2007年 07月 14日

2007ツールドフランス展望(5)

ペレイロ 第6ステージを101位で終える

【7月14日 AFP】2007ツール・ド・フランス(2007 Tour de France)、第6ステージ(スミュール・アン・オーソワからブール・アン・ブレス、199.5キロメートル)。ケースデパーニュ(Caisse d´Epargne)のオスカル・ペレイロ(Oscar Pereiro Sio、スペイン)は、5時間20分59秒を記録して101位でステージを終えた。(c)AFP

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 ランス引退後の最初のツールがドーピング疑惑で大きく揺れ、優勝者ランディスもその例外ではなさそうだという状況の中、唯一残っていたランスのライバルたちの前に立ちはだかるアクシデント。これは果たして運だけのものなのでしょうか?チーム力のないランディスにとってツールを勝つためには自分で動くしかなかった、だからテストステロンを使ったとは考えられないでしょうか?今年のアスタナも好調でいいメンバーをそろえて来ましたが、ツールを勝つまでのレベルには達していなかったのかもしれません。
 とすればチーム力ではCSC、ディスカバリー、T-モバイル、ケースデパーニュ、ラボバンクが総合力では上位のはずです。その中でT-モバイルはクレーデンの移籍が痛い。CSCもサストレがエースでは辛いはず。個人的に応援しているディスカバリーも正直ライプハイマーでは辛いところ。ラボバンクもメンショフではちょっとといった感じで、残るのは現状を静観しているケースデパーニュだけです。これまでツールの完走がないとはいえ3度世界チャンピオンになっているバルベルデ、昨年3位のペレイロ、今季好調のカルペツ。とはいえヴィノクロフが力が発揮できなければ混戦になることは間違いありません。
 ならば1997年のY・ウルリッヒのような将来のホープに期待したいところです。その筆頭は優勝候補にも名前が挙がっているディスカバリーのアルベルト・コンタドール。スペイン出身の24歳ですが、今春2週連続でパリ~ニース、ブエルタ・ア・カスティーリャ・レオン制覇など、絶好調と呼ぶにふさわしい戦績を残しています。05年のツールでも総合31位という成績を残しています。脳腫瘍で非常に危険な手術を受けながらも病を克服し、レースに戻ってきた経歴を持つ選手で、九死に一生を得たという点でランス・アームストロングの姿が重なります。新人賞候補でコンタドールの最大のライバルとされているのがラボバンクのトーマス・デッケル。オランダ出身の22歳ですが、将来を嘱望されるオールラウンダーで、2006年はティレーノ~アドリアティコで総合優勝。そして今年はツール・ド・ロマンディで総合優勝を飾っています。どちらかと言えばタイムトライアルを得意とする選手ですが、その登坂力はクライマーにも引けを取らないことは、シモーニやクネゴを抑え込んだ今年のツールドスイス第6ステージの優勝が証明しています。ここでも21歳で世界選手権を征したランスの姿が重なります。
 残る一人はプロローグで快走を見せ、現在マイヨブラン争いでデッケルを6秒リードしているディスカバリーのウラジミール・グセフです。昨年のジャパンカップで3位となり、日本のファンにもお馴染みの陽気なロシア人。直前に行われたツールドスイスでは、厳しい山岳ステージで見事な逃げで区間優勝を決めています。グランツールへの参戦は昨年のブエルタ・ア・エスパーニャ(昨年は総合23位、05年は93位)に続き3回目。昨年・今年と連続ではロシアのTTチャンピオンにも輝いてるスピードマンです。
 ウルリッヒは1993年に20歳でアマチュアの世界選手権を征し、プロ転向1年半の間ウルリッヒは注目を受けなかったが、1996年にツール・ド・フランスへ初めて参加。ウルリッヒは最後の個人タイムトライアルで勝利し、ツールでのステージ初優勝を遂げ、チームメイトのビャルヌ・リース(現CSC監督)に次ぐ衝撃的な総合2位を獲得しています。そして、その翌年には優勝候補というプレッシャーの中でツールドフランスの覇者となしました。優勝時、ウルリッヒは23歳で、これは歴代優勝者の中で最も若い優勝者の一人であると考えられています。もし、デッケルが今年優勝すれば最年少の優勝者になります。
 ただ、ランスにしてもウルリッヒにしてもマイヨジョーヌ獲得までにツールでのステージ優勝経験がありました。ランスのツール初勝利は1995年23歳の時でした。こう考えると先の3人にはツールでの経験が少ないことは否定できません。ただ、ドーピングで有力選手たちが続々とツールの舞台から姿を消し、最有力候補たちが落車で危機的な状況にあるとすれば、今年の1勝が即優勝に繋がることも充分に考えられます。ウルリッヒの優勝は、1991年からのインデュラインの5連覇の翌々年でした。こうした連覇が続く時代は覇者と敗者の間に大きな力差があるということです。インデュラインがツール6連覇を阻んだのは絶好調ドイツ・テレコムのビャルヌ・リースとヤン・ウルリッヒです。2005年のランス7連覇時にも彼を脅かしたイヴァン・バッソが昨年のツールの最有力候補でしたが、残念ながらドーピングで出場できなくなってしまいました。バッソに替わってマイヨジョーヌを獲得したランディスも目下ドーピングでマイヨ剥奪目前という始末。本来なら昨年3位のクレーデンと何度もツールでの勝利のあるヴィノクロフ擁するアスタナが圧倒的に有利だったはずですが、第5ステージでの2人の落車はあまりに痛かった。
 2005年の第10ステージのアルプスでランスを撃破したA・バルバルデ。このステージでバッソに1分以上の差をつけながら、腰痛で途中リタイヤ。そしてプロツアーリーダージャージを着て挑んだ昨年は序盤ステージの落車によってリタイアを余儀なくされた。3度の世界チャンピオン、ツールの勝利経験と最もポディウムの頂点に近い27歳ですが、ケースデパーニュのエースはオスカル・ペレイロ。ペレイロの昨年の2位はフォナックが大逃げを許してしまった結果ですから、力はバルベルデが上です。ケースデパーニュとしてはペレイロをエースにしているのはバルベルデのプレッシャーの軽減のためだと見ています。第5ステージでスプリントを決めたポツア―トが最も警戒していたのがバルベルデだったようです。ただ、ケースデパーニュの2人はTTが得意ではないだけに過信はできません。同じことがCSCのサストレやディスカバリーのライピハイマーにも言えるのですが・・・インデュライン以降のツールは山岳だけでは勝てなくなって来ているのですから。唯一の例外が1998年の今は亡きパンターニでした。
 優勝の行方が全く見えない今年のツールも今日からいよいよアルプスに突入します。今日の第7ステージの動向で優勝の行方が見えてくるかもしれません。ただ、今年はアルプスとピレネーの山岳ステージの間に個人TTが組まれていますから、このステージでさらに状況が一転することも充分に考えられますので、楽観はできないと思っています。今年のマイヨジョーヌ争いは昨年同様最後の個人TTまでもつれ込むと予測しています。
 今日のゴール地はコロンビエール山頂から一気に下った先に現れるルグランボルナン。村民2115人に牛2000頭という「ルブロション」チーズで有名な小さな村を、最後に制したのは2004年のアームストロングでした。7連覇の帝王の後継者を未だ見つけられずにいるツールドフランスの新王者探しがここから始まればと願っています。

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登録日:2007年 07月 14日 15:15:28

ツール第3ステージ-カンチェラーラ自ら動いてステージ優勝

カンチェッラーラ 第3ステージ制し総合首位を守る

【7月11日 AFP】2007ツール・ド・フランス(2007 Tour de France)、第3ステージ(ワレゲムからコンピエーニュ、236.5キロメートル)。
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 今日の第3ステージはベルギーのワレヘムからフランスのコンピエーニュまでのフラットな236km。「クラシックの女王」と称されるパリ~ルーベのコースを一部通過するけれど、パヴェ(石畳)区間は通過しないと言われていたのに、ゴール前にはしっかりとパヴェがありました・・・^^;
 平坦の長丁場とあって、マイヨジョーヌの行方を左右しかねない大逃げの期待もありましたが、TV放送が始まった段階での逃げは、N・ヴォゴンディ(フランス、アグリチュベル)とM・ラダニュ(フランス、フランセーズデジュー)の2人でプロトンとの差はわずか10分弱。レース2時間目の平均時速はなななんと30.7km/hを記録するなど、逃げもメイン集団も超のつくゆったりペース。
 長年ツール・ド・フランスのレースディレクターを務めたジャンマリー・ルブラン氏の故郷を通過する第2中間スプリントポイントでは、各賞ジャージが集団の最前列に並ぶという異例のパフォーマンスや、ブイグテテコムのローラン・ルフェーブルが家族と抱き合うシーンなどなど、まるでパレード走行のようでした。深夜の0時を回っているというのに、まだ残りの距離が90Km以上もあり、眠い目をこすりながら見ている側も大変でした・・^^;とはいえ、今日のコース沿いには古城や古い教会などの名所が多くあり、こちらもレースそっちのけでフランス見物を堪能することはできましたが・・・
 レースが動き出したのは、山岳賞狙いのS・オジェ(フランス、コフィディス)がF・ヴィレムス(ベルギー、リクイガス)を引き連れてアタックを決めた61Km地点からでした。第1ステージの最終の4級山岳を積極的に取りにいったものの、ミラーがプロトンの集団で3位通過したために、同ポイントながら順位の差でマイヨアポアルージュを逃してしまったオジェの意地のアタック。最終山岳を前に追走の2人はあっという間に先頭に追いつき、唯一の4級山岳はオジェがゲット。これでマイヨアポアルージュはオジェの元に。この段階でのプロトンとのタイム差は3分。
 この辺りから、メイン集団も負けじとスプリンターチームがペースを上げるが、余裕の逃げを許されたヴォゴンディとラダニュにさらにフレッシュなオジェとヴィレムスが加わったことで、先頭もペースアップで、この3分前後の差がなかなか詰まらない。残り21Kmでタイム差は2分30秒。ゴールまで16kmを残してタイム差は依然として2分。微妙なタイム差です。先頭4人の逃げ切りの可能性が徐々に上がっている。果たしてスプリンターチームが追いつくか?それとも4人が逃げ切るか?
 先頭4人はラスト10kmのアーチを通過。メイン集団は追撃しているがタイム差が縮まらない。ここで先頭からヴィレムスがアタックし、逃げ集団での牽制が始まった。それでも、ゴールまで7kmを残してタイム差は1分8秒。ゴールまで5kmを残してタイム差は43秒に・・・残り4kmで30秒のアドバンテージ。
 残り1Km、先頭4人でゴールに向かう。そこに突然パヴェ(石畳)が・・・ステージ優勝はこの4人に絞られたと誰もが思った瞬間でした。4人の後ろから、なななんとマイヨジョーヌのカンチェラーラが自ら動く。追走に急激な脚を使ったスプリンターたちのアシストはカンチェラーラに追いつけない。後ろからはアシストを失ったボーネン、マキュアン、ツァベル自らがスプリントで追い上げるも届かない。
 マイヨジョーヌのカンチェラーラがおよそ1Kmものロングスプリントを決めステージ優勝!!2位にはカンチェラーラを刺しきれなかったツァベル、3位ナポリターノ、4位ボーネン、5位ハンター、6位フェルスター、7位マキュアン、8位アイゼルと続きました。
 残念だったのが、こうしたロングスプリントが得意なディスカバリーのヴァイクスが、前日の落車で右手親指を複雑骨折してリタイヤしていたことでした。同じ落車に巻き込まれながら、カンチェラーラは優勝で、ヴァイクスはリタイアというのは、ツールに勝つためには運も必要だということを物語っているようです。スプリントで1勝というブリュイネルのもくろみは早くも崩れ去ってしまいました。
 カンチェラーラのマイヨジョーヌはアルプスまでしょうが、このステージで一番マイヨジョーヌを欲したのはカンチェラーラ自身だったようです。総合のタイム差1分30秒以内に140人以上がひしめいている状況で、マイヨジョーヌを狙いに行かない他のチームの思惑が分かりません。236.5Kmを6時間36分で走ったレースですから、平均時速は40Kmを切っているはずです。大逃げを打てば1分半の差など一気に逆転可能だったのではないでしょうか?そんなステージで逃げたのはたたの2人、最終的には4人になりましたが、4人でさえ一時は逃げ切りかと思わせたほどなのです。
 このためCSCはアシストの力を温存したまま、カンチェラーラ個人の力だけで優勝し、総合でのタイム差をさらに広げるという結果になりました。ジャンマリー・ルブラン氏への敬意を表するためのパレードも結構ですが、この時点ではまだゴールまで125Kmも残っていたのですから、ここから本気で逃げても1分半程度の差なら逆転も不可能ではなかったはずです。今日の第4ステージは4級山岳が4つある193Kmです。そろそろどこかのチームが本格的にマイヨジョーヌを取りに動いてもいいのではないでしょうか?

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登録日:2007年 07月 14日 13:21:51

2007ツールドフランス展望(4)

アームストロング氏 自身のドーピング告発本の発売を非難

【6月21日 AFP】自転車ロードレース、ツール・ド・フランス(Tour de France)で7度の優勝を誇る元ロードレース選手のランス・アームストロング(Lance Armstrong)氏は20日、アイルランド人作家のデビッド・ウォルシュ(David Walsh)氏が同氏のドーピングを主張した「From Lance to Landis」を出版することを非難した。
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 こう考えてみるとツール7連覇を成し遂げたランス・アームストロングの偉大さを再認識せざるをえないでしょう。2000年の第16ステージ・ジュープラーヌ峠でランスはハンガーノックを起こし失速。2001年は雨のチームTTでチームメイトの落車に巻き込まれそうになり大幅なタイムロスを招く。2003年は第9ステージの下りでベロキの落車をぎりぎりにかわしダートに飛び出したり、第15ステージの勝負のかかった登りで観客の持っていたサコシュに引っかかり落車。そこでそれまでの不振が嘘のようにエンジンがかかり、インデュラインに続く史上2人目の5連覇を成し遂げたのです。その間、エース級のハミルトンやエラスがチームを去り、ランスのライバルとして立ちはだかっていたのです。ランスが引退を発表した2005年のツールでも前年までのアシストのランディスがフォナックに移籍し、またまたランスのライバルとして名乗りを挙げます。
 こうしてランスのツール7連覇を振り返ると、ランスの集中力がずば抜けていたことがわかります。重大な落車をほとんど寸前でなんとか回避できたのは偶然ではないはずです。優れたカリスマ性をそなえ、危険な場所に自分もチームも絶対に置かない。後半5年間、ランスのツールを見た限りでの落車は2003年の第15ステージの1回だけでした。それも事前に予期していたかのように巧くころび被害は最小限に食い止め、何事もなかったかのようにアタックを始めたのです。これを単に運がいいと片付けてしまうことはできないでしょう。
 ヴィノクロフ自身もツールでの落車は初めてではありません。確か中央分離帯に激突してリタイヤしたことがあったと記憶しています。クレーデンは安定した選手で2004年総合2位、2006年総合3位とポディウムに立っていますし、これまで大きな落車などはなかったと記憶しています。いくら選手をそろえても昨年急ごしらえのチームで、チームとしての力がツールを勝つレベルには達していないのかもしれません。
 ランスの力が抜けていたとしても、不振にあえいでいた時期がなかったわけではありません。特に2003年が最大の危機でした。しかし、チームメイトの懸命なアシストでかろうじて5連覇を達成できたのです。
 ドーピングなどの疑惑は再三ありましたが、黒と判定されたことは一度としてありません。今年もツール開幕にあわせたようにアイルランド人作家のデビッド・ウォルシュ(David Walsh)氏が同氏のドーピングを主張した「From Lance to Landis」ランスの暴露本が発売されたようですが、ランス自ら「ツール・ド・フランスを前に私が根拠のない話題の中心となるだろう。ウォルシュ氏は、自転車競技を現在取り巻いている話題(ドーピング疑惑)に便乗し過去の2作と同様に捏造した主張に基づいた本を出版しようとしている。今回の本の主張や情報源も、過去2冊と同様に根拠が無く、信頼できず、創られたものであり事実とは異なる。ウォルシュ氏は私の名を利用して利益を得ようとしている上に、私の名声を汚そうとしている」と語り、ウォルシュ氏を非難するコメントを発表しています。
 確かにあれだけ強ければドーピングを疑われても仕方がないかもしれません。E・ツアベルのように後からドーピングを認めるケースもありますので、何とも判断の下しようもありませんが、ランス自身の「私はこれまでに最も多くドーピング検査を受けた選手だ。法廷の場で私に敵意を持ったものや、通信過程で学んだだけの専門家によって主張されたことが間違っていると証明し、自身が潔白であることを証明してきた」という主張を信じたいと思っています。

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登録日:2007年 07月 14日 10:30:48

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