自分の決断が与える影響の大きさ・・・

都内で「ラロックの聖母」除幕式

【7月20日 AFP】都内のフジテレビ本社で18日、レオナルド・ダビンチ(Leonardo da Vinci)が描いたとされる『ラロックの聖母(Madonna of Laroque)』の除幕式が行われた。式典には、現在この絵画を所有している団体の代表者3人、フランソワ・ルクレー(Francois Leclerc )氏、ギー・ファダ(Guy Fadat)氏、ジャック・プルースト(Jacques Proust)氏も参加した。(c)AFP

AFPBB News


この絵がダヴィンチのものかどうか、私には分かりません。

なんとなく・・・ダヴィンチにしては、人物の手の形あたりが怪しい気もするし、左の赤ちゃんの顔なんかがダヴィンチっぽくないんじゃないかなぁ・・と思いもしますし・・聖母のポーズも、あまりダヴィンチの特徴的な顔と体の向きのねじれもないような・・・洋服の襞も、あれくらいの名人のダヴィンチにしては・・・なんか・・・習作と比べても・・・いや、それくらいで決めちゃだめですが、限りなく、違うんじゃないかなぁ・・・という気持ちがありつつ・・・というか、これがダヴィンチだったら、ずいぶん他の作品もダヴィンチということになってしまうんじゃないかなぁと。。。

そもそも、レオナルドの絵は
(あ、ちょっと気取った言い方をしてみました・・・美術史の本では、ルネサンス三大画家はファーストネームで呼ぶのが慣わしみたいです)真贋が、少なくとも、当人の絵なのか、模写なのか、弟子の絵なのか、同時代の似た感じの絵なのか、論争がすごいものなんです。有名な『受胎告知』ですら、レオナルドが関わっているのは部分だろう、いや、部分によっては弟子だろう、とか・・・なんなら、有名な自画像だって、真贋が問われているくらいです。

■科学は鑑定の決め手になるのか?!

では、一体全体、どうやってダヴィンチなのか、ダヴィンチであるのかと、専門家は見分けるっていうのでしょう?きっと想像されるのは、科学的な分析・・・絵の具の成分分析だとか
炭素同位体だとか、X線だとか、そういうものですよね?

だけど、炭素同位体に「ダヴィンチ」ってサインされてるわけでもなし、同時代の作品かどうかはわかっても、ご本人の筆になるものかまでは、証明することはできない・・・たとえ、ダヴィンチのDNAでも分かってて、彼の細胞のかけらでも、見つかったとしても、それが「彼が描いた」証明になるわけでもないですよね。

ことほど左様に、絵の真贋って、科学でもサポートする限界があるってことです。
もちろん、裏づけとして強い証拠力があるのも確かではあるのですが。

■ルネサンス美術の悩みどころ、困ったダヴィンチさん

では・・・どうやって分かるのよ!って思いますよね?
結局は、どういう経路で現代に伝わったか、確かな筋かどうか、という点が一つ。
茶道具でいったら、箱書きみたいなものでしょうか。
また、絵の具の成分も重要ですよね。画家には絵の具の使用する傾向というか、クセもあるわけだから、それと似通っていれば決め手の一つになるかもしれない。
しかし、絵の具が量産される時代以前には、画家は自分で絵の具を練っていたわけだから作品ごとに少しづつ違ったりするかもしれない。
またまた、雰囲気というかスタイルなんかも重要です。ポーズや表情、その描き方です。
これはとても特徴があるもので、特に何気ないところに出るといわれてます。
ルネサンスの有名な画家なら、判別のための『耳集』まであります。耳みたいなパーツに、意外にも個性が出るから、判定に役立つということで、出自が確かな絵の中の耳ばかりを集めた照合表なんかがあるんですね。

さらに、事が難しくなるのは、ルネサンスの時代は「工房制」だったこと。
つまり、師匠が大体の指示を出して、お弟子が仕上げたりするのは、当然の時代なのです。日本でもそうですよね?工房制、例えば漫画家さんならアシスタントさんを雇っていますよね。背景とか、人物でも重要ではない部分(洋服の襞とか)はアシスタントさんが担当する場合もあるでしょう。顔と手などの重要なパーツの線入れを先生が担当して、スミ入れ(黒く塗ったりする)はお弟子さんの場合もあるでしょう。

だからといって、作品が誰のものかというと、漫画家さんのもの、ということになるでしょう。
しかし、完全にその一人が作ったとは言い切れないところもあります。

絵といえば、一人の人間が最初から最後まで仕上げる、というのは割りと近代の発想。
絵の具ひとつとったって、チューブに入ったのは大量生産が可能になった19世紀半ばのこと!だから、絵の具の準備や、絵の支持体(キャンバスとか、板とか)の準備だって、一人じゃないのです。そうしたら、師匠のもとにいるときは、師匠の絵なんです。

ダヴィンチだって、師匠のもとにいるときは、端っこの人物を描くのを担当したって、その絵は師匠の絵なんです。

ダヴィンチさんは更に、困ったことに、割と描き方に実験的なところがある。際立った特徴もあるんだけど、やはり実験的なこともする人だから「レオナルドはこんな絵を描いた例がない!」という事実だけで、ある作品を彼の作品ではない!と言い切ることが難しかったりもします。レオナルドさんなら、これくらい飛躍する可能性はあるかもな・・・と専門家もちょっと深読みしちゃうみたいです。

■線引きが難しい

さぁ、真贋って難しいでしょう?何をもって、真贋というのか・・・
ルネサンス時代なら、同じ工房だったら、きっと偽物っていうのは、大げさすぎるなって思いますよね。そして、制作された時代がレオナルドとは全く違ったら、偽物!と思ってしまうけど、もしかしたら、専門家が勘違いして勝手に他人の作品をレオナルドだと決めてかかったのかもしれない。

偽物にもいろいろあるし、ホンモノだと決めるにも、いろんな基準点?!というのがあるというわけで、なかなか決めるのは難しいのです。

そして、さらに判断を難しくするのは・・・レオナルドの作品であるか、ないか、というのが『値段』に大きく響くということです。つまり、人の欲に大きく絡む、ということですね。

ここで質問。

もし、あなたが専門家で、明らかに偽物を目の前にしていたとする。
だけど、それが偽物だと分かるのは、自分を含めて、ごく少数だとする。
それをホンモノだといえば、とても儲けになるとする。あなたならどうしますか?

また逆に。それがホンモノだと確信できたとする。
間違いないと思ったとする。
でも、物事に絶対はないという良識があなたにはあったとする。
万に一つくらいは、違っているかもしれないが、99%本物だと思ったとする。
しかも、それには大金が絡んでいると知っている。
あなたは、それをホンモノだと主張できますか?
万が一、それが偽物だと後に分かったときには、あなたの専門家としての見識に大きな傷がつきます。
さて、どうするでしょう?

美術の鑑定というのは、なかなか、名誉といろんなものを賭けたものだと思いませんか?

ある意味、今の裁判員制度に対する感覚に近くないでしょうか。
自分が下す決断が、自分が関わる決断が他人に及ぼす影響の大きさが、自分の判断そのものに影響を及ぼす場合もあるでしょう。

そういう事は、必ずしも司法の現場だけではなく、いろんな分野のさまざまな場面に起こりうるんじゃないでしょうか。美術なら、他愛ない、無害だ、と思うとしたら・・・それは、ちょっと、美術の世界を性善説で捉えすぎかもしれません。そうあって欲しい気持ちも沢山ありますが。

カテゴリー[ アート ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2009年 08月 03日 22:24:10

Trackback

この記事に対するトラックバックURL:

カレンダー
< 2009年 08月 >






1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31




プロフィール
秋田麻早子
■プロフィール:
アメリカはテキサスで西洋美術史を専攻。現在、博士課程で美術史・考古学なんかを面白がるコミュニケーションを鋭意研究中。
著書に『掘れ掘れ読本』(バジリコ 2007)。笑いのとれる考古学入門書を目指したもの。
連絡先:
mana_mana_chan@hotmail.com
検索