酒と女と写真機と 「容易ならざる事態 中」

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その日一日、ボクは上海の町を歩いた。何しろ言葉がわからない。町の概略もわからない。バンドから街の深部へ歩く。小さな通りから大きな通りへ出ると、道路の名前もホテルの名前のように「変えられている」のを見た。

 革命通り、反帝通り・・・、様々な古典的な通りの名前が「革新的、革命的」というべき名前に書き換えられていた。写真を撮った。当時は無論モノクローム。やはり経済的な理由でコダック社のTRI-Xを買いたかったが、国産のフィルムを使っていたことを思い出す。それも、100フィート巻きを買い、暗室で一度使ったパトローネに巻きなおしたものだった。フィルムを巻き込むときにテープで止めるのだが、テープがはがれてしまって大騒動したこともあった。

 午前中、街をあちこち(といっても、ほんの一部だろうが)歩いてホテルへ帰った。
C嬢はまだ来ていない。こんなことは中国ではおそらく珍しい現象だ。通訳、ガイドを兼ねた、いわば監視員なのだろうから。おかげでボクは自由に街を歩けたが。

 夕方近くなってC嬢が来た。朝まで普通(?)の服を着ていた彼女は、いわゆる人民服に着替えていた。
「何?それ」
「・・・」
表情が硬い。
返事をせずに
「食事に行きましょう」という。
「どこへ?」
「街中のレストランを予約してあります」
食後、街を歩きながらホテルへ帰った。
食事中も街を歩きながらも、彼女は必要最低限のことしか言わない。
C嬢は「今からどうしますか」とボクに聞く。
「ホテルにいるほうがいいのでしょ」
「ええ」
「じゃ、ジャズバーで飲んでいる」
「私も行きます」
和平飯店のジャズバーは有名である。戦前に上海が国際都市として名を馳せていた頃からの歴史を持つ。昨夜は遅かったので行けなかった。
 古い造りのインテリアが歴史を物語っているといいたいところだが、共産党が政権を担ってからこのホテル全体が時代に取り残されたようである。
単に古びただけ・・・。
埃っぽい。
それでも、調度品などは一流のものを使われているのか「磨けば光る」ようだった。

 ボクたちはカウンターに座った。
客は少なかった。
西洋人が2・3人席についている。
ジャズバンドはまだ入っていないようだ。

「カクテルにしよう」
中国に来てからは高粱酒や茅台酒といった中国の酒ばかりで、いささか辟易していたのだ。
「カクテルなんて飲んだことはありません」
「じゃ、いい機会。何にしようかな」
「・・・」
「任せる?よし、それじゃ上海」
「えっ?そんなのあるのですか」
「聞いてみて」
バーテンは静かに頷いた。どこのバーでもバーテンは静かにただ頷くだけ。よほど自信があると見た。

シェーカーを振る音が聞こえる。
上海カクテルがカウンターに並んだ。(写真:参考のために撮った上海カクテル。かなり暗いバーで撮ったので相当ぶれているが、これも一興)

「きれい」
「強いからゆっくり」
「ええ」

彼女がなぜボクに付き合ったのかはいまだにわからない。
きっと「監視」しているつもりなんだろう。
その夜、ボクと彼女はかなり遅い時間に始まったジャズに酔いしれた。

こんな「監視」なら大歓迎・・・。

(続く)

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登録日:2007年 10月 08日 19:43:58

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