「ザナルディ GOES TO USA」で一句
<F1>両足切断の元F1ドライバー ザナルディがBMWのテスト走行に参加 - スペイン
【チェステ/スペイン 25日 AFP】元F1ドライバーのアレッサンドロ・ザナルディ(Alessandro Zanardi)は、リカルド・トルモ(Ricardo Tormo)で行われたBMWのテスト走行に参加し、1999年シーズン以来7年振りにF1マシンを操縦した。
≫続きを読む…
(c)AFP/JOSE JORDAN
ホンダ乗り 本領発揮 チャンプカー
[解説]
F1でまったく芽の出なかったザナルディ。1年の休養期間(?)を経た96年にアメリカへと渡ります。当時、アメリカのチャンプカーレース(CART)にはF1経験者も多く参戦(マーク・ブランデルもこの年CARTへ移籍。チームメイトはマウリシオ・グージェルミン)しており、顔見知りが多い環境もザナルディが参加しやすい要因のひとつと思われます。が、渡米の最大の理由はホンダの存在があったからと勝手に想像しています。F1時代に無限-ホンダのテストで培ったザナルディの開発能力をCARTで苦戦続きのホンダが頼りした…のではないでしょうか?それを証明するかのように、ザナルディがCART参戦以降、ホンダも着実に優勝戦線へ食い込めるようになり、ついにはザナルディも2年連続タイトル獲得という偉業まで達成します。
[雑感]
正直に言えば、この頃のCARTレースにはあまり詳しくありません。ザナルディのCARTでの活躍を見たのも2度目のチャンプを目指す98年ごろだったと記憶しています。ですから当時の模様に詳しい人のサイトなどを見る方が正しい情報が得られると思います。ただマンセルやジャック・ヴィルヌーブの影響でF1雑誌にもよくCART関連の情報が掲載されていましたので、そのあたりをツギハギしながら何とか当時の雰囲気だけでもお伝えしたいと思います。
◆ホンダのCART挑戦
F1でホンダターボと言えば、“無敵”の代名詞でした。しかし、90年代に入りルノーエンジンを乗せたウィリアムズによってその栄冠は奪われ、ホンダは92年シーズンを最後にF1から撤退します。その裏には、北米市場開拓という企業戦略に基づく大命題がありました。アメリカでの確固たる地位を築くためにF1よりもCARTでの成功が優先されたのです。しかし、そんなホンダを待ち受けていたのはより過酷なCARTの洗礼でした。
◆汚名
94年、チャンピオンチーム・チームレイホールとタッグを組み、必勝態勢で挑んだ一年目は1勝も上げる事ができませんでした。それどころか栄光の「インディー500マイルレース」ではスペシャルエンジンを用意したにもかかわらずホンダエンジンはメルセデスやイルモアどころかカスタマーエンジンのフォードよりも最高速度で劣る有様。ボビー・レイホールは危うく予選落ちしかけるほどでした。そこで業を煮やしたレイホールと共同オーナーのカール・ホーガンはホンダエンジンの使用をあきらめ、ライバルチームであるペンスキーチームから車を2台譲り受けてレースに参戦します。
決勝レースは、ペンスキーのアル・アンサーJrが優勝。2位にインディー初挑戦のジャック・ヴィルヌーブ。そして、3位にはホンダの代わりにイルモアエンジンを積んだペンスキーシャシーに乗るボビー・レイホールが入ります。
◆背水の陣
1年目は失望の0勝。2年目も年間1勝に終わったホンダ。参戦1年目から勝利を上げ続け、圧倒的なメルセデスを相手にこれ以上、負け続けるワケにはいきません。しかもトヨタまでもが参戦してくる噂が…。
レースによっては最高速を記録するほど目覚ましい発展を遂げたホンダ。3年目は、そのポテンシャルを確実に勝利へと結びつけられるドライバーとチーム力が必要でした。
◆失地回復へ必勝の布陣
前年のタスマンとコンプテックの2チームに加えて、チップ・ガナッシ・レーシングとジム・ホール・レーシングという有力チームと契約を結び、ドライバーラインナップもジミー・バッサー、ジル・ド・フェランという名実ともに保証済みの実力派レーサーが揃います。そこにもう1人。チップ・ガナッシから参戦する新人ドライバー、アレックス・ザナルディも名を連ねます。
◆ダブル?いや、トリプルタイトル獲得
そして、開幕した96年はまさにホンダ・イヤーと呼ぶにふさわしいシーズンでした。マイアミでの開幕戦では、ザナルディは84周目のクラッシュリタイアに終わりましたが、同僚のジミー・バッサーとジル・ド・フェランのホンダ勢が1-2フィニッシュ。ホンダ勢はその後も快進撃を続け、全16戦中、ポールポジション獲得回数12回、92年のシボレー以来の5連勝記録を含む優勝11回を遂げ、エンジンメーカーへ与えられる「マニュファクチャラーズ・チャンピオンシップ」タイトルを堂々獲得します。そして、苦労人ジミー・バッサーが4勝で初のドライバーズタイトルを獲得。ザナルディも3勝を上げて年間ランキング3位、最優秀新人賞である「ルーキー・オブ・ザ・イヤー」タイトルを獲得します。
◆うなぎ昇りの評判
96年の台風の目、チームメイトのジミー・バッサーと熾烈な優勝争いをするザナルディ。その評判はどんどん上がる一方でした。その頃のジャーナリスト評です。
「ザナルディは速い。彼のテクニカルフィードバックの適切さ、レースにかける純粋なひたむきさに、(チームオーナーの)ガナッシは心を打たれている。また、彼は誰に対しても礼儀正しく、それでいて愉快で、洞察力が鋭く、人の意表を突くような考えの持ち主でみんなに好かれている。」(米モータージャーナリスト/ジェレミー・ショウ F1グランプリ特集Vol.88より)だそうです。かつてのミソッカス扱いとエライ違いです。
◆アメリカの人気者に
「たとえばサイン一つするにも胸が痛む場合がある。もう300枚近く書いたから移動しようとすると必ず『俺には書いてくれないの?』という悲しげな声がする。悪いんだけど、どうしようもない…。この優勝はそういうファンに捧げたいと思う」
「ある晩、友だちと食事に行って支払をしようとしたら、ウェイターが『ファンの方からいただいたから結構です』と言うんだ。どうやらその人は30分前に帰ったらしいんだけど…びっくりしたよ。そんな事って、アメリカ以外では考えられないからね」
(米モータージャーナリスト/ジェレミー・ショウ F1グランプリ特集Vol.96より)
◆ついに王座へ
翌97年は、ザナルディが年間5勝を上げドライバータイトルを獲得しますが、マニュファクチャラータイトルはメルセデスに奪われます。そして、ホンダは全勢力を傾けダブルタイトル奪還へ向け98年を迎えます。そして、ホンダエンジンは見事全19戦中13勝を上げ、マニュファクチャラータイトルを奪還。ザナルディも年間7勝獲得ポイント285点を上げ、2年連続ドライバータイトルを獲得します。
↓この当時の各レースの模様はこちらが詳しいので是非ご覧ください。
http://www.honda.co.jp/motorsports/infos/1998/sokuho/4_indy_index.html
↓こちらはファンが作ったトリビュートビデオ。レースでの活躍シーンやドーナツを描く姿などが見られます。
http://www.youtube.com/watch?v=9E_QR96WXKQ
◆「瀬戸物屋の暴れ牛」
しかし、そんなザナルディもCARTでは良い評判ばかりではありません。誰彼見境なくホイール・トゥー・ホイールの争いを仕掛ける行為を喜ぶファンもいれば「危険で馬鹿げている」と批難する人々もいました。ピットの評判も「彼はチャンピオンにふさわしくない」という意見が多く、もっと時と場所をわきまえた冷静な判断をすべきだと言う意見がよく聞かれました。ライバルたちの命を軽視しているとまで言われました。前述のジェレミー・ショウは「ある者たちにとって、ザナルディは瀬戸物屋の暴れ牛だ。細心の注意を払うべきところで暴れまわる。しかし、他の者にとってはホイールに隠れた天才児に見えるようだ。実際、彼はその中間と言っていい。」と分析しています。
そんな彼の真価を問うために、今一度、F1への門戸が開かれようとしていました。行き先は、CARTとF1でチャンプを獲ったジャック・ヴィルヌーブが去ったウィリアムズチームでした。
カテゴリー[ F1・ドライバー物語 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2007年 01月 21日 13:14:25
コメントを追加
Trackback
この記事に対するトラックバックURL:
- プロフィール
- 斎藤モ吉
- (男)
- 福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
- 最近のエントリー
- [08/30] 《イナーシャ・ダンパー》ってナニ?
- [08/26] 2008年第12戦・ヨーロッパGP・決勝
- [08/24] 2008年第12戦・ヨーロッパGP・公式予選
- [08/24] 2008年第12戦・ヨーロッパGP・フリー走行3回目
- [08/18] F1グランプリ〜栄光の男たち〜
- [08/17] 2008年・第11戦・ハンガリー・決勝
- [08/04] 2008年・第11戦・ハンガリー・公式予選
- [08/04] 2008年・第11戦・ハンガリー・フリー走行
- [07/21] 2008年第10戦・ドイツ・決勝
- [07/20] 2008年第10戦・ドイツ・プラクティス&予選
- 最近のコメント
- [10/17] 「ミハエル、モンツァ・ラストランも圧勝」で一句 モ吉
- [10/12] 「ミハエル、モンツァ・ラストランも圧勝」で一句 およよ
- [02/22] ミハエルやっちゃった事件で一句 モ吉
- [02/13] ミハエルやっちゃった事件で一句 ナンババン
- [10/30] 「ミハエルついにラストラン」で一句 モ吉
- [10/25] 「ミハエルついにラストラン」で一句 aya
- [06/27] アロンソ、イギリスGP/グランドスラム達成で一句 モズキーノ
- [06/23] アロンソ、イギリスGP/グランドスラム達成で一句 aya
- [06/14] ミハエルやっちゃった事件で一句 モズキーノ
- [06/13] ミハエルやっちゃった事件で一句 yosio
- 最近のトラックバック
- 月別アーカイブ
- 2008年 08月 [8]
- 2008年 07月 [2]
- 2008年 05月 [3]
- 2008年 04月 [7]
- 2008年 03月 [3]
- 2008年 02月 [1]
- 2008年 01月 [2]
- 2007年 12月 [1]
- 2007年 11月 [1]
- 2007年 10月 [6]
- 2007年 09月 [7]
- 2007年 08月 [4]
- 2007年 07月 [4]
- 2007年 06月 [5]
- 2007年 05月 [4]
- 2007年 04月 [4]
- 2007年 03月 [4]
- 2007年 02月 [4]
- 2007年 01月 [5]
- 2006年 12月 [3]
- 2006年 11月 [4]
- 2006年 10月 [4]
- 2006年 09月 [4]
- 2006年 08月 [5]
- 2006年 07月 [4]
- 2006年 06月 [2]
- 2006年 05月 [2]
- お気に入りリンク
- 検索