2007年 07月 12日
ツール第1ステージ(2)
【7月9日 AFP】2007ツール・ド・フランス(2007 Tour de France)、第1ステージ(ロンドンからカンタベリー、203キロメートル)。
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(c)AFP
レース後半では落車やメカトラブルが続出。第3山岳の手前で落者に巻き込まれていたのは、なんとR・マキュアン。プレディクトールのメンバーが戻って懸命にマキュアンを引きあげます。既に戦闘態勢に入っていたプロトンは速度を緩めません。逆にマキュアン落車を聞いて、クイックステップとランプレが速度を上げたように見えました。この段階でだれもが、この日のマキュアンの勝利はないと思っていたはずです。
ラスト1kmのアーチはミルラムトレイン先導で通過したが、ラスト500mでロバート・ハンター(南アフリカ、バルロワールド)がスプリントを開始。これによって集団は形が崩れ、トーマス・ヴァイクス(リトアニア、ディスカバリーチャンネル)を引き連れたハンターは先頭でゴールに向かうが距離がありすぎた。力つきたハンターに代わって後方から勢いよく上がってきたのはなんとマキュアンでした。
カンチェラーラのプロローグも驚異的でしたが、この日のマキュアンの走りは別次元のように見えた。集団に取り付くまでは同僚の懸命なサポートがありましたが、集団の中を自力で上がり、ゴール前の映像では全く写っていないところからの強烈な追い込みは、周りの選手が止まって見えるほどでした。2位がフースホフト、3位にボーネンでしたから、決して前が止まっていたわけではないはずです。こういう走りを見せられるとドーピングは大丈夫かな?と思ってしまうのは私だけでしょうか?昨年は17ステージでのランディスの驚異的な走りに感動を覚えましたが、結局、その後のドーピングで陽性反応が出てしまいましたから・・・
同僚に引かれて集団に復帰する途中も、右手を気にする仕草を何度も見せていたあのマキュアン?と自分の目を疑いたくなるほどの走りでした。ゴール後の英語のインタビューで、今日の勝因を聞かれたマキュアンが“frustration and anger”と答えていたのが非常に印象的でした。TVの解説者は“frustration”を強調していましたが、私は“anger”という単語のほうが気になりました。2003年のツール第9ステージ最後の山岳の下りでベローキが落車、それを避けようとしたマイヨジョーヌのランスがコースをはみ出し、ダートに突っ込み、ショートカットで何とかコースに戻るという大アクシデントがあった。その時、CSCのT・ハミルトンが先頭に出て、逃げ集団にペースダウンを求めたシーンを思い出します。
サイクルロードレースにはルールではないが暗黙の了解というものがあり、落車などのアクシデントで有力選手が遅れそうな場合はペースを落としてでも待つのが通常です。昨日もその前の落車では先頭を引くCSCは一度スピードを緩め、逃げ集団との差は一気に6分まで開いていました。少なくともマキュアン落車を聞いていたのなら、クイックステップもランプレもマキュアンが集団に追いつくまである程度ペースを落とすのが当たり前の世界なのです。ゴール直前というのならわかりますが、マキュアンの落車は20Kmも手前のことなのですから・・・
“frustration”というのは自分の落車とチームメイトに余計な負担をかけてしまったことを示し、“anger”はまさにこのことに対するマキュアンの怒りそのものだったのではないでしょうか?マキュアン自身後のインタビューで「スピードが上がったのは偶然ではない」とコメントしていました。この“anger”が彼の中でアドレナリンを全開にさせ、あの走りを生み出したと私は考えています。ドーピングは勿論ですが、サイクルロードレースはこうした選手間のモラルで成り立っている部分も多いのです。ランスが去り、ドーピングで有力選手が去り、レース・ディレクターが変わった2007年のツールですが、何か後味の悪さが残ってしまいました。
最後にちょっと驚いたことを書いておきます。それは、今年のディスカバリーはスプリントもやるんだということです。今年アージェードゥーゼールからT・ヴァイクスが移籍したことは先にも書きましたが、ハンターに続いてヴァイクスが飛び出したのには驚きました。01年には、U23の世界チャンピオンになっている25歳。昨年のジロ・デ・イタリア第9ステージでは、ベッティーニに競り勝ち区間優勝をしたのを憶えています。ゴールスプリントではまだまだ分が悪いようですが、登りゴールのロングスプリントになれば面白い存在になるかもしれません。昨年はマリアチクラミーノのベッティーニに競り勝っているのですから・・・
次の第2ステージは全くの平坦、続く第3ステージは4級山岳ひとつだけのほぼ平坦コースですから、純粋なスプリンターたちの舞台になるでしょう。第1ステージでマキュアンに出し抜けを喰ったスプリンターたちの巻き返しに期待しています。
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登録日:2007年 07月 12日 13:11:50
ツール第1ステージ(1)
【7月9日 AFP】2007ツール・ド・フランス(2007 Tour de France)、第1ステージ(ロンドンからカンタベリー、203キロメートル)。サウニエルドゥバル・プロディール(Saunier Duval-Prodir)のデーヴィット・ミラー(David Millar、英国)は、4時間39分01秒をマークして64位でフィニッシュし、合計タイム4時間48分24秒で総合13位をキープした。(c)AFP
ツールの第一ステージはロンドンからカンタベリーまでの203Km。平坦ステージとしては異例といえるスタート前からのロングラン放送で、昨日もまたロンドンからグリニッジまでの、空撮を存分に堪能させてもらうことができました。その間プロトンはロンドン市街からタワーブリッジまでをパレード。
タワーブリッジ上でのセレモニーでスタートテープを切ってからも、グリニッジ大学前までは審判車が先導するパレードでしたが、選手たちが審判者の横に並びアタックの意欲を見せていましたが、結局、プロトンから抜け出せたのはD・ミラー(サウニエルドゥバル)ただひとり。マイヨジョーヌを抱えるCSCが先頭でプロトンを引きますが、地元イギリスのミラーということもあり、逃げを容認。遅れてF・ビショ(フランス、アグリチュベル)、S・オジェ(フランス、コフィディス)、A・クチンスキー(ベラルーシ、リクイガス)、A・グリブコ(ウクライナ、ミルラム)の4人がメイン集団から飛び出したが、CSCはこの逃げも容認し、5分前後の差を維持して終盤へと向かいました。
単騎逃げで最初のスプリントポイントを征したミラーが、4人が合流した第2スプリントも征し、ヒンカピーを抜いて総合3位に浮上します。第2スプリントまでは強調体制ができていた先頭の5人も、第1の4級山岳で牽制が始まり、最初は山岳賞などに全く興味を示していなかったミラーが他の4人の牽制を見越してスパート。結局、第1山岳をトップで通過してしまいます。チームリーダーとして総合成績を狙う予定だったホセアンヘル・ゴメスマルチャンテ(スペイン)は腸炎のため欠場したサウニエルドゥバルにとって、ミラーのプロローグ、しかも地元でのプロローグに期待をしていたはずですが、トップのカンチェラーラから33秒遅れの13位という結果に終わってしまいました。ミラーの逃げはあくまで総合の順位を上げることだったはずです。そのためには5人が協力してできるだけ、プロトンとのタイム差を開くこと。できれば逃げ切りたいと考えてのことでした。それが中盤の山岳でいきなり牽制がかかってしまった。山岳を取りたくてスパートしたわけではないと思います。ミラーとしてはペースを落としたくなかったというところでしょう。ところが、この山岳をミラーが取ってしまったことで集団のコンセンサスが一気に崩れてしまいます。
レースも半分を過ぎると徐々にメイン集団のスピードが上がり始め、逃げ集団とのタイム差は縮まっていきます。ゴールまで残り93kmで6分だったタイム差は、第2山岳のアタック合戦でグリブコが遅れ、それを待った逃げ集団は残り70kmで4分と急激に差が縮まりはじめます。残り60kmで3分、そして残り47kmで2分にまで縮まると逃げ集団からビショがアタック。これにクチンスキーとオジェが続き、ミラーとグリブコは集団に吸収される道を選びます。
ミラーが集団に戻ると同時にサウニエルドゥバルが突然先頭を引き始めます。J-Sportsの解説者も2006年のブエルタでステージ優勝を飾ったスプリンター・ベントソのための引きではないかと言っていましたが、それにしては早過ぎます。第3山岳の手前でクチンスキーがあきらめますが、山岳賞狙いのビショは何とか踏ん張って第3山岳をトップで通過。ビショの脳裏にはマイヨアポアルージュがあったはずです。ところがプロトンの先頭は先に吸収されたはずのミラーで、そのまま第3山岳を2位通過。これで二人のポイントは同じ5でならんでしまい、当然、総合順位上位のミラーがマイヨアポアルージュに袖を通すことになります。今日から2日間は完全な平坦区間ですから、ミラーは最低でも3日間はこのマイヨを着ることができるのです。ビショにとっては悔やんでも悔やみきれない1日になったことでしょう。
ビショ本人はベテランらしい駆け引きをしたつもりだったのでしょうが、策士策に溺れるという結果になってしまいました。きちんとローテーションを守って先頭交代を続けていれば、第1山岳でミラーがトップで通過することはなかったはずで、そこで1ポイントでも取っていれば、結果は全く違うものになったはずです。第3山岳での脚を見る限り、先頭集団でビショが一番引いていなかったという現地のデータもうなづけます。こうしたビショの姿を見ていたミラーは急遽作戦を変更したとしても不思議ではありません。山岳賞を取ろうというのではなく、ビショにだけは取らせたくなかったというのがミラーの本音ではなかったかと推測できます。逃げを諦めたミラーがしきりに無線で何かを話していたこともそれを裏づけていたのではないでしょうか?
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登録日:2007年 07月 12日 08:36:30
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