2007年 07月
『建築の世紀』美は機能に従う(国立天文台、旧高等商船学校)
国立天文台の“第一赤道儀室”と“アインシュタイン館”。
旧高等商船学校の“第一観測所”(こちらも赤道儀室)(天体の日周運動に合わせて望遠鏡を動かせるように設置された架台だとか)、どれも国の有形文化財に登録されているようなのですが、建築としては「機能に従う」もなにも、建物全てが一つの目的のためだけに造られているわけだしなぁ? とちょっとピンとこなかったんですが。
アーチを描く屋根とレンガ造りの壁が可愛いと言われたらそう見えないでもなく。
しかし、やっぱり必要であるものを美に分類する気持ちがわからないw
とはいえ、解説者の人と違うことを言っているというわけではないんですよ、むしろ全く同じことを考えていると言ってもいいのですが、その結論として「美」を感じるかどうかで別れてしまうという。
天井が球体を半分に割ったような形であるのは赤道に沿っての自然なもので。
そこを分けて望遠鏡が顔を出し、商船学校にあったのは要するに、航海術と深い関係があるからなので(星が唯一の道しるべです)、外側のレンガだって当時は壁の緩いカーブ考えるとごく当然な選択で(建物も円形をしているのが当然好ましい)。
建築様式がどうの、装飾がどうの、と言い出したら作った人たちに頭ぽかん、と叩かれてしまうかと思われるんですが、出来上がったそれを必要がなくなっても保存し、眺める分にはもちろん構わないんじゃないでしょうか。
ル・コルビジェも言ってたそうですよ、必要な物以外建築にはいらん、と。
必ずしもそれに賛同するわけではないんですが、それが一致する例ではあるのかな。
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登録日:2007年 07月 31日 23:41:03
『建築の世紀』男は銀座で飲む ボルドー(主人編、常連編)
これ、いや別にいいんですけど、建築分類でいいのかな? と思ったらチェーダー様式(最近だんだんわかるようになった)、中世イギリスの建築様式を思わせる、というような紹介をしているから別に構わないのか。
昭和2年(1927年)に建てられたという銀座最古のバーだそうで。
なんというか、新橋の芸者さんに「店を持たせてやる」(と言うのが当時の男の甲斐性だったそうな、て今もそんなに変わってないというか、まあ、そこまで出来る人は減ったわけですが、男って変わらんね)と言って実際に造ったのがこのお店。
その、どこぞのどら息子が自分でヨーロッパで探して来た家具だから店内ばらばら。
チェーダー様式、っぽい建築。
しかしなんというか、遊び心が意外といい方向に作用したのか、その緩い雰囲気が寛ぐ場としてよろしかったのか、なんだかんだと銀座で一番古いバーとして、今も淡々と生きているという。実際のバーテンの方が出てきて喋っておられたんですが(人間は出てくるのはこの番組では珍しい)(多分付属品の一部としてきちんと機能しているかどうかかなと)。
結構今でも偉い人来てるんじゃないでしょうかね。
その割りに、“皆の憧れの場所”がカウンターの立ち飲みという。
「ああ、イギリスでは立って飲むわね」と母上が言いました、何者か知りませんがヨーロッパに関しては一国数週という滞在をしてたとかで変に詳しいです、この人。
うーん、イギリスっぽいといったらイギリスっぽいのかなぁ。
淡々としていて、出来た時点ではなく、客や時間が作り上げたのでしょうかね。
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登録日:2007年 07月 30日 22:25:26
『建築の世紀』1932年 都市生活のはじまり(旧服部時計店、旧銀座アパートメント)
どちらも銀座という街が今これから発展しようとする時期に出来て、持ち主名前用途などは変わってしまったものの、今もなお生き続けている建物ですが(まあ、この番組の場合もともと使用率半々ってところだけどね)。
“旧服部時計店”は丸いカーブに添った建物の形。銀座で一番目立つとされ。
夜間はライトアップされ白く輝き、建築当時からの文字盤を使った時計(中身は変わっちゃったわけですが)がでーんとてっぺんにそびえているわけですよ。
「近くで見ると格好よくないのよね」と母上はいつも余計なことを言うわけですが、確かに遠くから全貌を眺めるというタイプの建物だという気はします。現在は和光、和光ってデパートだったっけ? 和物中心の売り場を展開されているっぽいですが。
“旧銀座アパートメント”は現在奥野ビルと呼ばれ。
なんというか、使いにくいだろうに塗装や内装も剥げてるってのに現代芸術家などと言われる人たちが安くもない家賃を払ってアトリエにしているらしく。でも正直、こっちのセンスは(服部時計店はいいと思うんだけど)、なんかこう、一回り廻ってさらに古いというか私の世代にはピンと来ないんじゃないかなぁ。
一言で言うとあの辺、洋物への憧れを持ってるんだけどバッタ物で代用、みたいな。
いやなんか、言い方キツいですかね。でもモルタル打ちっ放しとか、乾いた土地でならまだなんとかなるのであって日本でやると間抜けな結果になると思うんですよ! とはいえな古いから年季入っちゃった、剥がれるまんまに任せるよ、という意気はまた別の話。
ま、また30年後にでも、この時期の建築なら長持ちするでしょう。
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登録日:2007年 07月 29日 22:49:45
『美の巨人たち』シリーズ“夏休みに見に行こう”川上澄生「初夏の風」
川上澄生-Wikipedia
(1895.04/10-1972.09/01)
とある女に一目惚れして、ずーっと声掛けられないまんまだったところ友人に仲介して貰えることとなり、と思ったら婚約者がいたのだという完全無欠に一人芝居だった初恋というのはもしかしたらそれほど珍しいことではないのかもしれませんが。
その後どこまでも引き摺り続け。
ある意味で人生そのものまで大きく影響を及ぼした人はそうは多くないのかもしれません、失恋の後アメリカに行きその地で彷徨っている間に親族が亡くなり、帰国を余儀なくされた後はどことなく落ち着かない様子で職を転々とし。
ある時に教師の職を紹介され、そこでは結構面白い先生であったようですが。
自分は半端モノなんだよ、としみじみと語ったりもしているようです。
いつの頃からかスケッチの他に版画も始め、世界的名画≪ヴィーナス誕生≫に出会うことでやっとなにかが昇華し、描き、、じゃなくて彫り上げたのがこの≪初夏の風≫(でも絵としては全然似てません)(芸術家同士の模倣というのはある意味で自分のフィルターを通すことでもあるのかね)、女に触れたいのだ、と書き込んでいた詩の文言から。
「自分」を削ることで普遍的な内容とし。
やっと思いと折り合うことが出来たのだというなんというか不器用な人生。
棟方志功を感嘆させたのも、ある意味で独立独歩としか言えない(正直悪い意味かもしれん)その人生が生み出した、当人の物でしかありえない作品だったんでしょうか。
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登録日:2007年 07月 28日 06:43:01
『建築の世紀』「記憶」を、未来の子どもたちへ 国際子ども図書館(建築家編、職人編)
近代、初の国立図書館として作られた帝国図書館の建物を踏襲し(公式Web)。
古い部分もあるけど新しい部分もあるよ、というような再生建築の一形態なのだそーですよ、とはいえまあ、母上は見ながらずっと「このくぼみが汚れると」などということばかり気にしていたわけなのですが。
もともと建物の老朽化が問題になって永田町の国会図書館に機能が移転されることによって、一度建物の存在ごと忘れ去られ。
1980年代に本館の蔵書量が多い時に別館としての構想がぶち上げられ。
そしてその後「子ども図書館」という役割が決まり。
そのことを踏まえての再建計画がされましたよと。
当時のスタイルでもってほとんどのものは自然物で作られているため、「建築は触って感じるもの」という建築家さんの意図のもと、ガラスの覆いの内側に外壁の一部が置かれ。
部屋の中のルネサンス風の装飾の漆喰も全て海産物などの自然物。
いつくかの部屋はなるべく完全な復元をする、というコンセプトのもと。
自分たちで型を起こし道具を作るところから始められたとのことなのですが、昔はこんなに簡単に道具が手に入らなかったろうに、どうしたのかなぁ、と感慨深げに職人の方が言っておられましたよ。
現代建築のシンプルなアーチ状の閲覧室に。
今の技術があるからこそ容易に作れるようになったローマ風の柱に入り口、ガラス戸をアクセントにした新旧入り混じる建物なのだそうですよ。
しっかし、実際、奇麗な建物だったなぁ、掃除どうしてるんだろう。
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登録日:2007年 07月 27日 22:23:04
『世界遺産』#556 古都アユタヤ(タイ)
アユタヤ歴史公園-Wikipedia
イギリスなんて目じゃねぇぜ、と言われたほど栄えたのだという古代王朝の遺跡。
タイっちゃあ地理的に小乗、、じゃなくて上座仏教、自分のことは自分で救おうねってあれですね(仏陀さんも基本的に言ってたのはこういうことだったらしく)。
なので、大学も出て、もうすぐ就職間近な青年がなぜ!
というような時期に出家することもありえるんですね、いやちょっと、一ヶ月限定なら先に言ってよ、戸籍(あれ? 日本だけだよな、住民票かな?)すら別の扱いになるとのことでちょっと無駄にびびってしまいましたがな...orz
古代アユタヤ王朝からの由緒正しい仏教王国で、今も国民には宗教の自由を認めているものの、国王に関してだけは仏教徒であるべしという規定があるそうな。というか、宗教の自由を認めるってのも一種初期仏教らしくあるよな(自立した精神は自分の弟子と同じように認めるようにって仏陀さんが言ってくらいだし)。とはいえ、あそこまでがっつりと生活に密着してると人生一大転機くらいの決心はいりそうですがw
期間限定の出家もわりと珍しくないというか、大人になる通過儀礼みたいなものらしいっすね、仏教寺院もばっちり生きてるし、出家は最高の功徳、功徳を積んだだけ来世で幸せになれるんだよ、出家したら親も最高の功徳が積めるからすごく親孝行なんだよ。
ということらしいですよ、お坊さんにあげる食べ物も功徳になるらしい。
戦争に敗れアユタヤ王朝が滅んでもタイ王朝へと伝統は受け継がれ、最近は遺跡も復活の兆しもあるらしく。1999年、文化遺産として登録されました。
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登録日:2007年 07月 26日 23:13:12
『世界遺産』#555 プエルト・プリンセサ地下河川国立公園(フィリピン)
プエルト・プリンセサ地底河川国立公園-Wikipedia
氷河期が終わり取り残された島の中に熱帯雨林。
そしてその地下には船が行き来できるほどの石灰岩質の洞窟があり、その大きさでは世界最長の8.2kmもあるのだという地下通路になっているそーですよ。ところで土地の人、洞窟にいるのは精霊ですか巨人ですか。水の上を歩くような大きな音ってひょっとして、実際にしてたんじゃないですかね? いや、それがなにかはもちろんわかりませんが。
(なんかこう、若者の度胸試しだったよーな気がするんだよねぇ。)
(間違って入るようなところでもないですやん、洞窟だけは。)
マングローブ林(海水で生育可能な樹木の総称だったり)の根にカキが棲むよーな海域で、島自体が熱帯雨林ってことは豊かな土地だなー。や、カキってちょっと我が侭なんで。
で、まあ、洞窟は石灰岩質の常でいろっんな格好してますね。
カテドラルだのキャンドルだの(高さが10mあるのに図々しくないかw)、入り口の付近の岩に名前が付いているそーですが、ああ、逆に聖堂ってのがもとはそういう自然を模して作られてるものなのかもしれないのか。
とにかくまあ、すごく画面は美しいのですが、水の色も奇麗だし。
石灰岩質の洞窟ってわりとどこでも似てるんだもん! 色のないエビも多分視覚ないんだぜアレ、光が全くないとフツーそーなるし。あ、でも、水中に浮いているように見える岩、赤いぼこぼこした岩肌はなんでかは語られなかった、かな?
1999年に自然遺産に登録されたそうですよ。長いしな、うん。
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登録日:2007年 07月 25日 14:25:40
『世界遺産』#554 ハバナ旧市街と要塞(キューバ)
ハバナ-Wikipedia
街には約半世紀前にアメリカ人たちが置いてったクラシック・カー(大事にされてんなww)、街並みは昔の豪商たちが金に飽かせて建てた建築を、キューバ革命の時に一般市民に開放したもので、こちらは些か年季が違うものでちょっと心もとないかな?
大航海時代のスペイン支配を経て。
イギリス・フランスの国家公認の(ろくなことしねぇな)海賊から街を守るために作られた要塞が世界遺産って思い切り近代どころか現代文明に侵食されているけどいいのかw と思わないでもないんですが、この逞しい人たちを止める権利は誰にもないよなぁ。
スペインがいなくなった後はアメリカが来てな。
それに反発した30代のわかーい指導者たちが起こしたのがキューバ革命、アメリカからクラシック・カーを分捕り、商人たちから建物を取り上げ。
んでもって共産主義を敷いたと、しかし評判はそんな悪くないよな、たまに揉めますが。
しかし文豪ヘミングウェイはさすがに泣く泣く帰ったのは可哀想です、おじいちゃん骨埋めるつもりだったのに、でも国は裏切らないだろうからなぁ、この人。
かつてはアフリカ、アメリカ、ヨーロッパの三点をつなぐ地点として栄華を極め。
今もいろんな時代の遺物が今も残り、サトウキビとともに産業として成立。
ある意味でなにもかも受け入れ、でも侵略者は時間掛けて追い返すぜって感じ。
1982年に文化遺産として登録されました、国ごと登録しとけ。
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登録日:2007年 07月 24日 12:13:10
『食彩の王国』#190 インゲン
インゲンマメ-Wikipedia
「煮る前にヘタを取ると旨みが抜け出してしまうから煮た後、歯応えを残すのが一般的だけどいっぺんくたくたになるまで煮てみて、癖になるから!」という言葉にくらくら来たので思わずインゲン買ってきてしまいましたが、ちと高い、かな?
ちょっとぽちぽち売り場にも見掛けなかったんですが(印象としては4割くらい)、時期としては6~8月、インゲンマメを熟す前に収穫してサヤごと食べるサヤインゲンが一番一般的ではないかとのこと。うん、細長くてヘタを取って筋を取る、細長いアレですね。
料理の付け合せ、ソテー、天ぷら、揚げ物、煮物と味に癖がなく。
正直、結構単独でも味があるような気もします、歯応えあって美味しいし。
えー、禅宗の建て直しのために唐に渡ったのだという隠元和尚がインゲンマメの親戚を中国から連れ帰ってきたのでお名前を借りてまずその親戚がインゲンと呼ばれ。
帰国後別のマメが輸入された時にまとめて同じ名前で呼ばれ、後にむしろそっちのほうが有名になっちゃったせいでそもそものインゲンマメが「藤豆」と呼ばれることになったとのことで隠元さんが怒りくるってたけど(後世の小説家の戯れ言っすよ)、宗教人がそんな細かいこと気にすんな。
関西? 京都では三度豆、と呼ばれているそうで。
なんでも収穫したあとまた生えてきて三度収穫出来るからなのだとか。
完熟させたインゲンを使った餡子も存在、池波正太郎氏も好きだったそうですよ。
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登録日:2007年 07月 23日 13:10:38
『美の巨人たち』シリーズ“夏休みに見に行こう”木田金次郎「夏の岩内港」
木田金次郎-Wikipedia
(1893.07/16-1962.12/15)
有島武郎さん(小説家)にお礼を言わなくてはならないのは当人よりもまず家族ではないのかと思うのですが、だって「君の感性は海の生活で磨かれたものだと思うよ?」なんて言われたら誰だって戻って家手伝おうってのも張り切るじゃないですか。
結局なんだかんだと、危機を脱するまで漁師手伝ってたっぽいじゃないですか。
しかもその後、彼の小説≪生まれ出づる悩み≫の主人公にもなり故郷の名が知れて。
さらに地元でも名の知れた画家になったりした時に、家族が反対とかするわけないじゃないですか。しかも有島さん慧眼だったわけじゃないですか。
ある日、自分の飾ってあった絵を見たとはいえ、突然、絵の基本的な勉強もしてないよーな青年が押し掛けてきて、自分の実家が危機に陥ってる話をして。
己は絵を描くために東京に残りたいのだ、と訴える彼に言った言葉がそれって。
もう正しく本当に人生の救世主だと思うんですよ、掛け値なしに。
彼の家を偶然見つけて図々しくも(多分煮詰まっていたせいだと思うんだよ)、押し掛けてなかったら彼の人生もっと回り道が多かった気がするんですよ。鬱屈というか。どの道を選んでいたのだとしても。
そして彼は画家になって、どんどん名が売れてきて個展を開く寸前。
大波に全てを浚われてしまってもなお「これからだよ」と言ったってんだから強いよね。それは人生を重ねた本当の強さってことなのかなぁ、と思うんですよ。
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登録日:2007年 07月 22日 14:38:38
- プロフィール
- 紅夜
- (女)
- 世界が平和じゃないとご飯の味が落ちてしまいます!!
(という感じのネタっぽいのに変えてみました。)
今年の目標は目指せ食料自給率あっぷでお願いします(とりあえず自分のこと棚上げるし)。
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- [05/13] あはははははw(イスラエル首相の収賄疑惑5度目)
- [05/11] 『アニマル・ナイトメア:動物恐怖症』#7 カエル
- [05/11] また冷えました、辛いなぁ。
- [05/11] 追っかけてんのはアンタらではww(英王子、カリブ海の麻薬密売取締りに参加か)
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