2008年 04月 02日

「そんな物、本当に必要なのか」という優越性(カナダ・アザラシ漁)。

アザラシ猟に抗議のシー・シェパード船とカナダ沿岸警備隊船舶が接触

【4月1日 AFP】カナダ当局は31日、セントローレンス(St. Lawrence)湾でカナダ沿岸警備隊(Coast Guard)の砕氷船と動物愛護団体シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society)の船が接触したと発表した。
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(c)AFP

AFPBB News


キリスト教で食えるものが制限されているというのはまあ、この一連の動物愛護運動によってむしろ有名になりましたが、他に神聖であるからと禁止されたヒンドゥ教の牛(だって生かしてるほうが益大きいもん)、不浄であるから禁止されたイスラム教の豚(一番腐りやすいわけだ)、その他ユダヤ教徒の把握しきれないほどの禁止項目。
外を歩くことを禁ずるインドのジャイナ教(虫を殺すかもしんないから)。
宗教以外にも、信念上のベジタリアンってのもいますね。
まあ、個性のようなものでまことに結構だと思います、文化とも言いますね。

で、とある個性によって他者の個性を否定することが出来るのか、というのが本来の運動の本質だと思うんですが、さすがに妙なので消えました(でも覚えてるよ)。
そして彼らの優越性の根拠は「残酷だ」という主張と「必要がない」ということに集約され、それは確かに間違いではないので盛んに囃し立てられ、また強引なことをしても最終的には自分たちが認められるという自信の根拠になっていると思うんですが。
他文化から残酷じゃね? と言われたことのない文化って正直少ないよねぇ。
そもそもキリスト教以外の冒頭の宗教で、こと食料に関して他文化に口出した経験のあるものはないはずです、網羅してるとは言いませんが、そんなことしてなんの得があるのか、ということを考えて突飛なことでもないでしょう。なんのメリットが。
要するに「俺たちが癇に障るから止めろ、それは可能なはずだ!」という優越性。
確かにまあ可能でしょう、死ぬわけじゃない、けど同じ価値観を持っているわけではない文化では残酷ではないってわかった上での主張だよね? 同一視の強要。
いつまで殺せば気が済むんでしょうね、自分たちだけになるまで続けるのかなぁ?

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登録日:2008年 04月 02日 14:38:08

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