ツール第1ステージ(1)
【7月9日 AFP】2007ツール・ド・フランス(2007 Tour de France)、第1ステージ(ロンドンからカンタベリー、203キロメートル)。サウニエルドゥバル・プロディール(Saunier Duval-Prodir)のデーヴィット・ミラー(David Millar、英国)は、4時間39分01秒をマークして64位でフィニッシュし、合計タイム4時間48分24秒で総合13位をキープした。(c)AFP
ツールの第一ステージはロンドンからカンタベリーまでの203Km。平坦ステージとしては異例といえるスタート前からのロングラン放送で、昨日もまたロンドンからグリニッジまでの、空撮を存分に堪能させてもらうことができました。その間プロトンはロンドン市街からタワーブリッジまでをパレード。
タワーブリッジ上でのセレモニーでスタートテープを切ってからも、グリニッジ大学前までは審判車が先導するパレードでしたが、選手たちが審判者の横に並びアタックの意欲を見せていましたが、結局、プロトンから抜け出せたのはD・ミラー(サウニエルドゥバル)ただひとり。マイヨジョーヌを抱えるCSCが先頭でプロトンを引きますが、地元イギリスのミラーということもあり、逃げを容認。遅れてF・ビショ(フランス、アグリチュベル)、S・オジェ(フランス、コフィディス)、A・クチンスキー(ベラルーシ、リクイガス)、A・グリブコ(ウクライナ、ミルラム)の4人がメイン集団から飛び出したが、CSCはこの逃げも容認し、5分前後の差を維持して終盤へと向かいました。
単騎逃げで最初のスプリントポイントを征したミラーが、4人が合流した第2スプリントも征し、ヒンカピーを抜いて総合3位に浮上します。第2スプリントまでは強調体制ができていた先頭の5人も、第1の4級山岳で牽制が始まり、最初は山岳賞などに全く興味を示していなかったミラーが他の4人の牽制を見越してスパート。結局、第1山岳をトップで通過してしまいます。チームリーダーとして総合成績を狙う予定だったホセアンヘル・ゴメスマルチャンテ(スペイン)は腸炎のため欠場したサウニエルドゥバルにとって、ミラーのプロローグ、しかも地元でのプロローグに期待をしていたはずですが、トップのカンチェラーラから33秒遅れの13位という結果に終わってしまいました。ミラーの逃げはあくまで総合の順位を上げることだったはずです。そのためには5人が協力してできるだけ、プロトンとのタイム差を開くこと。できれば逃げ切りたいと考えてのことでした。それが中盤の山岳でいきなり牽制がかかってしまった。山岳を取りたくてスパートしたわけではないと思います。ミラーとしてはペースを落としたくなかったというところでしょう。ところが、この山岳をミラーが取ってしまったことで集団のコンセンサスが一気に崩れてしまいます。
レースも半分を過ぎると徐々にメイン集団のスピードが上がり始め、逃げ集団とのタイム差は縮まっていきます。ゴールまで残り93kmで6分だったタイム差は、第2山岳のアタック合戦でグリブコが遅れ、それを待った逃げ集団は残り70kmで4分と急激に差が縮まりはじめます。残り60kmで3分、そして残り47kmで2分にまで縮まると逃げ集団からビショがアタック。これにクチンスキーとオジェが続き、ミラーとグリブコは集団に吸収される道を選びます。
ミラーが集団に戻ると同時にサウニエルドゥバルが突然先頭を引き始めます。J-Sportsの解説者も2006年のブエルタでステージ優勝を飾ったスプリンター・ベントソのための引きではないかと言っていましたが、それにしては早過ぎます。第3山岳の手前でクチンスキーがあきらめますが、山岳賞狙いのビショは何とか踏ん張って第3山岳をトップで通過。ビショの脳裏にはマイヨアポアルージュがあったはずです。ところがプロトンの先頭は先に吸収されたはずのミラーで、そのまま第3山岳を2位通過。これで二人のポイントは同じ5でならんでしまい、当然、総合順位上位のミラーがマイヨアポアルージュに袖を通すことになります。今日から2日間は完全な平坦区間ですから、ミラーは最低でも3日間はこのマイヨを着ることができるのです。ビショにとっては悔やんでも悔やみきれない1日になったことでしょう。
ビショ本人はベテランらしい駆け引きをしたつもりだったのでしょうが、策士策に溺れるという結果になってしまいました。きちんとローテーションを守って先頭交代を続けていれば、第1山岳でミラーがトップで通過することはなかったはずで、そこで1ポイントでも取っていれば、結果は全く違うものになったはずです。第3山岳での脚を見る限り、先頭集団でビショが一番引いていなかったという現地のデータもうなづけます。こうしたビショの姿を見ていたミラーは急遽作戦を変更したとしても不思議ではありません。山岳賞を取ろうというのではなく、ビショにだけは取らせたくなかったというのがミラーの本音ではなかったかと推測できます。逃げを諦めたミラーがしきりに無線で何かを話していたこともそれを裏づけていたのではないでしょうか?
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登録日:2007年 07月 12日 08:36:30
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