2006年 09月 10日

「ミハエル、ついに引退?」で一句

<F1・第15戦 イタリアGP>フリー走行2回目、M・シューマッハ 2番手タイムをマークする - イタリア

【モンツァ/イタリア 8日 AFP】F1・第15戦・イタリアGP(Italian Grand Prix)、フリー走行2回目。フェラーリ(Ferrari)のミハエル・シューマッハ(Michael Schumacher)は11周を走行し、2番手となるタイム1分23秒138をマークした。(c)AFP/GIUSEPPE CACACE

AFPBB News


フィナーレに モンツァ染まるは 紅き陽か

[解説]
いよいよ、発表されるミハエルの去就。
明日の決勝。チェッカーが振られた瞬間、ミハエルの最後のウィニングランを見送る泣きはらしたティフォシたちの真っ赤な顔のせいで、いつもよりモンツァのスタンドが紅く染まらぬ事を祈って…。

[雑感]
フェラーリ総本山のモンツァ・サーキットまで発表を引き延ばした事。フェラーリへのライコネン移籍決定。ロス・ブラウンの休養宣言などから「ほぼ間違いなし」とまで言われる「ミハエル引退」。ここに至って、アロンソやGPDAで敵対関係にあった連中からまでミハエルの留意を望む声が上がっています。はたしてミハエルが本当に、皆から惜しまれながら、美しい引き際を見せてしまうのでしょうか?
そんな彼の姿に1993年に引退したアラン・プロストの姿が重なります。

◆1993年のアラン・プロスト
アラン・プロストは、フェラーリ在籍2年目、デキの悪いマシンのせいで貶められたプライドといわれのない誹謗中傷から身を守るため、1年間の休養期間を置きます。そして、レーサーとしての実力がいまだ健在である事を世間に、何より自分自身に証明するためにチャンピオンチーム、ウィリアムズでF1復帰を果たします。

◆浦島太郎の戸惑い
ところがたった1年のブランクがとんでもない落とし穴を用意していました。F1の開発スピードの速さは、アランの予想をはるかに上回っていたのです。F1中継のコメンタリーボックスで見て分かっていたつもりのアクティブサスペンション、ABS、トラクションコントロールなどのハイテク装備のマシンをいざ自分の手で走らせるとなると、自分の長年培ってきた常識や経験がまるで役に立たない事を思い知らされたのです。

◆トラクションコントロール
特にレースの主導権を握るか否かを分ける最終兵器がトラクションコントロールでした。現代では、常識となった装備ですが、当時はまだ技術革新の黎明期。その最先端を行くのがウィリアムズが載せるルノーエンジンでした。しかし、アランはこのトラクションコントロールの扱いに手こずります。スタートで目一杯ふかしたところでクラッチをつなぐという稚拙な「新しい常識」がアランにはまったく理解できなかったのです。そのためにシーズン序盤、アランはことごとくスタートを失敗してしまいます。

◆潮時を知ったアラン
当時のインタビューにアランはこう答えています。「僕は運転するのが好きで、さらにマシンに改良を加えるのに生き甲斐を感じる方。(中略)僕のモチベーションはクルマが好きな事なんだ。だからクルマを嫌いになったらカンタンに引退できるんだ」と。
しかし、自分の手に余りがちな最速マシンを若き同僚デイモン・ヒルは適当に操り、自分と肩を並べるようなタイムを上げていました。アランは、すでに自分たちの時代が終わりに近づいている事を感じとったのです。

◆アランが認めたミハエル
そんなアラン・プロストが当時のF1ドライバーの中で実力と将来を認めた若手レーサー。それがミハエル・シューマッハでした。当時のミハエルはデビュー3年目。まだまだ荒削りで接触リタイヤもよく起こしていました。それでも初優勝を遂げ、貫禄をつけ始めた走りには誰もが注目していました。けれど、アランが注目していたのはもっと別の点でした。
周囲の騒音にまったく動じない事。純粋にドライビングを楽しんでいる事。2位や3位でもうれしそうにしている事。自分の成功をチームと共に喜び合う姿勢が見ていて気持ちがいいと褒めています。在る意味、アイルトン・セナへの当てつけと言えなくもないのですが…。

◆ミハエルのアラン評
そのミハエルもまたアラン・プロストに対しては、敬意を払っていました。アランの隠し事をしないオープンでフレンドリーな態度が好きだと。また、コース上でのアランをいつも余力をたくさん残して走っている姿が「ミステリアス」だとも言っています。

◆ミハエルのセナ評
ところが一転、アイルトン・セナに関しては、「すでにセナを抜く事を難しいとは思わない」などと敵意むき出しな言葉が返ってきます。しかも自分のマシンに不具合があるのに後続に対して意地の悪いブロックを続けるセナの態度を「とてもワールドチャンピオンを獲得した人間のする行動とは思えない」「彼は自分がものすごく成功した人間だから、周りとは別のルールを持っていると勘違いしている」とまで批難しています。…現在の彼が批難されている言葉と寸分違わないところが実に面白いですね。

◆受け継いだもの
セナとプロスト。ミハエルが良きにつけ悪しきにつけ、レース人生の手本として見習ってきたのは、この2人のレーススタイルです。トップレーサーとして走るために必要な長所も短所も彼が受け継ぎました。セナとプロストが編み出した人心掌握術をより洗練させた、チームを自分のために集中させるノウハウ。コース上で常に敵よりも優位にレースを進めるための駆け引きは、セナの優れた部分を昇華させたもの。観衆の好感を得るためのポディウム上でのパフォーマンスは、セナの行動を反面教師としたもの。いかにドライバーたちのボス的立ち位置に居続けるかの優等生的ふるまいはプロストの行動をより先鋭化させたものではないかと思っています。ただ、時にコース上でやらかす独善的行動は、セナの悪い部分そのままを受け継いでいるようです。

◆16年間で築いたもの
ミハエルは1991年のデビューから常に上を目指し、昇り続けてきたレーサーでした。エンジンもチーム体制も貧弱だったベネトンを常勝チームへと変え、勝つ事を忘れた名ばかりの名門フェラーリにかつての栄光とプライドを取り戻させたミハエル。その功績は、それまでのコースを速く走ればいいだけだったレーサーの価値観を180度転換させるものでした。それは、チャンピオン獲得7回。優勝回数89回。ポールポジション獲得68回。ファーステストラップ獲得75回。などという記録以上に、彼にしか成し得ない偉業なのかもしれません。

◆残したもの、残していないもの
ミハエルが残した偉大な記録の数々は、恐らくこれから10年以上破るものは現れないはずです。しかし、彼にも、唯一先人を越えられていない部分があります。それは伝説に残る名レースの記憶を残せていない事です。

◆追想
1993年。スパ・フランコルシャン。オー・ルージュを駆け上がるダウンフォースで激しい火花を散らしながら、続くケメル・ストレートで次々と前のクルマをオーバーテイクしていく黄色いベネトン・フォードB193。あの頃のミハエルには、野獣のような激しい闘争本能が満ちあふれ、走りにも危険な陶酔感がありました。今、アロンソやライコネンの背中を追う紅いフェラーリを駆るミハエルには、何が見えているのでしょう。
あと24時間後に、結論が出ます。

カテゴリー[ F1・ミハエル・シューマッハ ], コメント[0], トラックバック[270]
登録日:2006年 09月 10日 02:58:25

カレンダー
< 2006年 09月 >





1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
プロフィール
斎藤モ吉
(男)
福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
最近のトラックバック
お気に入りリンク
検索