君知るや?初ポール哀史

今回、ベッテルの初ポールにはホント驚きました。
でも、きっと1周もたないだろうな〜とも思ってました。
まさか「勝っちゃう」なんて、ビックリです。

過去、何度も見てきたもんですから。
新人ドライバーによる思いがけないポールポジション。
そして、翌決勝レースでの「ガッカリ」なリザルト。

そんな歴史のアレコレをご紹介。

1985年・第9戦《ドイツ》ニュルブルクリンク
トールマンTG185でポールを取ったデビュー2年目のテオ・ファビ。

1994年・第11戦《ベルギー》スパ・フランコルシャン
ジョーダン194で取ったデビュー2年目のバリチェロ。

1998年・第10戦《オーストリア》A1リンク
ベネトンB198で取ったデビュー3年目のフィジケラ。

彼らに共通するのは「期待の新人」「雨頼み」。
そして色んな意味で「期待ハズレ」だった事。

他にはデビュー直後は「期待の新人」だったのに
初ポールを取った時にはすでに「新人」じゃなかった例。

1994年・第12戦《イタリア》モンツァ
フェラーリ412T1Bで取ったデビュー6年目のジャン・アレジ。

2004年・第4戦《サンマリノ》イモラ
BARホンダ006で取ったデビュー5年目のジェンソン・バトン。

彼らに共通するのは「生涯1勝」…かな?
(ジェンソンがもう1度勝てる日が来るかどーか…賭ける?)

・・・・・・・

◆1985年のテオ・ファビの場合
雨の予選で運良く転がり込んだ初ポール。
これはハートエンジンにとっても初ポール記録だった。

その栄誉も決勝スタートのクラッチ操作ミスで水の泡となる。
スタートラインを過ぎる前にセナやロズベルグに抜かれ、
オープニングラップ終了時には8番手にまで後退していた。
それでもファビはコンスタントに走り続け、
まだあんまり速くなかった頃のマンセルや
引退直前のラウダに挟まれながらコツコツ周回を重ねていた。
しかし、序盤から思わしくなかったクラッチがついに音を上げ、
29周目にリタイアという結果に終わった。

◆1994年のバリチェロの場合
まだ公式予選が金曜と土曜2回に分けて行われていた頃。
金曜日の予選終了直前。弱冠乾き始めたコースへドライタイヤでアタック敢行。
これが見事に決まって暫定トップを獲得したバリチェロ。
翌土曜日は雨。バリチェロはモニター前で座ったまま、
ライバルたちの「無駄な努力」を高みの見物。
そして、ラクラク初ポールをゲット。

だが、快晴となった決勝日。マシンの実力差は歴然となる。
バリチェロの「無駄なあがき」もケメルストレートエンドまで。
ミハエルに、そしてアレジにまで抜かれてオープニング終了時点で3位。
その後もヒル、クルサード、ハッキネンらの猛プッシュにあえなく後退。
それでも5番手からウィリアムズ勢の不調を突いて2位まで挽回していた。
1回目のピットイン後、満タンで急激に重くなったマシンの操作に苦しむ。
そして、 20周目。本人のコメントでは路面のゴミを拾ったらしいが
下り高速左カーブ《プーフォン》を曲がりきれず真っ直ぐタイヤバリアへ。
歓喜の中で迎えたレースは、無惨なサンドトラップの中で終わった。

ちなみにこの時、バリチェロの乗っていたジョーダンに
積まれていたのがハートエンジン。
テオ・ファビから9年ぶり、2度目のポールポジションだった。


◆1998年のフィジケラの場合
誰もが苦戦する豪雨の中での予選。
終盤の小康状態をモノにしたフィジケラがトップタイムをゲット。
マクラーレンの開幕連続ポール記録をストップさせた。
2位には、ザウバーのジャン・アレジが幸運にも滑り込んだ。

決勝は、地力に勝る3番手ハッキネンが1コーナーで簡単に先行。
続いてミハエルにもあっさり抜かれたフィジケラ。
高木虎之助、続いてアロウズの2人に端を発する多重クラッシュで
セーフティーカーが入る波瀾の展開となる。
レース再開後はトップ・ハッキネンと2位ミハエルの息詰まる白熱戦が続いた。
それをはるか前方に見やりながら3位を淡々と走り続けるフィジケラ。
その後、ミハエルの思いがけないコースオフで2位に上がった。
そして、21周目。ロングディスタンスを考慮した長めのピットイン。
燃料満タンでピットを出たフィジケラ。その真後ろにアレジがつけた。
動きの鈍いフィジケラにアレジが2コーナー外からパッシングを仕掛けた。
接触。フロントロウに仲良く並んでいた2人が仲良く同時に消えた。

◆1994年のアレジの場合
大いなる期待と希望を抱いてフェラーリに移籍して4年目のアレジ。
やっと戦闘力のあるマシンを手にして成功目前と思われた。
そんな盛り上がりの中、フェラーリの聖地モンツァで初ポール獲得。
期待するなという方がムリ。
大きすぎるプレッシャーにアレジもかなりナーバス気味。
まだ髪がフサフサだったジャン・トッドやラウダが心配そうに励ましていた

毎度お馴染みの多重クラッシュでスタートやり直しとなった決勝レース。
それでもフロントロウを独占した同僚ベルガーとともに1-2体制でレースを支配。
このまま優勝もいけると熱狂するティフォシらの期待はピークに達した。
そんな15周目。ピットイン作業を無事に終え、出て行こうとした412T1Bだが、
エンジン音とはウラハラにまったく加速しようとしない。
ピットレーンをハエが止まるほどの速度でノロノロと、そして止まった。
コクピットの中で絶望し両手で頭をかかえるアレジ。
ギアが1速に入らないトラブルによって、アレジのレースは突然に終了した。
激怒したアレジは、愛車フェラーリ355をサーキットに放置したまま、
実兄の運転するBMWでフランスの実家へ直帰したという。


◆2004年のバトンの場合
ホンダもバトンも現在の姿からは想像もつかないほど輝いていた4年前。
あともう少しで「栄光」に手が届きかけていたのに
一体、ナニが原因でダメダメなチームへと転落したのだろう?

あのミハエル&フェラーリさえも実力でねじ伏せて勝ち取ったポールポジション。
決勝レースも序盤からミハエルを突き放すバカっ速さを見せる。
同僚の佐藤琢磨も4位で表彰台を狙える位置を好走していた。
しかし、ピット戦略の甘さからミハエル&フェラーリに首位を明け渡したバトン。
そのまま2位キープでレースを終えた。
琢磨はギアトラブルでポイント圏外へ埋もれていった。


・・・・・・

何故、彼らが「勝てなかったか?」
そして、ベッテルは何故「勝てたのか?」

そのヘンを次回。

カテゴリー[ えふわん温故知新・昔話R2 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2008年 09月 26日 23:31:56

コメントを追加

Trackback

この記事に対するトラックバックURL:

カレンダー
< 2008年 09月 >

1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30



プロフィール
斎藤モ吉
(男)
福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
お気に入りリンク
検索