「セコリョ新聞とウリマル放送」下

 一方のウリマル放送は筆者がサハリンへはじめて行った頃はラジオ放送だけを細々と行っていた。短波とFMの2波を出しているサハリンテレ・ラジオ公社の放送枠内で放送をしている。しかしここも民営化の波をもろにかぶって経営状態は公社本体もろともあやしくなってきたようである。新聞でもそうだったが、民営化とは即ちスポンサーを見つけなければならないということに繋がる。

 ここでも韓国との交流が盛んになるにしたがって、スポンサーが増えてきた。韓国企業がサハリンに進出してきたために、放送を聞く人が増えたことが大きな救いとなった。
 サハリンには4万人近い残留朝鮮人がいる。ソ連邦が崩壊するまで「鉄のカーテン」の向こう側にいた彼らは、祖国との交流はなかった。ソ連邦が崩壊したとき。肉親探しのために、この放送局は大きな働きをした。韓国・KBS放送と共同でソウルとユジノサハリンスクで二元放送をやってのけた。テレビの画面を通じて肉親を探す人々で会場は溢れ返ったという。

 そして2005年8月15日、ウリマル放送は新たなスタートを切った。テレビ放送を開始したのである。韓国のMBC、KBSなどの放送番組を入手して、日本でも有名な冬のソナタなどの番組をロシア語字幕をつけて放送し、サハリンで「韓流ブーム」を起こしている。筆者が何人かのロシア人に聞いてみても韓流ブームは確かなブームとなっている事を実感した。
 サハリンの朝鮮人社会もいまや4世まで出現している。3・4世たちはロシア語しか話せない。その言葉の壁を突き破るべく韓国語新聞や放送を彼らは続ける。日本からはもちろん、祖国・韓国からも長い間、見放された歴史を持つ彼らは「民族文化」に渇望していた。そして「正統な韓国の伝統文化」を学ぶことによって民族のアイデンティティーを自らの中に確立しようとしている様に見受けられる。サハリンの韓国語新聞やテレビ・ラジオ放送はその役割を充分に発揮しているのだ。

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登録日:2007年 05月 22日 14:40:09

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