2009年 05月 27日
アウンサンスーチー女史の陳述書(NLD5月27日声明)
【5月26日 AFP】自宅軟禁の条件に反して自宅に外国人を滞在させたとして、ミャンマーの軍事政権に起訴された同国の民主化指導者アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)さん(63)の裁判で26日、スー・チーさんは、湖を泳いで自宅を訪問した米国人男性に「一時的な滞在場所」を提供しただけで、自宅軟禁条件に違反してないと反論した。
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(c)AFP
ヤンゴン市バハン区
西シュエゴンダイン通り97/B番
国民民主連盟の指導者アウンサンスーチー書記長を起訴している件に関して、アウンサンスーチー女史が刑事訴訟法第256条に基づき、裁判所に提出した陳述書の全文は下記の通りである。
⑴本件は、アウンサンスーチーに対して国家防御法(妨害・破壊を行なおうとする者の危険から国家を防衛する法律)第22条、違反を幇助したドー・キンキンウィン(父ウー・ティンオン)、マ・ウィンママ(父ウー・ニャンリン)とジョン・ウイリアム・イエットー氏ら3名に対しては同法第22条および刑法第109条に基づき立件するよう、警察情報部のゾーミンアウン警察中佐がバハン区警察署に2009年5月11日に告発した事件です。
⑵ジョン・ウイリアム・イエットー氏が私の自宅敷地内に入って来た件について、1回目である2008年11月30日の来訪を、私と一緒に暮らすドー・キンキンウィンから聞き、知りました。
2008年12月4日に診察に訪れたティンミョーウィン医師を通して、その出来事を当局に通報しました。当局は、その件に関して、私たちに対し事情聴取も行ないませんでした。処罰するという話も耳にすることはありませんでした。敷地内に人が入って来たということを当局に即座に通報しなければならないと注意するということもありませんでした。
ジョン・ウイリアム・イエットー氏の2回目の来訪を2009年5月4日午前に確認しました。私は、出て行くように言いました。彼は「もう夜が空けたので、出て行けば、つかまる可能性がある。夜になれば帰る」と言いました。しかし、夜になって、健康状態のために一晩泊まることを頼まれたのです。
⑶現在、多くの私の政治仲間たち・志を同じくする者たちが、法の保護と寛大さを享受することができないまま、長期刑を受けて服役しています。ですから、私は、いかなる人をも逮捕・拘束されるように陥れるようなことができないという政治信念に従って、留まることを頼まれ、一時的な滞在を許可したのです。
⑷侵入してきた者が誰であろうが、その者の目的がどのようなものであろうと、私にとっては問題ではありません。私の政治信念に従って、行なったことなのです。侵入した問題について、毎月の診察のために2009年5月7日にティンミョーウィン医師が訪れる際に、彼を通じて、当局に伝えるつもりでした。しかし、2009年5月7日、警察情報部員らが来て、ティンミョーウィン医師は入ることを許されませんでした。
⑸11月30日の出来事に関しては、「大きなことは小さく、小さなことはなくなるように」と敷地に入って来た者に対しても敷地の警備を担当している警察官(もしくは兵士)に対しても、不必要に不利益を被らせたくないという気持ちからやったことなのです。その行為に関して、当局は異議を唱えたり非難するなど何もしなかったので、当局は私の行為を了承したのだと考えたのです。
検察側の証人の一人に反対尋問を行なった際、私の自宅敷地の警備には当局と私の双方に責任があると供述しました。その供述はまったくの誤りです。
⑹私に対し、国家防御法第22条に基づいて、禁止命令、制限命令を破ったとして起訴しています。
ア 今回の裁判における検察側の証人らの供述、根拠となる禁止継続命令によれば、規定を私が破っていないことは明らかです。
イ 制限命令は、1974年ビルマ連邦社会主義共和国憲法の基本的権利を制限することもしくは剥奪することであると、検察側が供述しました。同憲法は、1988年の軍事クーデターの日以来、効力はなく無効となっています。効力を持たない憲法に基づく制限命令もまた合法性を持ちえません。
⑺今回の事件が発生した根本的原因は、『警備の杜撰さ』もしくは『警備の不備』であるにもかかわらず、現在まで警備責任に関して問題にすることはなく、私だけを問題とし起訴していることも一方的に偏ったものです。
⑻私は、検察が問題としている違反はしていない旨、私の見解を主張いたします。<了>
と中央法扶助部会の合意に基づいて
ヤンゴン市
中央執行委員会
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登録日:2009年 05月 27日 23:39:52
アウンサンスーチー女史と傍聴席
【5月26日 AFP】自宅軟禁の条件に反して自宅に外国人を滞在させたとして、ミャンマーの軍事政権に起訴された同国の民主化指導者アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)さん(63)の裁判で26日、スー・チーさんは、湖を泳いで自宅を訪問した米国人男性に「一時的な滞在場所」を提供しただけで、自宅軟禁条件に違反してないと反論した。
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(c)AFP
スーチー女史の裁判は7日目を迎えた。
ミジマニュースの報道によると、裁判は26日午後1時5分から午後2時まで(ミャンマー現地時間)開かれた。スーチー女史は紫色の服で現れ、弁護士のニャンウィン氏が差し出した紙を受け取り、眼鏡をかけて読んでいたという。読み終えると、傍聴席の外交団らに挨拶した。傍聴席の外交団らは、スーチー女史が現れると立ち上がった。警備担当者が座るよう促したが、スーチー女史が座るまで立っていたという。
国際社会から尊敬を集め、ミャンマー国民からも、少数民族からも信頼されるスーチー女史。彼女にかわる人物は見あたらない。
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登録日:2009年 05月 27日 00:54:04
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