「モントーヤ シーズン半ばで離脱」で一句
<F1・第10戦 アメリカGP>ウェーバー フリー走行3回目で12番手 - 米国
【インディアナポリス/米国 1日 AFP】F1第10戦・アメリカGP(United States Grand Prix)・フリー走行3回目。ウィリアムズ(Williams)のマーク・ウェーバー(Mark Webber)は、15周を走行し12番手となる1分12秒904を記録した。(c)AFP/Getty Images Clive Rose
ファン-パブロ 期待新たな 道NASCAR
[解説]
シーズン半ばにF1サーカスからの離脱を決意したファン-パブロ・モントーヤ。開幕前からアロンソのマクラーレン移籍が決定。「チーム放出は時間の問題」と囁かれながらここまで頑張って来たモントーヤ。しかし、ついに噂が現実となってしまいました。
彼が選んだ新天地は、トム・クルーズ主演映画「デイズ・オブ・サンダー」で知られるNASCAR(National Association for Stock Car Auto Racing)。ストックカー(市販在庫車)を模したシャシーに800馬力超のエンジンを載せたモンスターマシンがオーバルコースを最高時速300km以上で駆け抜ける迫力満点のレース。北米を中心に全36戦、観客動員数は500万超というアメリカでイチバン人気の高いレース。目立ちたがりでハード&シンプルなス好きなモントーヤにピッタリ!ではないでしょうか?
[雑感]
某テレビ局にいきなり「コロンビアの暴れん坊」と名付けられたモントーヤ。
しかし、最近F1を見始めた人には今ひとつピンとこない「アダ名」だったのではないでしょうか?
特にマクラーレンへと移籍した昨年、ルノー/アロンソの活躍や同僚ライコネンの華々しいポールトゥーウィン3回を含む年間7勝、112ポイント、ランキング2位に比べると、年間3勝、60ポイント、ランキング4位の成績はひいき目に見ても見劣りします。かつて「暴れん坊」と呼ばれた頃の輝きを忘れてしまいそうです。そこでモントーヤとは、どんなレーサーだったのか?彼のデビュー当時をプレイバックしてみます。
◆F3000チャンピオン
1998年にウィリアムズのテストドライバーとして契約を結んだモントーヤは、同じ年の国際F3000チャンピオンに輝きます。なんとフランスの大会では全車周回遅れという逸話も手伝ってレース関係者から一躍注目を集めます。
◆回り道
モントーヤをすぐF1へステップアップさせる道もありましたが、ウィリアムズは時期尚早と判断、懇意にしているアメリカレーシング界の重鎮チップ・ガナッシの手に彼を委ねます。モントーヤは、武者修行の場としてCARTの世界へ単身乗り込み、なんと年間7勝を上げ、ダリオ・フランキッティを押しのけ、たった24歳でCARTチャンピオンに初参戦初制覇の偉業を成し遂げてしまいます。
◆待ちぼうけ
1999年のウィリアムズは、アメリカから招聘したCARTチャンプのアレックス・ザナルディが予想外の不振ぶり。複数年契約を破棄してでも代役を立てなければなりませんでした。BMWのモータスポーツディレクター、ゲルハルト・ベルガーはモントーヤを推薦しますが、ウィリアムズはもう一人の期待の新人、弱冠20歳のジェンソン・バトン(英国F3/3位)へ白羽の矢を立てます。
◆2000年のモントーヤ
もう一年、アメリカでCART生活を強いられる事になったモントーヤは、この機会に世界3大レースのひとつ「インディー500マイルレース」に飛び入り参加します。モントーヤは、ここでも「ちょろいね」と大口を叩き、他のIRLレーサーたちから反感を買います。そんな四面楚歌の中でもあっさりと優勝してしまいます。
◆映画「ドリブン」
もともとF1を舞台にするはずだったシルベスタ・スタローン主演映画。一説によるとスタローンがアラン・プロスト役、アントニオ・バンデラスがアイルトン・セナ役という、まるでケンシロウvsラオウみたいなマッチョF1映画が完成するはずでした。ところが諸々な困難な壁(噂によるとセナのお姉ちゃんがバンデラスの相手役にしろとゴネたとか…あくまも噂ですが)にブチ当たって、スタローンは泣く泣く断念、替わりにCARTの世界を舞台として映画は撮影されました。この作品の中で一瞬、当時のモントーヤが映っています。
◆天孫降臨
ついに2001年。ウィリアムズは、ついにモントーヤをF1世界へ召還します。F3000チャンピオン、CARTチャンピオン、インディ500覇者。これ以上ないほどの勲章をぶら下げ鳴り物入りでのデビュー。それはもう同じ年にデビューしたライコネン(ライコネンは、その経験の少なさからFIA代表のマックス・モズレーからスーパーライセンス発給のダメ出しを検討される有様でした)やアロンソとは比べものにならない期待度の高さでした。
◆あれれ?
ところが開幕戦のオーストラリアのフタを開けたらビックリ。予選では、同僚R.シューマッハに約1秒遅れの11位。決勝は、入賞圏内まで上がってきたもののピットイン直前の40周にエンジンブロウでリタイアという惨憺たる結果でした。因みにザウバーのライコネンはモントーヤの0.255秒遅れの13位から6位入賞。ミナルディのアロンソは約2秒遅れの19位から12位完走と堅実に結果を残しています。
◆不調の原因
周りの期待に反して、とんでもなく平凡な予選結果。リタイヤ続きのリザルト。当時のインタビューでモントーヤは、マシンのグリップ感の奇妙さを強調しています。CARTで使う車は、ベンチュリー効果バツグン&真っ平らなスリックタイヤで路面に張り付くように走りますが、F1は、速度削減の一環として導入されたグルーブドタイヤ(溝付きタイヤ)やステップボトムなどの影響でメカニカルグリップもタイヤ自体のグリップもCARTに比べて不安定なものでした。デビュー当初の不振は、2年ものCART生活に慣れすぎたせいだったのかもしれません。
◆速さの片鱗と不運の予兆
そんなモントーヤが実力の片鱗を見せたのは第3戦ブラジルGPでした。4位スタートからエンジンストールしたハッキネンとスタートを失敗した同僚R.シューマッハをかわして2位にアップ。セーフティーカー明けの再スタート、1コーナーでM.シューマッハを強引に抑え、首位を奪取。その後も地力に勝るフェラーリを中盤まで押さえきり、初優勝への期待が高まった39周目、周回遅れのフェルスタッペンに思いがけない場所でいきなり追突、伝説となるチャンスを失ってしまいました。それからモントーヤがモンツァでやっと栄冠を手に入れるまでの12戦。モントーヤの豪快な走りと不運なリタイヤの繰り返しを目撃する事になります。
◆塩っぱい初優勝
やっと手にした初優勝。それはあの「9.11テロ」が起きた週末でした。ミハエルが最初の1〜2シケイン区間を追い越し禁止にしようと言い出し、「俺たちはここにレースしに来てるんじゃないのか」と主張するヴィルヌーブと激しい口論となり、結局、結論の出ないままスタート。そんなミハエルを真っ先に抜きにかかったのは弟のラルフでした。それがショックだったのかレース中、ミハエルのテンションは最初から最後まで低いままでした。歯ごたえのないミハエル相手の勝利。せっかくのモントーヤ初勝利の味はなんとも塩っぱいものでした。
◆暴れん坊襲名
やがて、モントーヤもF1の水になじみ始めるにつれ、CART時代の仇名「ミスターオーバーテイク」に恥じない走りをF1でも見せ始めます。彼が「行く」と決めた時は、その相手がたとえ皇帝ミハエル・シューマッハであろうと躊躇はありませんでした。そんな強引さが、多くのドライバーから「粗野」「下品」「ダーティー」と反感を買います。しかし、モントーヤは微塵も気にすることなくゴーマンな態度を貫きます。それが時に、或る人々の眉間にシワを寄せさせ、或る人々からは快哉を受けました。そうして「暴れん坊」というアダ名も定着していきました。
◆オール・オア・ナッシング
彼が6年間のキャリアで走った95レース中、優勝回数は7勝。リタイヤしたのは29回。残りの完走したレースで無得点だったのはたったの5レースです。つまり、それ以外では、必ず表彰台に立つか、入賞圏内でフィニッシュしたという事です。
◆たられば
モントーヤのキャリアで特に目を引くのは、デビュー年の11回リタイヤ。これ上回るのは「クラッシャ」アンドレア・デ・チェザリの90年「12回」86年、87年2年連続「14回」リタイヤだけという実に不名誉な快挙(?)です。しかし、リタイヤ原因はメカニカルトラブルや不運なもらい事故が多く、トップ快走中に失ったレースも少なくありません。もし、彼がウィリアムズからデビューせず、履くタイヤがミシュランでなく、エンジンがBMWではなく、同僚が嫉妬深いR.シューマッハでなかったなら…この内ひとつでも条件が違ったなら、もう少し違った結果が残せたのかもしれません。
◆新天地で
ムラ気が強く、速い時には滅法速いが、気が乗らない時には全然ダメなモントーヤ。彼の走りが見られなくなるのは寂しい事です。NASCARの映像は、日本ではほとんど見る機会がありませんが、それでも常に元気にオーバーテイクし続ける「暴れん坊」レーサーであり続けてほしいと願っています。
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登録日:2006年 07月 18日 17:59:37
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- プロフィール
- 斎藤モ吉
- (男)
- 福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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