2006年 07月 05日
ジャック、カナダじゃいつもカラ回りで一句
<F1・第9戦 カナダGP>M.シューマッハ 見事な追い上げをみせ2位入賞 - カナダ
【モントリオール/カナダ 25日 AFP】F1第9戦・カナダGP(Canada Grand Prix)・決勝。5番手からスタートしたフェラーリ(Ferrari)のミハエル・シューマッハ(Michael Schumacher)は見事な追い上げを見せ、1時間34分39秒419のタイムをマークし2位入賞を果たした。(c)AFP/Getty Images Clive Rose
ヴィルヌーブ 越えられぬ背中 見えない壁
[解説]
たったデビュー2年目にワールド・チャンピオン獲得。そんな過去の栄光もすっかり色褪せた感のあるジャック・ヴィルヌーブ。そんな彼が生涯の伴侶を得て、久々にいい感じの走りを見せたカナダGP。しかし、彼の父・偉大なるジル・ヴィルヌーブの名を冠したサーキットで、何故か結果が出せていません。今回も残念無念。タイヤかすのせいで壁に接触、リタイヤしてしまいました。
[雑感]
◆GPDA「キッパリ」脱退の理由
「曲がった事は大嫌い」正義漢ジャック・ヴィルヌーブの面目躍如。ジャックを筆頭に数名のドライバーから求められていたモナコGP「ラスカス事件」での真相についてM.シューマッハ自身の口による説明、および彼のGPDA(グランプリ・ドライバーズ・アソシエーション)理事辞任要求がイギリスGPのドライバーズミーティングで“門前払い”され、M.シューマッハの理事続投が決定されました。この一連の流れを受けて、ジャックはGPDAを脱退しました。
◆GPDA「イヤイヤ」入会の理由
そもそもジャックがGPDAに入会したのは、デビュー5年後の2000年。しかも“HANS”導入問題に抗議するため仕方なくという後ろ向きな理由。ですから、今回の脱会にためらいはなく逆に、日頃から良く思っていないM.シューマッハに対する面当てという面では「喜んで」脱会したのではないでしょうか。
◆モノ言う古株ドライバー
今回に限らず、ジャックは今まで何度となく、歯に衣着せぬ言葉でFIAの決定やドライバー仲間たちの行動を厳しく糾弾してきました。そんなジャックに対して「青臭い」「一匹狼きどり」と揶揄する向きもあります。また一方で、洗練され過ぎた現代グランプリに彼のような規格外キャラが必要だとする意見も少なくありません。個人的には、今回のジャックらしい、後先考えない行動の復活が、彼のスランプ脱出の兆しである事を希望しています。
◆偉大なる父の呪縛?
それだけに今回のリタイヤは、ガッカリです。ラスト10周。マシンにも勢いがあり、そのまま走っていれば8位入賞は確実でした。ジャックがカナダGPで入賞圏フィニッシュできたのは、デビューした1996年のみ。それ以降は、運に見放されたかのようにリタイヤ続きです。運良く完走できた去年も予選グリッドを下回る9位。父ヴィルヌーブが我が子を鍛えるためにわざと不運を呼び寄せているのでは?と思わずにはいられません。デビュー翌年から続くジャックのカナダGPでの不運の歴史を振り返ってみました。
◆1997年 ウィリアムズ・ルノー FW19
決勝までは大フィーバー!結果は同僚ヒルに届かず仕舞いの2位。そんな肩すかしだったデビューイヤーから1年。今年こそワールドチャンプ最有力候補!ポールトゥーウィン3回を引っさげ凱旋したジャックに地元観衆は、ごく当然のように期待に胸膨らませます。予選2位から名誉挽回に燃えるジャック!しかし、たった2周目の最終シケイン。ブレーキングをミスって壁にヒット、あまりにも無様なリタイヤで前年以上の深い失望をカナダ国民に与えてしまいます。
◆1998年 ウィリアムズ・メカクローム FW20
常勝エンジン・ルノーV10を失った赤いウィリアムズを駆るジャック。それでもなんとか表彰台を期待できそうな3列目6位からのスタート。1周目の多重クラッシュ赤旗、再スタート直後の多重クラッシュでまたもセーフティーカー導入という荒れた展開。その後も芝生をまき散らす車あり、壁にめり込む車ありなどで2度もセーフティーカーが入り、気がつけばジャックはフィジケラに次ぐ2位を走っていました。
そして、セーフティーカーが消えた23周目。満を持したジャックは、まるでインディーカーのようにフィジケラのテールに張り付き、ホームストレートを猛然と加速、1コーナー手前でアウトから仕掛けます。
しかし、それは誰の目にも明らかなオーバースピード。激しいタイヤスモークと砂利を蹴立てて、グラベルとコースを横切ったFW20はコース反対側のタイヤバリアをかすめます。幸い大きなダメージもなくコースに復帰したと思った瞬間、後続車がリアウィングに接触。リアウィングを根本から失ったジャックは、ピットに戻り、ハンドルをはずします。当然リタイヤと思われた、その7分半後、ジャックは突然コースに復帰します。6位争いを演じる中野信治やヤン・マグヌッセンをオーバーテイクするも6周遅れの10位完走。その姿はあまりにも痛々し過ぎるものでした。同ように他車との接触から周回遅れとなりつつモンテカルロを完走し、10位フィニッシュで賞賛を受けたM.シューマッハと比べるまでもなく…。
◆1999年 BAR・スーパーテック BAR01
新チームBARに移籍したジャック。全戦リタイヤという目も当てられない有様でカナダGPを迎えます。予選は16位からスタート。前年を再現するかのようにスタート直後1コーナーで多重クラッシュ発生。ここで導入されたセーフティーカーがファンファーレであったかのように「最終シケイン・クラッシュショー」の幕開けとなります。3周目にリカルド・ゾンタ。15周目にはデイモン・ヒル。31周目にM.シューマッハが壁の餌食となります。そして、運命の35周目。壁に突き刺さるような角度でBAR01がクラッシュ。ついにジャックまでショーの餌食となり、足を痛めながらのリタイヤで幕を引きました。
◆2000年 BAR・ホンダ BAR002
念願のホンダエンジンを手に入れ、前戦モナコでは入賞まであと一歩だったジャック。その好調さを証明するかのように、カナダでも予選6位。絶好のスタートダッシュを決めて3位にポジションアップ。ここから延々24周、ヴィルヌーブを先頭にバリチェロ、ハッキネン、デ・ラ・ロサの4台が列車のように周回を重ねます。2位クルサードへのペナルティーでジャックの順位は2位に繰り上がり。しかし、その頃には前を行くM.シューマッハは遙か彼方、後からは焦れた速いフェラーリとマクラーレンがコーナ毎に襲ってきます。いかにジャックの腕をもってしても限界がありました。
そして、ついに25周目にヘアピンでバリチェロ、34周目に1コーナーでハッキネンにパスされてしまいます。しかも、本格的に降り出した雨には絶好のタイミングだったはずのピットインであろう事かドライタイヤを装着。1周して再度、レインタイヤに履き替える間にポジションは10位にまで転落。
激しい雨の中、残り4周となり集団最後尾に落ちたジャックは、ヘアピン手前、前を行くクルサードのインを刺そうとレイトブレーキングで仕掛けます。が、止まりきれずクルサードの前を行くR.シューッハを道連れにコースオフ。そのままリタイヤとなってしまいます。“幸い”にも規定周回数をクリアしていたため記録上は10位完走扱いとなりました。しかし、レース後の審議によりジャックの行為が危険と見なされ25秒のタイムが加算されました。が、彼の後ろに誰もいなかったため“幸い”にも順位は変わらずでした。
◆2001年 BAR・ホンダ BAR003
開幕戦オーストラリアGPで、ジャックはまたもR.シューマッハのタイヤに後ろから乗り上げ激しいクラッシュを経験します。しかし、事故のショック以上に彼の車の破片によってコースマーシャルが死亡したという現実にジャックは、深刻な精神的ダメージを受けます。
その後のレースで3位表彰台のスペイン、4位のモナコと成績上は回復したかのように思われました。しかし、カナダGPの予選中にモントーヤと接触、ドライバーズミーティングで彼との言い争いがつかみ合いのケンカにまで発展しました。後で事の顛末を聞いたフランク・ウィリアムズが思わず眉をしかめたと噂されるモントーヤの暴言が引き金と言われますが、それが開幕戦ショックからまだ立ち直れていないジャックの弱みを不用意に逆撫でしたであろう事は想像に難くありません。
決勝順位は9位。しかし、ラウンチ・コントロールがうまく作動せず、スタート失敗。18位までジションダウンしてしまいますが、徐々に順位を上げ予選順位まで挽回します。そんな35周目、ホームストレート上でいきなりスローダウン。ドライブシャフト破損でリタイヤとなります。
◆2002年 BAR・ホンダ BAR004
全チームで唯一ポイントが獲れないBAR。不振脱出のためホイールベース延長に加え、ギヤボックス、リアサスペンション、空力パーツに至るまで改良を施したシャシーを投入します。しかし、期待のホンダ新エンジンの投入が見送られ、オーストリアGPで使用したエンジンの使い回す事になります。それでも02年シリーズ初のシングルグリッドに滑り込み、悲願のポイントゲットが期待されました。ところがレース序盤の9周目、第3コーナーで無念のスローダウン&ストップ。リタイヤの原因は使い回されたエンジンによるトラブルでした。
◆2003年 BAR・ホンダ BAR005
14位スタートから一気に9位までポジションアップ。ところが14周目にはピットイン。原因はブレーキペダルのストロークがどんどん深くなるという症状でした。ジャックは、コクピット内でジッと修復を待ちましたが、結局直らずリタイヤとなりました。
◆2003年 最終戦日本GP欠場の理由
この頃のBARは、混乱がピークに達しかけていました。予選方式の激変、スポンサーのBATとアジア地域でのテレビ放映権をめぐる訴訟裁判問題、そして、ヴィルヌーブの移籍問題など。様々な問題が山積したBARの現場は混乱し、レース戦略においても度々大きな誤算やつまらないミスを続けました。ホンダエンジンの信頼性不足もまた不振の大きな一因でした。けれども、それら全てを棚に上げられた状態でジャックの高額な契約金とそれに見合わないリザルトが秤にかけられ、BARは、来季の戦力からジャックの名前をはずす事を決定します。自分の代わりに新人の日本人ドライバーが選ばれた事を知ったジャックは、日本GPへの出走を土壇場でキャンセルします。それはギリギリまで熟考した結果とも、ホンダへの嫌がらせとも、ジャックの気まぐれとも噂されました。ただ確かに言える事は、彼が2004年もホンダで戦う事を望んでいたという事です。
◆2004年以降のジャック
ほぼ一年間、グランプリ最前線から離れていたジャックは、いきなりルノーからオファーを受け2004年の中国、日本、ブラジルのラスト3戦に出場します。
これには
○2004年フランスGPで大失態を演じたルノー/トゥルーリの年内放出
○ザウバー/フィジケラの2005年ルノー移籍決定
○2005年ザウバーとの契約が内定していたジャック
○2004年中にフィジケラをルノーへレンタルする事をザウバーが拒否
○フラビオ・ブリアトーレとジャックとの口約束
これら諸要素の連鎖反応で電撃的に実現した復活劇でした。この時、交わされたザウバーとの2年契約によってジャックは、今年もサーキットを走っているのです。
◆確実な不安要素
ただし、ジャックとザウバーとの契約に関しては、当時メインスポンサーであったレッドブルに相談なく進められるなど当初から問題が多くありました。レッドブルと袂を分かった現チーム内にも、なぜ契約金の高いジャックより若くて有望な新人ドライバーを乗せないのか?という意見が主流を占めています。このまま行くとジャックのF1キャリアも今年限りかもしれません。
◆わずかな安心材料
ただ、ジャックには意外なファンがいます。誰あろうF1界の最高権力者バーニー・エクレストンです。彼はグランプリにスペクタクルをもたらす貴重な人材としてジャックを認めています。それも視聴率が望めるジャックの人気目当てという意地の悪い見方もあります。しかし、バーニーがかつてロータスの反逆児ヨッヘン・リントのマネージャーを務め、不良っぽいイメージとレギュレーションの裏をかく戦略でグランプリをかき回したブラバムチームを運営し、永遠の不良息子ネルソン・ピケを育てた過去を考えると、ジャックがお気に入りというのは、意外と本音に近いのかもしれません。
◆もっと頑張れジャック
何はともあれ、もうすでに折り返し点を過ぎた2006年グランプリカレンダー。ジャックの現在の獲得ポイントは7。ライコネンやフィジケラはムリだとしても、バトンとバリチェロのBARコンビあたりと張り合う姿をもっとアピールしない限り、来季シート獲得の可能性は限りなくゼロに近づくでしょう。まだまだ彼には、サーキットの内外ところ構わずもっと頑張ってほしいものです。
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登録日:2006年 07月 05日 02:10:35
- プロフィール
- 斎藤モ吉
- (男)
- 福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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