責任を問うということ

 「12日間の国会の会期を延長して重要法案を通す」こんな強い意思で安部首相は会期延長した。その結果、不協和音が自民党内部でも噴出しているという記事が新聞をにぎわせている。「安倍首相は21日、会期延長が7月の参院選に不利に働けば首相の責任が重くなるとの指摘が自民党内から出ていることについて「私たちの使命は技術的に選挙の勝利を考えることではなく、国民や国のために何をすべきかだ。そうでない政治家は辞めた方がいい」と述べ、強い不快感を示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。(朝日新聞6月21日)

▲首相は「日本のため何をすべきかという観点から」政治をしてきたと力説する。今年の初めには「憲法改正」を参議院選の柱として改正を訴えたいと言ってきた。しかし大臣自殺や年金問題など続出する難問に憲法論議ははるかかなたに消えたような感がある。

▲自民党内でも参議院選敗戦責任論をめぐって「責任者は安倍総理」とする向きや「会期延長は総理の責任でやった。大敗すれば内閣総辞職」とかしましい。そんな不協和音に対して首相の冒頭の話となった。

▲責任を回避して首相は参議院選を戦うつもりのようだ。そういえば安部首相は責任をとることの出来ない首相だとみえる。自衛隊のイラク派遣延長法案に関しても説明責任をモノの見事に回避した。また「松岡農相の自殺」に関しても口をぬぐっている。「任命責任」があるとは明言したが、疑惑の解明には程遠い。社会保険庁の問題にしても、国民の生活に直接響くわけだから、関心は高いが、なんとなく付け焼刃的な対応に見える。

▲こうして数えると枚挙に暇がない。「拉致問題」での強硬な対応が「国民的人気が高い」と判断されて首相になった安部首相は結局「時流に乗っただけ」の首相であって、所詮宰相の器ではなかったのではないか。しかしむしろ問題は選挙に勝つためだけに看板首相として担ぎ上げる自民党の体質にありはしないか。「タレント候補」を比例代表の上部に配するだけでは飽き足らないようだ。

▲国民の見識や不満を見くびってはいけない。おりしも今日23日は沖縄戦「慰霊の日」である。昨22日の沖縄タイムスは「集団自決」直後の米軍が撮影したとされる映像発見を伝えている。軍の関与が解明されるチャンスである。安部首相は沖縄県民が今なお重い過去を引きずっていることも知らないのかもしれない。
責任とは何なのか。責任を問われる選挙でもある。

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登録日:2007年 06月 22日 15:55:23

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