2006年 12月

みなさま、よいお年を

<自転車>ヤン・ウルリッヒ 自身のHPで復帰の決意を表明 - ドイツ

【ベルリン/ドイツ 23日 AFP】スペインのエウフェミアノ・フエンテス(Eufemio Fuentes)医師のドーピング幇助を受けたとされ、ツール・ド・フランス2006(2006 Tour de France)の開幕直前に出場停止となり所属チームのTモバイル(T-Mobile)を解雇されたヤン・ウルリッヒ(Jan Ullrich)が、自身の公式サイトで「プロとして戻るのは大変なことだと分かっている、勝つために戦うことを決めた。
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(c)AFP/JAVIER SORIANO

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5月からはじめたこのブログも、おかげさまで年を越すことができました。

2006年は、犯罪者あつかいされたり、うやむやに放免されたりしたウルリッヒほどではないにしろ、一般人としては諸々、色々あり、各々、然々と考えることの多い一年でした。
鬼に笑われてもいい、来年は順風満帆といきたいところです。

みなさま、良いお年を。そしてウルリッヒも、チームが決まってまたその姿を見られることを祈って。それほどのファンではないのですが、いないと寂しい選手です。

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登録日:2006年 12月 31日 11:46:06

メリークリスマスなんだけど、あえて例の「提言」問題

学生が作る自転車のツリーがお目見え - オランダ

【アムステルダム/オランダ 14日 AFP】世界各国で様々なクリスマスツリーが登場する中、アムステルダムでも地元の学生たちが制作した15のユニークなツリーがお目見えした。

写真はその中の1つで、自転車でできたツリー。アムステルダムは自転車の街として知られ、自転車用の道路や信号機もある。この自転車専用道路にうっかり歩行者が入ろうものなら、猛スピードで走行する自転車とぶつかりそうになり危ない。これらのクリスマスツリーは2007年1月15日まで展示された後、チャリティのためオークションにかけられる予定。(c)AFP/ANP/EVERT ELZINGA

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画像

  
さすがに自転車の国のクリスマスオブジェ。宗教文化としてのベースがあるだけに、落ち着いてキリストの生誕祭にふさわしい趣があるように、遠く宗教も関係なくクリスマスに浮かれる国の人間としては感じる。
でも、いったい何台ぐらいの自転車が使われているのだろう。日本だったら、クイズにして懸賞なんてのもやりかねないんだろうなぁ。


§それはそれとして

 この配信写真についている記事に少々ひっかかるところがある。
それは−−
「この自転車専用道路にうっかり歩行者が入ろうものなら、猛スピードで走行する自転車とぶつかりそうになり危ない。」
−−という一文である。
 そもそも、自転車専用道路に入るものではないし、こうした専用道路が整備されている国々ではそんなことを考える自体がおかしい。基本的に歩行者と自転車が混在することを当然と思っている人間が書いた文章であり、認識が間違っている。そもそも日本の法律でも、自転車は軽車両であり、車道を走ることになっており、歩行者と自転車が混在して走ることはおかしいのである。現在、自転車が歩道を当たり前のように走っているが、これは平たく言うと歩道走行は特例的なものなのである。
 マスコミに文章を流す人間が、この程度の認識であることが悲しくなった。このライターをせめているわけではない。たぶんこういう人は物事を正しく伝えなければならないマスコミ(余談:どっかの大手新聞社、「言葉の力」より「真実」信じろ。「言葉の力を…」なんて自ら言うのは傲慢なうえ、言葉で白も黒にできると言っていると同じで危険な思想だ。よくあんなキャンペーンを恥ずかし気もなくやっていると思う。捏造記事の多い新聞だから正当化するためかとも感じてしまった)にも多いと思う。こんなことでは、例の自転車も歩道を走らせようという馬鹿な「提言」が通ってしまいかねない。


§「歩く」ための「道」だから「歩道」

 僕自身、歩道を自転車で走らないかというと、交通状況に合わせて走ることもある。ただし、歩道はあくまでも歩行者優先であり、走る場合は歩行者の有無を見て徐行の速度を心がけている。
 ここで、僕が掲載した写真A〜Cを見てほしい。歩道というと幹線道路沿いにあるような、それなりの幅がある歩道をイメージすると思うが、実はこういう歩道のほうが大半だと思う。こうした歩道での自転車走行はほぼ無理だ。結局は走りづらくなって車道に降りることなるが、これが進行方向によっては車道の逆走になり、非常に危険な光景を良く目にする。または暴走自転車による歩行者の危険と迷惑だ。
 さらに地方、特に雪国に行けば、雪よけの雁木から発展したアーケードが歩道となっているケースもある。このアーケードであるが、そこに住む人、店を出している人が冬期の利便のためにそのスペースの土地を供出しているケースが多く、いうなれば私道。このため店舗の前などはワゴンなどがおかれるケースも多い。それが分かっているせいか、地方では都市部ほどこうした歩道を暴走するような馬鹿を見ることは少ないような気がする。しかしこの例の提言(内容については前回掲載した疋田氏の文章をご覧下さいhttp://www.actiblog.com/coba/23188)が通ってしまえば、お上はこうした市民の供出した私歩道さえ管理したがるのではないかと考える。
 こうしたアーケードの走行については、僕が子供の頃(約30年前)、新潟県長岡市では小学生に対して安全のため一部認めていたケースがあった。しかしこの場合は子供の自転車による弊害を抑えるために自転車の走行量を調整する施策として町内/町外という区分を設け、比較的走行頻度が高い自分の町内ではアーケードを走らないということが各校の子供会が監視しあい徹底されていた。
 このケースを良いとか悪いとかはあえて言わないが、その時代の地方ですら歩道走行の運用はこのように児童限定とはいえ慎重なルールを模索しながら行われていたのだ。
 今回の提言はこうしたこととは考えがまった違う。思考停止した官憲の点数稼ぎと保身と怠慢にほかならない。安全ということを本当に考えるのなら、こんな「提言」をできるはずはないのだ。
 これは、単に自転車に乗る人間だけの問題ではなく、歩行者にとっても重要な問題であることを多くの方々に知ってほしい。

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登録日:2006年 12月 24日 15:27:14

疋田氏の真摯な訴え(改定版)

 先日紹介した疋田氏による「【緊急】幽霊が幽霊でなくなった」と題された文章ですが、僕が転載させていただいた高千穂遙先生のサイトへ疋田氏から、より詳しく正確に状況を伝えた「【緊急】真面目に憂慮すべき271号」に差し替えの要請がありました。
 それにならい、このブログも改定版として掲載させていただくことにしました。
 もし、以前の文章をこのブログより転載された方がおられましたら、この新しい文章に差し替えをお願いいたします。
 
 今回の転載につきましても、この文章(「引用開始」〜「引用終了」間)は疋田智さんの著作物であり、ここより転載される場合でも、必ずその旨を明記して全文を引用し、文章に改変を加えないようご注意ください。

------------------------引用開始------------------------

      【緊急】真面目に憂慮すべき271号

 本当にマズいことになりそうだ。
 もちろん、前回ここでも取り上げた、警察庁「自転車対策検討懇談会」による「提言」の話である。

 私は週末、いろいろと考えてみた。情報も集めてみた。その結果を書いてみた。

 次にあげるのは、本来、次号の月刊「BiCYCLE CLUB」誌に掲載するべきものだった。
 だが、編集部および編集長のご厚意により、雑誌発売に先駆けて、メルマガで発表することにした。雑誌発売は20日。そこまで待っていられない。もう一刻の猶予もならない、という気持ちからだ。

 "SHARE THE ROAD"という企画記事と「現場から生中継」というコラムである。

 どうか、このメルマガをお読みの方だけでも、ご精読していただきたい。
 少々長い。また、多少、前回のメルマガとの重複もあるが、その辺りはご勘弁いただきたい。
 この提言、そして、それをもとにした、来年提出の法案には、将来に大きな禍根を残す、実に大きな問題があるのである。

"SHARE THE ROAD"「これは自転車を標的とした『治安維持法』だ!」

 出たな妖怪。
 それも一見、耳当たりよく、柔らかでたおやかな衣をまとって、我々自転車人の前に現れたぞ。
 件の警察庁「自転車対策検討懇談会」の話だ。11月30日発表で、懇談会は次のような提言を行った。警察庁はこの提言をベースに、来年早々の通常国会に「道路交通法改正案」を、提出するのだという。
 我々に関係ある部分を要約すると、次の通り。

 自転車は、
1. 子どもや高齢者、買い物目的などでの利用の場合
2. 交通量が多く、車道が特に危険な場合
 の二つの場合に限り、歩道での通行を認める。

 詳しくは警察庁のサイトを見ていただきたいが(「自転車の安全利用の促進に関する提言」について)、一見すると「あれ? 前からそうではなかったの? これって当たり前のことじゃない。老人子どもは危険だし、歩道でもいいよね」などと思われがちなところが、危ない。
「提言」の中身をつぶさに見ていただければ分かるが、この提言は「自転車は世界各国を見ても車道通行が通常である」というようなことにきちんと言及しているようなフリを見せながら、そこに「日本独特の自転車利用のあり方」などを論い、その上で、危険な条項がチラチラと「衣の下の鎧」として散見できるのである。
 いいですか、たとえば、一番の例をあげるならば、次の部分だ。

第4、2(4)「自転車が車道を通行することが特に危険な場合は、当該道路の自転車通行を禁止することなどの措置を講ずること」

 お分かりだろうか。
「特に危険」と判断されるならば、自転車は、車道通行を禁止されてしまうのである。
 一見、自転車のために必要な措置だから、と、勘違いされがちな本条項だが、その「特に危険」という判断は、誰が行うのか、そして、その「特に危険」は、どこまで解釈が可能なのか。そこの部分があえて無視されている。だが、その判断の主体が警察当局になるであろうことは、火を見るより明らかだ。
 また、その書き方において、「特に危険な場合の措置」は、あくまで「例外的措置」のように見えるのだが、それが「例外」である保証はまったくない。
 いや、この「例外」は、必ず「将来の標準」になるために用意されていると見た方が妥当だ。
 何しろ、警察は、こと自転車に関しては、「例外」を、実質的な「標準」に、「標準」を実質的な「禁止条項」にしてきた、大きな実績があるのだ。
 1978年の悪夢を思い出してみれば分かるだろう
 悪名高い道路交通法第63条は「自転車は原則的には、車道の左側を通行するべきもの、しかし、指定された『自歩道』だけは歩道通行可」と定めている。
 つまり、自転車の歩道通行はあくまで「指定された歩道だけの例外的措置」だったのだ。ところが、その結果、78年以降、この国において実際には何が起きただろうか。
 日本のあらゆる歩道が、自転車で溢れ、歩道の状況は絶望的な混沌状況に陥ってしまったのは、誰が見ても明らかなとおりだ。自転車は実質的に「歩道を走るべきモノ」となり、ママチャリという奇妙な歩道専用車が生まれ、本来走るべき車道からは、実質的に排除されてしまうことになった。警察官が「キミキミ、危険だから、歩道に上がりたまえ」というのは、自転車乗りならば誰もが一度は経験したことがあるはずだ。
 また周囲の一般的な人々に聞いてみるがいい。
「自転車はどこを走るべきものですか?」もしくは「自転車でどこを走っていますか?」と。
 100人が100人「歩道です」と答えるはずだ。なぜなら「車道は危険だから」。
 おかしいじゃないか。
 あれから30年も経ったはずなのに「車道は危険」のままなのである。そもそも78年の改正法は、いつかは自転車は世界標準の如く車道に戻すはずの緊急避難的な暫定措置だった。道路インフラが整い、自転車の走行空間が確保され次第、自転車は車道に戻るはずだったのだ。ところが、それが30年放置され、あろうことか、その30年後の今「自転車は歩道」が保証されるかの法案が提出されようとしている。
 本末転倒なのである。だが、例外を標準に、標準を実質禁止に。これが日本の警察の自転車に対する態度なのだ。
 この改正道路交通法が国会を通過するならば、必ず自転車は実質的に「歩道だけしか走ってはならないモノ」となってしまう。
 我々は騙されてはいけない。

 この提言は、実質的に「自転車の車道からの締め出し」を狙っている。

 そもそもの原則論で言おう。
「特に危険な道路」の場合、当該の道路が「特に危険」であることを改善するためにはどうすればいいだろうか。
 当たり前のことだが「危険の素になっているものを排除する、またはそこに対策を講じる」のが、至極当然の話だろう。つまりそういう不良道路に関しては、クルマの方を規制するのが当たり前なのである。
「危険な道路ならば、安全な道路にすればいい」のだ。
 ところが、本提言では逆を言う。すなわち「自転車を通行不可にする」である。本末転倒と言うべきか、言語道断であろう。すなわち本提言の「第4、2(4)」は、立脚点からしてまったくの誤りなのである。
 だが、我々にとって、何より恐いのは、今後、この「第4、2(4)」がどのような適用のされ方をするかだ。
「特に危険」な道路とは、どのような道路か。
 おそらくは都内の幹線道路はほぼ全部であろう。なぜならば、自転車の通行について何の知識もない無法ドライバーが跋扈する都内の幹線道路は、事実として「特に危険」だからだ。これは皮肉でも何でもなく、単なる「事実」を言っている。
 そして、その危険な道路について、どのような方策が講じられるか。
 今回の提言によれば、当然のことながら「当該道路の自転車通行を禁止することなどの措置を講ずる」のである。つまり都内の幹線道路は今後、実質的に自転車通行禁止になる可能性が非常に強いのだ。

 このコーナーの前身となった短期集中連載「道路は誰のものですか?」(05年6月号-10月号)を思い出していただきたい。あの連載の発端は「警察庁に、自転車・車道締め出しの動きがある」という内容を事前にキャッチできたことにあった。あの時には、何だかんだで、彼らはいったん法案提出をあきらめたように見えた。だが、甘かった。
 前回の中心メンバーと、今回の懇談会の「警察部分」は、ほぼ同一人物たちである。
 亡霊は生きていた。
 この法案は、自転車をターゲットにした「治安維持法」なのである。

 続きは「現場から生中継」で。

 現場から生中継「これは自転車を標的とした『治安維持法』だ 2」

■"SHARE THE ROAD"からの続き

 さて、今回の提言、私がほとほと呆れ果てるのは、次の点だ。
 この提言の中には「(主に歩道上の)自転車が加害者としての事故が激増している」という現実がきちんと明記されているのに、その解決策が「歩道上の自転車解禁」としていること。
 にわかには信じがたい論理展開なのだが(提言の上では「問題点」と「解決策」の場所を大きく離してあり、パッと見には気づき難いようになっている)、ちょっと考えてみれば分かる。誰がどう考えても論理矛盾だろう。
 論理矛盾、というより、間違っている。というより、本末転倒、というにも足らず、ただ単に知能が低いとしか思えん。どこの国の人に聞いても、お国の警察は気でも違っているんですか? というだろう。
 こうした「提言」「法案」などというものは、各人の思惑の調整、とか、妥協、とか、そういうことで、ポリシーと文言が大いにねじ曲がるということは、往々にしてあったりするものだが、こと今回の話については、ちょっと違う。
 そこには明らかな意志があるのだ。焦点は現状の「問題点」にあるのではない。「解決法」にこそある。
 つまり、この話はあくまで「自転車の車道規制(もしくは禁止)」という解決法ありきで始まっているのだ。

■「提言」が語るところと「解決法」が語るところ

 この提言はある意味、非常によくできたもので、自転車は本来、車道を通るべきもの、ということをうたい、世界各国の例をあげ、ポリシーとしては、自転車活用の推進にすら言及している。いわゆる「総論賛成」というヤツだ。
 だが、現状の問題解決策としてあげられている「各論」においては、結局のところ「自転車の車道通行規制(もしくは禁止)」というところに話は落ち着く。
 どうにも奇妙な話だ。
 だが、警察庁の本当の思惑は、全体を眺めてみると分かるのだ。

「ポリシーは良し」とするならば、今回の提言を精査し「では、マズいところを排除してみよう、つまり、トゲを抜いてみよう」と考えてみる。
 たとえば"SHARE THE ROAD"でも取り上げた<第4、2(4)「自転車が車道を通行することが特に危険な場合は、当該道路の自転車通行を禁止することなどの措置を講ずること」>などの部分を排除してみればどうか、という話である。
 提言の中で「ここはどうかな」と思うのは、ほかに「歩道通行を(条件付きながら)解禁する」という部分などであろう。それらをすべて排除してみる。
 すると、どうでしょう。
 残ったのは、あら不思議。「現状維持」というだけなのである。現在の状況と、まーったく変わらないのだ。
 ならば、なぜ、あえて今さら改正案を提出しなければならないか。
 答は簡単だ。排除された「トゲ」の部分にこそ、今回の改正案のキモはあるからだ。
 諸君、分かっていただきたい。今回の提言は、美しい言葉こそ確かに散りばめられているが、本質はそこにはない。本質は「これはどうかな?」と疑問に思う部分。そこにこそある。
 繰り返すが、この提言、そして新たな法案の本質的な部分は、

「自転車の車道締めだし」

 に尽きるのである。これは断言できる。
 何しろ私の知り合いのとある「関係者」(私だってダテに17年もマスメディアにいるわけではないのだ)の「お墨付き」だ。

 彼は冗談めかしながらも、私にこう言った。「バレたか」。

■今後のシナリオ

 もはや話は明らかだろう。今回の改正案の向こうにあるのは、確実に次のような流れとなる。

歩道解禁(老人子供など)→歩道解禁(一般にも)→車道規制(一部に)→車道規制(全般に)→車道原則禁止→車道全面禁止

 なぜならば、この改正案を作った人たちがそれを望んでいるわけだから。
 前回の「車道締めだし」の動きとは異なり、今回の提言は、ある意味、ウマいところを衝いているといえる。
「車道禁止」ではなく「歩道解禁」。甘い文言だ。人口に膾炙されやすい。
 だが、その裏にはきちんと「特に危険な道路については、車道禁止」というものが、くっついているのである。
 また、もう一つ、前回と違って、今回は、来年の通常国会に、確実に道交法改正案として提出される。その動きはもはや止めようがない。
 では、国会に実際に提出されたのち、国会議員たちが否決することが可能だろうか?  私にはここも絶望的だと見えてしまうのだ。現在の議員たちのほとんどは自転車のことなんてマトモに考えたこともないし、興味もないから。
 だいいち先にあげた「78年の悪夢」という例が、もう一つの驚くべき現実を語っている。
 ご存じだろうか。
 自転車を歩道に上げた道交法63条の改正について、衆参両院は、なんと「全会一致」で可決したのである。
 全会一致ですぞ!
 あの悪名高き「道路交通法63条」が……!
 実質的に、何の議論も経ずに、いきなり全会一致で可決。これが日本の立法の現状なのである。

■圧倒的に交通行政の失敗なのに

 78年、そして、今回の判断が間違っているという端的な例がある。それは先進各国の中で、日本だけが自転車を歩道に上げているという事実。そして、その日本こそが、自転車乗車中の事故率・先進各国中ダントツのナンバーワンを誇っているというもう一つの事実だ。
 このことは、どう考えても、現在の交通行政の失敗と断じざるを得ないだろう。
 その失敗の本質は、自転車を歩道に上げてしまって、自転車を「無責任な交通機関、歩行者と同じくモラルとルールがゆるい」という存在にしてしまったところにある。
 弱者優先の大原則を誤って運用し、車道をクルマの聖域にしてしまったところにこそ、問題の本質はあるのだ。
 だが、今、提出されようとしている法案は、明らかに、その失敗をさらなる失敗に導く法案だといえる。
 自転車レーンを作らなければならない。そうでなくとも、車道の左側は「自転車優先」というのを徹底しなければならない。その上で、自転車のルールとモラルを確立しなくてはならない。これこそが王道だ。
 だが、そういった「今、本当にやらねばならないこと」つまり、道路インフラの整備などの当たり前のことをまったくやらず、ついに政府当局は、世界に冠たる糞バカな「法整備」とやらに乗り出してしまった。
 何という絶望。
 問題の根底には「縦割り行政」「事なかれ主義」「天下り」「エセ無謬主義」「役所内の先輩後輩意識」「失政隠し」といった日本の役所のサイテーな点がすべて表れているといえよう。

■目の前で行われる過ちを許すな

 現実として、歩道上の自転車対歩行者の事故は増えている。いや、激増している。
 高齢化が進み、歩道を歩く(運動能力に劣る)お年寄りが増えた今、そこを走る凶器たる自転車は、目の前にある分かりやすい大問題だ。
 そのお年寄りたち、そして、子供たちを守らなくてはならない。私が何度も述べてきたことを繰り返そう。歩道は歩行者の聖域でなければならないのである。これは世界の常識だ。
 だが、その歩道が「自転車解禁」となる愚かしさ。日本だけの非常識がまさにここにある。
 地球環境ということを考えてみても「歩道の自転車」は、大きく間違っている。これらのことはどう考えても日本の恥だろう。
 それなのに、警察庁の一部勢力は、それを推進するのだ。それも「手っ取り早く、見た目の(死亡事故の)数字を合わすためだけ」さらには「車両のスピード規制の見直しのため」。つまりは省庁益、そしてある特定業界の利益のためだけに、だ。
 恥を知れ、国賊。
 ことは我々自転車人に限った話ではない。日本国民のために、その利益と幸福追求のために、今回の過ちは、断じて看過してはならない。

------------------------引用終了------------------------

 いったい何が本当に危険なのか。
 ここには2つの危険が含まれているように思います。「提言」がこのまま通っていったときの物理的危険と、当局の体質の持つ危険。どちらも本質を隠したまま、国民に向けてこっそりと舌を出しているように感じます。
 そして、もう一度書かせていただきます。
 僕たち一人ひとりの声は小さいかも知れませんが、何も発しなければその声は広がりません。

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登録日:2006年 12月 16日 00:45:09

グランツールにUCI離脱の動き

<第90回ジロ・デ・イタリア>コース概要発表会見が行われる - イタリア

【ミラノ/イタリア 2日 AFP】2007年5月12日から開幕する第90回ジロ・デ・イタリア(2007 Giro d’Italia)のコース概要発表会がミラノ郊外のアルチンボルディ劇場(Teatro degli Arcimbold)で催され、歴代優勝選手が出席した。
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(c)AFP/GIUSEPPE CACACE

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§今から楽しみなコース設定

 ツール・ド・フランスにつづき、ジロ・デ・イタリアの2007年のコースが発表になった。
 2007年のジロのコース構成での注目は、初日からチームタイムトライアルが組まれているところではないだろうか。第1ステージは、選手の顔見せ的な意味合いのステージのため短距離の個人タイムトライアルというのが普通だが、いきなりチームタイムトライアルとは面白い。
 各チームごとの顔見せ走行は、24kmという短距離であることからタイムトライアルが苦手な選手もちぎれることなくチームジャージの美しいトレインを見ることができるだろう。
 そして注目は、もうひとつ。これもタイムトライアルステージだが、3つあるタイムトライアルの中でも山岳で争われる13ステージは楽しみだ。ビエッラからオローパまでの13kmを登りつづけるコースは、個人タイムトライアルということでアシストもなく、また通常アシストとしてエースのために働いている選手も自分のためだけに走れるため、真に登りの速い選手がわかるのではないだろうか。
 また、スプリンター向けと思われるステージも8つ用意され、素人目としても全体としてバランスの良いコース設定になっていると思われ、面白いマリアローザ争いになるのではと期待している。


§プロツアーよりの離脱

 ここにきてジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャの三大グランツールがUCIのプロツアーから来期離脱するという話を耳にする。
 ツール・ド・フランスは、もともと離脱を匂わしていたのだが、ほかの2つ、特にブエルタ・ア・エスパーニャも同調するのは少々意外だった。
 もともとブエルタは春のレースだったが、ジロとの時期が近いため、選手の参加に負担がかかること(そうなると格としてジロの方に選手が動くためスペイン以外の国の人気選手が集まりにくいということもあるだろう)から現在の時期の開催になった。それでもツール後のため選手の消耗、すぐに控える世界戦のため、人気の選手や世界戦を狙う選手、もしくはチーム自体が出場を見合わせるケースもあった。それがUCIのプロツアーに組み込まれることにより、ポイントの獲得と出場義務によりトップチームとその選手らの出場が確定し、ジロ、ツールと肩を並べる存在になったと言われるようになったからだ。
 しかしながら、僕はこの三大グランツールのプロツアー離脱は、いいんじゃないかなと思う。それは、プロツアーがシーズンを通してのポイントレースでもあることから、ツールのケースのように選手の出場等が主催者の意向に左右されるのでは平等を欠くと思うからだ。
 去年と今年のグランツールは、ステージレースとプロツアーのポイントレースを別々の組織が共催しているようなものなので、そこに衝突があるのは当たり前のこと。この件に限らず一般的にも、それが当事者組織同士だけの問題に収まらず全体、この場合参加チームと選手まで及ぶのなら元のカタチに戻るのが正しいと思う。
 イタリア、フランス、スペイン、それぞれの国において歴史と伝統を持つ自転車の祭典、それがグランツールなのだから。

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登録日:2006年 12月 10日 02:33:04

ボスは『世界の中野』に追いつけるか

<自転車 06-07UCIトラック・サイクリングW杯クラシックス>テオ・ボス 男子ケイリンを制す - オーストラリア

【シドニー/オーストラリア 17日 AFP】06-07UCIトラック・サイクリングW杯クラシックス(UCI Track World Cup Classics)開幕戦、男子ケイリン決勝。オランダのテオ・ボス(Theo Bos)は、1着でフィニッシュしガッツポーズをみせる。(c)AFP/Greg WOOD

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 これからのシーズンは、トラック競技とシクロクロスだ。なかでもトラック競技が、ここ数年興味を持ち始め徐々に面白さがわかってきた。ほんとに、ここ数年なので、僕自身まだまだ知識も観戦のポイントも未知(無知とも)な部分が多いが、それがわかっていくことも含めて面白い。
 最初は、ロードの選手も出ていたりすることろでの興味でしかなかったが、見始めるととても興味深い。一口にトラック競技といっても「タイムトライアル」「スプリント」「チームスプリント」「ケイリン」「 個人追抜競走」「 団体追抜競走」「ポイントレース」などの種目があり、同じスタジアムのトラックコースで行われても、それぞれに特徴のあるレースに興味はつきない。
 僕は特に、多段ロケットを切り離すように加速していく「チームスプリント」が好きだ。


§それはそれとして、ヴィノクロフにオフはあるのか

 ニクいまでの余裕でテオ・ボスがこのワールドカップ第1戦の「ケイリン」を制した。
 ボスは、去年の「ケイリン」と「スプリント」の世界チャンピオン。今年、日本の競輪にも来ている。
 「チームスプリント」は、惜しくもイギリスに破れたが、ボスの区間では第一走者の遅れを取り戻す脚を見せた。
 現在、この世界チャンピオンの証、アルカンシェルを着るボスはまだ23歳。今回のワールドカップ第1戦の様子を見る限り出だし好調と、今年のアルカンシェルの期待も高まる。そして何よりその若さは将来的にも、どこまで行くのかという期待もしたくなる。
 アルカンシェルと言えば、中野浩一の前人未到の10連覇の記録であるが、その年齢と現在のポテンシャルからその記録にも届くのではないかという気にさせてくれる。まぁ、まだ連覇もしていないのでなんとも言えないのだが。

 それはそれとして今年もこのワールドカップにヴィノクロフが参戦している。あの今年ブエルタで優勝したヴィノクロフである。僕だけかもしれないが、彼はもうロードのイメージのほうが強く、今年はどうかなと思っていたが出場していた。
 ロードではシーズンが終了するとレイオフに入り、自転車にも乗らなくなり来期のために完全なオフに入る選手が多いが、この人にはオフシーズンはないのだろうか?


§日本人にも活躍のチャンスのトラック競技

 トラック競技はロードレースよりも日本人が活躍できる競技だ。それは「ケイリン」という種目にしても、その名の通り日本の「競輪」から生まれた種目であることからも察することができるだろう(ここしばらくイマイチ獲りにいけてないけど)。ここ数回のオリンピックでの活躍からも分かるように、日本人が上位入賞を期待できる競技である。
 今回も、金子貴志、渡邊一成、成田和也、及川裕奨、内田慶、そしてベテラン飯島規之が出場。成田は「ケイリン」の準決勝まで勝ち上がり総合で9位、40歳のベテラン飯島も「スクラッチ」で9位、「チームスプリント」も本戦出場を果たし10位につけた。
 
 余談ではあるが、この日本のトラック競技を語るうえで欠かせないのが中野浩一である。1977年のサンクリストバル世界選手権のスプリントで日本人初の優勝を納め、先にも記したがその後、前人未踏の10連覇を達成。それは10年間という期間を世界王者として君臨していたことであり、その名は今も世界に響いている。日本では「面白い競輪のおじさん」的な扱いなのが自転車ファンとしては悔しい。プロとして世界に通用する日本人としては、近年サッカーやF1、テニス、ゴルフ(野球は所詮アメリカ一国、いってもその息のかかった国とキューバだけなので世界ではない)のアスリートがその先駆者的に取り上げられるが、時代的にも氏こそ先駆者としてもっと尊敬されてもいいのではと思う。

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登録日:2006年 12月 07日 10:37:38

疋田氏の真摯な訴え

 自転車ツーキニストとして著名な疋田智さんが発行されているメールマガジン「週刊 自転車ツーキニスト "Weekly Bicycle Tourkinist"」12月1日配信の270号のメイン記事「【緊急】幽霊が幽霊でなくなった」と題される提言を読まれた方はどんな感想を持たれただろうか。これからの日本における自転車を取り巻く環境に不安と疑念を感じた方がほとんどではないだろうか。
 メールマガジンということで未読の方も多いと思われること、そしてサイクリストにとって緊急なテーマでもあり、多くの方々に知ってほしいことでもあるので以下に転載することにしました。
 
 尚、今回の転載については「自転車で痩せた人」「じてんしゃ日記」の著者である高千穂遙先生が疋田氏にお願いし、この号のメインの記事を転載自由にしていただいたものです。この文章は疋田智さんの著作物であり、ここより転載される場合でも、必ずその旨を明記して全文を引用し、文章に改変を加えないよう注意してください。

------------------------引用開始------------------------
【緊急】幽霊が幽霊でなくなった

 ■ついに来たか!

「航空自衛官が、深夜の合同演習!」なんて、おバカなことを書いているうちに、ホントにヤバいことが、着々と進行していた。
 例の警察庁「自転車対策検討懇談会」の話だ。
 彼らは、昨日(30日)、

 1. 子どもや高齢者、買い物目的などでの利用の場合
 2. 交通量が多く車道が著しく危険な場合

 の二つの場合に限り、歩道での自転車通行を認める、という提言をまとめたのだという。

 朝日新聞の記事はこう伝える。
http://www.asahi.com/national/update/1130/TKY200611300260.html
 ちなみに産経新聞はこうだ。一応左右のバランスをとってみた(笑)。
http://www.sankei.co.jp/news/061130/sha014.htm

いや、笑いごっちゃない。
 これはいったいなんだ? 一見、口当たりがいい提言だけに、これは真面目に危機だぞ。

 ■「車道締めだし」の亡霊再び

 文言を何気なく解釈するなら「あ、そ。車道は危険だからね。老人子供は歩道でいいんじゃない? よっぽど危険な車道も、歩道でいいよね」と、通り過ぎてしまいがちなんだが、私の率直な感想を言うと「出たな妖怪、またまた出たな、警察庁&交通安全協会」というところだ。
 この「提言」とやらは、まさしく「蟻の一穴」というヤツで、容易に次のステップを踏める可能性をたたえている。また現実として「歩道通行は当たり前」という誤った常識があるだけに、私はかなり危機感を持っているのだ。
 いや、「提言」というより、これはこのまま「法律改正案」となり、来年の通常国会に提出されるのだ。法案の卵と言いきってしまった方がよろしい。
 そして、その「法案の卵」が向いている方向性は、ただ一つ。

「自転車の車道締め出し」にある。

 以前、騒がれた(というより、私が一人で騒いでた、のか?)「自転車車道通行禁止法案」の時のことを思い出していただきたい。
 このメルマガでも「警察庁に、自転車・車道締め出しの動きがある。これはヤバいぞ」というようなことを、しきりに書いた憶えがあるのだが、その時には、何だかんだで、彼らはいったん法案提出をあきらめたように見えたのだ。
 だが、亡霊は生きていた。
 亡霊は妖怪に変身し、今、我々の前に現れた。
 なにせ、今回の話と、前回の話、中心メンバーは、ほぼそのまま重複しているのだ。

 実のことを言うと、今回の改正案は「押し戻し」の結果だったのだという。
 ある信頼すべき情報筋によると、当初の草案には、あろうことか「今後、自転車は、順次、原則歩道通行のみを可能としていくこと」が盛り込まれていたのだそうだ。
 改正案のメンバーの中に、自転車派が2人おり、その彼らが強硬に反対して、なんとか押し戻した結果が今回、というわけ。

 このエピソードからも明らかなように、警察庁は明らかに「車道からの締めだし」を狙っているといえる。
 中心となっているのは、警察庁のキャリア官僚とそのOB、数人だ。
 彼らこそが随分前から「車道からの締めだし」を口にしてた連中で、彼らは自転車の有用性について、まったく分かっていない、というより、日本の道路に自転車は要らない、とすら考えている。
 私はかつて、その中の一人に、面と向かって「自転車が車道を走る必要はない」と言われたことすらある。

 ■一番やばいところは何か?

 今回の提言の中で、最も危険な香りがするのは「車道通行が著しく危険な場合」の部分である。
 考えてもみていただきたい。「著しく危険」というのを判断するのは、いったい誰なのだろうか。
 もちろん警察当局である。
 そして「車道通行が著しく危険な場合」とは、どんな場合、いや、どんな道路だろうか?
 恐らく都内の幹線道路はすべて、というようなことになろう。ママチャリに乗る一般の人がそう感じているとおりだ。
 一般のママチャリ市民にとっても、まあ理解しやすい。

 だが、問題なのは、その次なのだ。
 ならば、その当該の「著しく危険な車道」について、自転車が走る権利は、今後、担保されるだろうか?

 私は絶望的だろうと思っている。
 歩道通行が当たり前だと指定されたとき(現在のように例外規定ではなく)、法解釈上、当該の車道について、自転車が走る正統性はなくなるわけだから。
 だいたい「著しく危険」と指定された道路を「通ってもいいよ」なんて言えるわけがない。

 たまらないのは「著しく危険な場合」をどこまで解釈し得るか、まったくの規定がないところだ。
 どの程度が「著しく危険」とされるのか、まったく分からない。そもそも「危険」というなら「危険がない道路」なんてあり得ないんだから。
 ということは、その解釈次第で、いかようにでも法律運用が可能となるわけで、つまりは都内の主要道路がほぼすべて「著しく危険な車道」と指定され、結果として「車道通行禁止」になる可能性が強いということなのだ。

 これは決して大袈裟に言っているわけでなく、近い将来の現実である。

 ■これからのシナリオ

 今回の改正案の向こうにあるのは、確実に

 歩道解禁(老人子供など)→歩道解禁(一般にも)→車道規制(一部に)→車道規制(全般に)→車道原則禁止→車道全面禁止

 という話だろう。
 なぜならば、この改正案を作った人たちがそれを望んでいるわけだから。

 いやしかしなぁ。タマランぞ、これからは。

 前回と違って、今回は、来年の通常国会に、確実に道交法改正案として提出される。その動きはもはや止めようがない。
 では、国会に実際に提出されたのち、国会議員たちが否決することが可能だろうか?
 私はここも絶望的だと思っているのだ。
 現在の議員たちのほとんどは自転車のことなんてマトモに考えたこともないし、興味もないから。
 だいいち「78年の悪夢」という例が、現実として存在するのだ。

 ご存じだろうか。
 自転車を歩道に上げた道交法63条の改正について、衆参両議院は、なんと「全会一致」で可決したのである。
 全会一致ですぞ!
 あの悪名高き「道路交通法63条」が……!
 実質的に、何の議論も経ずに、いきなり全会一致で可決……。

 くー、いったいどうしてくれよう。
 我々は今後いったいどうすればいいというのだ?!

 ■今回の「提言」最初からの矛盾

 しかしなぁ。
 私はほとほと呆れ果てたよ。

 だいたいだね、「(主に歩道上の)自転車が加害者としての事故が激増している」という現実をとって、その解決策を「歩道上の自転車解禁」とする、というのは、誰がどう考えても矛盾だろう。
 矛盾、というより、間違っている、というより、本末転倒、というにも足らず、ただ単に知能が低いとしか思えん。
 どこの国の人に聞いても、お国の警察は気でも違っているんですか? というだろう。

 もしかしたら、日本の警察というのは、本当に馬鹿なのではないだろうか。
 罵倒の「バカ!」ではなく、本当にアタマが悪いという意味での「バカ」だ。
 各人の思惑の調整、とか、妥協、とか、そういうことで、法案がねじ曲がるということは、往々にしてあったりするわけだが、今回の話は、ホントに「知能が低い」というのが原因なのではないか、という推測である。
 ひょっとして、この推測は、正しいのかもしれない。
 警察官僚は、ただ単に知能が低いゆえ、現状の正しい認識ができないのだ。

 だが、困ったことなのは、この悪しき改正案は人口に膾炙されがちなところだ。
 つまり、一般の日本人には「あれ? 歩道通行が当たり前じゃなかったの?」と思われがちな点にある。
 だが、そっちの方が圧倒的に間違っているのだ。
 色々な意味で、その認識が大きな誤解に基づいているというのは、このメルマガを読んでいる皆さんは、とうにご存じの通り。
 それが今。
 警察庁と、法律によって、黒が白にひっくり返されようとしている。

 間違っているという端的な例をあげるならば、先進各国の中で、日は、ホントに「知能が低い」というのが原因なのではないか、という推測である。
 ひょっとして、この推測は、正しいのかもしれない。
 警察官僚は、ただ単に知能が低いゆえ、現状の正しい認識ができないのだ。

 だが、困ったことなのは、この悪しき改正案は人口に膾炙されがちなところだ。
 つまり、一般の日本人には「あれ? 歩道通行が当たり前じゃなかったの?」と思われがちな点にある。
 だが、そっちの方が圧倒的に間違っているのだ。
 色々な意味で、その認識が大きな誤解に基づいているというのは、このメルマガを読んでいる皆さんは、とうにご存じの通り。
 それが今。
 警察庁と、法律によって、黒が白にひっくり返されようとしている。

 間違っているという端的な例をあげるならば、先進各国の中で、日は、ホントに「知能が低い」というのが原因なのではないか、という推測である。
 ひょっとして、この推測は、正しいのかもしれない。
 警察官僚は、ただ単に知能が低いゆえ、現状の正しい認識ができないのだ。

 だが、困ったことなのは、この悪しき改正案は人口に膾炙されがちなところだ。
 つまり、一般の日本人には「あれ? 歩道通行が当たり前じゃなかったの?」と思われがちな点にある。
 だが、そっちの方が圧倒的に間違っているのだ。
 色々な意味で、その認識が大きな誤解に基づいているというのは、このメルマガを読んでいる皆さんは、とうにご存じの通り。
 それが今。
 警察庁と、法律によって、黒が白にひっくり返されようとしている。

 間違っているという端的な例をあげるならば、先進各国の中で、日本だけが自転車を歩道に上げているという事実。そして、その日本こそが、自転車乗車中の事故率・先進各国中ダントツのナンバーワンを誇っているというもう一つの事実。
 これはどう考えても、現在の交通行政の失敗だろう。その失敗の本質は、自転車を歩道に上げてしまって、自転車を「無責任な交通機関、歩行者と同じくモラルとルールがゆるい」という存在にしてしまったところにある。
 弱者優先の大原則を誤って運用し、車道をクルマの聖域にしてしまったところにこそ、問題の本質はあるのだ。
 だが、今、提出されようとしている法案は、明らかに、その失敗をさらなる失敗に導く法案だといえる。

 自転車レーンを作らなければならない。そうでなくとも、車道の左側は「自転車優先」というのを徹底しなければならない。その上で、自転車のルールとモラルを確立しなくてはならない。これこそが王道だ。

 だが、そういった「今、本当にやらねばならないこと」つまり道路インフラの整備などの当たり前のことをまったくやらず、ついに政府当局は、世界に冠たる糞バカな「法整備」とやらに乗り出してしまった。
 何という絶望。
 問題の根底には「縦割り行政」「事なかれ主義」「天下り」「エセ無謬主義」「役所内の先輩後輩意識」「失政隠し」といった日本の役所のサイテーな点がすべて表れているといえよう。

 自転車人のためだけでなく、日本人一般と、地球のためにも、マジでマジでまずい。

 我々はいったいどうすればいい。
 どんなアクションを起こせばいいというのだろうか。

【参考】朝日新聞東京版(11/30付より)

 自転車、歩道走行認めるルール作り 事故急増で警察庁

 自転車が走るのは歩道か、車道か——。道交法上は「車両」として、車道通行を義務づけられながら、実際には歩道走行が黙認されてきた自転車のあいまいな位置づけを警察庁が約30年ぶりに見直す。歩行者をはね、自転車が「加害者」になる事故の急増を重くみた。来年の通常国会に提出する改正道交法案に歩道を走れる要件を定め、位置づけを明確化する。

 自転車の事故件数の変遷

 国民の3人中2人に普及する身近な自転車だが、「車道の左側端を通行する」と定めた道交法の原則は78年以降、変わっていなかった。「自転車通行可」の交通規制がある歩道が約4割にとどまっているなかで、多くの自転車が歩道を走り、一方で検挙されるケースはほとんどなかった。

 昨年1年間に自転車が歩行者をはねた事故は2576件で、10年前の4.6倍。背景には、自転車利用者の増加や運転マナーの悪化があるとみられ、自転車が関係した事故全体でも1.3倍の約18万3000件に増え、全交通事故の2割を占めた。

 また、健康増進や環境保護対策の観点からさらに自転車の利用増加が予想されるため、同庁は4月、識者がつくる懇談会に、自転車の安全利用のあり方について諮問し、30日に提言を受けた。

 改正法案では、車道左側端を通行する原則を維持するが、「子どもや高齢者、買い物目的での利用」と、「車道通行が著しく危険な場合」に限って歩道走行を認めるべきだとした提言に沿って、具体的なケースを規定する。

 また、昨年の自転車乗車中の事故死者846人のうち、約7割が頭部損傷が死因になったことがわかり、幼児・児童を中心に自転車利用者にヘルメット着用を求める規定を改正法案に盛り込めないか検討する。

 マナーの悪化に対し、同庁は4月、信号無視、一時不停止、明らかな酒酔い運転など悪質性の高い交通違反に対して交通切符による積極的検挙を行うなど、自転車利用者に対する取り締まり強化の方針を全国の都道府県警察に通達している。

------------------------引用終了------------------------

疋田氏による続報は以下のリンクに、
http://www.melma.com/backnumber_16703/

 このブログにアクセスしていただいている方は、少なからず自転車に興味をもたれている方々だと思います。これら疋田氏の文章を読んで何を思われるでしょうか。
 僕たち一人ひとりの声は小さいかも知れませんが、何も発しなければその声は広がりません。

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登録日:2006年 12月 04日 14:24:35

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プロフィール
小林昌幸
小林昌幸
(男)
1968年05月10日
自転車ずきのライター稼業。
就職・進学情報誌のライター、二輪・自動車メーカーのコピーライターを経てフリーランスに。
実は、デジタル機器、ゲームやホビーの仕事も多く、アキバ系もテリトリー。
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