2006年 10月 15日

「エンジンブロウでミハエル赤信号」で平家物語

<F1・第17戦 日本GP>アロンソ 鈴鹿初優勝で総合首位の座を奪い返す - 鈴鹿

【鈴鹿 8日 AFP】F1・第17戦・日本GP(Japanese Grand Prix)、決勝。
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(c)AFP/Yoshikazu TSUNO

AFPBB News


祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし
たけき者も遂には滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ

[解説]
引退まであと残り2つ。絶対に落とせない一戦をエンジンブロウで失ったミハエル。これによりミハエルの圧倒的優位が一転、最終戦ほぼ“ミッション・インポシブル”状態。逆にアロンソは、8位内でフィニッシュしさえすればチャンピオン…っていうか、もう勝ったも同然。
シナリオ通りには進まないのがレース。
白い煙を噴き上げながらコース脇に止まるマシンの姿を見る度に、レースの世界を支配する無常観を感じずにはいられません。
だから、最終戦でアロンソに同じ事が起こらない可能性もゼロではないのです…あっ。もうアロンソはモンツァでエンジンブロウしてたっけ…。

[雑感]
がっくし…orz。
きっとシューミーファンは、テレビの前で脱力感に打ちのめされた事でしょう。
何で?よりによって、ここで?
ミハエルの鈴鹿ラストランはあまりに苦い結末を用意していました。実は、ミハエルのF1初エンジントラブル・リタイヤも鈴鹿だった事をご存じでしょうか?そんなミハエルのエンジントラブルリタイヤ歴を振り返ってみました。

◆1991年 第15戦 鈴鹿サーキット
「中嶋、鈴鹿ラストラン」として記憶されるこのレース。タイヤ交換を終えピットアウトしていく中嶋。さあ追い上げだ!と思っていたら、次に映像に映し出されたのは、S字コーナーのタイヤバリアにまっすぐ突っ込んだティレル020の無惨な姿。うつむき気味に手を振りながら痛めた足でコースを横切る姿に涙したオールドファンは多い事でしょう。
このレースでミハエルは、9番グリッドから5位までポジションアップ。中嶋と同一周回にタイヤ交換を終え、前を行くミナルディのピエル-ルイジ・マルティニを追い抜こうとメインストレートを加速中にフォードV8エンジンがブロウ。S字コーナーの手前の草地にマシンを止めリタイアします。予選中、高速130Rで大クラッシュして痛めた首をプロテクターでかばいながらの力走も報われませんでした。
ちなみにこのレース、セナの後ろにつき過ぎたマンセルが1コーナーでコースアウト。グラベルスタックによるリタイア。その瞬間にアイルトン・セナが人生最後のチャンピオンシップを手にしたレースでした。

◆1993年 第11戦 ハンガロリンク
3番グリッドからスタート失敗で5位に落ちたミハエル。そんな焦りからか4周目には、何でもないコーナーでスピン、コースアウト。順位を10位まで落としてしまいます。しかし、そこから一人また一人と着実に攻略し、ついにトップを行くヒルの後ろ2位までポジションアップしたのですが、突然のエンジンブロウでスローダウン。エスケープロードに車を止めてリタイア。

◆1993年 第13戦 アウトドロモ・ナツィオナーレ・ディ・モンツァ
第1シケインでセナとヒルが接触、そのチャンスを見逃さず5位から3位にポジションアップしたミハエル。ティフォシたちの声援を受け粘るアレジを4周目には難なくパスし、ついにプロストを射程圏に捉えながら2位を快走します。ところが、22周目。画面はパラボリカ脇の草地に止まったミハエルのB193Bを映します。モンツァの森の魔物がミハエルに襲いかかり、グランデカーブの出口でエンジンブロウ。なすすべもなくミハエルはリタイアしていました。

◆1993年 最終戦 アデレード市街地サーキット
ここは市街地コースが得意なセナの独壇場。プロストもヒルもミハエルも誰もそのハイペースについていけません。このレースでセナは生涯最後の優勝を飾りますが、ミハエルは4位を走行中20周目にエンジブロウ。気がつけばコース上から消えていました。このレースでは、前戦鈴鹿からラルースチームで日本のベテランドライバー鈴木利夫さん(当時38歳)がスポット参戦しています。予選トップのセナとは7.5秒差の最後尾スタートでしたが、ねばり強い走りで19位完走(前戦鈴鹿も12位完走)という結果を残しています。

◆1994年 第9戦 ホッケンハイムリンク
セナ亡き後、向かうところ敵無し状態で迎えた母国GP。しかし、必勝を誓った意気込みも空しく…。
オープニングラップで一気に11台のマシンがリタイアする波乱の幕開け。ミハエルは序盤からフェラーリのベルガーをテールツーノーズ状態で責め立てます。ところがベネトンの同僚フェルスタッペンが給油中にノズルが外れ、吹き出したガソリンに引火。一瞬にしてピットエリア全体が火に包まれました。シーズン当初から懸念されていた給油中の火災事故がついに発生したのです。そのドタバタが終わったと思った頃にミハエルがコース上でエンジンブロウ。ゆるゆるとピットインして、そのままリタイアしてしまいます。
母国優勝目前でのリタイア。スローダウンしたコクピット内で無念さに頭を抱え、ハンドルに拳を叩きつけながら悔しがるミハエル。その姿には、今ではあまり見られない素直な感情のほとばしりを感じられました。

◆1996年 第9戦 マニクール・サーキット
移籍直後のフェラーリがまだダメダメだった事を証明したレース。なんとフォーメーションラップ中にエンジンブロウ。0周リタイア。これには、さすがのミハエルも「頭にきた」らしいのですが、それでも「誰かを責めても何の意味もない」と冷静に対処します。このミハエルの建設的ポジティブ思考が、フェラーリの悪しき因習「お家騒動」を排除し、後の常勝チームとなる足がかりを築きます。

◆1998年 開幕戦 アルバートパーク・サーキット
シーズン第1戦。それもたった5周でブロウしたフェラーリエンジン。予選ですでにマクラーレンのMP4/13に力の差を見せつけられ嫌な予感がしているところへ、さらに決勝でも信頼性に疑問符。結局、この年のチャンピオンはミカ・ハッキネンにさらわれてしまいます。

◆2000年 第9戦 マニクール・サーキット
得意のマニクールで意外な苦戦。ブリヂストンとのマッチングの悪さが走りに響き、マクラーレンの2台にいいように追い回されます。ミハエルの執拗なブロックに対してデビッド・クルサードには侮蔑の中指立て「ファッ○オフ・サイン」で抗議され、40周にはアデレードヘアピンで接触を受けながら強引にパス。ハッキネンには、59周目ヘアピンの飛び込みでふらついたところを素早くインを突かれパス。その直後にエンジンブロウでリタイア。踏んだり蹴ったりのレースでした。

◆たった9回のエンジントラブル
以上8戦と今年の鈴鹿を加えた9戦がエンジントラブルによるリタイアです。249戦中でたったの9回。ちなみにアイルトン・セナは、生涯161戦中11回のエンジントラブルに泣かされています。マシンの性質もエンジンの耐久性もレギュレーションも違う環境において一概に比べられませんが、少なくともミハエルの優位性を語る際に参考になる数字ではあると思います。
ついでにアロンソは出走85戦ですでに5回のエンジントラブルを経験しています。まあ、これは2003年のルノーエンジンの信頼性が低過ぎた(年間4回のトラブル)せいもあるのですが…。

泣いても笑ってもあと一戦。セナの故郷で正々堂々としたレースを見たいです。特にミハエルには「発つ鳥あとを濁さず」キャリアの最後をクリーンに締めくくってみせてほしいものです。

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登録日:2006年 10月 15日 06:23:27

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プロフィール
斎藤モ吉
(男)
福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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