2007年 10月 25日

「フェラーリ、ダブル・チャンピオンの価値は…」で一句

シューマッハ氏 ライコネンを祝福

【10月23日 AFP】世界チャンピオンに7度輝いた元F1ドライバーのミハエル・シューマッハ(Michael Schumacher)氏は22日、自身のホームページ上で、「こんなドラマティックな結末は予想していなかった」と述べ21日に行われたF1第17戦・ブラジルGP(Brazilian Grand Prix 2007)を制し、初の年間王者に輝いたフェラーリ(Ferrari)のキミ・ライコネン(Kimi Raikkonen)を祝福した。
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(c)AFP

AFPBB News


「面白〜い」 だけじゃ廃るよ F1も

日本では今、2つのプロスポーツの「在り方」が揺れています。

ひとつは国技である「大相撲」。
“リンチ死事件”にまで発展してしまったた弟子育成問題に端を発し、
親方連による運営の在り方まで取り沙汰されています。

あとひとつは「ボクシング」。
「亀田ファミリー」の試合内容に抗議が殺到。
重い腰のボクシング協会を動かし、「処分」で一区切りついたようですが
“視聴率”目的の「ショー化」が孕む弊害はこれからも再発するでしょう。
(と思っていたら「謝罪問題」がまだまだ長引きそう…)

さて、本題の「F1」。

ルイス・ハミルトン、ヘイキ・コバライネン、
去年から活躍しているクビサやニコ・ロズベルグなど
今年も大活躍した彼らの走りを見れば、
これから10年先は、十分楽しませてくれそうです。
人材育成的な面は、問題なしと思われます。

また、興行的な面から見ても
年々、開催国は増加の一途を辿り、バーニーさんもご機嫌です。
視聴率の増減は、開催国によって様々のようですが、
ビジネスとしてのF1は、いまだ右肩上がりに見えます。

レース内容もオーバーテイクが各所で見られるようになり
「延々パレードラップ、ピットインで順位変動」
という退屈極まりないレースは、随分少なくなりました。
コース改修効果か?レギュレーション改変効果か?
はたまたイキの良い新人レーサー効果か?

全体的には、なんら問題がないように思われます。

しかし、ある記事は
現状の《ドライバーの質》へこんな疑問を投げかけます。

「晩年のM・シューマッハは、
 それほど速くなかったのかもしれない。
 だからこそ、アロンソは
 M・シューマッハのライバルとなり得、
 それを見たわれわれは、
 アロンソはM・シューマッハと同等のスターになると
 確信してしまったのかもしれない。

 もともとM・シューマッハの成功は、
 アイルトン・セナがいなくなり、
 ほかにライバルもいなかったおかげとも言えた。
 セナ亡き後でM・シューマッハが対峙したのは、
 ほとんど二流の相手ばかり。
 ミカ・ハッキネンだけは手ごわかったが、
 それ以外にライバルは皆無だったのだ。」

(グランプリトクシュウVol.220/ジョー・セイウォード氏記事抜粋)

デーモン・ヒルやジャック・ヴィルヌーブのファンには、
到底許し難い記事内容ですが、1点だけ「確かに」と言える部分があります。
それは「M・シューマッハという物差し」に対する信用度の問題です。

F1ドライバーの善し悪しを判断する基準は千差万別ですが、
「速い、遅い」は、もっぱら相対的な尺度に頼るしかありません。
去年までのF1界では《ミハエル・シューマッハ》がその「基準」でした。
しかし、あれだけミハエルを苦しめ、
レーサーとして絶頂期であったはずのアロンソが
今年、デビューしたての若造を相手に
一度も優勢に立つことなくシーズンを終えた事で
《ミハエル弱体化説》は一層、説得力を持って聞こえてきます。

決して7度王座に輝いたミハエルの功績を貶めるつもりもなければ、
ハミルトンの絶対的才能に対して疑問を差し挟むものでもありません。
ただアロンソの《実力》は「過大評価」だったかも?とは思います。

ハミルトンが、中国&ブラジルで露呈して見せたプレッシャーへの弱さ。
危険予測に対する判断の甘さ、セオリー無視のオーバーテイク、ケアレスミス…。
いずれも『集中力の欠如』からもたらされた結果です。
「バックミラーが汚れていて、タイヤの状況が分からなかったんだ」(笑)
あれだけリアがズルズルなら身体で分かるはず。下手な言い訳にも程があります。
大好きなアイルトン・セナが聞いたら「バカ?」と言われますよ。
「弘法も筆の誤り」「上手の手から水が漏れる」などではなく、単なる経験不足。
ズバ抜けた才能があろうとハミルトンは、やはり「初心者」だったのです。

そんな新人の「弱点」を突き、精神的に追い込めなかったアロンソは、
チャンピオンを2回も獲った人物にしては、「芸が無かったな」と思います。
子供っぽいピットストップでの「通せんぼ」はジョークとして許せても
自らのメール受信記録をタテに「チームの弱み」につけこんで
「もっとエコ贔屓するように」《恐喝》するなんて…orz。
チーム内で孤立して当然。
ニキ・ラウダでなくても「同情の余地ナシ」だと思います。

苦労人(?)ライコネンには、心から祝福を贈ります。
しかし、今年のチャンピオンシップは、どう考えても『まとも』ではありません。
強引にマクラーレンを引きずり下ろし奪ったコンストラクターズ・チャンプ。
「燃料疑惑」は早々に不問に伏されて決定したドライバーズ・チャンプ。
FIAは、『フェラーリ贔屓』であると公言したようなものです。

かつて、『ある人物』はこう言いました。
「マクラーレンやウィリアムズの代わりはいても、フェラーリの代わりはいない」
たしかにフェラーリのいないF1は考えられません。
だからこそ「腐ってもフェラーリ」だっていいと思うのです。
かつての「弱小阪神」みたいだったフェラーリにも十分魅力がありました。
果たして現在のフェラーリが弱体化した時に魅力が残っているかは疑問ですが…。

若貴人気で異常な盛り上がりを見せた大相撲。
しかし、現在の凋落傾向はあの絶頂期から始まっていたとも思えます。
また、あの「亀田問題」は公正とは言い難い興行手段が撒いたタネとも言えます。

若いレーサーたちの台頭により白熱したレース展開も見られ
F1は、新たな絶頂期を迎えつつあります。
しかし、スポーツマンシップよりビジネス的側面ばかりが肥大化する傾向は、
現在の大相撲や日本ボクシングに似た「危機的状況」を予感させるものです。

「伝説」を生まないプロスポーツは、廃れるしか道はないのですから。

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登録日:2007年 10月 25日 01:06:04

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プロフィール
斎藤モ吉
(男)
福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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