメ・漫画が日本画の正統な後継者じゃないかと思いますが、これはまた別の機会に!)
■メディアという言葉
メディア、という単語も日本では、マスコミとかそういう情報媒体ばかりを指しますが、実際は情報に限らず何かを運ぶものがなんでも「媒体」なんです。テレビとか新聞とかラジオとかインターネットとか雑誌とか絵画とか彫刻とか映画とかクチコミだって、ある種、全部メディアです。それの形が違ったり、運ぶ情報の内容が違うだけで。
正統にアートと誰もが認める西洋美術だって、実はね、メディアの変遷はしょっちゅうあった。西洋のアートっていうと、油絵とかを思うでしょう?でもこれは、ルネサンス頃に発明されたテクノロジーで、ニューメディアだったんです。
今でたとえるなら、インターネットの登場!みたいな。
例えば、ルネサンスの初期なんて、それまでは、板の上に卵で溶いた絵の具を乗せて描いてた。それだと、色はとってもきれいだけど、ぼかしとか難しいし、速いタッチで描けないから、どうしてもオトナシイ表現になる。
油絵が登場して、荒々しいタッチだとか、勢いがある表現が可能になったりして、ルネサンスの「躍動感」みたいなものを支えたわけです。
■今の時代で言うと・・・
例えば、今の時代でも、TV全盛の時代から、インターネットや携帯などの並存の時代がきたわけで。そうすると、広告のやり方もかわる。TVコマーシャルがネットと連動したりする。技術(媒体)の変化が、表現の形式そのものを変えたりします。
そうね、広告もきっとアートのジャンルとして扱われるでしょうね。
やっぱり、大きなお金が動いているというのは、それだけ人の注目・関心・欲望が渦巻いているということで、それだけ影響力もあって。それには、それなりのエネルギーとかメッセージとか(良くても悪くても)なければ、人のココロには訴えない。
映画なんて、その最たるものじゃない?
みんな、映画をみて、いろんな事を考える。しかも、そういうことを意図して作られている。ワケわからない、といわれて、少しの人だけに影響を与えている、19世紀っぽい「アートらしきもの」より、よっぽどアートだと思うんです。
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登録日:2007年 06月 30日 22:33:52
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- プロフィール
- 秋田麻早子
- ■プロフィール:
アメリカはテキサスで西洋美術史を専攻。現在、博士課程で美術史・考古学なんかを面白がるコミュニケーションを鋭意研究中。
著書に『掘れ掘れ読本』(バジリコ 2007)。笑いのとれる考古学入門書を目指したもの。
連絡先:
mana_mana_chan@hotmail.com
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