カテゴリー [『美の巨人たち』]
『美の巨人たち』ジャン・ミッシェル・バスキア「Untitled」(アメリカ)
ジャン・ミッシェル・バスキア-Wikipedia
(1960.12/22-1988.08/12)
ぶっちゃけて価値がよくわからず、晩年に「アフリカー」と当人がぶつぶつ呟いていたと聞いてああ、洞窟壁画! と納得してしまったのはひょっとして失礼だったでしょうか、案外ご当人は喜んでくれそうな気もしないでもないんですが。
“黒いピカソ”と他人には呼ばせていたそうですが、キュビズムは理論からなにから全く違うよね、と思うのは私が素人だからじゃないよね? あれは物質を多面的に表現するものであって一度説明を聞いたら誰でも違うってわかるよね。
洞窟壁画は空いてるとこにぶっ込む、という方針に貫かれている気がします。
それ方針じゃねぇ、と思われたらもっともです、でもきっとそう見える人のが多いよ!
ところでひょっとして地域が若干ズレてませんか、あと晩年が27歳ってちょっと若すぎねぇかと思うんですが、アンディ・ウォーホールさん(聞いたことあります)の死後一年ってなんか関係あるの? とか思っちゃうの私だけではないですよね(Wiki調べ)。
まず80年代にグラフィティ・アートが台頭、なにかっていうと壁の落書きっすね。
で、その中から生まれてきたのが美術界に初めて登場した黒人であるバスキアさん。
若くして名声の座に上り詰め、あっ、という間に去ってしまったある意味でスターの典型的生涯っていうのかなぁ、今も路上の“描き手”の人らにとって強い印象があるそうな。
「現代社会への鋭い風刺に満ちていた」というのも、彼がうんざりしていたという周囲の評価とそんなに違うって言い切れるのかしら。なんの根拠もないじゃんな。
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登録日:2008年 02月 27日 11:38:43
『美の巨人たち』川端龍子「鳴門」(日本)
川端龍子-Wikipedia
(1885.06/06-1966.04/10)
アメリカのボストンに絵画の勉強をしに行ったらば、その仲介をしてくれるはずの人に騙されて(酷いことを;)、ふらふらととりあえず美術館だけでも見て帰るか、という彼が出会ったのは日本画の絵巻き物、遠回りだという気がまるでしないでもないものの、近代への移行期に日本の美術品が海外流出したのは有名な話だからなぁ。
そして日本人は洋画を持てはやしたということなので(そして光の強い欧州の描き方と日本の題材合わねぇよー! と嘆く人をぽちぽち量産しましたねぇ)、ある意味で自力で帰ってこれた龍子さんはまだ良かったのかもしれません。お帰り。
で、彼は日本画壇に入ったものの「お座敷で好事家に愛でられるだけなんて嫌じゃー」と出奔してしまい(もちろん作品がですとも、なんで語弊ある表現するの)、でも洋画には壁画ってジャンルがあるけど日本はせいぜい屏風絵だよねぇ、と思っていたら巨大屏風絵を、当初計画していたよりもスケールでかくして描きました。
なんでも喧嘩売って出てきたばかりだったので勢いがちょっとありすぎたようです。
まあ、海と鳴門(渦巻きっすよ、わりと有名よね)なので広げるつもりならいくらでも広げられるとは思いますが、そして作品は迫力あるいい出来だとは思いますが。
しかし美術館というのは絵画を収蔵するスペースをかならず持ち(あと修復なんてのも前提に入れている)、ある程度展示ローテーションするものなのですが、そんな計画に入れるに入れられないこの作品はいろんな意味で困らせたんじゃないかと思います。
まあ、芸術だからある程度は仕方ないか、納得いかないとしゃあないよね。
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登録日:2008年 02月 25日 17:20:14
『美の巨人たち』ルイス・コンフォート・ティファニー ステンドグラス「百合と林檎の花」(アメリカ)
ルイス・カムフォート・ティファニー-Wikipedia
(1848.02/18-1933.01/17)
「アメリカ人はなぜ生活に美を取り入れることを頑なに拒むのか」というような趣旨の言葉がひどく印象に残っているのですが、美しいものに囲まれて生まれ、父親に画家になる、と言われてそれを許されたというどこか甘ったるい話から逃げられない彼は。
アメリカにおけるアール・ヌーヴォーの第一人者として今は語られています。
んでまあぶっちゃけて親父さんは、芸術家ならまあいっか、なんかの足しになるだろ、と思って許したのか、画家になるなんてまた甘いことをすぐ戻ってくるだろw と思って許したのか、案外その中間くらいじゃないかと思うんですが。
なんというか、“ティファニー社”の後継者として生まれたそうで。
で、夢みたいなふわふわっとしたことを言って家を出て、考えていたのが案外と骨太というか地に足が着いているというか、案外、この人のここでの健闘ってアメリカの中に根を下ろしているのかもしれないなぁ、となんとなく思います。
だって今のアメリカ人そんなことないじゃん、彼が作ったのは教会のステンドグラス、カケラを切り合せた芸術的な、理屈も教わらない(職人芸)あれじゃなくて色ガラス同士を混ぜて模様を作り、それを自然の風景に見立てるようなそんな作品にランプの傘。
工業芸術っちゅー翻訳だったっけか、まあ要するに、美しい大量生産品、オートメイションというほど問答無用でもなくて、特殊な技術者だけが長時間掛けて作る選ばれた人間たちのものではない、多少生活に余裕があれば手の届く範囲の「美」、かな?
まあ、後半生順風満帆な人生とは行かなかったみたいですが、それもそれで。
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登録日:2008年 02月 21日 19:31:01
『美の巨人たち』長谷川利行「岸田国士像」(日本)
長谷川利行-Wikipedia
(1891-1940.10/12)
というかどっちかというと、岡惚れとかそっちの行動に近いみたいな気がするんですが、一旦「絵を描いたらば」その後ずるずると小金をせびりにやってくるって、悪意っちゃあ悪意だし迷惑っちゃあ迷惑ですが今でいうストーカーっぽい?
長谷川利行は早描きで有名な画家だったようで、演劇や踊りの客席の前列でいい調子で観劇しながらその間に描いてしまうという、そもそもそういうスタイルの画家でアトリエがあるわけでなく、特に値が付くようなこともなく、その日のうちに描き上げてその日のうちに売り払って夕食代等々で飲んでしまっておしまい、死ぬ時も路地裏でひっそりというようなほとんど流れ者。その界隈では結構名が知れてもいて。
だからまあ、ツテを辿って当時すでに有名だった劇作家などの肖像画も描くような話が回ってきたんでしょうが、その準備のために金を引き出し、さて描くか、と妙に気取って向かい合ってみたらそれは4日にも及んだという(にしたって時間が掛かりすぎというものでもないような気もしますが)。んでもって、この絵、私も見たことがありますよ。
確かどっかの教科書? ポスター? まあ、見たことある人いるのではないかしら。
そもそもぐちゃっ、としてるように見えても、なんとなく原型の想像が付くというか、キュビズムのような計算された“醜さ”があるわけでもなくどっちかというと、概念的には印象派にも近いんじゃないでしょうかその題材が卑近だったというだけで。
その場にある、その舞台の勢いというか猥雑さというか、泡のように消え去る一瞬のもの、で、この絵だけはそうでなかったと、まあ知っていたんでしょうかねぇ?
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登録日:2008年 02月 16日 15:30:00
『美の巨人たち』ギュスターヴ・カイユボット「床を削る人々」(フランス)
ギュスターヴ・カイユボット-Wikipedia
(1848-1894)
えーとその、、、ルノアールってこう、大変言いにくいんですがその関係って親友って言って本当にいいのかしら、ということを思わないでもなかったんですが(ごめん!)、逆にカイユボットさんが亡くなったあとに、俺が君の遺志を続けるぞー、と張り切ってくれていたので一安心ですよ、そっかー、疑って失礼しました。
カイユボットさんはお金持ちのぼんぼんで、父ちゃんに法律家になって欲しいな、ということを望まれておきながら画家になりたいと言い、学校に入れて貰ったらそこを数ヶ月で飛び出したにも関わらずお家のお金で当時芽が出始めてもない印象派の画家たちのさっっぱり売れない作品を買い続けていたらしく、どっから突っ込んでいいかわかりませんが。
その彼の描いた“床を削る人々”は大したものだと思います、取り澄ました美しさではなく、社会の現実の貧しい人々などの中に美を見出そうとしたのだ、というと多分胡散臭くなってしまうと思うんですが、この人みたいに人生で体現してたら別にいいよね。
そして彼はその後没落してしまい(そりゃまあ)、田舎に引っ込んで楚々と暮らしておいでだったようなんですが、ある日、自分の印象派の作品を国に買い取るように、と言い出しそれは「カイユボット事件」と呼ばれたそうですよ。あー、聞いたことある。
んで、それは熱烈な民衆の賛同を得たのだとか、すでにその作品群の美しさは知られていたのだとか、そしてそのコレクションは現在のオルセー美術館の元となったのだとか。
(うん、画家たちにとってもありがたい存在だったろうねぇぇ;)
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登録日:2008年 02月 10日 14:14:38
『美の巨人たち』宮川香山「渡蟹水盤」(日本)
宮川香山-Wikipedia
(1842-1916)
生涯二度は同じモチーフを作らなかったのだ、という香山さんなのですが、なんでも明治天皇がお買い入れになったカニだけはすでにこの“高浮彫”という独自の工法を捨て去ったずっとのち、己の晩年、病気を宣告されてのちに猛然と作り出し。
なんとか自分の寿命の寸前に間に合い、というか、これを生み出して1ヵ月後に死去。
「なにかこの作品だけ心残りがあったんかねぇ」とナレーションさんは言っておられたわけですが、それだったら元の作品と取り替えたいと考えるような気もするので(国宝に指定されたそうだよ)、むしろ買い上げた人が重要だったのかなぁ、と思うけどどうだろ。
他の、この高浮彫の物はほとんど欧米の貴族とか金持ちに買われたみたいだし。
ぶっちゃけて近代以降の天皇さまは学者肌で見る目があって信用してますぜ。
あー、もうモチーフ思いつかないしあれでいっか! とか妥協してたら、とか考えてすみませんすみません、むしろ最高傑作の誇りがあったんじゃないでしょうか。しかし正直こんな空前絶後の焼き物(モチーフを完全に一つの焼き物として焼き上げた上に焼き上がり後の彩色なし)の良し悪しとかわからないよ、私は素人ですがプロでも無理でしょうこれ。
しかもパーツごとに土が変えられ、焼きあがると縮む、曲げた場合は少し元に戻る、というのが焼き物の性質な上に土の性質によって微妙に違ったりするのだという。
それこそがまさしくこの高浮彫を香山さんが作り続けられなかった理由なのですが。
職人なのか芸術家なのか、というと、さて職人さんだったのかなぁ?
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登録日:2008年 02月 09日 02:42:03
『美の巨人たち』ピカソ「ゲルニカ」(スペイン)
ゲルニカ-Wikipedia
1937年4月26日、重工業都市ビルバオを手に入れようとしたスペインの独裁者、フランコ政権がドイツのヒトラー政権と結託し、隣の小さななんもない平和そのものの街を空爆したのがこの“ゲルニカ”という作品に描かれた事件。
間違いとかそんなんじゃなくて、無傷で手に入れるためだったそうですよ。
ちゅーかゲルニカ関係ないじゃねーかよ、ひでーっっ?! と叫んだのは私や母上だけではないようで、今までフランコさんの対抗勢力から「協力して」と頼みに頼み込まれていて(せめてはっきり断るなりしてやれよ;)、どうも諾の返事をしていたらしいんですが、さっぱりそんな絵を実際に描くようなこともなく。
しかしこの事件の一報を聞いてから、猛然と描き出したそうですよ。
けれどこの絵を描き出した時にあったはずの反対勢力のシンボルはスケッチを重ねるうちに消え失せ、もともと薄くわずかに付いていたはずの色も消え、街を示すようなモチーフも絵の中のどこにもなく、ゲルニカの街の人は「どうして事件で燃えた古木の樫の木くらい描かなかったんだろう?」と不思議がるわけですが、その樫も悲劇そのものを示す物となり、ゲルニカだけの樫ではなくなったそうですよ。
この絵はキュビズム、という対象を異なる角度で見た構図を一つに詰め込んだような技術で描かれたわけなんですが、そのせいでなんちゅーか、なに描いてんだ、とか当時は言われてたらしいんですがね。“悲劇”を知る者はわかるんじゃないでしょうか、自然に。
20世紀最高の絵画と評されることもあるそうなのですよ。私も好きー。
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登録日:2008年 02月 02日 18:33:37
『美の巨人たち』仙厓義梵「指月布袋画賛」(日本)
仙厓義梵-Wikipedia
(1750-1837)
読みは“せんがく・ぎぼん”、他に番組で絵を描く禅僧として雪舟と白隠の名が出ていたんですが、これどういう名前なのかなぁ? なんか他の人と系統が違うよね。
ちゅーか、雪舟がそもそも禅僧だということにまずびっくりしたんですが。
あと、単に僧侶ってだけじゃなくて三人とも禅僧ということも共通してるんですね、“禅”の中に絵で表現する教えがあるからかなぁ? まあ、さすがに墨と筆を手にしないと絵の上手い下手なんてわからないだろうし、考えてみれば質素が基本の坊さんが絵を趣味にってのも贅沢な話か、それが職業の一環だったのかもしらん。
で、この人はある時までその精緻な技術を誇っていたのですが。
「雪舟みたく、絵師として記憶されかねなくね?」ととある絵師にずけずけっ、と言われてしまったことですっかりと考えを改め(しかしまあ、褒めて欲しいと思っていたのを恥じたのかなぁ、という気もしないでもない)、以降風船みたいな人物や動物に点目にちょん、という極めて簡単な絵柄となりましたとさ。
雪舟ってのはまあ、多分知らない人の少ない有名絵師でしょうが(禅僧だってば)。
白隠さんは自由気まま、好き勝手に絵を描いていた坊さんです。この人ともやっぱり違うよね、と言われていたわけですが、なんとなく義梵さんのほうは誰かのために描いていたような気もします、「○△□」とかさあ、墨が薄い→濃いの順に描かれたってをぃw
でもまあ、禅僧的にはそれもありかなぁ、人に伝える手段として。
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登録日:2008年 01月 27日 00:25:45
『美の巨人たち』sp.ヨーロッパ絵画黄金時代
そもそもボッティチェリってルネサンスどうこう以前に「誰にでもわかる」という作品なのではないかと思うんですが、フェルメールやレンブラント(オランダの絵画って堅実というか小市民的だよね、レンブラントの“放蕩”って美人の奥さんもらって生涯愛したことなんじゃねぇか;)も精緻っていうかわかりやすく。
どっか奔放、というか大変な人生を送った印象派の中でもモネはなんか違うし。
印象派を、それ以前に影響を与えたイギリスのウィリアム・ターナー、外光派や自然傾向の画家(ミレーの≪落穂拾い≫とか)と並べて考えるとやっぱり堅実というか。
ウジェーヌ・ブーダン-Wikipedia
他の文化圏の人間にとっても「わかりやすい」内容だったんじゃないのかなと。
彫刻だとミケランジェロとかそんな感じですが。
この回で取り上げられていた美術史は、芸術家や目の“高い”好事家ではなく民衆のものだったんじゃないのかなぁ、と。民衆に迎合した、というよりは自然な振る舞いが素朴でわかりやすい方向というか。人生の苦しみや痛みもどっか身近でわかりやすく。
それが芸術の全てだとは言いませんし、まあ、異端が作り上げた歴史も多々あるわけですが、小さく愛らしく、素朴で身近であるが故に愛された、難易度の“低い”歴史に焦点が当てられることがあってもまあいいじゃないですか(レベルは低くない)。
もしかしたら、人間の内面というよりも、外に、見たままや見ることの叶う美しさを追い求めた人たちだったんじゃないのかと思うんですが、いえなんとなく。
けど、それをどう紙の上に表現するか、というのはけして安易ではなく。
出来上がった作品がわかりやすいのはそう志されたからかと思うのですが。
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登録日:2008年 01月 24日 20:22:52
『美の巨人たち』ジュジョール 建築「トーラ・ダ・ラ・クレウ」(スペイン)
ジュゼップ・マリア・ジュジョール-Wikipedia
(1879.09/16-1949.05/01)
一言で言うとあれです「住めないでもないな」、すみません、いえ、お師匠さんのガウディ氏の作品にはグエル邸除いて住めません! てか、むしろカサ・ミラが一番酷いような気すらするの、あれ、注文住宅だったんですか、むしろ依頼主が悪いような気すらしないでもないんですがそら揉めるわ! てか、Wiki君によると、ガウディと施主が揉めていたのでジュジョールさんが仕上げてたそうです。
あー、目を離した隙にさらなる冒険をされたというかトドメを刺されたというか。
というわけで、学生時代にすでにじい様だったガウディに連れ出されて、色彩の面で主に彼を助け、その後方向性の違いから決別(喧嘩とかではないよね?)。
都市部ではやりすぎで喧嘩が耐えなかったらしいものの。
農村部での評判は悪くなく、主にリフォームを手掛けていたそうですが、結構やっぱり好きにやってます(住めないでもないと思うけどなんちゅーかトンチキ、別荘かなぁ)、で、ある日実の伯母上に呼ばれ「好きにやんなさい」の一言で任され。
卵型の家を作りましたのが表題作、大丈夫、階段は歪んでっけど住めるから!
というかむしろ、トータルで作ったほうが自然というか、不思議と周囲に溶け込んでいるんですね。なんかあちこち妙ですけど“面白い”の範疇に収まってるというか。
正統な評価を受けられなかったんだよ、と言われるんですが、ガウディさんともどもそんな気にしてないんじゃないっすかね? だって幸せそうじゃない、作品。
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登録日:2008年 01月 13日 21:43:36
- プロフィール
- 紅夜
- (女)
- 世界が平和じゃないとご飯の味が落ちてしまいます!!
(という感じのネタっぽいのに変えてみました。)
今年の目標は目指せ食料自給率あっぷでお願いします(とりあえず自分のこと棚上げるし)。
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