2007年 08月

「“オン・ザ・レール"って感じにやや不満」で一句

ハミルトン トルコGPは5位でフィニッシュ

【8月26日 AFP】F1第12戦・トルコGP(Turkish Grand Prix 2007)、決勝。
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都合良く タイヤ剥がれて 縮まる差

「誰にとって」とは言わないけど、
後半戦に向けて「都合良く」ポイント差が詰まってきた。
フェラーリvsマクラーレン、アロンソvsハミルトン。
「盛り上がらない」よりはマシなので
コレはコレで良しと考えるべきか。

その前に「終息宣言」された
マクラーレン内紛劇について、もうヒトクサレ。

手持ちのカードが少ない時、
なりゆきでイチかバチかの一点突破に全てを賭ける。
すると全員の気持ちが一点に集中するためか、
想像以上の「バカ力」が発揮されたり、
思わぬ好運が舞い込んできたりで逆転勝利できたりする。

逆に「勝てる要素」が揃っている時の方がアブナイ。
慢心、油断、よそ見などから思わぬ落とし穴がポッカリ。
負けるワケがないところでトラブルが出たり、
つまらないミスの連発で点を取りこぼしたりで逆転負け。

現代F1で重要視されるのは『トータル・バランス』。
それはクルマづくりに限らず、チームづくりにも言える。
好例が、かのミハエル・フェラーリ帝国。
「絶対勝利」の旗印の下、優先順位が明確化され、
プログラム通り、シナリオ通りによる「安定政権」が維持された。

そんな事は「百も承知」のロン・デニスだからこそ、
久々に巡ってきた「勝てる要素が揃った」この年。
“パワーバランスの崩壊”は『チームの衰退』を意味する。
だから《新人》ハミルトンの成長を脇に置いてでも、
《チャンプ》アロンソのプライドを守る事に躍起にもなる。
チーム安泰のためなら万難を排し、心を鬼にしてでも
「諸葛孔明、泣いて馬謖を斬る」の故事に倣うかの如く、
オーダーより「ちょっと長く」ピットストップしたアロンソより、
それ以前にオーダーを「完全無視」したハミルトンを“重罪”として、
あえてハミルトンを…
そんな風にハンガリー以降の流れをナットクしている。

まあ、結局のトコロ「ホントの真実は藪の中」だけど。


で、迎えたトルコGP。
マクラーレンは、もろもろの解決策として2部チーム制を導入。
その影響からか?単純なタイヤマネージメントミス(?)からか?
「トレッド剥離」でハミルトンは、あえなく表彰台から転がり落ちた。
「3位表彰台は確実」だったのに「不運」。

憐れなりハミルトン。
なかなか自分の「フルパワー」を解放させてもらえず
ここぞ!という時には決まって
「トラブル」や「不運な出来事」が襲いかかる。
ハミルトンも、かつてのプロストとセナのように。
思い切りガチンコでアロンソとの《バトル》が
したくてたまらないだろうに…。

当然、そんな事もまた「百も承知」のロン・デニス。
絶対、“そうならないよう”苦心惨憺しながら「コントロール」してるのかも。
ハミルトンとの「契約条項」や「恩義」を武器に。(←妄想、妄想)



◆雑感
あとツマラナイ事だけど、最近すっごく気になってる事をひとつ。
《「ロン・デニスの妻」の露出度の高さ》

アレは、一体ナンなんだ?
マーサ・スチュワートみたいな「カリスマ主婦」でも目指してるとか?
「ルイスを育てた私たち」なんてタイトルで本を出すつもりだとか?

立ってるだけで“ヘンな色気”がプンプンして来るんですけど…。

ミカ・ハッキネンが活躍していた当時、
ミカのGF「イリヤ」の出入りを「スタッフの気が散るから…」って
あまり歓迎してなかったんじゃなかったっけ?>ロン

やっぱり「ロン・デニス」って、よく分からないな。

カテゴリー[ F1・マクラーレン ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2007年 08月 27日 15:03:07

「才能のある若いヤツは取りあえずツブしとけ」で一句

ハミルトンとアロンソ 関係修復か?

【8月24日 AFP】F1第12戦・トルコGP(Turkish Grand Prix 2007)の開幕を翌日に控えた23日、マクラーレン・メルセデス(McLaren-Mercedes)のフェルナンド・アロンソ(Fernando Alonso、スペイン)とルイス・ハミルトン(Lewis Hamilton)がスポンサーのイベントに出席し、4日に行われたF1第11戦・ハンガリーGP(Hungarian Grand Prix 2007)での騒動以来、初めて顔を合わせることとなった。
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アロンソは 聞けばいいかも… プロストに

またまた〜(笑)
スポンサーの手前なら、そりゃ〜いくらでもネコかぶるでしょ?
この2人がこのままで済むワケないって、絶対。

マクラーレン移籍直後のアロンソは、
まさか自分がシーズン中盤まで
こんな状態になってるとは予想しなかっただろね。

デビューしたての若造相手に
ここまで頭を押さえられたままでいるなんて…

こんな時は、どうしたらいい?
夏休みだからね〜〜…
F1にも「こども電話相談室」みたいなのがあればいいのに。

「スペイン出身の〜アロンソですッ。(シュコ〜〜←鼻息)
 才能のある若いドライバーをー(シュコ〜〜)
 ツブす方法教えてください(シュコ〜〜)」

「じゃーね〜アラン・プロスト先生に聞いてみようか?
 先生。よろしくお願いしま〜す」

「はい。アロンソ君は〜どーして若い子をツブしたいのかな〜?」

「…ウザ…(小声/え?何て?…はあ?…分からん…)
 ………分かりません(シュコ〜〜)」

「アロンソ君。《人を呪わば穴ふたつ》って言葉知ってるかな〜?」

「はあ…」

「むかし、先生にもあったんだ(苦笑)イロイロとさ…
 まあね、今思えばみんないい思い出?なんだけどさ…(笑)」

「……………先生?あのー質問は…」

「エーット、なんだっけ?そうそうあんまりイジメ過ぎると
 後ろからぶつけられたりして危ないから、ドアは気をつけてシメましょう」

「分かりましたかー。アロンソ君」

「………はーい」

まあ、1988年を振り返って見るなら
常にポイントで先行していたのはプロストの方。
最終総ポイント数でも[セナ:94pt/プロスト:105pt]で
プロストの圧勝…だったんだけど…。

それでも「負けちゃった」のは《有効ポイント制》のせい。
最近、F1を見始めた人には“耳馴染み”ないでしょうが
1990年までF1は「全16戦中の獲得ポイント上位11戦分」
っていう《有効ポイント》で競ってました。

何ででしょうね?
まあ、昔のクルマは今みたいに信頼性が高くないから
故障したりとかで『無念のリタイア』が必ずあったから?
年間数戦の取りこぼしがある事を前提にしたルールだったのか。

「もしも、現代F1に《有効ポイント制》が残っていたら…」

今ごろ苦しんでいたのはハミルトンの方かも。
ターボも復活するんじゃね?って言ってるし、
このままだと《有効ポイント制》も復活したりして…。


◆ちょっとタラレバ
《有効ポイント制》が、もし1991年以降も続いていたなら…
確実に「歴史が変わっていた」のは、
『1994年/最終戦/オーストラリアGP/アデレード』
ミハエルとデーモン・ヒルの「疑惑の接触」はなかった…はず。

第15戦・鈴鹿終了時点で[ミハエル:92pt/デーモン:91pt]
両者のポイント差は[1pt]。
ところがコレに《有効ポイント制》を当てはめると…

ミハエルは、まだポイントを上げたレースが
10戦(失格裁定で2レース欠場)だから[92pt]まるまる有効。
最終戦で上げるポイントもそのまま加算されます。

ところがデーモンは、すでに12戦で入賞。
1戦余分なので第3戦サンマリノの[6位:1pt]が減算されて[90pt]。

しかも手持ちの11戦の入賞内容は1位と2位のみ。

だから、最終戦で優勝しても[1位:10pt − 2位:6pt]=[+4pt]
デーモンの加算可能総ポイント数は[94pt]止まりなのです。

ミハエルにあと必要なのは、5位[2pt]オンリー。
たとえデーモンと同ポイントになっても優勝回数で1勝上回るから
ミハエルが余裕で「チャンピオン獲得」。

しゃかりきに「トップを走り続ける」必要もなく、
ムリせずデーモンの後ろをついて行くだけでよかったんだから…
「疑惑の接触」が起こる可能性も「ほぼなかった」…かもね。
ひょっとしたら
「黒ミハエル」だって生まれなかった………んなこたーねえか(笑)

最後の大ドンデン返しもアリ。
鉄壁の絶対防御もアリ。
《有効ポイント制》のマカ不思議

どーゆーアンダスタン?

カテゴリー[ F1・マクラーレン ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2007年 08月 24日 16:20:38

「ロン・デニスって、ドM?」で一句

アロンソ チームでの未来に大きな疑問符

【8月7日 AFP】F1第11戦・ハンガリーGP(Hungarian Grand Prix 2007)で論争の的となったマクラーレン・メルセデス(McLaren-Mercedes)のチーム内に起きた緊張は、フェルナンド・アロンソ(Fernando Alonso)のチームでの未来に大きな疑問符を覆った。
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画像

ストレス量 反比例かな? ロンの髪

[解説]
この世の中で「絶対やりたくない仕事」が《F1のチーム代表》。
いくらレース好きだから始めた事とはいえ、
現在のロン・デニスを見ているとチームもドライバーも絶好調。
ポイントリーダーなのに抱え込むのはストレスばかり。
そりゃ、髪も白く、薄くなるはずです。
そう言えば、F1の代表って「薄い人」多いですね。
フェラーリ、ウィリアムズ、ギ・リジェ、ザウバー…。
最近じゃ、ベルガーもかなりヤバイ感じです。
バーニー・エクレストンやケン・ティレルは真っ白。
…ジョーダンは、え〜っと(以下自粛)

[雑感]
ロン・デニスという人物像をアレコレ伝え聞くトコロによると
「堅物」と思われがちな印象とはウラハラに内実は「熱情家」だそうな。
「やり手」で「策士」「ネゴシエイター」でありつつ
「お茶目」で「冗談好き」で「ギャンブラー」でもあるらしい。

“多面性を持った人物”である事はたしか。
それでも少なくとも“バカ”ではないはず…ですが、
あれだけツライ目にあって散々懲りた
「セナ・プロ時代」と同じ轍をまた最近踏んでる気がします。
「ハミアロ」?「アロハミ」?う〜〜んイマイチ。
大方の予想通り「ハミルトン&アロンソ戦争」ついに勃発です!

って事で「夏休み企画・温故知新」
マクラーレン「セナ・プロ時代」プレイバック!!

◆黄金タッグ誕生
1987年、イタリアGP決勝前のモンツァで「ある2つのニュース」が発表されました。
一つは、マクラーレンの次期搭載エンジンがポルシェから「ホンダ」に代わる事。
もう一つがアラン・プロストのチームメイトに「アイルトン・セナ」が迎え入れられる事。

ニュースを聞いた誰もが来期のマクラーレンは「手強くなる」と思いました。
ただし、フェラーリやロータスより少し勝ち星が多い程度に…。
ナゼなら翌88年からは「ターボ過給圧」が
4.0バールからさらに2.5バールへと制限されるため。
ウィリアムズやベネトンの3.5リッター自然吸気勢の方がずっと有利なはず。
大半の専門家も88年は87年以上の「混戦」を予想していました。

◆プロストのジレンマ
最初、マクラーレンへのホンダ搭載を強く希望したのはアラン・プロストでした。
マクラーレンサイドからホンダへのラブコールは86年からすでに始まっていたのです。
しかし、ホンダサイドから出された絶対条件は「セナ」。

プロストは内心、悩みました。
もう1人の「ナンバーワン」が来たら「元ナンバーワン」がどうなるか。
ルノーではルネ・アルヌー、マクラーレンではニキ・ラウダを相手に
「新ナンバーワン」の自分がどうノシ上がってきたか振り返れば分かる事でした。

ジレンマに陥りながらもプロストは、首をタテに振りました。
「自分は、ルネやニキとは違う」と考えたのでしょうか?
もし、そうだったなら、その予想は「別の意味(悪い方)で大当たり」でした。

◆ロン・デニスの目算
一方、チーム代表のロン・デニスはもっと楽観的でした。
マクラーレンの指揮権を前代表テディ・メイヤーから委譲(?)されて7年。
その間、レースでも経営面でも実に上手くチームマネージメントをこなし、
あらゆる点で最高にプロフェッショナルなチームを築き上げた自負心がありました。

1981年 ジョン・ワトソンとアンドレア・デ・チェザリス
1982〜83年 ニキ・ラウダとジョン・ワトソン
1984〜85年 ニキ・ラウダとアラン・プロスト
1986年 アラン・プロストとケケ・ロズベルグ
1987年 アラン・プロストとステファン・ヨハンソン

一流ドライバー同士でも、いかなる組み合わせでも
誰でも“手なずけられる自信”があったはずです。
「プロストとセナも大差ない」ロンがそう考えたとしてもムリはありません。
ただし、そうだったとしたら、その予想は「想像以上に甘い考え」でした。

◆セナの野望
プロストとロン・デニス、両者の読みが外れた最大の要因。
それは「アイルトン・セナの常識はずれな●●の強さ」でした。
(●●には、いろんな言葉が当てはまります。思いつくまま入れてみましょう)

レーサーは誰だって「他人に負けたくない」と思うもの。
それは「初期の」アラン・プロストも同じでした。
ただデビューから8年。いくつもの悔しいレースを体験するうちに
例え「勝てるマシン」に乗っていても勝てない時もある。
たとえ1位で勝てなくても「最終的にチャンプを獲る」レースをすれば良い。
偉大なるニキ・ラウダから直にその「コツ」を学び
そうやってプロストは、チャンピオンを2年連続で勝ち取り、
誰からも「プロフェッサー」と呼ばれるようになったのです。

しかし、セナは違いました。
デビューから4年経っても「たった6勝」
常にマシンに足を引っ張られ続けだったセナ。
一度も「勝てるマシン」に乗った経験がありません。
だから「勝てるマシン」を手に入れたら
「全レースで勝てる」
セナは、絶対そう信じていました。
そして、それこそがセナが目標にしていた「野望」でした。

「誰よりも一番“速い”事を証明し続ける事」
それが“《レーサー》アイルトン・セナの存在理由”だったからです。

◆ホンダの計略
信頼性の高いマクラーレンのマシンを手に入れるためセナは、
ホンダにマクラーレンとの提携を働きかけます。

セナが「勝てるマシン」を熱望したように
ホンダもまた「勝てるチームと勝てるドライバー」を渇望していました。
ホンダもまた「全レースで勝てる」自信があったからです。

86年最終戦、アデレード。総帥・本田宗一郎の見ている眼前で
マンセルのタイヤバーストとともに失った王座。
あの瞬間にウィリアムズはホンダの信頼を完全に失います。
1年の猶予期間。ウィリアムズはホンダの願いを叶えますが、時すでに遅く
ホンダのパートナーの座は、マクラーレンへと委ねられます。

そして、結ばれた4者の絆は、全員の思惑どおり
最高のパッケージングとして結実します。
名車「MP4/4」にホンダターボ最終進化形エンジン「RE168E」
そして、アイルトン・セナ&アラン・プロストという2強レーサー。

「全てのレースに勝てる」
無敵のマクラーレン・ホンダ・パッケージの誕生でした。
チームの誰もが「完璧なシーズン」となる事を喜びました。
2人のレーサーを除いて…。

(「激突!! 1988年編」へつづく)

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登録日:2007年 08月 22日 01:03:09

「アロンソ、ピット独占?で5番手降格」で一句

アロンソとハミルトン ピットストップを巡って調査へ

【8月5日 AFP】F1第11戦・ハンガリーGP(Hungarian Grand Prix 2007)。
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ハンガロゲート? いくらナンデモ なかロンソ

[解説]
さあ〜〜〜。いよいよ本格的にキナ臭くなってまいりました!
マクラーレンお得意「お姉様イビリ」状態。
セナプロ泥沼時代の再来かぁあああ〜。
などと昔懐かし「古館節」の煽り声が聞こえてきそうな雰囲気ですが、
はたして、両者にかつての「セナ・プロ」のような意図が
本当にあったのでしょうか?
もし、アロンソが「ワザと」ハミルトンの邪魔をやったとすれば
去年「ラスカスゲート」のミハエルと同様ですが…さて。

[雑感]
「ええ〜〜!?そこまでやるう?…うわ〜ハミルトン可哀相ぉ〜」
ハンガリーGP予選3回目。
予選終了直前、マクラーレンのピット上で発生した珍事。
詳しくは、アチコチで紹介されているはずなので繰り返しませんが
カンタンに言えば、

「アロンソがピットアウトを遅らせたため、
ハミルトンが最後のタイムアタックに間に合わなかった」

「ワザと」とか「潰された」と書くと《ハミルトン側》表現になり、
「ピットアウトできなかった」と書くと《アロンソ側》表現になってしまいます。

ただ見ていた多くの人は「アロンソがワザとハミルトンの邪魔をした」と感じ、
ハンガリーGPのレーススチュワードも少なからず
そう判断したために「5番手降格」という裁定が下されたのでしょう。
でも、あの事件の『実情』はどうなのでしょう?
その「藪の中」をちょっと覗いてみたいと思います。
(例によって今回も「ほぼ妄想」ですので真に受けないように…)

◆F1の予選方法
今回の件でフツーの人にはちょっと「?」な部分があるかと思います。
そこでまず、現在F1の予選がどうなっているかの説明から始めましょう。

F1の予選は去年から「ノックダウン方式」という方法が取られています。
予選をQ1-Q2-Q3の3セッション(各15分)に分け、
参加ドライバー22人をQ1&Q2で下位から各6名ずつ振るい落とし、
残った10名によってQ3で上位グリッドの順位を決めます。

◆予選に必要な周回数
タイムトライアルに必要な周回数は最低3周。
《サーキットに出る周》+《タイムアタックする周》+《ピットに戻る周》
1周が1分20秒前後とすると1ターンに必要な時間は4分〜5分。
15分以内で計算すれば、タイヤ交換の時間を含めて1セッション9周が基本です。
ただし、チェッカー直前にスタートラインを越えていれば
その周回のタイムアタックまでは認められます。

F1雑誌の予選結果などを見ればよく分かります。
Q1-Q2で下位チームは、みっちり3ターン(9周)走りますが、
上位は大体1ターン(3周)で終了。
ワンメイクタイヤの選定に悩んでいるチームがたまに2ターン走ったり、
タイヤの皮むき目的に多めに走ったりもします。

ところがQ3になると様相が一変します。
Q1-Q2では余裕ぶっこいていた上位チームもピット出口に殺到。
予選開始と同時にコースイン。規定時間15分間をフルに走り続けます。
総周回数にして10〜11周、コースによっては12周まで走れます。
ナゼ、そんなシャカリキになって走るのでしょう?
そこで重要となるのが「フュエル・バーンオフ」と呼ばれる周回です。

◆走るは《タイムのみ》のためならず
Q3を走った人には、ひとつ特典があります。
Q3中に走った周回数分だけ「燃料給油」してもらえるのです。
この制度が導入されたキッカケは、
あまりにも上位チームが予選で走らないためでした。
2005年の予選セッションの結果を見ると予選セッション1時間中、
みんな3周しか走らないという有様です。(燃料制限アリだから当然)
そこで導入されたのが「ノックダウン方式」と「燃料給油サービス」でした。

「予選中もサーキットを思う存分走ってもらう」
    ↓
「特にお目当ての上位のレーサーたちの走りが多く見られる」
    ↓
「土曜日予選にもたくさんお客さんが見に来てくれる」
    ↓
「入場料収入が増える」
    ↓
「(゜Д゜)ウマ〜〜〜〜! 」

そんな純粋(?)なF1運営者たちの思惑さえも
上手に戦略として利用してしまうのが「ナンデモあり」なF1の世界。
(FIA設定燃費X周回数)という給油量の算定方法を逆手に取って、
Q3の周回中に低燃費走行を絡める事で
規定量より1リットルでも多く燃料をせしめ、
決勝レース(特に第1スティント)のレース戦略に幅を持たせる事。
それがQ3でドライバーたちに課せられた「もうひとつの仕事」。
それが「フュエル・バーンオフ」です。
規定にがんじがらめな現代F1では必要不可欠な常套手段なのです。
「バーンオフ」は最終アタック後のクールダウンラップまで含まれます。
チームラジオで「ゆっくり走ってね」と《念押し》されるのはそのためです。

◆ハミルトンの命令違反行為?
今回の事件に関してマクラーレンが「アロンソの異常な行為」を
釈明(?)するために提出した「ハミルトンの命令違反」に
この「フュエル・バーンオフ」が関係してきます。

Q3開始前。ピットレーン出口のトップにいたのはハミルトン。
その後ろがアロンソ。
そもそもこの順番が「間違い」だったとマクラーレンは主張します。

序盤6周の「フュエル・バーンオフ」を含む総周回12周を当初予定していた
とするマクラーレン陣営は「アロンソ先行」を念頭に置いていたそうです。
しかし、ハミルトンはその「約束事項」を破り、
しかも「アロンソ先行」を指示しますがこれを無視。
そのため総周回数を「11周へ変更」を余儀なくされ、
それが予定外の「アロンソ20秒ストップ」という事態を招き、
それが巡り巡って不可抗力的に
「ハミルトンの予選妨害」へと繋がったという主張です。

しかし、そう言われてもな〜…というのが正直な感想です。
なぜならQ3中のマクラーレン陣営の様子が何度も映されていましたが、
序盤のピットには彼らが主張するような
「緊張状態」はまるで感じられなかったからです。

◆Q3での「20秒」ストップ?
レーススチュワードから公式発表されたコメントにある「20秒ストップ」。
これがQ3での1回目と2回目どちらを差しているのか
判然としない部分があります。
そこで実際のアロンソの2回のピットストップを振り返ってみます。

《アロンソ1回目のストップ》
[ 残り 7:42 ]
予定より1周少ない5周のバーンオフを終え、アロンソがピットイン。
ロリポップマンの指示による長い制止、そして指でカウントダウン。
[ 残り 6:53 ]
ロリポップが上がる。チームがアロンソに課した制止時間は51秒。
スタートしかけるアロンソ。
しかし、右フロントのアップライト部に
タイヤウォーマーのヒモがひっかかり、さらにタイムロス。
[ 残り 6:43 ]
やっとスタート。余分にかかった時間は「10秒」。

《アロンソ2回目のストップ》
[ 残り 2:14 ]
こちらが問題となったピットストップ。タイヤ交換は7秒で終了。
ここでまた長い制止を指示されるアロンソ。
[ 残り 1:51 ]
ロリポップが裏返る。
[ 残り 1:48 ]
ロリポップが上がる。チームが制止させた時間は34秒。
それでもスタートしようとしないアロンソ。
ハミルトン担当のタイヤクルーにせかされても無視。
アロンソは「このタイヤで本当にいいのか?」とクルーに再確認。
[ 残り 1:36 ]
ここでアロンソがゆっくりとピットをスタート。
余分にかけた時間は「12秒」。
アロンソの主張する「間に合わない」発言は明らかに間違っています。

さて?ここで問題です。
アロンソが「カウントダウンされた」と主張する「20秒」
マクラーレンチームがアロンソに待つように指示した「20秒」
とは、それぞれどれを指すのでしょうか?
どうもマクラーレンとアロンソが言う「20秒」は
ビミョーに違う気がするのです。

◆アロンソの立場を客観的に見る
テレビやサーキットで見ている人々には残り時間がリアルタイムで見えています。
ただし、F1のコクピットにはそんな《ストップウォッチ》はついていません。
ドライバーが“頼り”とするのはピットからの無線連絡だけです。

だから、アロンソが2回目の長いピットインからゆっくりスタートした時点で、
タイムリミットギリギリだったと言う事実を
アロンソ本人は把握していなかった…可能性はあります。

言い換えるなら「“ワザと”ハミルトンのアタックラップを潰す」ためには
「ピットの“協力”」でもない限りは不可能だとも言えます。

チームの『罪』を認めたスチュワードの判断はその点にあるのでしょう。

◆マクラーレンの不可解な主張
明らかにQ3終了後、不機嫌ありありだったロン・デニス。
アロンソ担当のフィジカルトレーナーをとっつかまえ、
ポール獲得で喜ぶアロンソにも歩み寄って何事か言いたげでした。
一方で2位に終わったハミルトンへ慰めの言葉をかける担当スタッフ。
誰がどう見ても「ナニがあったか」はミエミエの状態と言えます。

それでも「アロンソよりハミルトンが悪かった」と主張するマクラーレン。
何故か?仮定として考えられるのは…

アロンソの子供じみた行為の是非を問うより、
彼の『スポーツマンらしからぬ行為』に対するペナルティーのダメージを
これから熾烈化するフェラーリとのポイント争いに備えて
少しでも緩和するためにあえて「お話をデッチ上げた」…でしょうか?

過ぎた事をアレコレと追求する事で事態を悪化させるよりも
つねにチームへの不信感を漏らし、「現状への不満」をアピールし続ける
アロンソとの関係修復へ向けた協力関係を新たに築く突破口として
この災いを「福」となすための「建設的な妥協案」…でしょうか?

そのために子飼いのハミルトンを利用したのでしょうか?

◆やぶ蛇
結局、マクラーレン&アロンソの目論みはどれも空振りに終わり、
「妨害行為」へのアロンソ自身に対する嫌疑は晴れることなく
ペナルティーとしてポール記録は抹消《5番手降格》を言い渡され、
本当の理由はどうあれ、マクラーレンチームもアロンソと共謀したとして
ハンガリーGPの《チームポイント剥奪》が決定されます。

まさに「やぶ蛇」。
アロンソだけが罪をかぶった方がキズが浅かったのではないでしょうか?

あるいはロン・デニスには、目先のポイントよりも
アロンソと「共倒れ」になる事で彼に「負い目」という貸しを作り
来期へ向けた契約を有利に進めるというメリットの方を優先した…のかも?

◆アロンソが止まった理由
スタッフの凡ミスによる1回目のピットストップ「10秒」のタイムロス。
これをアロンソはどう受け取ったのでしょうか?

ずっとチームへの不信感を募らせ続けているアロンソ。
ハミルトンのためにチームが「ワザと」やったのでは…
一瞬、そんな疑心暗鬼に囚われた可能性はないでしょうか?

だから、今度はアロンソが「ワザと」同じように「12秒」止まってみせた。
たまたま運悪くハミルトンが…後ろで待っているとは知りつつ…。

ニュルブルクリンクの表彰台前についマッサへ暴言を吐いたように
大した根拠もなく感情的に、つい反射的に…
本人にさしたる「悪意」もないままに。

◆見損ねた《伝説》
しかし、今回といい去年の「ラスカスゲート」といい
たしかに「不届きな行為」があったもののどちらも
“お膳立て”とすれば、間違いなくレースが面白くなりそうな展開でした。
それを「なかった事」にしてしまったのは「正義」の名の下に下された裁定です。

ただ心の片隅でこうも思うのです。
今回、もしもアロンソがポールのままであったなら…
抜けないハンガロリンクでアロンソの鉄壁な防御と
ハミルトンの『神業オーバーテイク』がガチンコ激突。
しかも序盤のツバぜり合いでお互いに消耗しきったマクラーレンに
終盤襲いかかるフェラーリ・ライコネン…
想像するだにスリリングな展開ではないでしょうか?
ペナルティーを下すのはそれからでも遅くなかった…のでは?と。

1988年のブラジルGP。
フォーメーションラップ後のマシントラブルで
Tカーに乗り換えたアイルトン・セナ。
最後尾からスタート。
黒旗が出される直前まで見られたセナの鬼神のような走り。
もしもアレが乗り換える直前に
競技委員会から「ストップ」がかかっていたなら…。
私たちは貴重なセナの《伝説》をひとつ見損ねた事でしょう。

そう考えると先週末の私たちは、
《伝説》と成り得たレースを見損ねた不幸な観客…だったのかもしれません。

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登録日:2007年 08月 12日 15:31:38

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斎藤モ吉
(男)
福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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