2007年 01月 01日

「ロータスの花よ永遠に」で一句

<F1>両足切断の元F1ドライバー ザナルディがBMWのテスト走行に参加 - スペイン

【チェステ/スペイン 25日 AFP】元F1ドライバーのアレッサンドロ・ザナルディ(Alessandro Zanardi)は、リカルド・トルモ(Ricardo Tormo)で行われたBMWのテスト走行に参加し、1999年シーズン以来7年振りにF1マシンを操縦した。
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(c)AFP/JOSE JORDAN

AFPBB News


汚れ無き 歴史とともに 蓮の花散る

[解説]
創始者コーリン・チャップマンが自分のチームを《ロータス=蓮の花》と名付けたのは当時流行っていた仏教哲学からの影響と言われます。《最高神》梵天の座にも選ばれた蓮はドロから生まれながら気高く美しい花を咲かせる事から「俗世にまみれない清らかさ」の象徴とされています。
ピーター・コリンズは、そんな創始者の精神を「全ての俗なるもの」から守ろうと最後まで奮闘したように思います。しかし、そんな彼の奮闘努力の甲斐もなくロータスはついに消滅してしまいます。たとえその身が消えようともロータスの名は最後まで汚される事はなかった…そう信じたいと思います。

◆ロータス買収工作
ベネトンのジュニアチームが何としても欲しいフラビオ・ブリアトーレは、トム・ウォーキンョウを使って弱小チーム(テレル、ミナルディなど)の買収を画策していました。ロータスもそんなターゲットのうちのひとつでした。
ロータス買いのポイントは、なんと言っても歴史あるブランド。無限-ホンダエンジン。それにジョニー・ハーバートの存在でした。しかも内通者がロータスチームの内部情報を流してくれていました。その内通者とは、スポンサー集めの「辣腕」マーケティングディレクターのガイ・エドワーズでした。

◆最後の切り札
何とか買収の手から逃れたロータスでしたが、92-93年シーズンで使用したコスワースエンジンの使用料未払い裁判に対する控訴請求が棄却され、裁判所から260万ドルの支払い命令が下されます。憐れなベルギー人ドライバー、フィリップ・アダムスのスポンサーマネーなどによる一時しのぎも焼け石に水でした。ついに万策尽き果てたマネージングディレクター/ピーター・コリンズら上層部らはついに最後の決断を下します。
あのイタリアGPの翌日、多額の負債を理由に英国高等裁判所の財政管理下へ置かれる事が決定。チームロータスの倒産が決定します。
それは公的な管理下に置く事でチーム買収しようとするハゲタカたちの群れからロータスのチーム財産を守りつつ、最終戦オーストラリアまでの猶予期間中になんとか再建の道を探ろうとする最後の手段だったのです。

◆新オーナー
管財人は、新たなロータスのオーナーにデビッド・ハントを任命します。故ジェームズ・ハントの実弟で広告代理店上がりの実業家でした。日本GP、オーストラリアGPへの機材輸送費を立て替えた事をきっかけにコリンズと管財人の信用を得、アメリカ人実業家サミュエル・ブラウンの出資を後ろ盾にロータスの新オーナーとなります。
まず、最初に裏切り者ガイ・エドワーズを「リストラ」と称してチームから追い出します。ピーター・コリンズもただの雇われディレクターとなりますが、ロータスの名を冠するチーム生き残りのためとハントを信用していました。

◆誤算
ハントの本来の思惑がどうだったかは分かりません。しかし、ロータスチーム唯一の財産だった無限-ホンダエンジンが代金未納によって権利もろともリジェに奪われた時、当初の計画は行き場を失ったのではないのでしょうか。参戦したくてもマシンの心臓部であるエンジンが無くては話になりません。コリンズたちの最後の願いはこの時点で潰えたと思われます。

◆名門閉鎖、そして合併
チーム存続への打つ手が無くなったハントは、チーム活動を凍結、関係者全員のレイオフを敢行します。ロータスという名門の事実上の閉鎖です。機材その他をすべて処分して、伝統あるケイタリンガムホールを後にします。次にハントは、せめてグランプリの場に「ロータス」の名前だけでも残すため、東急グループの御曹司が出資する「パシフィック」チームとの合併話を進めます。そして、1995年シーズンは「パシフィック・チーム・ロータス」の名でサーキットへ戻るという情報が流れます。マシンはフランク・コパックの手によるPR02。チーム共同経営者のベルトラン・ガショーがNo.1ドライバー、セカンドにはモンテルミニが決定します。

◆デビット・ハントの楽観論
「パシフィック・チーム・ロータスの成功を信じない人たちに一言いいたいんだけど、彼らは絶対優勝できて、ワールドチャンピオンシップも狙えるチームに成長する。これは本当だ。数年前、グランプリにはトールマンというチームがいたのを覚えているかい?彼らは世界中を転戦して回ったのに、いい結果を残すどころか予選通過さえもままならなかった。そのチームはいま、ベネトンという名前で知られ、いまのところとてもよくやっているじゃないか」
(F1グランプリ特集 Vol.70 エリック・シルバーマン取材記事より)
追いつめられた人間が犯しやすい過ち「自分の願望を他者の功例で正当化しようとする」典型的な事例ですね。単に「思い込み」や「勘違い」とも言います。

◆消えた《蓮の花》
しかし、1995年開幕戦に「ロータス」の名前はありませんでした。エントリーしたチーム名は「パシフィック・グランプリLTD」。PR02のノーズサイドに小さくロータスのエンブレムがあるだけでした。そして、多くの関係者の予測通りパシフィックチームは下位を低迷し続け、シーズン終了後にはチーム代表のキース・ウィギンスがF1からの撤退を表明。その直後パシフィック・グランプリ自体が2億5000万円の負債を抱え倒産。それと同時にチーム・ロータスも約4億円の負債を抱えて正式に倒産。かつて栄光に輝いた由緒ある名門チームは、完全にグランプリシーンから消滅したのです。

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登録日:2007年 01月 01日 00:11:22

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プロフィール
斎藤モ吉
(男)
福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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