「ザナルディはトラブルメーカー?」で一句

<F1>両足切断の元F1ドライバー ザナルディがBMWのテスト走行に参加 - スペイン

【チェステ/スペイン 25日 AFP】元F1ドライバーのアレッサンドロ・ザナルディ(Alessandro Zanardi)は、リカルド・トルモ(Ricardo Tormo)で行われたBMWのテスト走行に参加し、1999年シーズン以来7年振りにF1マシンを操縦した。
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(c)AFP/JOSE JORDAN

AFPBB News


疫病神? オレがそんなに 悪いかよ!

[雑感]
1993年。初めてフルシーズン契約を名門ロータスと結んだザナルディ。彼の名前がやっとF1ファンの間でも認知されはじめます。あまりよくないイメージとともに…暴れん坊。壊し屋。トラブルメーカー。サーキット上でザナルディの名が上がる時、必ずレースに波瀾が起きました。優勝争いをするトップチームからトコトン嫌がられたザナルディ。
しかし、よくレース内容を見れば、そのほとんどが不可抗力で起きたトラブルなのです。そんな彼のロータス在籍前期(93年)を振り返ってみます。

◆ミラー見とけよ!デーモン
開幕戦・南アフリカGP。予選で同僚ハーバートに0.1秒差をつけ16位からのスタート。マクラーレン期待の大物新人マイケル・アンドレッティの不発スタートなども手伝オープニングラップには13位まで浮上。逆にトップチームへの電撃移籍、セカンドロウスタートで舞い上がったウィリアムズ/ヒルは、スピンしてザナルディの前まで下がってきます。
画面は延々とセナ、プロスト、シューマッハの接近戦を放送し続けます。息詰まるツバ迫り合いにそろそろ飽きてきた17周目。いきなり画面が切り替わり、サンドトラップ上でヒルと絡み合うようにコースオフしたザナルディのロータスが映し出されます。
ラルースのフィリップ・アリオーを1周目からずっと抜きあぐねていたヒル。その後ろで虎視眈々とチャンスをうかがっていたザナルディは、ついにヒルがウエスバンクコーナー入口で大きく開けたインへ飛び込みます。しかし、その行動をまったく予測していなかったヒルは無意識にドアを閉め、ザナルディはヒルの横っ腹へ激突。絡み合ったまま反対側のグラベルまでコースオフして、その場で両者ともリタイアとなってしまいます。

◆たった1ポイントかよ!されど1ポイントだよ!
続く第2戦ブラジルGP。奇跡の逆転劇でセナが勝利を上げたレース。同僚ハーバートはラスト2周でミハエルと大激戦を演じ、惜しくも4位。一方のザナルディは、まったく目立つ事なく、リタイア続出の荒れたレースを飛んできた石が首筋に当たろうとめげずに堅実に走り続け6位入賞。1ポイントを稼ぎます。しかし、まさかこの1ポイントがF1人生唯一の獲得ポイントになるとは、この時、ザナルディ本人も思わなかった事でしょう。

◆別にプロストに恨みなんかねえよ!
今は亡きダイアナ妃も観戦された英国ドニントンパークでの第3戦、ヨーロッパGP。セナがオープニングラップで見せたごぼう抜きと絶妙のタイヤ交換タイミングで制したレース。同僚ハーバートも同様のタイヤ戦略が図に当たり2戦連続の4位入賞。
しかし、ザナルディはチームから無意味な4回ピットストップを命じられます。しかもレース中には、プロストがザナルディにひっかかったためにセナとのタイム差を広げてしまったり、アクティブサスが不調になって挙動を乱し、プロストの前でスピンしかかったり…まるでわざとプロストの足をひっぱり続けた形となりました。最後には、アンダーパネルを引きずりながらトップから4周遅れの8位(完走11台)というナットクいかない結果でレースを終えます。

◆火ィ吹いてんじゃねえよ!
第4戦サンマリノGP。セナvsヒルの2位争いとバリチェロを周回遅れにしようとするザナルディがトサコーナー上で交錯。ザナルディに抜かれまいとオーバースピードで突っ込んだバリチェロがコーナー出口でスピン。危うくそれに巻き込まれかけたヒルは、八つ当たり気味にザナルディをオーバーテイクします。しかし、その直後、同じトサコーナーでヒルもコースアウト、リタイアしてしまいます。
レース終盤。4位を走るザウバーのJJレートをロータスの2台が編隊状態で果敢に責めます。しかし、53周目の最終コーナーでザナルディが突っ込みすぎJJレートのリアに接触。コースアウトしてマシン左後部をタイヤバリアにヒット。マシン後部を破損したザナルディは、エンジン付近からリアウィングを包み込むほどの炎を上げながらメインスタンド前をヨロヨロと駆け抜けます。しかし、リアタイヤまで外れ満身創痍状態、タンブレロ手前の直線上で無念のリタイアとなります。

◆よくできたジョーク…じゃねえよ!
火を吹き上げながらまで走行し続けた理由をザナルディは、ジャーナリストたちにこう語りました。
「物凄い火が出ていたから、何とかタンブレロまで行こうと思ったんだ。あそこのコースマーシャルは、ベルガー(89年フェラーリでの炎上事故)を救ったほど優秀だからね」
誰もがうまいジョークだと笑いました。ただ1人ザナルディ本人を除いて…。

◆今度はミハエルかよ!
第5戦スペインGP。ハーバートは、アクティブサス不調でフォーメーションラップも出来ずにリタイア。しかし、ザナルディは15位からザウバーのヴェンドリンガーと抜きつ抜かれつのバトルを演じたりしながら着実に順位を上げて行きます。マクラーレン/アンドレッティに次ぐ6位まで上り詰め、残り6周となった60周目。突然エンジンブロウ。後ろから来ていたセナたちは無難にパスして行きますが、3位のミハエルは最終コーナーの立ち上がりで追いついてしまったためにタイヤが滑り、大きくコースオフしてしまいます。幸いすぐにコースへ戻りますがファーステストラップを積み上げながら3秒差までセナに詰め寄っていたミハエルの努力は水の泡消えてしまいました。最終周の激戦を期待していた観もガッカリ。ザナルディは事実上リタイアしましたが規定周回数クリアで最後尾14位として記録されます。

◆悪いのはベルガーだよ!
第6戦モナコ。木曜日にクラッシュしたせいで予選は振るわず20位スタート。しかし、ザナルディは着実にポジションアップ。59周目には同僚ハーバートをパスして8位。62周目にはバリチェロを抜いて7位。ポイント圏内を走るミナルディ/クリスチャン・フィッティパルディとリジェ/マーティン・ブランドルまであとわずか。
そんな終盤71周目。ミラボーに差し掛かったザナルディのイン側をヒルとベルガーが強引にすり抜けていきます。熾烈な2位争い。そして、ロウズヘアピンで無謀に仕掛けたベルガーがヒルと接触。コースをふさいでしまいます。立ち往生するザナルディ。ヒルが復帰し、開いたアウト側からベルガーを追い抜きますが、段差のある縁石に乗り上げたベルガーはバックして、後ろからきたアンドレッティにオカマを掘られエンスト。リタイアしてしまいます。「アレさえなければ…」ザナルディはポイント圏まで30秒届かず7位フィニッシュ。

◆悪ィのはマシンだよ!
第7戦カナダGP。シーズン序盤には、目立たなかったグリップ不足が中盤にいよいよ深刻化。土曜日の予選中に大クラッシュしたザナルディ。決勝では21位スタートからコースアウトしつつもねばり強くレースを続け、ジョーダン/ティエリー・プーツェンを0.3秒差で抑えきり11位フィニッシュ。
続くフランスGP。久しぶりにハーバートの前17位からスタートしたザナルディ。しかし、スタート4周後に突然スローダウン。ピットまで必死に戻りますがそのままガレージへ。原因はアクティブサスの不具合でした。
第9戦ロータスの地元イギリスGP。集中テストでハンドリングが向上。期待に胸高鳴る中、ザナルディはまたも予選でクラッシュ。ハーバートのマシンを借りて14位。レースでは、序盤の出遅れから17位。そこからフィッティパルディ、アレジ、バリチェロとバトルを続け(テレビにはまったく映らず)ましたが、またもやアクティブサスの故障でスピン。リタイアとなります。

◆これがホントの「骨折り損のくたびれ儲け」だよ!
テストの忙しい合間を縫ってイタリアへ里帰りしていたザナルディ。街に自転で出け自動車と接触。倒れた彼をその車がわざわざバックしてきて足を踏み軽い骨折。
チームは代役にロベルト・モレノと連絡を取ります。しかし、ザナルディは怪我をおしてドイツGPへ登場。予選15位から決勝は12位までポジションアップしますが19周目にスピンリタイア。
ホッケンハイムでロータスの来季エンジンが無限-ホンダ決定。一方、せっかくここまで散々苦労して研究開発を進めてきたアクティブサスが来期から禁止決定。一喜一憂の夏となります。

◆結局、交代かよ!
第11戦、ハンガリーGP。またもマシントラブルで予選21位スタート。アリオーのスピンを避けようとしてコースオフするもすぐに復帰。46周目11位走行中にギアボックストラブルでリタイア。
続く第12戦、ベルギーGP。スパ名物オールージュ先のハイスピードコーナー、ラディオン。数々のドライバーが高速クラッシュを経験する難所。ここでザナルディは金曜日午前のフリー走行開始30分後餌食となります。オールージュのバンプで挙動を乱した事が原因でした。約240kmのスピードでノーズから直角にウォールに激突し、一瞬マシンから火が出るほどの大クラッシュでした。

http://www.youtube.com/watch?v=ibT08Qe4jtg&mode=related&search=

↑事故処理中の現場に予選スピードのまま危うくセナが突っ込みかけています。よくまああそこで止まれたもんだと感心。運が良かっただけ?

(当時の放送では『亜久里日本人初の6番グリッド獲得』ばかりで触れられず終いでした)ザナルディ本人に目立った外傷はないように思われました。しかし激突の衝撃で背骨の神経にダメージを負っていると主張するロータスチームは、彼を外し代わりにポルトガルの新鋭ペドロ・ラミー(92年ドイツF3チャンピオン、93年インターナショナルF3000ランキング2位。1位オリビエ・パニスとのポイント差1点)を起用する事を決定します。

◆何のかんの言って、リストラかよ!
その後のテスト走行でスピン、コースオフした事などを取り沙汰され、ザナルディはチームからしばらく休養が必要と判断されます。そして、94年度のジョニー・ハーバートのパートナーとしてペドロ・ラミーの名が発表されます。しかし、それはラミーの個人スポンサー、ポルトガルの石油企業ガルプのスポンサーマネー獲得が主目的の人選でした。当然、当時のメインスポンサーであるカストロールは機嫌を損ね、次シーズンの撤退を決めます。
マイルドセブンという大口スポンサーをベネトンに土壇場でさらわれたロータスは、来期の資金確保が必須条件。しかし、ザナルディの開発能力を失ったロータスはシーズン終盤、満を持して投入されたトラクション・コントロールの開発に失敗。ランキングもシーズン当初の期待を裏切る6位という結果に終わります。

◆ランパンテ、あんたもかよ!
そうしてザナルディが苦汁を味わっている頃、古巣のF3000チーム、イル・バローネ・ランパンテもまた終焉を迎えていました。メイン・スタッフを強豪ミトスに引き抜かれ、チーム運営自体が破綻。シャシー代金未納でメーカーのレイナードにマシンを差し押さえられ、レースに参加不可能となり、チーム消滅が決定的となります。

◆契約って…テストドライバーかよ!
しかし、現場からのザナルディコールに逆らう事ができず、ピーター・コリンズは、ザナルディと正式にテストドライバー契約を結びます。無限-ホンダエンジンを積んだロータスマシンの開発、熟成には、彼の開発能力が絶対不可欠だったのです。そして、この時の経験が彼に成功への道を開くのですが…。

(ロータス在籍後期(94年)へ続く)

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登録日:2006年 12月 26日 02:44:06

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プロフィール
斎藤モ吉
(男)
福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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