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<title>ニュースの中のアートな断片</title>
<link>http://www.actiblog.com/asako/</link>
<description>芸術や学問の世界にググっと迫る裏話とホントノトコロを探る</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>恐怖の天然スープのハナシ</title>
<category>歴史・考古学</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/58366</link>
<description>とってもとってもご無沙汰していました！！！<br />
戻ってきました、定期的に更新できるといいな・・・・<br />
こんなに放置し続けたのに、読んでくださってる方がいるみたいで。<br />
自分でも開いたのは、本当に久しぶりでした（笑）<br />
<br />
では、久しぶりに見たＡＦＰ通信のニュース。<br />
ポール・ゲッティがローマ時代の石棺を！<br />
<br />
ローマ時代の石棺自体は・・・まぁ、よくあるものかもしれません。<br />
具体的な写真等がないので、よく分かりませんが、石棺についての<br />
私が聞いたスゴイ話。<br />
<br />
■「スープ！スープ！」<br />
<br />
当時、私はローマ皇帝の墓についてのセミナーにいました。<br />
担当している教授は、ローマ皇帝の墓のコスモロジー（宇宙観）についての博士論文でイェールを出た美人先生。<br />
<br />
当然ながら、普通の人に比べたら、石棺を見る機会は圧倒的に頻繁。<br />
そりゃもう、頻繁。<br />
その頃、新しく見つかった石棺があり、それのオープニングに立ち会ったそう。<br />
<br />
「すべての石棺がそうってわけじゃないんだけど、密閉度が高かったのね・・・<br />
２０００年くらい経ってるのよ。<br />
<br />
だけどね、中身がね、スープなのよ、スープ！」<br />
<br />
液状化していたそうです・・・・。<br />
<br />
あぁ、考古学とか古代美術、ロマンとかいうけど、墓関連なんだもの<br />
そういう事もあるわね。<br />
呪いとか、そういうのより、直接やべ、気持ち悪いかも、無理かも、と思ったネタでした。<br />
<br />
■デュオニソスのお祭り<br />
<br />
棺おけのモチーフとして、デュオニソスは定番の一つ。<br />
いろいろと考えられますが、デュオニソスは神様の中でも、あの世とこの世を行ったり来たりした数少ない神様の１人なんですね。いくら神様でも、あの世とこの世を自由に行き来することはできません。<br />
<br />
そういう意味で、死の世界に繋がりがあるんですね。<br />
<br />
そして、デュオニソスのお祭り、というのはいわゆる「無礼講」楽しくてしょうがない、メチャメチャなものだったといわれてますが、どうだったんでしょうね？是非参加したいものです。私がイメージしているのは、今の六本木・西麻布の夜みたいな感じでしょうか・・・<br />
<br />
それから、デュオニソスのブドウとかブドウ酒とかっていう「図像モチーフ」は、かなりキリスト教美術にも取り入れられてますね。キリストそのものを描く際にも、こういうギリシャの神様の絵柄って使われてます。<br />
<br />
ヤングなキリストは、デュオニソスやアポロン的。全能の神としてのキリスト像となると、今度はゼウスっぽくなるんですね。異教の図像の伝統というのは、脈々と受け継がれているんです。元の意味は忘れ去られても。そういうことって、現代にもあるんじゃないでしょうか？探してみると面白いかも。</description>
<pubDate>Sun, 08 Jun 2008 02:52:21 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>はだかまつり②</title>
<category>カルチャー</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/51933</link>
<description>下記の裸祭りのポスターと連動して・・・私が思い出した中国で出版禁止になった本の表紙絵がコレ。<br />
<br />
味わい深い対比に感じられるのは私だけでしょうか？</description>
<pubDate>Sun, 20 Jan 2008 05:28:53 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>はだかまつり</title>
<category>カルチャー</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/51930</link>
<description>お久しぶりです。<br />
ながらく更新してませんでした、すみません！<br />
諸事情により・・・こちらに手をつけていませんでしたが<br />
ちょくちょく更新したいと思います。<br />
<br />
先月、朝日新聞のインタビューを受けたのですが<br />
そのとき、驚いたことにこのブログを褒めていただきました。<br />
<br />
こういう、ニュースと連動させた？！コラムのようなものが<br />
もっとあってもよいのかなぁと思った次第です。<br />
だって、ニュースだけだと、毎日洪水みたいに流れてきて<br />
どういう風につかみとったらいいか分からないですもんね。<br />
<br />
流しそうめんに、大量のうどんやソバまで放り込まれたら<br />
皆手当たり次第につかんで、何を食べてるのか分からなくなりそうです。<br />
<br />
<br />
さて、このポスター。<br />
この際、これがセクハラかどうかが、相当恣意的でもあるし個人差があることは<br />
誰もが思うことでしょう。<br />
<br />
私が面白いなぁと思ったのは・・・数ヶ月ほど前でしたでしょうか。<br />
中国で、とある本の表紙の絵がワイセツだといって禁止されたことです。<br />
表紙の絵は、18世紀末のフランソワ・ジェラールの描いた愛のキューピッドが恋人のプシュケの額にキスしているもの。<br />
たしかに、彼らは裸体ですし・・・プシュケの衣装はスケスケ。<br />
だけど、現代の西洋文明の人（日本人も含め）の多くが「美しい」でスルーしてきたような絵です。<br />
<br />
善悪の問題でも、是非の問題として論じるつもりもなく<br />
「あぁ、そういうことが問題になるんだ」という事実そのものを、心にとどめておこうと思った事件でした。<br />
<br />
そういえば、19世紀イギリス、ヴィクトリア朝時代は、ワイセツに対して非常に厳格で・・・その、脚（leg）という単語がいやらしい連想をするから、四肢（limb)という単語を使ったとかいう話を聞いたことがありますが・・・かえって、意識しちゃってイヤらしい気分になりますが。ヴィクトリア朝時代なら、上の２つはどちらもNGだったろうなぁと思った次第です。<br />
<br />
<br />
<br />
ちなみに、上記の３つの事柄に、相互関係はありません。<br />
単なる私の連想です。</description>
<pubDate>Sun, 20 Jan 2008 05:13:55 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>うん、たぶん</title>
<category>アート</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/49573</link>
<description>アートなの？という疑問が湧いてしまうのは<br />
きっと、アートってすごい技術を駆使した、多少高尚なものだろうという<br />
漠然とした思いがあるから・・・かもしれないですね。<br />
<br />
これは、自由って何？とか、人間とは？という問いかけと似ていて<br />
本来アートというのは、時代や地域や年齢だとかによって<br />
まったく違う定義を持っているものです。<br />
<br />
民芸品はアートなのか？などという問いにも、柳宗悦のような人が「美しい！」と評価する運動をすれば、アートの枠の中で語られ始めます。それまで単なる日用品だとか道具だと思われていたものが、です。<br />
<br />
同様に、縄文時代の土器などを「芸術だ！」と岡本太郎氏のような、現代で芸術家として功績を残している人が評価する運動をすれば、やはり美術の教科書に載るようになります。<br />
<br />
これは、必ずしも権威ある人が認めたらアートだ、という事でもないんです。<br />
<br />
誰が見ても美しいなぁ、すごいなぁ、感動するなぁ、と誰が評価しなくても、皆がいつの間にか認めてしまうようなアートもあるでしょう。日本だったら、京都や奈良のお寺や、そこに収められている彫刻などは、大抵の人にとって宗教的に大事だと思うのに加えて「芸術だなぁ」と感じるでしょう。<br />
<br />
そして、また別のところでは、大金持ちの人が芸術家の人に発注して、自分のためのオリジナルなアートを作ってもらうこともあるでしょう。そういうのもアートと呼ばれます。<br />
<br />
アートって何だろう？というとき、現代においては、特に一つの決まった答えはないといっていいかもしれません。<br />
アートはメディアかもしれません、アートはコミュニケーション・ツールかもしれません、アートは純粋に美を追求するものかもしれません、アートは人の心に訴えるためにあるのかもしれません、いろんな枠があって、もう一つの括りにするのは、ちょっと難しいかもしれませんね！かえって、混乱してしまうかも。</description>
<pubDate>Thu, 29 Nov 2007 00:01:51 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>月のウサギ</title>
<category>歴史・考古学</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/45677</link>
<description>アステカだったか、マヤだったか。<br />
この辺りは関係もあったので、どちらでもいいような気もしますが<br />
<br />
この地域でも、月に浮かぶ陰影が、ウサギに見えたそうですね。神様がウサギを月に投げつけた、というハナシが残っているそうです。日本人には、月の模様がウサギの餅つきに見える。<br />
<br />
そして、太陽に関しては、中国の人は、太陽とカラスを関連つけていて・・・ギリシャの太陽神アポロンの眷属がカラスだったりします。何か、人って考えることが同じなのか？というネタ元になりそうですね。<br />
<br />
きっと、カラスに関しては、太陽が暑そうで、焦げたとか、そういう発想じゃないかなぁと思います。<br />
<br />
（アポロンのカラスは、女神ヘラのトリ孔雀とヒト悶着あって、声と色をダサくされた、というハナシが残っていますが、これは割と新しい時代の話なので、元を辿ったら、焦げじゃないかと思った次第です）</description>
<pubDate>Thu, 04 Oct 2007 21:47:50 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>肌の色</title>
<category>歴史・考古学</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/45444</link>
<description>ハワス氏は今、ときの人ですね！<br />
<br />
センセーショナルな提言。<br />
ステキです。<br />
テーマは多少、タッチーですが。<br />
<br />
肌の色については、長らくタブーなハナシじゃなかったかと思うんですが<br />
これ、白人の人が言うと、アレだけど、エジプトの人が言うなら・・・ね？<br />
<br />
<br />
さて、ツタンカーメン。今のアメリカ基準での黒人だったのか、そうじゃないのか・・・<br />
<br />
より、地中海的？なんじゃないのかな。<br />
というか地中海との貿易も活発だった地域だけに、早い段階で人種が混ざっていた可能性だってあるでしょうね。<br />
<br />
厳密なハナシをしたら、黒人とちょっと肌が黒い人たちと、そのほかの黄色人種以外の肌が褐色系の人たちと、細かくわけたら全然違ってくるんだと思います。そういう中での、黒人かどうか、みたいな話でもあると思うんです。<br />
<br />
中国人と日本人と韓国人と・・・二千年前にさかのぼったときに、厳密にチガイが出せるのか、というのも微妙なトピックですが、そういう感じかなぁ・・・と。ちょっと違うけど。<br />
<br />
中国の人だって、中国の中でも、どこ出身か？というのが大事なようなのと、似てるような似てないような。<br />
<br />
歴史を背にすると、民族の誇りが育ちます。自分たちの先祖にエライ人、偉い文化が増えるほど、なんとなく誇らしげなキモチになるものです。<br />
<br />
いわば、取り合い？になったりもするのかもしれません。<br />
<br />
<br />
<br />
いずれにしても、ツタンカーメンは出土品が華麗なので、話題にしたときにも、話題そのものに華がありますね。</description>
<pubDate>Mon, 01 Oct 2007 03:35:49 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ナンノタメニ</title>
<category>カルチャー</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/45249</link>
<description>勉強。<br />
<br />
なんのためにするの？<br />
<br />
子供から聞かれたらどう答えるべきだろう。<br />
自分が子供のときにも同じ問いを、深く考えることもなく投げかけていたような気がします。<br />
<br />
この問いは「なんのために生きるの？」「人はどうして生まれてくるの？」「人生って何？」「どうして恋をするの？」みたいな問いと同じジャンル。<br />
<br />
答えを得ることが目的ではなくて、問いかけて、考えて、もがいていく過程そのものに何か意義があるのじゃないかと思える問いです。<br />
<br />
勉強をする、という行為は、一般的には教科書を読んだり、先生に教わったりすること、となっています。だけど、本当にそんなものでしょうか？よく「勉強になった」という言い回しがありますが、これは授業や講演だけで使われるものではありません。人生勉強などという表現もあります。<br />
<br />
例えば、私が今まで生きてきた時間の半分くらいは費やしてしまった美術の歴史とかだって、教科書だけで勉強できるものじゃありません。まして、先生からおそわるものでもありません。自分の五感や、悲しいことや、楽しいことや、辛いことや、嬉しいことや、そんな経験を全部ひっくるめて、キレイだとか美しいだとか大事だとか、そんなものに思いを馳せることができるわけです。<br />
<br />
一問一答だったり、四角四面なモンダイのための勉強だったり、そういう味気ないものは人が生きていく意味を考えるのに役にたつとは思えません。子供が無意味で無味乾燥だと感じても、それは素直で、とても安心できる感想かもしれません。<br />
<br />
でも、本当に自分の人生に向き合って勉強していくというのは、自分の人生ってナンだろう、どう生きるべきだろう、と真剣に悩みながら学び生きていくのは、とっても大変なことで。苦しいことで。大人にとっても、避けたいことだから、子供にもなかなか伝えられないような。「じゃぁ、オマエはどうなんだ」と小さい子供に言われたら、恥じるところが多い大人の方が多いかもしれません。でもそれが現実。それも現実。その上で、学ぶこと、勉強することは、自分の人生に華を添え、彩りを与え、意義を見つけるための手段だというのを伝えていけたらいいですね。</description>
<pubDate>Fri, 28 Sep 2007 00:57:02 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>一億総手先器用国ニッポン</title>
<category>アート</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/44936</link>
<description>「世界で最もフェラーリを見かける場所ってどこか知ってる？」<br />
<br />
某所にて、スノッブな会話。「LAのロデオ・ドライブと・・・青山の骨董通りですって。」<br />
<br />
まぁ、そうですの、おほほ。<br />
<br />
車って絶対、１００年後の美術の教科書には２０世紀を代表するアートって言われる気がする。ものすごい数の人が「ただ走ればいい」と道具として切り捨てることが出来ない、何かそれ以上の感情を車に抱いてるんだもの。そういう魅力があるってことだもの。金も動いてるし。<br />
<br />
以前も触れたかもしれませんが、日本人にとっての「アート」って・・・漠然とだけど「腕が良さが出てる」ってことだと思いませんか？車だとしたら、なんかスゴイ職人芸がどっかに施されてる、みたいな。<br />
<br />
■正直な胸のうち<br />
<br />
なんか上手だし。みたいな、マネできないし、みたいな何か「ウデ」があるように見えるものが、なんとなく上質なアートだなぁと本音では感じる。んで、ワケ分からない前衛っぽいのは心の中では「ホンマにスゴイんやろか？自分、騙されてるんとちゃうやろか？」と感じたり、感じなかったり・・・<br />
<br />
コレは自然なリアクションだと思うんですよ。<br />
<br />
やっぱり、絵だったら、デッサン力があるとか、より写実的な絵が描けるとか、そういうのじゃないと、ぶっちゃけ何がスゴイんだよ？とすばらしい、と認めるポイントが見つからない。<br />
<br />
コレって、やっぱり日本が技術立国なのと関係あるのかも？！<br />
<br />
■西洋ｖｓジャパン・・・価値感の相違<br />
<br />
ニッポン人代表、ワタシがまだ１０代で、アメリカでどんな質問でも恥ずかしがらずに投げられた頃。ヴィジュアル・アーツ学の教授に質問をしました。<br />
「先生、もしかして、日本人と欧米人は、美術を鑑賞する際にスゲェって思う観点が違うのでしょうか？」<br />
<br />
グッド・クエスチョン。「そう、あなた達日本人はskillとかcraftsmanshipなど、技術の高さを一番に評価する。そして我々はコンセプトの新しさnoveltyが一番大事に感じる」とか、とか。<br />
<br />
おおっ！それなら、納得。それなら、欧米人がもてはやすものが、私達にピンとこなくても納得。<br />
<br />
しかも、西洋人、手先器用な人すくないし。日本人が異常に手先器用なんだよ。だから目が肥えてる、一般人でも、誰でも。<br />
<br />
■四畳半のアート<br />
<br />
私達日本人の作り上げてきた美術の歴史・・・それは、職人芸の歴史でもあります。いわゆる壮大な芸術というよりは（例外はあるよ！モチロン！）きめ細かな細工を施したり、繊細な表現の蒔絵だとか、絵巻物だったりとか。<br />
<br />
そもそも、西洋の美術とは並行で語ること自体が不可能なんです。西洋美術の用語を使ったり、そういう方法論で語ろうとしたら、日本美術は「装飾性が高いが、深い思想などを表現することは第一義ではない」とかで括ってしまわざるをえない。そんな簡単に片付けられちゃたまらないって、ことで、もちろん最近ではもっと品のいいアプローチが試みられてます。<br />
<br />
私達はちゃんと独自の文化を生み出してきたのだから、せっかっくだから、欧米の人たちに、「彼らなりの鑑賞法」もモチロン尊重しつつ「私達にとっての私たちの日本美術」を「彼らの文脈の言葉や表現」を使って説明できたら、一粒で二度美味しくなるでしょうね。</description>
<pubDate>Mon, 24 Sep 2007 02:51:37 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ブツゾウをめぐる韓国と日本のチガイについての論考？！</title>
<category>アート</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/44152</link>
<description>その前に・・小さく宣伝。<br />
ワタクシごとではありますが、私、本が出ました！（２０日だけどね）。<br />
↓↓↓<br />
[url=http://www.amazon.co.jp/gp/switch-language/product/4862380549/ref=dp_change_lang/250-8973499-3977810?ie=UTF8&amp;amp;language=ja%5FJP]掘れ掘れ読本[/url]<br />
ユルいタイトルです。<br />
２ページ見開き完結♪見所は・・・本の半分を占めるイラスト、なかでも世界のユルい土偶コレクションは我ながら見るたびに笑えます。<br />
一応、２０日に同時に買おう♪というプチ祭りやってるので、よろしかったらふるってご参加ください。<br />
<br />
■韓国人仏教美術学者、再び登場<br />
<br />
たびたび登場する韓国人の友人（オンナノコ）の仏教美術史学者。バングラディッシュでの一年のフィールド・ワークを終え、アメリカで踏ん張っている彼女。<br />
<br />
彼女がたびたび私に尋ねるのが「どうして、日本の仏教彫刻は木造なんだろう？」<br />
<br />
私が知るわけもありません。なんてったって、仏像ったら木だろう、たまに金属（奈良の大仏とか）くらいのイメージしかありませんでした。でも彼女が言うには「でもね、韓国では仏像といったら”石”なのよ。」<br />
<br />
私はまだ、韓国の仏像が石仏が中心なのかどうか、自分では確かめていません。が、極東仏教美術でイーファ大で修士を取得、日本の名古屋大学にも留学していた、その上、アメリカの最も権威あるインド仏教美術学者について博士号取得予定者になった彼女が仏教美術について言うことは、基本的に鵜呑みにします。<br />
<br />
■この問いかけの意味は？<br />
<br />
「え？韓国は石仏なの？日本にもたまにあるけどね羅漢とか。」<br />
<br />
「ねぇ、日本にも石くらいあるでしょう・・・？どうして石仏が主流にならなかったのかなぁ？」<br />
<br />
このやり取り、一体何が重要なのかと思うかもしれません。<br />
<br />
私たちは一応、美術史で方法論なんかも（私はウロ覚えですが）知っているので、ハっとなるのです。<br />
<br />
まとめて箇条書きにしましょう。<br />
<br />
１．仏教美術は鮮半島から日本にやってきた。（５世紀頃？）<br />
２．仏教美術を作れる職人も朝鮮半島から日本にやってきた。<br />
３．朝鮮半島では仏教美術は石仏が基本。<br />
<br />
■「形は素材に依存する」<br />
<br />
ここで・・・重要な事柄が。<br />
「形は素材に依存する」という美術の歴史の基本事項があるんです。<br />
<br />
古い時代・・・堅い石を算出する地域では、四角ばったデザインになりがち。（例：エジプト、花崗岩や玄武岩など）柔らかい石を産出する地域では、ゆるいデザインが可能。（例：メソポタミアの石灰岩、ギリシャの大理石）<br />
<br />
ようは、素材によって、作りやすいものを作るのが、人間の自然の行動だろう、というような常識的なところです。<br />
<br />
だから・・・石で仏像を作る技術と、木で仏像を作る技術って全然違うん筈なんです。<br />
道具も違うだろうし、力の加減も違うだろうし。石なら簡単なデザインが、木では難しいこともあるだろうし。逆に、木であれば簡単なデザインが、石で再現しようとすると至難の業だったり。（＊注１）<br />
<br />
回りくどいことになりましたが<br />
「石で作ってのと同じようなもんを、木で作るのはそれなりに工夫したり、いろいろあったはず」<br />
<br />
つまり、彼女の疑問は「だって日本にも石があるんだから、同じような仏像を作りたかったら、石で同じようなものを作るほうがはるかに簡単なのに、なぜワザワザ木造にシフトしたのか？」<br />
<br />
ということなんですね。<br />
<br />
■私の答え？<br />
<br />
うーん。まだ分からないけど、「日本のほうが木材が豊富だからじゃない？」と適当に答えたら「朝鮮半島にも木は生えている」だった。「日本文化ってフェミニンだからじゃない？」といえば「鎌倉彫刻はフェミニンか？」たしかに・・・。<br />
<br />
メンタリティのモンダイとか、美意識のモンダイとか、絡んでくると思うんですけどね。<br />
<br />
これととても繋がってくるような気がするテーマで・・・次に機会があったら「その地域の自然環境・風土が、その地域の美術の造形に影響を与えるか？」というモンダイについて書きたいです。これはですね、イタリアの各地域の美術の比較でとても面白いことが見てくるんです。そういうのも知ると、アートが面白くなるかもしれないですね。<br />
<br />
<br />
（注：１　これは、ギリシャのブロンズ彫刻のオリジナルを、ローマ時代に大理石で模倣したものが、多く重さを支えるためにヘンな接木を作ったりしているのでもわかります。</description>
<pubDate>Sat, 15 Sep 2007 03:55:59 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>トルコ風呂</title>
<category>カルチャー</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/42944</link>
<description>トルコ風呂、という単語を、深読みされずに使える時代になりました。<br />
<br />
日本人にとってお風呂というと、ざぶんと湯船に浸かる、あのお風呂。<br />
<br />
でも、どこの国でも同じというわけではなく。<br />
<br />
中東の方では、蒸し風呂を楽しむようです。<br />
<br />
■私が入ったトルコ風呂<br />
<br />
中東に行ったとき、やっぱり、試さないと・・・と思い。<br />
友人レイチェルとお風呂に。<br />
<br />
まず・・・蒸し風呂。<br />
石で出来た風呂場で気持ちよくサウナを楽しむ感じ。<br />
そう、この写真のようなところ。<br />
<br />
次。<br />
<br />
オッサン登場。<br />
オッサン、歯が相当抜け落ちていて、腰に申し訳程度の布を巻いていますが、明らかにはみ出しています。<br />
<br />
彼は変質者ではなく、これから私の体を洗ってくれるのです。<br />
これくらいずば抜けてオッサンだと、逆に恥ずかしくないです。<br />
彼もまったく女性に興味なさそうです。<br />
<br />
いいんです、カッコいい人だったら困ります。<br />
<br />
なんかタワシ？みたいなのでごしごしと洗ってくれるのですが<br />
まぁ、貴婦人の気分になってみれば、どってことありません。<br />
水をざっぱんざっぱんかけられて、はい仕上がり。<br />
<br />
体を拭いてもらって、バスローブを着て、甘い紅茶を頂きながら涼みました。<br />
<br />
<br />
■ローマの風呂もそういえば・・・<br />
<br />
確か、ローマの風呂も同じようなもんで、蒸し風呂みたいな感じ。<br />
公共浴場を作るときは、一番日当たりがいい部屋をサウナ室にしていたそうです。<br />
もちろん、技術を駆使して、床から暖める装置なども。<br />
<br />
一番涼しい場所に水風呂を用意していたそうです。<br />
<br />
風呂桶にどっぷり浸かれるのって、もしかして水？！が豊富だから？！とか<br />
そういうことが関係あるのか、ないのか、あまり分かりませんが。<br />
<br />
<br />
実は、下の方にアルフォンス・ミュシャに関することを書いたのですが、ナゼだか消えてしまいました。ショックのあまり、今のところショックだけを述べています↓</description>
<pubDate>Fri, 31 Aug 2007 23:47:13 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>死んだら上に行くのか、下に行くのか</title>
<category>カルチャー</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/42525</link>
<description>鳥葬という習慣は、日本人から見ると、びっくりするような埋葬？！法ですね。<br />
<br />
■ナゼ鳥に食わせる？<br />
<br />
衛生的だから、という理由がよく挙げられますが<br />
火葬の習慣がある私達には「どうして焼かないの？どうして鳥？」と感じてしまいます。<br />
<br />
<br />
■鳥葬と火葬<br />
<br />
古代ペルシャにゾロアスター教というのがありまして（成立年代については論争中、紀元前6世紀頃と考える人も、紀元前1000年頃と考える人も）<br />
鳥葬の習慣があるんですね（一般人が必ずやっていたかどうか分かりませんが、僧たちは確かに行っていたようです）。<br />
このペルシャという地域ですが、インドの文化と非常に似ています。<br />
どちらもインド＝ヨーロッパ語族で、コーカサス地方から移動しながら途中で分化したと考えられます。<br />
インドのヴェディック文化の流れでは火葬が生まれ、ペルシャのゾロアスター文化は鳥葬。<br />
どちらも、土葬とは逆の発想ですよね。<br />
<br />
■死んだら上？下？<br />
<br />
大体むかしの文化での死者のイメージって薄暗い土の下の世界に行くもの、って感じだったそうです。日本なんかもそうですよね？黄泉の国。メソポタミアなんかもそうだけど。だから、まぁ、埋めちゃえ！ってなるんでしょうね。<br />
<br />
エジプトはどうかというと・・・再生といいますが、それもダイブン時間が経っていつか、みたいなイメージみたいです。死んだ瞬間に、バーという魂は翼が生えていて、天に昇っていく、と考えられていたそう。<br />
<br />
少し考えないといけないのが・・・大昔、空を自由に飛べるのは鳥だけでした。<br />
飛行機なんてない時代。<br />
死者の魂が天に昇っていきますように、と願うなら、鳥に託すという発想もまんざら残酷なものではないのです。確かに、火葬の方も、煙とともに天に立ち上っていくイメージと繋がりますよね。<br />
<br />
■リユウを問う<br />
<br />
こういうチガイの原因について、本当に正確なことなんてわかるわけがありません。<br />
一つには、鳥への憧れ。一つには、ゾロアスター教は火を神聖視していたので、火で死体を焼くなんて、滅相もない！という発想があったからかもしれません。<br />
<br />
ちなみに、ゾロアスター教はいまではインドのごく一部の信者しかのこっていないそうです。それがこの記事なんですね。</description>
<pubDate>Fri, 24 Aug 2007 11:21:52 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>美術史ってなんだ？</title>
<category>アート</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/41860</link>
<description>有名すぎる作品を狙うのは、絶対に素人の犯行といわれます。そして、大抵の場合、ちゃんと「ルート」をもっている人たちに狙われて、怖い目に遭うというハナシ。<br />
<br />
ル・モンド紙のアート関連のジャーナリストさんたちが、この手の事件の裏ハナシをまとめている本なんかもあるんですよ。<br />
<br />
とゆことで、今回は美術史って何？っていうのを少し。<br />
<br />
■美術史のおシゴト<br />
<br />
美術史って、キレイで美しいものを扱うジャンルと思われてしまうかもしれないけど、それは「美」って単語にひきずられてるかも。むしろ、歴史学が文献などの文字資料を中心に歴史を解釈するのに対して、美術史は物質文化全体を扱って歴史・社会を解釈する、と思ったほうが正確。<br />
<br />
もちろん、扱う時代によっても、やっていることはかなり違ったりするんですけどね。<br />
<br />
■事件にたとえると・・・<br />
<br />
私は歴史に関するガクモンを、事件の推理だと考えたら面白いと思うんです。<br />
（9月に出る予定の拙著にもこのことを詳しく書いてます☆）<br />
<br />
そう、歴史って、過去に対する、解釈・推理なんです。客観的に動かない事実、というわけではないんですね。<br />
<br />
たとえば、考古学とか民俗学なんかのフィールドワーク、現場作業はいわば事件の「現場検証」。歴史学、文献学なんかの文字資料に頼る研究は「目撃者証言」を検証するようなもの。<br />
<br />
そして・・・現場検証で集めた物的証拠を鑑識に回すのが「科学分析」だったり。<br />
<br />
■美術史の職分は？<br />
<br />
美術史はこの鑑識の一部みたいなもんです。<br />
<br />
たとえば、犯人の遺留品のＴシャツがあったとする。どういうデザインで、どういう層に人気のブランドで、とか、そういう調査をしたりするのが美術史家の役目。<br />
<br />
出てきた土器のデザインだとか、クオリティとか、同時代のほかの土器との比較をしたりとか。それで分かることと、証言とを照らし合わせたりして、総合的に解釈をしていくんです。<br />
<br />
また、美術史がやっていることは、現代でいうマーケティングリサーチなんかともかぶる、といわれています。<br />
<br />
ある時代の、ある社会の人が「何をかっこいいと思っていたか」とか「何をキレイだと思っていたか」とか、について考える。<br />
<br />
アートっていうのは、大体、生存に直接関係ない物質文化、ってことになりがち（これに限定されるわけではありません）なので、だからこそ、特定の文化の特質というか特有の性格が浮き彫りになったりするんです。<br />
<br />
<br />
あまりいい例えじゃないですけど・・・犯人の部屋で特定のアニメのＤＶＤとフィギュアが沢山出てきたら、彼の価値感だとか美意識だとか志向とかが見えてくるようなものです。ざっくばらんに言って、美術史はそういうことを勉強するガクモンなんです。</description>
<pubDate>Tue, 14 Aug 2007 17:00:31 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>現代アートとしての広告</title>
<category>アート</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/41857</link>
<description>書いた原稿が、全部飛んでしまいました。<br />
スゴクショック！<br />
<br />
アルフォンス・ミュシャについて書いたんですが・・・<br />
確認ボタンとともに、ナゼだか消えました・・・<br />
<br />
アルフォンス・ミュシャって人気ですよね？<br />
<br />
<br />
ちょっと立ち直ったら書き直します（笑）</description>
<pubDate>Tue, 14 Aug 2007 16:47:51 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>マリリンなケイト</title>
<category>アート</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/41856</link>
<description>なんか見たことある・・・けどちょっと違う。<br />
<br />
それが、このパロディ作品。<br />
<br />
■有名税？<br />
<br />
モノマネ芸人に真似をされるのって、有名な人だけ。<br />
じゃなきゃ、何を真似しているのか分からないから。<br />
同じように、似顔絵を描かれたりするのも、顔が認識されている人だけ。<br />
ネタにされるのも、有名税みたいなもん。<br />
<br />
この作品は、アンディ・ウォーホルの有名なマリリン・モンローを描いたシルクスクリーンを元ネタにして、現代のマリリン・・とすると少しスレッカラシ過ぎるが強烈なファッションアイコンであるケイト・モスを使ってパロっているの。<br />
<br />
ケイトにはホクロがなかったと思うから、それは付け足したのかな。<br />
<br />
■アンディ・ウォーホルといえば・・・<br />
<br />
アンディ・ウォーホルの場合、作品がいかに世間に認知されているかっていうことが<br />
こういう展覧会で分かりますね。<br />
元ネタを皆が知っているから「パロってる」と分かるわけです。<br />
<br />
じゃぁ、ナニを見て、人はアンディ・ウォーホルっぽい、とするのでしょう。<br />
だって、彼の作品なんて、工房製みたいなもんで、彼が直接手で触れて作っているというわけでもなく。<br />
ただ、ナニかしら皆が「ウォーホルだ」と認識するポイントがあるわけです。<br />
<br />
１．顔のアップに変な色<br />
<br />
有名人の顔のどアップに、本来の人間の色じゃない色を平面的に載せる、これでもうウォーホルっぽい。<br />
そう、白黒写真に単純に色をつけたみたいな、しかも間違えて。<br />
ほら、あなたにも簡単に作れそう。<br />
<br />
２．描かれているのは誰でも知っている人・モノ<br />
<br />
よく知っているはずの人の顔に、ヘンな色が付いてるから「アレ？」と思って気を引くわけです。<br />
<br />
要するに、そういう感じで認識してるんですね。<br />
<br />
<br />
他にも作品の特徴を、最大公約数的に、こうやって見ていくと<br />
特定の作家・画家の画風とか作風がつかめてきて、見分けがつくようになってきます。<br />
実は、こういう作業をさらに精度を上げていくことが「鑑定」という作業なんですね。</description>
<pubDate>Tue, 14 Aug 2007 16:18:12 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>青磁や白磁</title>
<category>歴史・考古学</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/40522</link>
<description>高麗青磁について、私自身は、ほとんど完全に無知です。<br />
でも偶然ながら、韓国人の美術史家の友達と春に会ったとき<br />
高麗青磁の話になったので、それをちょっと、ウケウリしちゃいましょう。<br />
<br />
■禅の思想のそれぞれの解釈<br />
<br />
「高麗青磁というのは、国家レベルでの禅思想の表現」とのこと。<br />
青は静寂を表すとか。<br />
日本では禅というと、ちょいワビサビはいった、枯淡としたような器が禅っぽいイメージ。<br />
<br />
もちろん、私よりもはるかに日本美術に詳しい彼女はそのことも知っていて<br />
「ナゼだか日本に行くと、禅の思想はちょっと変わって・・・」<br />
<br />
日本人が朝鮮半島に行ったとき（つまり秀吉）、朝鮮では価値なんて<br />
ほとんどないような、素朴な普通の茶碗、意図とか意匠とかの「凝り」みたいなのが<br />
表れていないものを「禅っぽい」とし、もてはやしたとか。<br />
<br />
■高品質の高麗青磁<br />
<br />
高麗青磁のいい作品を見たかったら、日本だとか。<br />
奈良にある・・・名前を忘れちゃいましたが、博物館です。<br />
戦後あたり、日本人が高く買ってくれるということで<br />
現地の人も率先して日本に売ったそうです。<br />
なんとも、もったいない話。<br />
<br />
その後、白磁などが人気が出ますが、これは儒教思想と大変深く結びついているそうです。<br />
「白」という色が、儒教的に意味と価値があるとか。<br />
<br />
まぁ、聞きかじりでなんですが、こういうことを聞いてみると<br />
ナルホドなぁ、と思うのでした。</description>
<pubDate>Sat, 28 Jul 2007 21:51:30 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>キューピッドの矢</title>
<category>アート</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/40405</link>
<description>この絵は香港の当局にとっては、ワイセツに映ったんですね。<br />
味わい深いことです。<br />
<br />
さて、21世紀の日本に生きる私には、これくらいだと<br />
どうも、最近の少女マンガの方がよっぽど過激に思えるんですが。<br />
<br />
■さてこの絵は？<br />
<br />
この絵はですね、18世紀の終わり頃にフランソワ・ジェラールが描いたものです。<br />
タイトルは「プシュケとアモール」。（確かルーブル美術館）<br />
アモールというのは、キューピッドのこと。<br />
プシュケというのは、彼の恋人の名前です。<br />
<br />
いわゆるギリシャ・ローマ神話の登場人物。<br />
<br />
アモールというのは、愛の神様で、ギリシャでは「エロス」という名前です。<br />
モチロン、意味は「愛」。<br />
<br />
プシュケというのは「魂」という意味です。<br />
カタカナだと分かりにくいんですが、これpsycheと書いて<br />
サイコpsychoとかサイコロジーpsychologyとか、そういう単語の語源となった単語。<br />
<br />
二人とも愛と魂の擬人化というか、擬神化？！された存在。<br />
<br />
アモールは普段は人々を恋に陥れるために、金の矢と鉛の矢を駆使してるんですが<br />
ある日、自分の手を傷つけてしまって、プシュケに恋してしまう。<br />
<br />
■二人の間には・・・<br />
<br />
プシュケとアモールは、お母さんのヴィーナスからものスゴイ反対を受けるのですが<br />
しかもプシュケは壮絶なイジメにも遭うのですが、恋を成就させます。<br />
<br />
二人の間に出来た娘は、ヘドネと言い「喜び」という意味です。<br />
<br />
愛と魂が出会って、喜びが生まれるという、なんともおおらかなテーマ。<br />
<br />
■18世紀の終わり頃<br />
<br />
ナポレオンの絵なんか見てても、ズイブンとムカシ風というか<br />
古典的な雰囲気でしょう？<br />
そういうのが流行った時代なんです。<br />
古典的な絵柄が流行るときは、モチーフ（題材）も古臭いものが選ばれます。<br />
<br />
この絵が描かれた頃は、このようなギリシャ・ローマ神話がよく題材に使われていたんです。<br />
<br />
18世紀末の人にとって、これがワイセツに映ったかどうか・・・<br />
どうも私にはわからないのですが<br />
もっと直截な、もっとキッパリといかがわしい風俗画も多くありました。<br />
この程度なら、当時の人も、いちいち興奮するほどでもなかったでしょう。<br />
<br />
だからこそ、香港って、もっとスゴそうなのに？！<br />
一体どういう意図なんだろう、と逆にそれが面白かったりします。<br />
<br />
■愛と肉欲<br />
<br />
エロスという単語は、中世以降、アガペという単語と対比させて<br />
精神的な愛に対する肉体的な愛をあらわす単語のように使われてきました。<br />
<br />
でも、本来は生を謳歌するためのあらゆる欲にまつわる喜びを表すものだったんですね。<br />
<br />
そういう意味でも・・・<br />
偶然とはいえ、面白いかな・・・・と思ったのでした。</description>
<pubDate>Fri, 27 Jul 2007 01:12:30 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>マルから四角へ</title>
<category>歴史・考古学</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/39816</link>
<description>ストーンヘンジって、円形の建物ですよね。<br />
<br />
でも考えてみたら、現代の建物って、ほとんど四角だと思いませんか？<br />
円形の建物って、かなり例外的なケースでしょう。<br />
<br />
古代の建物（遺構と呼びます）を時代ごとに順を追ってみていくと<br />
円形から四角形（矩形と呼びます）に発展していくんですね。<br />
<br />
この話は、メソポタミア地域の話なので、他の地域で具体的にどうかは<br />
確認していませんので、そのあたりは、想像を楽しむということで進めたいと思います。<br />
<br />
■何が変化したんだろう？<br />
<br />
新石器時代の初期、先土器新石器Ａ（紀元前8000年頃）はまだ円形なんですが、もう少し農耕のレベルも進んだ先土器新石器Ｂという時代（紀元前7000年頃）には、四角い建物になってくるんですね。<br />
<br />
どういう理由だろう？と、いろいろな説が立っています。<br />
この時代はちょうど農業生産力も上がって、定住化が進んだときだから、建物が複雑化したんだろう、というような考え方が主流のようです。<br />
<br />
ちょうど、この時代にはアートの方も（つまり、土偶などですが）サイズが急激に大きくなっています。先土器Ａ時代には、小さな石や粘土の人形が主流でしたが、Ｂ時代には１メートルクラスの人形が作られるようになりました。<br />
<br />
経済システムの変化が、何かしらのブレークスルーというか、位相の転換を起こしたのは事実でしょう。<br />
<br />
<br />
■ストーンヘンジの場合<br />
<br />
ストーンヘンジがどういう位置づけになるのか、私は詳しく知りません。<br />
少なくとも、中東エリアでは丸い遺構は、古い時代に結び付けられることが多い、という事実があるだけです。<br />
<br />
そして、ローマ時代初期などには皇帝の墓に円形の建物が採用されています。<br />
これは、墓の周りをぐるっと周回できる構造なんですね。<br />
民俗学の調査などによると、どんな宗教にも、どういう時代にも広く共通しているのが<br />
<br />
何か儀式をやるときに、ぐるぐる廻る、というのがあるそうです。<br />
<br />
ローマの墓の場合もそう。<br />
考えたら、日本の神社もぐるっと廻れるようになっています。<br />
カーバ神殿も廻りますね。<br />
魔女の儀式も廻るそうです。<br />
ストーンヘンジも廻るものだったのか。<br />
<br />
そうすると、古代メソポタミアの丸い遺構も、もしかするとですけど<br />
定住がまだ進んでない頃のこと。<br />
住処はもっと簡易なもので、丸い遺構はもっと祭祀的なものだったかもしれません。<br />
そういう場所で、ぐるぐる廻ったりしていたのかな？<br />
そう思ったりします。<br />
<br />
ちなみに、廻ることの目的というのは・・・・目が廻ってトランス状態になることじゃないか、という意見がありますが、なんとなく妥当な気がします。</description>
<pubDate>Wed, 18 Jul 2007 00:04:13 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>評判の悪い新７不思議</title>
<category>歴史・考古学</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/39514</link>
<description>何かを選んだら、何かが外れるわけで。<br />
<br />
地中海世界の７不思議から、グローバルな視点で選んでみよう！となったとき、エジプトのピラミッドも選からもれてしまった。<br />
<br />
■誰がいつのまに選んでたんだろう<br />
<br />
選ばれた新７不思議、もしかしたら「ソレ何？」と世間に知られてないようなものが選ばれたような気がしなくもないです。<br />
<br />
そもそも「不思議」の基準だってよく分からない。<br />
例えば、労力がすごい、とか、金がかかってる、とか<br />
規模がデカい、とか、ギネス的な基準でもあればいいんだけど<br />
なんかマイナー地域から選出して花を持たせないといけないような<br />
そういう気遣いみたいなのが見え隠れするのが、ちょっと気持ち悪いのかも。<br />
（ミス・ユニバースにブロンドが選ばれないような感じ）<br />
<br />
私、このうち３つしか見たことないですが、正直、ぺトラ遺跡とコロシアムは不思議かもしれないと思う。あー、でも、どうなんだろう？<br />
<br />
チチェンイッツァは、とても良い遺跡なんだけど、不思議のレベルというかスケールで言うと・・・うーん、ピラミッドの方が一般論として不思議じゃないかと思うのも主観なのかしら。<br />
<br />
■ユネスコの意見<br />
<br />
企画者はバーミヤンの遺跡破壊から思い立ったそうですが、ユネスコはバーミヤンの再建にも否定的。<br />
<br />
どうしてかというと、現在のところ世界的コンセンサスで、修復に関しては「消極的修復」で合意されているんです。過度の修復は「遺産のありのまま」の保存目的の観点からは、かえってデメリットになるという理由から。<br />
<br />
それに世界遺産があるんだから、別に７つに絞らなくても。<br />
ジャンル別で対抗させるなら面白いのにな。<br />
時代別とか。</description>
<pubDate>Sat, 14 Jul 2007 10:20:15 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>「アート」の媒体（メディア）の変遷</title>
<category>アート</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/38605</link>
<description>多分、20世紀から21世紀にかけて、「映画」という媒体が、アート表現のメインストリームだったと言われるんだろうな、と思います。<br />
<br />
アートって、アートの歴史を見ていると・・・<br />
<br />
・かかっている金額のデカさ<br />
・高い技術＆メッセージの融合もしくは、メッセージそのもの<br />
・影響を与える範囲の広さ<br />
・時代が求めてる！と感じる何か<br />
<br />
こんな点をみると、映画は完璧にアート。<br />
でも、映画こそが、アートの主流、という言い方は、そんなアタリマエに受け止められているものじゃない。<br />
<br />
ちょいと説明すると・・・<br />
<br />
■アートといえば？<br />
<br />
アートという単語を聞くと、今の時代ではイコール「ギャラリー（画廊）」とか「美術館」を思い浮かべるし、そういうところと関係あるのがアートなんだろうと。そういう連想がある。また、ワケわからないもの、というのを冗談で「アート」と呼んだりする。<br />
<br />
つまり、まぁ、一般人には理解しがたいが、そういうのが分かる人にとってはスゴイらしい、ということらしい、というようなモノがアートとして認識されているわけです。<br />
<br />
でも別に、アートってワケわからないものという意味ではないんです。たまに時代の先端のものだと、普通の人には理解できないけど、少し時間がたつと「なるほど」ってことになる。だから、ワケわからない映画のことをアートって言ってるんじゃないの。<br />
<br />
スターウォーズみたいなのもアートだと。<br />
<br />
■100年後の世の中<br />
<br />
さて、では、100年後にはアートってどういうものになっているんでしょうね？はてまた、100年後の人は何をもって「アート」と呼ぶんでしょうね？<br />
<br />
たとえば、日本人にとって、15世紀あたりなら、水墨画とかがあったんですよね。<br />
江戸時代なら金箔屏風絵なんかがアートだったわけですよね。<br />
木版画とかね。<br />
<br />
でも、今は？<br />
ほら、油絵だったりとか、西洋の技術を使った版画とかだったりするでしょう。<br />
<br />
変わったのは何かというと、媒体です。<br />
メディア。膠（にかわ）で溶かした絵の具を使った日本画も、あるにはあるけど、油絵的表現に大きく影響されちゃって、もう、どこに行ったらいいのか、何したらいいのか迷走中のような状態です。<br />
<br />
（ある意味、アニメ・漫画が日本画の正統な後継者じゃないかと思いますが、これはまた別の機会に！）<br />
<br />
■メディアという言葉<br />
<br />
メディア、という単語も日本では、マスコミとかそういう情報媒体ばかりを指しますが、実際は情報に限らず何かを運ぶものがなんでも「媒体」なんです。テレビとか新聞とかラジオとかインターネットとか雑誌とか絵画とか彫刻とか映画とかクチコミだって、ある種、全部メディアです。それの形が違ったり、運ぶ情報の内容が違うだけで。<br />
<br />
正統にアートと誰もが認める西洋美術だって、実はね、メディアの変遷はしょっちゅうあった。西洋のアートっていうと、油絵とかを思うでしょう？でもこれは、ルネサンス頃に発明されたテクノロジーで、ニューメディアだったんです。<br />
今でたとえるなら、インターネットの登場！みたいな。<br />
<br />
例えば、ルネサンスの初期なんて、それまでは、板の上に卵で溶いた絵の具を乗せて描いてた。それだと、色はとってもきれいだけど、ぼかしとか難しいし、速いタッチで描けないから、どうしてもオトナシイ表現になる。<br />
<br />
油絵が登場して、荒々しいタッチだとか、勢いがある表現が可能になったりして、ルネサンスの「躍動感」みたいなものを支えたわけです。<br />
<br />
■今の時代で言うと・・・<br />
<br />
例えば、今の時代でも、ＴＶ全盛の時代から、インターネットや携帯などの並存の時代がきたわけで。そうすると、広告のやり方もかわる。ＴＶコマーシャルがネットと連動したりする。技術（媒体）の変化が、表現の形式そのものを変えたりします。<br />
<br />
そうね、広告もきっとアートのジャンルとして扱われるでしょうね。<br />
やっぱり、大きなお金が動いているというのは、それだけ人の注目・関心・欲望が渦巻いているということで、それだけ影響力もあって。それには、それなりのエネルギーとかメッセージとか（良くても悪くても）なければ、人のココロには訴えない。<br />
<br />
映画なんて、その最たるものじゃない？<br />
みんな、映画をみて、いろんな事を考える。しかも、そういうことを意図して作られている。ワケわからない、といわれて、少しの人だけに影響を与えている、19世紀っぽい「アートらしきもの」より、よっぽどアートだと思うんです。</description>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2007 22:33:52 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>「セクシーな考古学者」それは相容れない修飾語と名詞</title>
<category>歴史・考古学</category>
<link>http://www.actiblog.com/asako/38269</link>
<description>考古学の世界に間違えて足を踏み入れてしまう人の中には、結構、インディ・ジョーンズに影響を受けちゃった人が多いらしいです。<br />
<br />
この写真を見るかぎり、ハリソン・フォードにはかつてのセクシーさは見る影もありません。が、確かに、最後の聖戦のころの彼が演じるインディアナ・ジョーンズ博士はセクシーでした。<br />
<br />
■どうか誰も読んでいませんように<br />
<br />
私が見るかぎり、知る限り。<br />
<br />
セクシーな考古学者なんて、見たことありません。<br />
<br />
きっぱり、きっぱり言います。<br />
<br />
セクシーさ、という観点でいうと、偏差値40台以下です。<br />
グッド・ルッキン、という観点で言うと、落第です。<br />
<br />
秋葉原に行ったときと、同じような様相です。<br />
<br />
■美術史だって、大してかわらないんだけど<br />
<br />
では、私がいた、美術史学はどうだったか？<br />
<br />
・・・ゲイばっかり。<br />
<br />
<br />
確かに、欧米の美術史学者にはスタイリッシュな男性が多い。<br />
びっくりするほど、オシャレで。<br />
会話はとってもハイセンス。<br />
ちょっと下ネタなんかも混じっても、絶妙に下卑すぎないところでストップ。<br />
ユーモアのセンスなんて、たまらない。<br />
<br />
<br />
でも、ゲイです、完全にゲイ。<br />
<br />
ただし、女性の美術史学の先生は、とびっきりキレイな人が多いので<br />
ゲイになりすまして潜入するのはおススメです。<br />
<br />
美術史学科にブロンド美女が多かった理由の一つには・・・こんな就職に関係ない学部で、かつ金持ち道楽なガクモンを選ぶのは、金持ちの娘たちくらいで。当然、うつくしく装うこともパンピーよりは自由にできるわけです。庶民の娘が入ると、その会話のハイソサイエティ（そういえば、セレブというのは有名人という意味で、金持ちという意味ではない）ぶりには、驚愕します。<br />
<br />
<br />
そして私は、微妙に、どちらのサークルにも、馴染めないまま、今日に至ってしまいました。</description>
<pubDate>Tue, 26 Jun 2007 23:41:04 +0900</pubDate> 
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