ツール第14ステージ(2)-!!若きコンタドールがプラトー・ド・ベイユを制覇!!

コンタドール 第14ステージを制し総合2位につける

【7月23日 AFP】2007ツール・ド・フランス(2007 Tour de France)、第14ステージ(マザメからプラトードベイユ、197キロメートル)。
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(c)AFP

AFPBB News


 先頭4人は長い下りでも逃げ続け、この日最後のプラトー・ド・ベイユの登り口ではまだメイン集団から2分30秒のアドバンテージを保っていた。一方メイン集団は下りでリスクを回避しようとしてペースを落としてしまった。結果的に登りで遅れていたヒンカピーやポポヴィッチまでが追いついてしまう。ポポヴィッチとライプハイマーのディスカバリー勢にとっては願ってもない展開になった。選手数を増やしたメイン集団はラボバンク先頭で最後の登りに突入する。逃げ集団では登りが始まるとコロムがアタックを成功させて逃げ始めた。必死で追うラボバンクが、プラトー・ド・ベイユの登り口で一機にペースを挙げる。これにはイバン・マヨ(スペイン、サウニエルドゥバル)とアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、ケスデパーニュ)も付いて行けずに早くも脱落してしまう。パイエールでのサウニエルドゥバルの強烈な引きが裏目に出てしまったようだ。本格的な闘いを前に、2人の有力なスペイン人がリング上から姿を消して行った。
 次第にメイン集団はマイヨジョーヌを中心に人数が絞られていき、ラスト8kmからはエース同士がぶつかり合うバトルが繰り広げらることになる。リーヴァイ・ライプハイマー(アメリカ、ディスカバリーチャンネル)のアタックを皮切りに、ラスムッセンやコンタドール、ソレールが断続的にアタックを仕掛けた。これについていけたのはカルロス・サストレ(スペイン、CSC)やカデル・エヴァンス(オーストラリア、プレディクトールロット)のみ。ここにアスタナ勢の姿は無かった。アスタナはアンドレアス・クレーデン(ドイツ)に続いてアンドレイ・カシェチキン(カザフスタン)もメイン集団から脱落。アスタナは総合上位陣が軒並み遅れ、残るは逃げ切る可能性のある先頭コロムに託された。
 メイン集団からはラスト6kmでコンタドールが単独アタックを決めて逃げ始めた。静観するラスムッセン。コンタドールとの差が少し開いた時点でラスムッセンがアタック。このアタックにエヴァンスとライプハイマーは付いて行けない。総合2位のエヴァンスがここで脱落。コンタドールとラスムッセンは先頭交代しながらペースを落とさず駆け上がり、先頭を逃げるコロムをラスト3kmで吸収、パスして行く。先頭に立ったコンタドールとラスムッセンは話し合いながら登ったが、話し合いは決裂しラスト2kmでラスムッセンがアタック。2人共にプラトー・ド・ベイユにかける想いはそれだけ強かったということらしい。これにコンタドールは遅れず付いていき、2人でゴールに向かう。最後はスプリント勝負に持ち込まれ、コンタドールがプラトー・ド・ベイユのゴールに先頭で飛び込んだ。ライプハイマーやサストレがタイム差を1分以内に抑えたのに対して、クレーデンとエヴァンスは2分近く遅れてゴール。バルベルデは3分45秒遅れ、マヨは9分31秒遅れ、そしてヴィノはなんと28分50秒も遅れてゴールし、完全にマイヨジョーヌ戦線から離脱した。
 24歳のコンタドールにとってこれはツール・ド・フランスのステージ初優勝。マイヨブランの枠に収まらず、総合2位にまで順位を上げた。超級山岳でラスムッセンと対等に闘えたのはコンタドールだけだ。いよいよシャンゼリゼでの表彰台が現実味を帯びてきた。若干24歳のマイヨブランがツール初優勝を飾った舞台は、嘗てマルコ・パンターニとランス・アームストロングしか勝利のないプラトー・ド・ベイユなのだ。過去3度の優勝者は全てパリでマイヨジョーヌを着ていた。

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登録日:2007年 07月 23日 13:30:15

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