2006年 11月 29日

「ビートルズの新譜『LOVE』発売記念」で替え歌

<F1・第18戦 ブラジルGP>アロンソ 2年連続でドライバーズタイトルを獲得 - ブラジル

【サンパウロ/ブラジル 22日 AFP】F1・第18戦(最終戦)・ブラジルGP(Brazilian Grand Prix)、決勝。
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(c)AFP/VANDERLEI ALMEIDA

AFPBB News


信愛なるルーベンスへ

親愛なるルーベンス 気晴らしに出て来ない?
親愛なるルーベンス 真っさらな日にコンニチワしに
お天道様は高く お空も青い
キレイなもんさ そう君みたいに
親愛なるルーベンス 気晴らしに出て来ない?

親愛なるルーベンス 大きく目を見開いて
親愛なるルーベンス うららかな空を見て
そよぐ風も さえずる鳥だって
みんな繋がってる そう君もね
親愛なるルーベンス 大きく目を見開いてみて

まわりを見渡してご覧
まわりを見回してご覧
まわりをご覧

親愛なるルーベンス 君の笑顔を見たいな
親なるルーベンス ちっちゃな子供みたいな
雲も デイジーの首飾りになるような
そんな笑顔をもう一度 お願いさ
親愛なるルーベンス 君の笑顔が見たいんだ

[解説]
ビートルズの名盤「THE BEATLES=通称:ホワイトアルバム」のA面2曲目に「Dear Prudence」という地味だけどちょっと素敵な曲があります。
内容は、“深窓の令嬢”をなんとかデートに誘い出そうとする歌。
その女の子の名前「プルーデンス」をシャレで「ルーベンス」に入れ替えただけの全く芸のない替え歌ですが、「無邪気に笑うルーベンスを来年こそ見てみたいなあ」という気持ちを込めて訳しました。

注意)ちなみに新譜「LOVE」にこの歌は入っていません。

[雑感]
よくF1レーサーは、「才能」の有無が問われます。ルーベンス・バリチェロの才能についての判断は誰かにお任せしますが、彼の「運」に関しては、私にも「絶対に無い!」と断言できます。
「憧れだったフェラーリ・ドライバーになれただけでも十分運がいいんじゃない?」とおっしゃる方もいるでしょうが、本当にそうでしょうか?
彼自身、もっとも自分の運の無さを何度も何度も何度も何度も何度も…思い知らされた場所、「インテルラゴス」での「ルーベンス不運の歴史」をたどってみます。

◆1993.3.28 ジョーダン193 予選14位→決勝リタイア
「雨に強いセナ」伝説のひとつ「インテルラゴスの奇跡」として語られる有名なレース。スタート直後の多重クラッシュでいきなりセーフティーカー導入。ルーベンスはロータス/ザナルディにパスされます。そのまま12位で周回中、14周目にギアボックストラブルでリタイアします。
しかし、ルーベンスの不運は同僚イヴァン・カペリに比べればまだマシでした。GP週末中、マシントラブルでまるでセッティングを決められなかったカペリはタイムを出せず26台中ただ1人予選不通過。そのグランプリウィーク後、エディ・ジョーダンに支払う約束だった持参金100万ドル(マーチ・チームが「レイトンハウス」だった当時、カペリが立て替えていたお金。水面下で進んでいたオイルダラーへのチム売却が成功した暁には返済される予定でしたが、交渉決裂で御破算)のメドが立たなくなっためにブラジルGPを最後に解雇されてしまったのです。

◆1994.3.27 ジョーダン194 予選14位→決勝4位
セナ最悪のスピンリタイアに失望した観衆がゾロゾロ帰ってしまった母国グランプリ。ルーベンスへの期待度はまだ低く、母国ですらその他大勢の1人に過ぎませんでした。燃料補給解禁による不慣れなピット作業で順位変動が激しい中、バリチェロとジョーダンは素早い作業と手堅い走りで着実に順位を上げ、見事入賞をモノにします。しかし、このレース以降、9年間も母国で完走できなくなるとは夢にも思わなかったでしょう。

◆1995.3.26 ジョーダン195 予選16位→決勝リタイア
自分のヘルメットデザインに亡きセナのカラーリングを取り入れて挑んだ開幕戦。そんなルーベンスの意気込みをあざ笑うかのように次々と不運が襲います。
金曜の予選中にエンジンがブロウし、仕方なくアーバイン用のTカーでアタック。11位がやっとだったルーベンス。なんとか前日8位だった同僚を上回りたい気持ちが空回り。土曜日の予選では、焦って単独スピン。逆に順位を16位に下げてしまいます。
それでも日曜朝のウォームアップでは8番手タイムを記録。スタートも成功。一気に12位までジャンプアップします。ところが17周目に油圧系統のオイル漏れによるクラッチトラブルでリタイア。アーバインも全く同じ症状でリタイアでした。

◆1996.3.31 ジョーダン196 予選2位→決勝リタイア
知名度と自信がついてきたルーベンス。なんと母国であのミハエルを上回り、最速ウィリアムズの間にまで割って入る2位フロントロウスタート。久々のブラジリアンレーサーの活躍に地元の期待も高まります。
スタートで4位まで下がってしまいますが、ベネトン/アレジとウェット路面で白熱したバトルを展開。ヴィルヌーブがリタイアした後は表彰台圏内を快走し観衆の熱狂させます。しかし、2度目のピットストップでミハエルに先行。ウェット設定だったブレーキダクトのせいでブレーキが異常加熱。制動力が急激に低下します。そして、ゴールまであと11周だった60周目。1コーナー先でコースアウト、リタイアします。

◆1997.3.30 スチュワートSF-1 予選11位→決勝リタイア
1回目スタートで、ルーベンスは電気系統の故障でグリッド上にスタック、赤旗が出てレースはやり直しとなります。すぐスペアカー(優先権はルーベンス。そのためにスタートでクラッシュしていたマグヌッセンは乗るマシンがなく出走を断念)に乗り換え、2度目のスタートに臨みますが、オープニングラップでザウバー/ハーバートとマクラーレン/クルサードに抜かれ13位へと後退。そして、17周目。排気熱でリアサスペンションが変形(前戦オーストラリアではマグヌッセンが同じ症状でリタイア)するトラブルでリタイアとなります。

◆1998.3.29 スチュワートSF-2 予選14位→決勝リタイア
スタートでパニス、ヒル、トゥルーリを抜き10位、2周目にはアレジもパスして序盤は9位、他チームのピットインによる変動で一時は7位まで上りつめますが、最終的には11位へ後退。そして残り16周となった56周目にギヤボックスのオーバーヒートでリタイアします。一方、同僚のマグヌッセンは10位完走を果たしますが、この5戦後のカナダで成績不振を理由に解雇されてしまいます。

◆1999.4.11 スチュワートSF-3 予選3位→決勝リタイア
「ルーベンス・カムバック!」ブラジル国民は、3年ぶりにミハエルの前に立ったルーベンスのセカンドロウスタートに期待を膨らませます。スタート早々、強敵マクラーレンの2台は揃ってマシントラブルで後退。ルーベンスは労することなく、首位に立ちました。93年のセナ以来、ブラジル中に大歓声が沸き上がります。2位フェラーリのミハエルに3秒差。そして、迎えた27周目のピットイン。フェラーリやマクラーレンがセオリー通りの1回ピット作戦なのに対し、あえてルーベンスは軽いタンクでスピード勝負を挑む、リスクの高い2回ピット作戦を選びます。入れ替わりに復調したマクラーレン/ハッキネンが首位に返り咲き。それでもまだルーベンスには表彰台の望みが残っていました。それにハッキネンがクルサードのようにリタイアする可能性も…ブラジル中が期待の眼差しを送っていた43周目。ブラジル中が大きな溜息に包まれます。白煙を上げコースサイドに止まったのは、ルーベンスが乗る白いマシンの方でした。

◆2000.3.26 フェラーリF1-2000 予選4位→決勝リタイア
前戦オーストラリアで1-2フィニッシュを飾ったフェラーリコンビ。ミハエルに劣らない走りでファーステスト・ラップまで記録したルーベンス。「今年こそは絶対」と期待が集まります。しかし、予選はマクラーレン2人とミハエルの後ろ。
抜群のスタートを決めたマクラーレン勢はたった1周で不調に陥り、ミハエルは2周目にはトップへ。バリチェロも15周目にはハッキネンをパスし、2戦連続の1-2フィニッシュかと思われました。2回ピット作戦の1回目をミハエルに続いてクリアした5周後、27周目。またもルーベンスの車体から白い煙が上がり、ブラジル国民の口からは溜息が漏れました。原因は油圧系の破損でした。

◆2001.4.1 フェラーリF2001 予選6位→決勝リタイア
前戦マレーシアのセーフティーカーパレード終了直後、ミハエルの強引な追い抜きで優勝を「奪われた」事に端を発し、前年から溜りに溜まっていたルーベンスの不満が一気に爆発します。契約内容に反して待遇が「イコール」ではないと公式の場でチーム批判したのです。しかし、フェラーリ内部では逆に「ミハエルの新しい相棒捜し」を進めようとする意見が上がります。
そんな嫌な空気の中で迎えたブラジルGP。連続ポールポジションを決めたミハエル。一方、セッティングの決まらないルーベンスはサードロウ。しかもスタート直前にトラブル発生でマシン交換(これがミハエル専用車だったためにミハエルが機嫌を損ね、スタッフを怒鳴り突き飛ばすというシーンがテレビで放映されます)というドタバタぶり。しかも、たった3周目でウィリアムズ/ラルフに追突(ラルフとルーベンスは2戦連続の接触)してコースアウト。左フロントタイヤを失いルーベンスの散々な週末が終わりました。

◆2002.3.31 フェラーリF2002 予選8位→決勝リタイア
フリー走行でピット出口の赤ランプを見落としたために予選のベストタイムが剥奪。予選中にギアトラブルまで抱え、13秒台にひしめく8台の最後、4列目スタートとなります。しかもミハエルに用意されたのは新機能搭載の最新マシン。自分は1年落ちマシンのまま。またチームへの不満が高まります。
それでもレースでは、並々ならぬ集中を見せます。1ピット作戦を選択する上チムの中で唯一2ピット作戦を選んだルーベンスは、軽いマシンで前を行くライバルを次々と攻略。特に5周目の最終コーナー、因縁のあるウィリアムズ/ラルフを射程圏にとらえ、ホムストレートをテールツーノーズ状態で追いつめ、1コーナーの飛び込みで豪快にパス。しかも14周目にはミハエルまでもあっさりとパスしてトップに立ちます。総立ちになる大観衆。しかし、これは1ストップ作戦のミハエルにはシナリオ通りの展開。そのたった2周後に油圧系のトラブルでルーベンスがコース脇に止まった事の方が計算外でした。

◆2003.4.6 フェラーリF2002 予選PP→決勝リタイア
夢にまで見た母国でのポールポジション。しかし、決勝レースは近年まれに見る超フルウェット・コンディション。しかも、この年施行されたレギュレーションのため使用タイヤは小雨用タイヤ1種類のみ。スタートもセーフティーカー先導という超変則方式でした。その9周にも及ぶスロー走行がタイヤの空気圧に悪影響を及ぼしたのか、ルーベンスはレース開始直後から加速が伸びずズルズル順位を落とします。
19周目のタイヤ交換後、安定したマシンで猛反撃開始。25周目の1コーナーでクルサードをパスして首位奪還。すでにミハエルもリタイアしていたので心おきなく優勝を狙えました。そんな歓喜もたった2周で絶望へと変わります。燃料供給系トラブルでスローダウン。画面にはコース脇で無念さをかみしめるルーベンスが映されていました。

◆2004.10.24 フェラーリF2004 予選PP→決勝3位
第13戦ハンガリーでコンストラクターズタイトル、第14戦ベルギーでドライバーズタイトルを決めたミハエルは、残りのレースを全てルーベンスに譲るつもりだったのではないでしょうか?そう思えるほどシーズン終盤のミハエルの走りにはキレが見られませんでした。
そうして迎えた最終ブラジル戦。ミハエルがフリー走行でクラッシュする一方、ルーベンスは2年連続のポールポジションを獲得。決勝レースは雨模様。同じウェットコンディションだったモンツァでルーベンスが魅せたポールトゥーウィン・ドラマの再現を誰もが望んでいました。
しかし、たった1周遅れたドライタイヤへの交換。それが全てを決めてしまいました。モントーヤ、ライコネンに遅れること24〜3秒での3位。インテルラゴスの女神は、またルーベンスに微笑みませんでした。

◆2005.9.25 フェラーリF2005 予選9位→決勝6位
一年前の王者の風格をすっかり失ったフェラーリにインテルラゴスで勝つチャンスはありませんでした。優勝したモントーヤから1分9秒遅れの6位。それよりも来季のチームメイトになるかもしれないバトンの前でフィニッシュできた事を喜んだかもしれません。

◆2006.10.22 ホンダRA106 予選5位→決勝7位
予選では五分五分。しかし、決勝ではほとんどバトンに負け続けのルーベンス。デビュー当時の自分に次々と打ち負かされ消えていった古株の同僚たちを思い出したのでしょうか?特にハンガリーでバトンにチーム初優勝をさらわれてガックリ落ち込んだルーベンスの勢い。迎えた最終戦ブラジル。今年一度も上がれなかった表彰台上で、これからブラジル国民の期待を担うマッサとともにシャンパンを浴びるバトンの姿を見ながら、ルーベンスはキャリアの終焉をひしひしと感じ始めているのではないでしょうか?

◆「ルーベンスの笑顔」が見たい
せめてもう一度だけでいいんです。来年のインテルラゴス、あの表彰台の上で、陽気におどけてみせるルーベンスの明るい笑顔が見たいのです。そのためにも来年こそは、ホンダの本格的な躍進に期待します。

そう思わないかい?パトラッシュ。

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登録日:2006年 11月 29日 03:00:34

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プロフィール
斎藤モ吉
(男)
福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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