2006年 11月 21日
「フェアウェル ミハエル サンキュー」で一句
<F1 フェラーリ・ワールド・ファイナルズ>M・シューマッハがエキシビジョン走行を行う - イタリア
【モンツァ/イタリア 29日 AFP】フェラーリ(Ferrari)がシーズン終了後に毎年行っている展示会、フェラーリ・ワールド・ファイナルズ(Ferrari World Finals)が最終日を迎え、22日に行われたF1最終第18戦のブラジルGP(Brazilian Grand Prix)で16年に渡る現役生活にピリオドを打ったミハエル・シューマッハ(Michael Schumacher)がエキシビジョン走行を行った。(c)AFP/VINCENZO PINTO
面白く なくもなき代に ダンケ・シューミー
[解説]
本国ドイツでは、やはりミハエル引退を総括する番組とかあったのでしょうか?
ダークなイメージ抜きでミハエルの歴史は語れないし、かと言って、それでご破算にできるほど彼の残した記録は半端じゃない。でも、一生懸命思いだそうとしてもパッと記憶に浮かぶような伝説的な勝ちレースもない。
偉大さと凶悪さ、非凡さと面白みの無さ、優しさと冷徹さを併せ持つ、評価に困るアンビバレンツレーサー・ミハエル。
でも、あれこれ振り返って見ると、そんなに悪くない、なかなか面白い時代だったのかも?と思えなくもない。(微妙だ…)とりあえず、ミハエルには長い間ご苦労様。何よりフェラーリを強いチームにしてくれた事に対して、心からダンケ(ありがとう)と言いたい気分です。
[雑感]
えーっと、間が開きすぎてもう忘れられてるかもですが…まだ前回からの続き「ミハエルとインテルラゴス」です。常勝フェラーリ時代なので、読んでもあんまり面白くないかもしれませんが、とりあえずアップしときます。
◆2000年 グランプリ席捲の予感
予選3位。でも、少燃料&ローダウンフォース設定で序盤にマージンを稼ぐ戦略のミハエルは、1ストップの重いタンクを抱えたハッキネンを2周目早々、ストレート加速で楽々とパス。その後はグングン差を開いて開幕2連勝。
ハッキネンのリタイアという好運がなくとも、十分に勝てる速さがミハエル&フェラーリにはありました。一方、2位フィニッシュしたクルサードは、レース後車検でリアウィング高が規定違反とされ失格。すでに開幕2戦目でマクラーレン&ハッキネンの不調の兆しが現れ、逆にフェラーリ&ミハエルの圧勝ムードが漂い始めます。
シーズン中盤、ハッキネンに首位を一時奪われたりするものの最終的にはミハエルがダブルタイトルを決め、念願だったフェラーリ・ドライバーとしてのタイトル獲得を在籍5年目にやっと実現します。
◆2001年 転んでもタダで起きない
前年から続く連続ポールポジション記録を7に伸ばしたミハエル。しかし、好スタートもグリッド上でエンスト&リタイアしたハッキネンのMP4/16撤去のためにセーフティーカー導入による仕切り直しでフイとなります。
そして、再スタート直後の1コーナー。ウィリアムズ「驚異の新人」モントーヤが「CART仕込み」の腕前を披露してミハエルのインにノーズをねじ込み、続くエス・ド・セナの出口でホイールを接触させながら強引にパスしていきました。誰彼かまわずガチンコ勝負を挑むファイター型レーサーの登場でした。
そのまま初完走ウィンと思われたモントーヤ。しかし、レース中盤にアロウズ/フェルスタッペンに追突され、不運な3戦連続リタイアで終わります。
前年と同じ2ストップを選んだミハエルと1ストップ選択のクルサードによるピット対決は今年はクルサードに有利かと思われました。しかし、突然のインテルラゴス名物スコールが事態を一変。
いち早いタイミングでタイヤ交換したミハエルが1周遅れでピットインしたマクラーレン/クルサードからトップを奪います。しかし、その直後ミハエルがエス・ド・セナの下り白線に右リアをとられてハーフスピン。一気にクルサードが真後ろにつけ3周後の50周目、1コーナーで周回遅れに前を塞がれる形となり首位を奪われ、そのままゴール。前年から続くミハエルの連勝記録がストップします。
パルクフェルメでマスクを外しながら険しい表情でクルサードのタイヤ状態やウィング角をしっかりチェックするミハエル。負けてもタダでは終わらない。些細なミスやバグをひとつひとつ潰していく。そんな努力の積み重ねが、第13戦ハンガリーで早くもタイトル決定という無敵振りを確立させました。
◆2002年 負ける気がしないシーズン
ミハエル専用にニューマシンF2002を投入。バリチェロ用F2001と合わせて4台のマシンにスペアモノコックシャシー1台まで用意する物量戦で必勝に備えるフェラーリ。しかし、PPはコンマ1秒の差でウィリアムズ/モントーヤに奪われます。
決勝スタート。ロウンチ・コントロール・システムの威力を発揮して1コーナーを制するミハエル。それを抜き返そうとするモントーヤはもつれ合うようにエス・ド・セナ、クルバ・ド・ゾルの連続コーナーで接戦を演じます。そしてレタ・オポスタの直線で仕掛けたモントーヤの鼻先をミハエルがシャットアウト。F2002の左リアホイールがFW24のフロントウィング右翼端板にヒットして粉砕。モントーヤは緊急ピットインで後退します。
初めてブラジルで1ストップ作戦を取るミハエルは、2ストップ作戦のバリチェロを途中で先行させます。しかし、またもバリチェロはマシントラブルでリタイア。ウィリアムズのラルフが、追いついてくる終盤までミハエルは安全圏をクルージング走行。そのラルフも結局ミハエルの首位を脅かすまでには到りませんでした。
最終ラップ。チェッカーフラッグを任された「サッカーの神様」ペレは、肝心のミハエルがゴールする瞬間によそ見。3位のクルサードにやっと振る始末。しかも、両手でブ〜ラブ〜ラ。カッコ悪い事この上なし。ボール扱いは得意な神様も旗振りはとてつもなく下手だったのでした。
このシーズンは、第2戦マレーシアでラルフ、第7戦モナコでクルサードが勝った以外は全てミハエルとバリチェロのフェラーリ・コンビが席捲。しかもかつてのセナプロ時代のマクラーレンとは違って、第6戦オーストリアのチームオーダー事件でも明らかなように、バリチェロが優勝するにはチームの許可が必要でした。
◆2003年 若きライバルたちの台頭
この年に変更された「ウェットタイヤは1種類のみ」というレギュレーションがいかに現実的でないかをインテルラゴスに降る激しい雨が証明します。ブリヂストン、ミシュラン両陣営とも用意したタイヤは「小雨用タイヤ」しかし、天候は明らかに「ヘビーウェット(大雨用)タイヤ」が必要でした。
決勝は遅れに遅れ、セーフティーカー先導によるスタートという変則的な形で始まります。スロー走行しながら小降りになるか、路面が少しでも乾くのが目的でした。しかし、天候も路面も好転する兆しもないまま見切り発車」的に9周目にセーフティーカーがピットイン。やっと「本当のレース」がスタートしました。
PPのバリチェロがクルサード、ライコネン、ウェバーなど雨に強いミシュラン勢に追い抜かれる中、不利なブリヂストンで3位までポジションアップしていたミハエル。
18周目にラルフ・ファーマンとオリビエ・パニスが1コーナーでクラッシュ。破片がコース上に散らばり2度目のセーフティーカー導入。これで前を行くマクラーレン勢とミハエルの差が詰まります。
そして、レース再開。しかし、今はクルバ・ド・ゾル手前に出来ていたコース上の「川」でモントーヤとピッツォニアが相次いでスピン&クラッシュ。そして、その直後には同じ場所でミハエルも…。
結局、降り止まない雨と相次ぐクラッシュリタイアにより56周目に赤旗中断のままレース終了。ライコネンの2勝目が、フィジケラの初優勝へ変わるなどレース終了後も混乱が続きました。
このシーズンは、まさに群雄割拠の兆しが見え始めた年。マクラーレンのライコネン。ウィリアムズのモントーヤ。ルノーのアロンソ。BARのバトン。彼ら若手の台頭でフェラーリもなかなか楽勝とは言えないレースが続きます。ミハエルも表彰台に届かないレースがいくつもありました。そんな混沌と苦戦のシーズンを象徴していたのが、2001年ドイツGPからの連続完走記録が途絶えたこのブラジルGPでした。
◆2004年 衰退の兆し
この年からブラジルGPがシーズン序盤から最終戦へと変更されました。前年のに懲りて、なるべく雨の降りにくい時期を選んだのか?それともブラジルGP優勝者のタイトル獲得率が高い事にやっと気づいたブックメーカー(賭け屋)の差し金か?
集中力の欠如か?予選でミハエルが大クラッシュ。マシン交換で10グリッド降格、18番グリッドからのスタートとなります。一方の同僚バリチェロは前年に続きPP獲得、今年こそは優勝という本人の意気込みと彼のジンクスが破れる歴史的瞬間を見るためにブラジル国内から大観衆が集まります。
決勝はまたも雨。しかし、この年の雨は小降りで路面はどんどんドライへ。タイヤ交換のタイミングを誤ったバリチェロはモントーヤやライコネンにパスされ、どんどん順位を下げてしまいます。結局、前半のレース運びが最後まで影響し、3位フィニッシュ。「母国で勝てない」ジンクスをさらに更新してしまいます。
一方のミハエルもさえないレースに終始し、琢磨さえ抜けず7位でレースを終えます。
この年、フェラーリは2002年を上回る勝ちっぷり(ミハエルのポールトゥーウィン8回を含む年間13勝、バリチェロとの1-2フィニッシュ8回)でシーズンを圧倒しました。しかし、最終戦のブラジルGPで見せたこの不甲斐ないレースは、2005年の絶不調を予見させていたのかもしれません。
◆2005年 勝てないフェラーリの復活?
「勝って兜の緒を絞めよ」そんな諺がドイツにあるかどうか分かりませんが、ミハエルとフェラーリが2000年以降、5年もの間、常にトップの座を守り続けて来られた理由はチーム全体が常に勝利に慢心しないよう心掛けてきたからです。
しかし、トップ維持には必ず限界があるもの。徐々に溜まってきたマイナス要素が一気に噴出したように常勝フェラーリは、ルノーやマクラーレンにマシン性能でもレース戦略でも後れを取るチームとなっていました。残り3戦を残して、もうチャンピオン獲得の可能性は潰えていたインテルラゴスでのミハエルは、まるでイイとこ無しの4位フィニッシュに終わります。
このシーズン唯一の優勝は、「あの」ミシュラン勢撤収事件のインディアナポリスのみ。
そんな価値のない1勝しか上げられなくなっていた「へたれ」チームをたった1年で、また優勝争いできるチームにまで甦らせられたのは在る意味、奇跡に近いものだったのかもしれません。しかし、奮闘空しくタイトルは2年連続ルノーの手に奪われてしまいました。
◆2006年 今年の結果から来年を占う?
さて、2006年の最終戦ブラジル優勝者はフェラーリのマッサ。そして、フェラーリに移籍するライコネンはミハエルの後ろ7位フィニッシュ。
これは来季のフェラーリの行く末をどう象徴しているのでしょうか?
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登録日:2006年 11月 21日 19:39:47
- プロフィール
- 斎藤モ吉
- (男)
- 福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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