男も、女も、なぜ登る。 −新刊『ヒルクライマー』 高千穂 遙・著−

天賦の才能を秘めた超初心者が、切磋琢磨し、エキスパートのライバルを倒し、頂をつかむ。普通のスポーツフィクションなら、それだけでいいだろう。だが、自転車。とくにヒルクライムは、切磋琢磨だけでは太刀打ちできない壁がある。機材が重要だ。100gの差がタイムに及ぼす影響を考えれば、主人公はスーパーマシンを手に入れなければ、その活躍は嘘臭くなる。とはいえ、普通に考えて100万円ぐらいはするロードバイクに超初心者をどう乗せるか?
この部分を、実に説得力を持ってクリアしているのは、著者がSF作家、それもロボットアニメなどにも関わってきたエキスパートだからではないかと僕は思う。
いきなりスーパーロボットに搭乗し、活躍していく主人公のように、亡き友の残したスーパーロードバイクを託された礼二は、陸上で鍛えられた心肺機能を武器に、ヒルクライムの世界にのめり込んでいく。簡単に紹介すると、こんな説明になってしまうが、過去からの動機づけもからんで巧みに、違和感なく展開されていく。ぜひ実際に文章を追って実感してほしい。
そして、もう一人の主人公といえる大作。ヒルクライムという競技にのめり込んでいくほどに、家族との距離が開き、高校生の愛娘あかりとの亀裂は深まっていく。
ヒルクライムイベントに参加すると、この大作ぐらいの年齢の参加者の層が一番厚い。もしかしたらこんな設定にドキッとするローディーも割といるんではないだろうか。
彼らが登る頂とは、はたしてレースなのか、峠なのか、勝負なのか、それとも。
それは読者一人ひとりが感じられればいい。僕は、この小説を初校から校正読みを少なくても3回はしている。普通、短期間に3回も読めば、もうお腹いっぱいだろう。しかし、この小説は何回でもフレッシュに読める。それは、この二人ともいえる主人公それぞれに背負う物語があるからだ。でも、それでは2回だ。それらの物語のバックグラウンドを静かに進行している彼らをとりまく自転車に取りつかれた人物たち、それぞれの物語もまた生きているからだ。キャバ嬢の美奈、オネエ系美容師の下丹田、大作の娘あかりにも、しっかりと燃えつづける物語が流れている。だから、僕はこうして新刊を手し、また読んでいるのである。
さて、これまで自転車モノのお話というと、どこかトンデモなトレーニングや設定がでてきて「あーあ…」ということがだいたいあった。しかし、この小説では全日本自転車実業団や、元オリンピックロード日本代表といった方々により技術監修が行われ、レース展開も実にリアルだ。間違っても洗面器に顔をつっこんだり、シートチューブに鉛を流し込んだりというような無意味なトレーニングみたいなことは出てこないので、安心してほしい。
自転車に興味のない方にも、「ヒルクライム」を自分の登らなくてはならない現実に置きかえることで感情移入できるストーリーであることを保証する。特に、年頃のお嬢さんをお持ちのお父さんには共感していただけるのではないかと思う。
そして、もしこのヒルクライムという競技に興味を持って貰えたらうれしい。
なぜ登る? それはひとそれぞれの問題だ。でも、何であれ登りつづけようとするかぎり、その人の生き方は、厳しくとも寂しくはない。
ちなみに、大作のイメージモデルは著者曰く“鶴見辰吾”らしい。
高千穂 遙・著 『ヒルクライマー』
小学館・刊 定価1502円(税込/本体1430円)
発売日・2009年7月23日
四六判並製/本文288ページ
ISBN978-4-09-386247-9
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登録日:2009年 07月 23日 06:32:53
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- プロフィール

- 小林昌幸
- (男)
- 1968年05月10日
- 自転車ずきのライター稼業。
就職・進学情報誌のライター、二輪・自動車メーカーのコピーライターを経てフリーランスに。
実は、デジタル機器、ゲームやホビーの仕事も多く、アキバ系もテリトリー。
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