カテゴリー [『世界遺産』]

『世界遺産』#581 ビスカヤ橋(スペイン)

ビスカヤ橋-Wikipedia

欄干と橋げたのみというちょっと変わったその橋は、なんでも人や車までがゴンドラで行き来するのだという“運搬橋”、他にどの程度この橋があるのかはわかりませんがとりあえず世界で初めて造られたものなのだそうですよ。
ところでスペインのビルバオと聞くとゲルニカ(隣)が替わりに襲撃された都市!
と瞬間的に思い出してしまうんですが、悪いのはビルバオじゃない、そもそもこの豊かな経済都市を無傷で手に入れようとした独裁者が悪いだけじゃん、と慌てて思い直すような羽目になります、もっと大変な街があっただけで被害者だっつーの。

いやいや、で、まずなによりも気になるのは「普通の橋とどっちが安いの?」、ビスカヤ橋の圧勝だそうです、コストも安く工期も短いし、船の運搬の邪魔にもならない。そして8分置きにゴンドラは運行し、約2分で対岸へ、となると使用勝手の問題もなし。
そうなると気になるのは「ラーニングコストは?」ということに当然なるわけですが、街のシンボルとして愛され、観光スポットにもなっているというのならその辺そんなに問題じゃないのかも(通勤ラッシュはあるのかなw)。それにそもそも、船を通すために跳ね橋にすることを考えたらそっちもコスト掛かりそうですね。
なんでもこの街には力持ちの人を尊ぶ風潮があり、隣のフランスにエッフェル塔が建った時期に新時代の到来として建てられたそうなのですが、お隣では初期不満を言われていたのにも関わらず(そうだったんかい)、ビスカヤ橋は最初から街に受け入れられたとか。
2006年、文化遺産として登録、ああ、力持ちの橋だからかなw

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登録日:2008年 03月 05日 21:23:46

『世界遺産』#580 ニサのパルティア時代の要塞 / 国立歴史文化公園“古代メルヴ”

メルブ遺跡-Wikipedia

とりあえずトルクメニスタンってなに? という母上の言葉がまず実感なんですが、中央アジアの旧ソ連邦の国で、んー、民族的にはペルシャとかトルコに近いのかなぁ。
シルクロード(正確ではない、と言われてますがわかりやすい)という言葉で表現するのが一番身近でしょうか、地域そのものが東西交通路であった土地。
はっきり言って番組も、土地の風俗などの紹介に終始していたような。
ニサの“パルティア時代”は紀元前2、、えーと紀元前3世紀の数十年ほどの王国で、“メルブ”は紀元前6世紀にペルシャ系の民族が開いた都市、イスラームが入った時代に例のごとくイスラム建築がぽこぽこ建てられてますが、イスラムは建築物は壊さないので(仏像に関しては首を折られてるのはほぼ多分イスラムの仕業っす、偶像崇拝禁止はいいけど他文化のは壊さないでよー;)(まあ、文化は大事にするものの人間は殺す場合とどっちがマシかというと前者ですが)。
それ以前の時代の泥の神殿が残っていまして、世界遺産の認定を受けた影響なのか、同じ製法で日干し煉瓦を作ろうとしたものの強度が足りず、ひょっとして成分が違うのかな? と調査したもののやはり近隣の土壌が元になっているとのことで結構謎。
ただまあ、技術的に過去のものよりどうしても劣る、というのは珍しくありませんね、それほど雨が降る土地ではないものの、なぜ日干し煉瓦で何百年も保ったのか、ということもよくわかっていないようですよ。まあ、水を運ぶ風景や、過去からの伝承としての金属加工なども取り上げられていたんですが、全体的な来歴がよくわからなくて...orz
1999年、んー、やっぱりソ連からの独立後、文化遺産として登録されました。

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登録日:2008年 03月 03日 22:44:33

『世界遺産』#579 パーヌルル国立公園(オーストラリア)

パーヌルル国立公園

なんというかアマゾンはまだそれほどでもないと思うんですが、オーストラリアというとどっちかというと“自然”が「放っとけ」と言っているようにしか見えないというか、維持もなんも関係ないし、見に行こうとするとその時点で環境破壊だし。
という、ある程度以上まともな精神でもって当たろうとすると厳しいヒトです。
いや、ヒトじゃないんですが、風によって表面が削られ地層の模様と相まって奇妙な形、風景を作り上げ、微生物が表面に棲みつくことによってほんの数センチの粘土層が生じ崩壊を免れている光景なんてなあ、人間がいっくら褒めても自然世界的に無価値同然だよな、、、というか、崩れるまでの一瞬のあだ花当然なのでは(崩壊に時間が掛かっても同じ)。
原住民の方たちが変な化粧をして、のっそのっそと踊って下さったんですが、フツーは化粧は美しくか恐ろしくするものですだって娯楽だし。祭りって楽しいものです、神をダシに何万年やり続けてきたと思うんだよ楽しくないと誰がやるかそんなこと!

土地にハリヌズミが作った地形なんだよ、という神話が伝わり。
そもそもここにこんなもんがあったということが知れたのも20年前、最後の秘境とか言われてるそうですが、誰か来たところでどうも出来ん存在感。
乾季には雨季の雨量の多さに抉られた川底が姿を現し、局地的な豪雨で川が氾濫し人間は近づくことすら出来ず、しかしそのだだ溢れた水のおかげで多くの生き物が育まれるとのことですよ、そういう土地って少なくないよね。いまだ、人より自然が強い土地か。
2003年、美しい風景だからと、自然遺産として登録されたそうな。

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登録日:2008年 02月 18日 21:25:47

『世界遺産』#558 サンクト・ペテルブルグ歴史地区と関連建造物群 II(ロシア)

エカチェリーナ2世-Wikipedia
(1729.04/21-1796.11/06)

なんでも前回でも取り上げられていたピョートル大帝がロシアの身体を作り。
エカテリーナ二世がロシアの心を入れたのだ、と言われてるそうなのですがもとはその彼女の専用美術館だったのだという“エルミタージュ美術館”、えーこう正直、前に『美の巨人たち』でオランダの画家たちの作品群が紹介されていたんですが(フェルメールとレンブラントだよ)、あんまり有名な作品が買えなかったのかな、と思わないでもなかったんですが、あー、収録されてる他の作品見ても地味っていうか上品で家庭的かも。
ナポレオンの軍を敗退させた将軍たちの肖像画の部屋なんてのもあったそうなんですが、えーと、なんでまたその時代? ところ狭しと並べてあるところといい、ちょっと標準的な西洋の美術館とはイメージが違うかも(いいとか悪いとかでなしに)。
ちゅーかでも、建物が派手です、じゃなくてえーと、華やかです。

というところを一度踏まえ、彼女の人生を見てみるとド派手でしたとも。
女帝だったことと美術品の趣味と「心」と言われていたので優しいほう? と思っちゃったんですが、遠征に次ぐ遠征に私生活も派手、夫との仲がいまいちだったのはお互いの原因としても、最終的には愛人が数百人って元気だなぁ。幾度もの戦争を経て領土を拡大する傍ら、国内に当時ヨーロッパで流行していた“啓蒙思想”を導入。
ロシアの、というのは私の知識ではなんとも言えないんですが都市サンクトペテルブルグのソフト面担当というところはよくわかります。でも作品傾向と印象がちょっと違うw

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登録日:2008年 02月 14日 11:02:29

『世界遺産』#557 サンクト・ペテルブルグ歴史地区と関連建造物群 I(ロシア)

ピョートル1世-Wikipedia
(1671.06/09-1725.02/08)

いや、番組を聞いている時点から、なんか面白そうな人だなぁ、と思っていたんですが調べてみたらもっとすげぇw 人の死に様に笑うのがとても失礼だとは思いますが、部下を助けるために厳寒の海に入って死亡! 皇帝が! 格好いいっていうか豪快すぎる。
んーと、絶対王政、、、じゃないな皇帝だし、絶対主義って書いてありますが。
まあとりあえず、ロシアの皇帝=ツァーリを絶対視する“ツァーリズム”という政治体制をまとめたというか始めた人らしく、この人がスウェーデンとの敵対関係を念頭に置いて作ったのがこの都市の始まりだということなのですよ、サンクトペテルブルグ。
ふーん、戦前くらいまでの北欧の情勢見てると想像が付きにくいですが、バルト海の帝王だったんですね、スウェーデン。ちゅーかむしろ、この後20年くらいで決着が付いてしまった辺りにこの都市が芸術都市になった理由がありそうだなぁ。

ところで皇帝、アナタ18ヶ月も国を空けて他国で身分隠して職人って。
ていうか、実地で習うには短いよ、腕どうだったの?! というのは余計なお世話かと思うんですがこの時に職人をスカウトして国に連れ帰った、って驚かれたろうなぁぁ。
んーと、この地域でも特に目玉であるエルミタージュ美術館が1764年建築だから、概ね戦争からは一世代か二世代、そして内装がバルト海で産出された琥珀が含まれる(白いのは大理石だよな?)、ということなので、あー、ほぼ完全につながりました;
1990年、文化遺産登録、、えーと冷戦が1989年までだ、あはははww

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登録日:2008年 02月 04日 14:44:33

『世界遺産』#576 シドニー・オペラ・ハウス(オーストラリア)

シドニー・オペラハウス-Wikipedia

私、絶対ある日この子たちは「よっこいしょ」と起き上がって、ののの、と進んで海に落ちるんじゃないかと思うわけですが。そうでなくても周辺住人の方々は、時々動いてんじゃねぇかという疑心暗鬼に陥るべきなんじゃないかと思います(べき?)。
オーストラリアはイギリスの真裏にあるもと植民流刑地(語られてませんでしたが)。
1957年、世界に冠たるオペラハウスを作ろう! と世界に公募され、デンマーク人ヨーン・ウッツソン氏のデザインが選ばれ、なんでもスウェーデンの材質を使って表面を飾ったそうですよ、ちゅーか、光沢のあるタイルと光沢のないタイルを使い分け、、、なんでウロコ状に展開させてあるんでしょうかね、可愛いじゃん。
このみょーん、と伸びた屋根は扇状に構築され、全体の構造は楕円の半球を割って作られているようですよ、オペラハウスって仕掛けが多いから四角い建物に収まらないことを逆手に取ってもいるんですが、トータル・デザインがなんとなく自然物っぽいよねぇ。

もともとオペラハウスってのは巨額の建築費が必要な上。
デザインや素材を見ても凝り性だったんでしょうね、ウッツソン氏は完成前に解雇されてしまうようなことになりましたが、しかしまあ、あとを三人の建築家に任せたということは、コンセプトそのものはきちんと引き継ぐつもりだったんじゃないでしょうか。
とはいえまあ、大幅に納期も予算も超過してたからそのせいもあるか。
でも、そのお釣りはどうも十分すぎるほど出たんじゃないでしょうか。
2007年、文化遺産として登録。建物単位って珍しいんじゃないのかな?

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登録日:2008年 02月 01日 14:23:16

『世界遺産』#575 スマトラの熱帯雨林遺産(インドネシア)

スマトラの熱帯雨林遺産-Wikipedia

番組内では語られてませんでしたが、紙資源のための熱帯雨林の伐採、ともなると一時は日本の名前がほぼトップに挙げられていた時期を記憶しているのですが(あとはヨーロッパ諸国)、なんか最近すっかり忘れたみたいな言動がぽちぽち。。。
今も続いてるとは言わないけど、なかったみたいに忘れるのはちょっとなぁ...orz
騒がれだしてから収束するまでの時期、認識してからの行動は早かったですけどね。
(でも世界規模になる以前の無知っぷりも酷かったんだよー、うーんうーん;)
まあ要するに、資源として元の約8割までに森林が減少し、そこにしかいない固有の種を自然に維持することが到底出来なくなった「遺産」です。さっくりと。
その状況下で400頭しかいないトラが20万円で売り買いされるわけですよ。
なんかこう、どっか一部だけ切り取って責めてもしょうがない気はします、ところで“スマトラ・トラ”になるんだねっ、と確認して喜んでた馬鹿は私です。スマトラゾウを見た時から「トラいないのトラ?」と気にしてたのも私です、すみません。

んで、他に、なんというか現地の人たちが“森の人”と呼んでいたオランウータン。
うん、実にその気持ちがわかるというか、毛を剃って言葉を覚えたらフツーに人ですよね、木登りが得意な人種もいますとも。てゆか、まかり間違って育て方次第で人間になっちゃいそうな壁の薄さを感じます、そして彼らは木から下りず。
森の中でしか生きられない、森林減少の影響を受けた被害者です。
2004年に自然遺産に登録されましたが、間に合うんでしょうか。

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登録日:2008年 01月 21日 14:42:29

『世界遺産』#574 サンティアゴ・デ・コンポステーラ(旧市街)(スペイン)

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路-Wikipedia

スペインで一番重要と思われていること、という公式ページの出来事がわからなかったのですが、キリスト教化(というよりイスラムの影響を拭おうとした)レコンキスタのことですか、“サンティアゴ”というのはそのまま聖ヤコブのことなのだそうで。
ヤコブさんはキリストさんの弟子の中で「最もキリストに近い弟子」だそうですよ、なので三大聖地の一つなのだそうな。で、主にフランスからの巡礼路が4本ほど延びているそうですって、スペイン国内の人はどうすんでしょ? フランスから出発。
フランスから出発してイベリア半島に向かい、ガリシア地方に向かう巡礼の道。
と思ったら、フランス国内はまた別の遺産なんだ?! うわ、ややこしー。

えーと、8世紀に光に導かれてヤコブさんの墓が発見され、教会を建て。
その後の各種、各時代の建築様式を取り入れて巡礼の地として発展。
なんでもイギリスの侵略を逃れ、骨を移動したところそのまま行方不明になり、また見付かっるようなこともあったようなのですが、それ以外の時期は概ね盛況。元は小さななにもない町だったそうなので、精神的な意味だけじゃなかったのかなぁと(ごめん)。
ヤコブさん自身がシンボルにしていたらしく、巡礼者が身に付けるのがホタテ貝、なんでも海で溺れた王子さまを救ったことがあるそうで、引き上げてみたらホタテ貝が全身にびっしり(それ、助けたのホタテ貝じゃね?)(違う)。
ファンキーな動きで空中を飛ぶ香炉は80kg、アレ落ちたことないんでしょうか;
1993年、文化遺産として登録。しかし、ヤコブさんを戦わしていいのかなw

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登録日:2008年 01月 17日 23:02:43

『世界遺産』#573 サマルカンド─文化交差路(ウズベキスタン)

サマルカンド-Wikipedia

そもそも私、イスラムが建築を好む理由ってのがとんとわからず、いや、現物が残っているので疑う余地はないんですがその理由が語られているところも見たことがないんですよ。宗教としてはホントに初期しかきちんと読んでないからかなぁ。
で、今回、各地から建築家を集めてきて、各種建築を建てさせていたんだよ、ということ聞いて、ああそうか、そのためか! とか思わず早合点しそうになりましたが、色も建築様式も微妙に知っているイスラム建築のものと違い、よく考えたら最初期、現在のイスラエルにも遺跡が残ってるってことはほとんど初期から建築好きなはずで。。。
よく調べてみたら600年前の話でした、えーと、15世紀? だよな。

“文化交差路”という説明と大雑把な位置関係から東西交通路? と思ったんですが、どうも遊牧民から歴々と陣地合戦が繰り広げられていたようですね、迷惑な;
15世紀のティムール帝国(恐ろしいことに人名、人名を冠した帝国名珍しい;)のティムールさんが要するにこの都市に余所から建築家を連れてきちゃあ建物造らせていたそうですが、ペルシャ系の建築物に土地の鉱物である青い色が欲しかったのかもなぁ。
で、勘違いとはいえ、ここの技術からのちのイスラーム建築は発展したそうな。
というか、“奪い合われて”いた美しい都市、と考えたほうが近いのか。
青い建築と、空の青さから「青の都」と呼ばれているらしく。そういや、イスラム建築ってのも他文化圏にもよく残ってますが、住むところではなく「見るもの」かなぁ。
2001年、文化遺産登録がされました。ちーと罪深い都市かw

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登録日:2007年 12月 31日 17:43:51

『世界遺産』#572 ボルドー・月の港(フランス)

月の港ボルドー-Wikipedia

誰だ名前付けたの、可愛いじゃないか! というのはどうでもいいんですが。
あ、この“月の都”というのは世界遺産登録名なのだそうですよ、なんでも三日月の形をしているからなのだとか、で、正直よくわかってないんですが、陸が三日月なの、水が三日月なの(海ではないような気はする)。あ、ガロンヌ川が三日月型なんですか、了解。
で、登録理由は「新古典主義の都市計画が良好に保存されて」いるせいなのだそうですが、ボルドーと言ったらワインじゃないの?(私はのんべではありません)

17世紀半ばからフランス革命くらいまでを最盛期とし。
ワインはもとより、植民地貿易の中継地とされたとのことでだいぶ賑わってたっぽいですね、歴史も古いらしくてローマの植民地になる以前からの都市だってさ。≪新古典主義≫がんーと、18世紀後期って書いてあるので、、、フランス革命いつ?
すみません、私ヨーロッパに関して(だけ;)基礎知識抜けてて、ああ、18世紀後期ってとこみたいですね、まあ、最盛期でなくても寂れるような要因はありませんが、そういや、女も己の最盛期のファッションを保持し続けるという噂がありますね(をぃ)。
フランスの王家に嫁いだあと、よりにもよってイギリスに土地ごと持っていっちまったお姫様・アリエノールの話がちょっと面白かったですが、やっぱりまあ、シャトー(元の意味は城なんだよね)に大聖堂、ブドウの収穫時期を告げたのだという鐘と。
酒に絡んだ都市は寂れることなく艶やかだから好きですよ、酒好きなのは人類かw
2007年、文化遺産に、ってへー、若いな!

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登録日:2007年 12月 27日 23:20:37

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プロフィール
紅夜
(女)
世界が平和じゃないとご飯の味が落ちてしまいます!!
(という感じのネタっぽいのに変えてみました。)
今年の目標は目指せ食料自給率あっぷでお願いします(とりあえず自分のこと棚上げるし)。
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