2006年 09月 21日
「ミハエルは『天使』じゃない」で引用文
<F1・第15戦 イタリアGP>M・シューマッハ 今季6勝目を飾りアロンソとの差を2ポイントまで詰める - イタリア
【モンツァ/イタリア 10日 AFP】F1・第15戦・イタリアGP(Italian Grand Prix)、決勝。2番グリッドからスタートしたフェラーリ(Ferrari)のミハエル・シューマッハ(Michael Schumacher)は、2位に8秒差以上つけての優勝、今季6勝目を飾りドライバーズポイント・ランキングでトップを走るルノー(Renault)のフェルナンド・アロンソ(Fernando Alonso)との差を2ポイントまで詰めた。(c)AFP/PATRICK HERTZOG
わたしは知る
わたしをあがなう者は生きておられる
後の日に彼は必ず地の上に立たれる
わたしの皮がこのように滅ぼされたのち
わたしは肉を離れて神を見るであろう
しかもわたしの味方として見るであろう
わたしの見る者はこれ以外のものではない
わたしの心はこれを望んでこがれる
(日本聖書協会『口語訳 旧約聖書』ヨブ記 第19章/25節ー27節より)
[解説]
「不幸になれば人は神さえも呪う」
悪魔サタンの言葉を聞いた神様によって、謂われのない試練を受けるヨブ。
子供を失い、家財を失い、病を患い、不幸のどん底に叩き落とされ、
友人たちから「お前の信仰心が足りないせい」と責められる日々。
それでも神へ信仰を捨てないヨブが決意表明する場面が上記の部分。
たとえ理不尽で報われる事がなくても試練に耐えるのは
「たとえこの身が滅びても、いつか必ず自分を認めてくれる存在がいるはず」という確信のみ。
かつてのセナも、そしてミハエルも同じように幾多の試練や
謂われのない(?)誹謗中傷に耐えなければならない場面で、
同じような言葉を心の中で呟いていたのかもしれません。
しかし、時に神に見えたり、悪魔に見えたりしても
セナやミハエルの事を信じ続けた彼らの熱烈なファンたちの方が
よほど、ヨブの気持ちに近いのでは?…と思います。
[雑感]
雌雄を決する3連戦前の小休止。中国GPまでまだ1週間以上。
そこで前回、引用したミハエルのドキュメント本「シューマッハ」(ザビーネ・ケーム編著/東本貢司訳/PHP研究所発行)の内容を一部紹介しながらつれづれ思った事などを。
◆ミハエルの証言(抜粋)
ーー自分がやったことに気づくのにかなりの時間がかかった。
たぶん、それを認めたくなかったんだね
ーー折りに触れてドライバーたちは王様気取りで強引に追い抜こうとしたが、
それは公式には禁じられていた。でも誰も気にしなかった。やってよかったんだ
ーーファンジオが当時のフォーミュラワンで達成したことは
別格なんだから、比較にならない。
きょう日は何もかもが違うんだ。安全面ひとつ取ってもね。
今の変化がどんなに速いか考えてみたことないんだろ?
ーーぼくはさらなる成功に飢えている。できるだけ多くいいレースをしたい。
ただただ、ドライビングからぼくが得られるよろこびのために
ーーぼくはベッドルームに偉大なドライバーのポスターを飾ったことがない。
アイドルを崇めるタイプの子供じゃなかったんだ
ーーいつも思ってたよ。次のステップが巡ってきたら
それでよし、いいぞ、チャンスをものにするんだ、って。
同時にぼくの姿勢はどこまでも現実的だった。
現実に起こりそうにないことを望んだりはしなかった
ーー何かに興味を覚えたら、ぼくはそれにわき目もふらず関心を寄せて、
他をすべて押しのけてでも全力を傾ける。(中略)
何かにとらわれていると、完全に自分を遮断してしまう
この本には他にも彼や関係者たちの様々な証言が収録されていますが、どれも脚色のない本音に近い言葉のように思えます。虚栄や自尊心などからヘンに自分を飾ろうとしない、できるだけ等身大の自分を知ってほしいというミハエル側の意図がよく分かる内容です。
◆2002年 鈴鹿でのエピソード
歴史的な圧勝でシーズンを終えたフェラーリ陣営。夜どおし行われるパーティーへ向けて、最後の梱包作業に追われていたスタッフの一人がフォークリフトに足を踏まれて怪我をします。そこへたまたま顔を出したミハエルは、オロオロするスタッフたちへ素早くテキパキ指示を与えて、その場で考え得る最良の準備を整えて救急車へ怪我人を任せるまでのエピソードが紹介されています。
ミハエルがフェラーリをいかに成功へ導いたかの方法を知る「手がかり」として、また彼がいかにスタッフを大事に思い、親身に接したかを知る好例としても読めます。
◆ミハエルの「普通」
レーサーとして常に完璧さを求める事は、ミハエルにとってごく自然で当たり前な事。それを象徴する言葉をひとつ紹介しましょう。
「ラジエーターのダクトがテープで巻かれるとき、空気の泡がひとつあるのが目に止まったとしたら、ぼくは自分の親指でそれをならさなければいけない。それは、大衆が思い浮かべるところのマシンとの接触という意味とはまったく違って、ぼくに関する限り、これは単に技術的なポイントであり、ものごとに対する極めて普通の興味からきているだけさ」
かつてアイルトン・セナもよく現場でマシンに手が加えられるのをじっと見ていました。彼はそうする事でチームスタッフの、特にホンダのスタッフたちの心を掴んでいきました。ミハエルも同様にそうやってチームの意識をどんどんプロフェッショナルに相応しいものへ変革させました。「昔は、マシンは建築中といったところだったけど、最近はすべてがよりスムーズに機能している」というミハエルの言葉にも、成し遂げてきた事への自負心と満足感が垣間見えます。
◆ジャン・トッドのミハエル評
「彼はドライビングへの愛情に心を奪われている。レースをするために生き、コックピットの中の彼は自己を超越しているんだ。トラックは彼のドラッグであり、彼は決して満たされることはない。」
「Track」と「Drug」の語呂合わせを織り混ぜて、ミハエルをレース中毒者と語るトッド監督。それは批難ではなく、コース上で発揮されるミハエルの底知れない潜在能力や成功してもなお衰えない勝利への欲求などに対する手放しの讃辞です。
◆「シューマッハ」の読み応え
あえてここで紹介はしませんが、妻コリーナから見た夫であり、偉大なレーサーであるミハエルの実像を伝える章が一番好きです。いかに彼が家庭人として家族を大切に思っているかが分かる普段の生活風景が実にさりげなく微笑ましく描かれています。アメリカの片田舎で休日を過ごしながら掲載用スナップを撮影した時の裏話など、妻を愛するただの男ミハエルの実像もリアルに伝わってきます。
訳者もあとがきで「アンチ・シューミー」から「熱烈なシューミーファン」に転向したと述べられていますが、お世辞抜きで、さもありなんと思える内容です。この「仕事ぶり」が評価されジャーナリズム賞を受けたのみならず、著者自身がミハエルのメディアコンサルタントを勤めるようになったというのも頷けます。
◆想像できない状況
F1レーサーという人種は、平凡な人間とはまったく別の次元を生きている…などとお決まりの言葉で何となく分かった気になっています。でも、その実情は私たちの想像など足元にもおよばない、スピードと情報量の中で、瞬時に「判断と決断と行動」を同時に求められる、世界一過酷な職場です。しかも命すら落としかねません。そんな正気さえ保つ事の難しいギリギリの環境でつねに「勝利」を求められ続けるミハエル。彼が晒されているプレッシャーの巨大さなんて、常人には一生経験できず、できたとしても到底耐えられないでしょう。
◆想像できる事態
それでもミハエルも人間ですから一瞬の判断ミスはありえます。
一連の「決して褒められない過去」も、意識的というより、限りなく無意識に近い部分で、反射的に「それ」がもっとも合理的で確実な「勝利の近道」だと心と身体が(理性や倫理観の判断より)速く反応してしまった「誤作動」のようなものと考えられないでしょうか。
招いてしまった結果への罪は負うべきです。しかし、それが誰の目から見ても意図的な「悪意ある行動」に見えたからと言って、それを招いたのは「悪意」だと単純に言い切れるでしょうか?
あらゆる角度から考えてリスクが大きすぎる行為、それはミハエルの理想とするレース哲学に最もそぐわない、排除すべき要素だと思うのですが…。
◆読後感
この「シューマッハ」を読むと、なんとなくミハエルをそんな風に理解してあげたくなりました。まさに出版サイドの思うツボ。でも、ファンだけでなく、なるべくアンチ・シューミー派にも、この本は読んでほしいなと思いました。
あと、今更ですが、抜粋部分は本文内容とまったく違う印象を与ているおそれがあります。興味を持たれた方は是非、本書をきちんと読まれる事をオススメします。
カテゴリー[ F1・ミハエル・シューマッハ ], コメント[0], トラックバック[171]
登録日:2006年 09月 21日 17:34:26
- プロフィール
- 斎藤モ吉
- (男)
- 福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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