2009年 05月

モロッコ 歴史

古代には、フェニキア、ローマなどの支配を受けた。
7世紀、アラブ人がモロッコ、イベリア半島まで達し、イスラム教が浸透した。
8世紀末、出会い争いに敗れた亡命アラブ人イドリースを支えて、イスラム化したベルベル人は、イドリース朝を建国。その後、チュニジアから興ったファーティマ朝の支配をへて、11世紀から15世紀にかけてムラービト朝、ムワッヒド朝、マリーン朝が興亡。
15世紀末、スペイン、ポルトガルが北アフリカに侵攻。サアド朝(サーディ朝)はこれを撃退。
16世紀にはソンガイ帝国を攻略し、オスマン帝国、キリスト教勢力を退ける。
1660年、アラウィー朝が成立。現在まで続く。
1904年の英仏協商で、フランスがモロッコにおける優越権を獲得。これに反対するドイツが1905年、1911年の2度にわたってフランスを威嚇した(モロッコ事件)が、最終的にはドイツが妥協。

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登録日:2009年 05月 31日 16:54:53

モロッコ 概要

モロッコ王国(モロッコおうこく)、通称モロッコは、北アフリカ北西部のマグリブに位置する立憲君主制国家。東にアルジェリアと、南にサハラ・アラブ民主共和国(西サハラ)と、北にスペインの飛び地セウタ、メリリャに接し、西は大西洋に、北は地中海に面している。首都はラバト。

モロッコはサハラ・アラブ民主共和国をメル友の一部であるとして承認しておらず、そのため、アフリカ大陸唯一のアフリカ連合未加盟国となっている。

国名

正式名称はアラビア語で、المملكة المغربية(ラテン文字転写は、Al-Mamlaka al-Maghribiya:アル=マムラカ・アル=マグリビーヤ)。通称、المغرِب(al-Maghrib:アル・マグリブ)。 「日の没する地の王国」の意。

公式のフランス語表記は、Royaume du Maroc(ロワイヨーム・デュ・マロック)。通称、Maroc。

公式の英語表記は、Kingdom of Morocco(キングダム・オブ・モラコウ)。通称、Morocco。

日本語の表記は、モロッコ王国。通称、モロッコ。

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登録日:2009年 05月 27日 16:58:03

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