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NLD政党再登録にむけて最終会議へ 補欠選は48議席

<ミャンマー>NLD政党再登録にむけて最終会議へ 補欠選は48議席 アジアプレス 11月18日配信
(DVB関連動画)
NLDは18日、政党登録と選挙参加を決定。特別声明(1/11/11)を発表した。中央委員会会議で、スーチー女史は、「1990年総選挙結果に基づく国会招集の要求は非現実的だ」と語った。【18日追記】
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登録日:2011年 11月 18日 18:18:00
アウンサンスーチー女史、再拘束と身の危険は恐れず
11月13日に7年半ぶりの自宅軟禁から解放されたアウンサンスーチー女史は14日夜、VOAのインタビューに答えた。
スーチー女史は、2003年の地方遊説中に襲われたディペーイン事件のような危険がふりかかる危惧はないかというVOAの質問に対し、「今そのような心配はしていない。ミャンマー国内に暮らすすべてのミャンマー人の安全は、国を統治する機関に責任がある」と答えた。また、再拘束の可能性については、「たびたび拘束されてきたので、再拘束の可能性はある。拘束されないという保証はない。再拘束されないまでの間、自身ができる限りのことをやっていくつもりだ」と語った。
ディペーイン事件について直接答えることは避けており、軍事政権との対話路線を優先しようという姿勢が垣間見える。
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登録日:2010年 11月 15日 02:47:52
アウンサンスーチー女史、NLD本部で国民向けに演説
DVB(ビルマ民主の声)は14日正午(ミャンマー時間)現在、きのう自宅軟禁から解放されたミャンマーの民主化指導者アウンサンスーチー女史のNLD本部での演説を生中継で伝えている。
スーチー女史の演説は鮮明には聞きとれないが、断片的に「政治」「デモクラシー」「勇気」「国の発展」などの言葉が含まれているのが聞き取れる。ときどき、聴衆の熱狂する声と「規律正しく!」と叫ぶ声が聞こえる。
「国民の理解と支持を基盤に私たちはやっていく」「正しい側に立つ勇気を持たなければならない」
「私たちは常に国民の人たちに依拠してやっていると話してきました」「私は法の支配を信じています」
「ビルマ人のその誇りを保たなければならない」「それぞれの人が自分の責任を果たさなければならない」「国民は自身の権利を要求しなければならない」
スーチー女史の演説は午後1時(ミャンマー時間)に終了した模様。
DVBは、スーチー女史演説の内容をあらためて伝えている。
「発展している通信技術を生かしてください。私の家の電話はなぜか使えませんが」「国民が関与しなければできないことであり、ともに力を合わせてやっていきましょう」「現在、発展していない国の状況に落胆しないでください」
ミジマも、スーチー女史演説の内容を伝えている。
「勇気とは、確固たる意志で自分の望むことを正しいやり方でやることです」
「国民の中に入って、国民和解のための努力を続けます。誰でもそれを望めばやっていいことです。語りたければ語っていいことです。私たちには国民の力が必要です。いま国民は私たちの側にいることは分かっています。国民の信頼と支持を得られるように努力していきます。いま何ができるか話せないことを許してください。外に出たばかりで、これをする、あれをすると言ってしまえば、ちゃんと理解せずに言ってしまうかもしれないためです。私たちはみな痛みに耐えなければなりません。私たちの仲間も痛みに耐えてきました。欲しいことは欲しいけれども、痛みには耐えたくないというわけにはいきません。正しいことと正しくないことを判断できなければなりません。正しい方に立たなければなりません」
「私を拘束した者に対しても、何の憎しみも抱いていません」
「私たちミャンマー人は一瞬で燃える藁だ、といわれることを、私は好きではありません」
「私たち国民は、手をあげて(乞食のように)乞うような気質はないと私は信じています」
「世界人権宣言は、『すべての人は』で始まっています。これを尊重しなければなりません。すべての人が責任を果たさなければなりません。責任を理解しなければなりません。そうして初めて私たちの国は発展するのです。私たちの国が発展しているのか、発展していないのか、国民は分かっています。誰のせいかと言っても仕方がありません。私たちに自由を認めてくださいとだけ言います。私たちの国民が乞うようなことはしないことを私は知っています。自身の自由を要求するのです」
「私は国民和解を常に信じています。私たちは国民の力に頼ってやっているということを、折にふれ、たびたび語ってきました。国民の力がきちんと使われて初めて意義あるものとなるのです。国民に重ねてお願いしたいことがあります。期待しているだけでは実現しません。自分が望むことを実現しようと行動して、初めて可能となることです。最善の方法を見つけなければなりません」
「私の警備を担当していた人たちは、私に対して非常に良い態度で接してくれました。そのことに感謝しています。私に接するような態度で、国民にも接してくれるならばどんなによいことだろうと私は思ったことがあります。しかし、私が軟禁されたような目に国民をあわせたくはありません。国民を拘束しないでもらいたい。良い態度で接してもらいたい」
「国民はやるべきことをやらなければなりません。すべての人がそれぞれの責任を果たさなければなりません」
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登録日:2010年 11月 14日 14:46:35
アウンサンスーチー女史、7年半ぶりに自宅軟禁から解放

DVBやイラワジは、ミャンマーの民主化指導者アウンサンスーチー女史が13日午後5時15分(ミャンマー時間)に解放されたと伝えている。
スーチー女史自宅前のバリケードは撤去され、主治医のティンミョーウィン医師とNLD幹部らがスーチー女史自宅敷地内に入った模様。
NLD書記のウィンティン氏は、DVBの電話取材に対し「いまティンウー副議長やNLD中央執行委員らとともに、スーチー女史に会いにスーチー女史自宅に向かっている。スーチー女史自宅周辺やNLD本部周辺には多くの人が集まっていて、スーチー女史が出てくるのは難しい状況だ」と急いだ様子で話した。
ミジマの報道では、アウンサンスーチー女史は解放後、自宅前に集まった人びとの前に姿を現し、「明日14日正午にNLD本部でまた会いましょう」と語ったという。(写真:イラワジ)
ミジマは、解放直後のスーチー女史の様子をustreamで伝えている。
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登録日:2010年 11月 13日 20:03:23
アウンサンスーチー女史解放への期待高まる
DVB(ビルマ民主の声)は11月12日現在、ミャンマーの民主化運動指導者アウンサンスーチー女史の解放についてのニュースを生放送で伝えている。
内務大臣がスーチー女史解放の書類に署名したという情報や在ヤンゴンの外交団がスーチー女史自宅を訪問したという情報が伝えられているが、NLD(国民民主連盟)副議長のティンウー氏は、DVBの電話取材に「まだ解放されていない」と答えている。しかし、解放の噂を聞いた人びとやメディア関係者がNLD本部やスーチー女史自宅の周辺に集まって待っているという。
スーチー女史は、2003年5月末のディペーイン襲撃事件をきっかけに国家防御法を適用されて自宅軟禁処分となった。同法によって最長で2009年11月まで自宅軟禁の延長は可能だったが、2009年5月初めに起きた米国人侵入事件で同法規定違反を問われて、2009年5月14日に起訴された。裁判中の2009年5月26日に法的には自宅軟禁解除を宣言されたが、2009年8月11日に懲役3年の有罪判決を受けた。判決と同時にタンシュエ議長の命令で刑期を減免され、18カ月の自宅軟禁処分となった。通常は未決勾留日数が刑期に含まれると思われるが、法的にどのように運用されるのか不明だ。
ミジマやイラワジの報道では、NLDは「今晩遅く解放されたとしてもNLD本部にスーチー女史が訪れる可能性はない」と集まっている人びとに帰宅を促したという。
スーチー女史は、解放されれば、7年半ぶりに自由の身となる。
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登録日:2010年 11月 12日 20:11:31
NLD、党中央執行委員会開催を軍事政権に要求
国民民主連盟(NLD)は22日、特別声明1/03/10号を発表し、今月17日付で同党議長のアウンシュエ氏から軍事政権トップのタンシュエSPDC議長に対し、党中央執行委員会開催の許可を要請する手紙を送ったことを明らかにした。
NLDは、今月29日に党中央委員約100人を招集して党として選挙に参加するか話し合う予定。それまでに自宅軟禁中のアウンサンスーチー書記長を含む中央執行委員で会合を行ないたい意向だ。
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登録日:2010年 03月 23日 01:40:05
アウンサンスーチー女史からタンシュエSPDC議長宛書簡全文
国民民主連盟(NLD)は17日、同連盟書記長のアウンサンスーチー女史が軍事政権トップのタンシュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長に送った書簡を公表した。
書簡の全訳は以下の通り。
ネーピードー
国家平和発展評議会議長
タンシュエ上級大将殿
1 国家平和発展評議会が、米国のキャンベル国務次官補一行がミャンマーを訪問した際に政治団体と会談できるようにしてくださった計らいについて、国家平和発展評議会に深く感謝いたします。
2 ミャンマーへの経済制裁解除のため、国家平和発展評議会と協力したく、制裁についてより深く理解したいという私の意向に対し、国家平和発展評議会が必要とする計らいをしてくださったことに深く感謝いたします。
3 その他の国益となる事業についても、私は国家平和発展評議会と協力することができるものと期待しております。
4 国民民主連盟の活動がより実効性のあるものとなるよう、連盟の中央執行委員全員を私の自宅に招き、会談することを希望します。健康状態のために、自宅から外出できないアウンシュエ議長、ルイン書記、ルンティン中央執行委員については、各々の自宅を訪れて見舞い、①ティンウー副議長、②アウンサンスーチー書記長と、中央執行委員である③ウィンティン氏、④キンマウンスエ氏、⑤タントゥン氏、⑥ソーミン氏、⑦フラペ氏、⑧ニュンウェー氏らが出席する中央執行委員会全体会合を、私の自宅で行うことに同意していただけますようお願い申し上げます。
5 国民民主連盟中央執行委員が一同に会した後、国益となる事業について、国家平和発展評議会と協力したい意向が私にはある旨、申し上げさせていただきます。
6 国益となる事業のため、国家平和発展評議会と協力することについて、上級大将と面会する機会を、私に与えてくださるよう、お願い申し上げます。
アウンサンスーチー
「タンシュエ議長は、スーチー女史を目にしたくもないし、名前も聞きたくない程に嫌っている。ただし、スーチー女史が経済制裁支持の方針を撤回するならば、タンシュエ議長にはすぐにでも面会する意向がある」と、ミャンマーの情報筋の間では、以前から語られていた。
タンシュエ議長が会談に応じた場合、NLDにいかに権限を与えることができるのかを巡り、駆け引きが行われると思われる。NLDの参加がないまま、来年の選挙で樹立された新政府に対し、欧米が大規模な経済援助を再開するとは考えにくい。NLDの選挙参加の条件は、4月末に発表されたシュエゴンダイン宣言で提示されているが、その発表直後から、スーチー女史の起訴など、さらなる弾圧が始まったことを考えれば、NLD側は、憲法改正まで要求することは難しく、政治囚の解放や1990年の総選挙結果の承認、選挙の透明性の確保などの最低限の条件を確保しながら、来年の選挙に参加する意向を持っているように思われる。NLD側には、もし選挙が公正に行われたならば、軍事政権側は確実に敗北するという勝算があるように見える。
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登録日:2009年 11月 19日 01:15:20
イエットー氏『あまり制止されなかった』帰国後のインタビューで
【8月16日 AFP】自宅軟禁下にあるミャンマーの民主化指導者アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)さん宅に侵入し、懲役7年の判決を言い渡された米国人ジョン・イエットー(John Yettaw)さん(54)が16日、国外退去処分となり、同国入りしていたジェームズ・ウェッブ(Jim Webb)米上院議員(民主党)とともに出国、タイ・バンコク(Bangkok)に到着した。
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(c)AFP
米国のニューズウィーク誌(電子版)は、軟禁中のスーチー女史自宅に侵入したとしてミャンマーで有罪判決を受けたのち国外追放されたジョン・ウィリアム・イエットー氏に電話インタビューを行なった内容を掲載した。
同誌とのインタビューの中で、イエットー氏は、ことし5月のスーチー女史自宅侵入に関して、軍事政権や民主化勢力、CIAの指示があったという疑惑を否定した上で、女史自宅周辺の警備担当者らが熱心に制止しようとはしなかった旨の発言をしたという。
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登録日:2009年 08月 22日 13:17:34
アウンサンスーチー女史の陳述書(NLD5月27日声明)
【5月26日 AFP】自宅軟禁の条件に反して自宅に外国人を滞在させたとして、ミャンマーの軍事政権に起訴された同国の民主化指導者アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)さん(63)の裁判で26日、スー・チーさんは、湖を泳いで自宅を訪問した米国人男性に「一時的な滞在場所」を提供しただけで、自宅軟禁条件に違反してないと反論した。
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(c)AFP
ヤンゴン市バハン区
西シュエゴンダイン通り97/B番
国民民主連盟の指導者アウンサンスーチー書記長を起訴している件に関して、アウンサンスーチー女史が刑事訴訟法第256条に基づき、裁判所に提出した陳述書の全文は下記の通りである。
⑴本件は、アウンサンスーチーに対して国家防御法(妨害・破壊を行なおうとする者の危険から国家を防衛する法律)第22条、違反を幇助したドー・キンキンウィン(父ウー・ティンオン)、マ・ウィンママ(父ウー・ニャンリン)とジョン・ウイリアム・イエットー氏ら3名に対しては同法第22条および刑法第109条に基づき立件するよう、警察情報部のゾーミンアウン警察中佐がバハン区警察署に2009年5月11日に告発した事件です。
⑵ジョン・ウイリアム・イエットー氏が私の自宅敷地内に入って来た件について、1回目である2008年11月30日の来訪を、私と一緒に暮らすドー・キンキンウィンから聞き、知りました。
2008年12月4日に診察に訪れたティンミョーウィン医師を通して、その出来事を当局に通報しました。当局は、その件に関して、私たちに対し事情聴取も行ないませんでした。処罰するという話も耳にすることはありませんでした。敷地内に人が入って来たということを当局に即座に通報しなければならないと注意するということもありませんでした。
ジョン・ウイリアム・イエットー氏の2回目の来訪を2009年5月4日午前に確認しました。私は、出て行くように言いました。彼は「もう夜が空けたので、出て行けば、つかまる可能性がある。夜になれば帰る」と言いました。しかし、夜になって、健康状態のために一晩泊まることを頼まれたのです。
⑶現在、多くの私の政治仲間たち・志を同じくする者たちが、法の保護と寛大さを享受することができないまま、長期刑を受けて服役しています。ですから、私は、いかなる人をも逮捕・拘束されるように陥れるようなことができないという政治信念に従って、留まることを頼まれ、一時的な滞在を許可したのです。
⑷侵入してきた者が誰であろうが、その者の目的がどのようなものであろうと、私にとっては問題ではありません。私の政治信念に従って、行なったことなのです。侵入した問題について、毎月の診察のために2009年5月7日にティンミョーウィン医師が訪れる際に、彼を通じて、当局に伝えるつもりでした。しかし、2009年5月7日、警察情報部員らが来て、ティンミョーウィン医師は入ることを許されませんでした。
⑸11月30日の出来事に関しては、「大きなことは小さく、小さなことはなくなるように」と敷地に入って来た者に対しても敷地の警備を担当している警察官(もしくは兵士)に対しても、不必要に不利益を被らせたくないという気持ちからやったことなのです。その行為に関して、当局は異議を唱えたり非難するなど何もしなかったので、当局は私の行為を了承したのだと考えたのです。
検察側の証人の一人に反対尋問を行なった際、私の自宅敷地の警備には当局と私の双方に責任があると供述しました。その供述はまったくの誤りです。
⑹私に対し、国家防御法第22条に基づいて、禁止命令、制限命令を破ったとして起訴しています。
ア 今回の裁判における検察側の証人らの供述、根拠となる禁止継続命令によれば、規定を私が破っていないことは明らかです。
イ 制限命令は、1974年ビルマ連邦社会主義共和国憲法の基本的権利を制限することもしくは剥奪することであると、検察側が供述しました。同憲法は、1988年の軍事クーデターの日以来、効力はなく無効となっています。効力を持たない憲法に基づく制限命令もまた合法性を持ちえません。
⑺今回の事件が発生した根本的原因は、『警備の杜撰さ』もしくは『警備の不備』であるにもかかわらず、現在まで警備責任に関して問題にすることはなく、私だけを問題とし起訴していることも一方的に偏ったものです。
⑻私は、検察が問題としている違反はしていない旨、私の見解を主張いたします。<了>
と中央法扶助部会の合意に基づいて
ヤンゴン市
中央執行委員会
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登録日:2009年 05月 27日 23:39:52
アウンサンスーチー女史と傍聴席
【5月26日 AFP】自宅軟禁の条件に反して自宅に外国人を滞在させたとして、ミャンマーの軍事政権に起訴された同国の民主化指導者アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)さん(63)の裁判で26日、スー・チーさんは、湖を泳いで自宅を訪問した米国人男性に「一時的な滞在場所」を提供しただけで、自宅軟禁条件に違反してないと反論した。
≫続きを読む…
(c)AFP
スーチー女史の裁判は7日目を迎えた。
ミジマニュースの報道によると、裁判は26日午後1時5分から午後2時まで(ミャンマー現地時間)開かれた。スーチー女史は紫色の服で現れ、弁護士のニャンウィン氏が差し出した紙を受け取り、眼鏡をかけて読んでいたという。読み終えると、傍聴席の外交団らに挨拶した。傍聴席の外交団らは、スーチー女史が現れると立ち上がった。警備担当者が座るよう促したが、スーチー女史が座るまで立っていたという。
国際社会から尊敬を集め、ミャンマー国民からも、少数民族からも信頼されるスーチー女史。彼女にかわる人物は見あたらない。
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登録日:2009年 05月 27日 00:54:04
- プロフィール
- 赤津陽治(Yoji Akatsu)
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