カテゴリー [F1・マクラーレン]
昨年のマクラーレン・スパイ騒動って・・・
マクラーレン 2008年用ニューマシン 「MP4-23」を発表
【1月8日 AFP】F1コンストラクターのマクラーレン・メルセデス(McLaren)は7日、ドイツのシュツットガルト(Stuttgart)にあるメルセデス・ベンツ・ミュージアム(Mercedes-Benz Museum)で700人の従業員と400人の報道陣やゲストの前で2008年シーズンのニューマシン「MP4-23」を発表した。
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(c)AFP
結局、ナンだったのでしょうかねえ?
フェラーリの私怨じみたネチっこさ。
マックス・モズレーの執拗さ。
でも、最終的にロン・デニスの「全面降伏」を受け入れた途端
ぱったり追求の手を止めた。
似たような事したルノーに関しては、「お咎め」なし。
でも、この「メルセデス主導の新車発表会」を見て、
「本当の黒幕は、メルセデスだったんじゃねえーの?」
って、思わずにはいられない。
これからのF1をもっと商業的に発展させたいFIAにとって、
何かと邪魔なのは「ロン・デニス」や「フランク・ウィリアムズ」など
力を持った個人チームオーナーの存在。
もっとメーカー主導にするために「彼らを排除したい」
そんな意向があの「事件」のウラでやりとりがあったのかも・・・。
なんて妄想が膨らみます。
この写真なんか見てると特に。
ウィリアムズもあれだけ大事に抱え込んでいた自社株を
(40%だけど)吐きだしてしまったし、
最終的にあの株の行方がどこになるか・・・気になる。
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登録日:2008年 01月 28日 12:10:16
「これじゃマクラーレンでなく“マ裏ー目ン”だよ。チミィ(苦笑)」で一句
フェラーリ 毎年恒例のフェラーリ・ワールド・ファイナルズを開催
【10月29日 AFP】F1、フェラーリ(Ferrari)が毎シーズン終了後に行っている恒例イベント「フェラーリ・ワールド・ファイナルズ(Ferrari World Finals)」が28日に最終日を迎えた。(c)AFP
痛々し 自爆ギャグ並み ロン寒ッ!
楽しげですね〜「成功者」フェラーリ家の人々。
真ん中で肩を並べるトッド&モンテゼモロ。
ミハエルは今、どっち寄り?判断(単純過ぎ)のネタにと思いましたが、
記念写真の中に「ミハエル」はいません。さすが、ミハエル。
そんな「シロートの間違った憶測」を招くよーなイージーな“失策”はしません。
アロンソは、ぜひとも見習うべきですね。
そんな《泡沫の》我が世の春を謳うフェラーリに引き替え、
このところまったくツキから見放された感ありのマクラーレン。
ヤル事なす事、全部“裏目”というより「ワザと?」ってカンジで
フルスロットルで“自爆”しまくってます。
ブラジルGP終了後、FIAが発表した
BMWとウィリアムズの“燃料規定違反”発覚と
その事実を認めながら「ペナルティーを課さない」決定に対して
「ダブルスタンダードは正されるべき」と至極真っ当な抗議をしただけなのに…。
(巷で噂された「マクラーレンの指摘」…はデマっぽい)
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登録日:2007年 10月 30日 11:53:10
「“オン・ザ・レール"って感じにやや不満」で一句
【8月26日 AFP】F1第12戦・トルコGP(Turkish Grand Prix 2007)、決勝。
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(c)AFP
都合良く タイヤ剥がれて 縮まる差
「誰にとって」とは言わないけど、
後半戦に向けて「都合良く」ポイント差が詰まってきた。
フェラーリvsマクラーレン、アロンソvsハミルトン。
「盛り上がらない」よりはマシなので
コレはコレで良しと考えるべきか。
その前に「終息宣言」された
マクラーレン内紛劇について、もうヒトクサレ。
手持ちのカードが少ない時、
なりゆきでイチかバチかの一点突破に全てを賭ける。
すると全員の気持ちが一点に集中するためか、
想像以上の「バカ力」が発揮されたり、
思わぬ好運が舞い込んできたりで逆転勝利できたりする。
逆に「勝てる要素」が揃っている時の方がアブナイ。
慢心、油断、よそ見などから思わぬ落とし穴がポッカリ。
負けるワケがないところでトラブルが出たり、
つまらないミスの連発で点を取りこぼしたりで逆転負け。
現代F1で重要視されるのは『トータル・バランス』。
それはクルマづくりに限らず、チームづくりにも言える。
好例が、かのミハエル・フェラーリ帝国。
「絶対勝利」の旗印の下、優先順位が明確化され、
プログラム通り、シナリオ通りによる「安定政権」が維持された。
そんな事は「百も承知」のロン・デニスだからこそ、
久々に巡ってきた「勝てる要素が揃った」この年。
“パワーバランスの崩壊”は『チームの衰退』を意味する。
だから《新人》ハミルトンの成長を脇に置いてでも、
《チャンプ》アロンソのプライドを守る事に躍起にもなる。
チーム安泰のためなら万難を排し、心を鬼にしてでも
「諸葛孔明、泣いて馬謖を斬る」の故事に倣うかの如く、
オーダーより「ちょっと長く」ピットストップしたアロンソより、
それ以前にオーダーを「完全無視」したハミルトンを“重罪”として、
あえてハミルトンを…
そんな風にハンガリー以降の流れをナットクしている。
まあ、結局のトコロ「ホントの真実は藪の中」だけど。
で、迎えたトルコGP。
マクラーレンは、もろもろの解決策として2部チーム制を導入。
その影響からか?単純なタイヤマネージメントミス(?)からか?
「トレッド剥離」でハミルトンは、あえなく表彰台から転がり落ちた。
「3位表彰台は確実」だったのに「不運」。
憐れなりハミルトン。
なかなか自分の「フルパワー」を解放させてもらえず
ここぞ!という時には決まって
「トラブル」や「不運な出来事」が襲いかかる。
ハミルトンも、かつてのプロストとセナのように。
思い切りガチンコでアロンソとの《バトル》が
したくてたまらないだろうに…。
当然、そんな事もまた「百も承知」のロン・デニス。
絶対、“そうならないよう”苦心惨憺しながら「コントロール」してるのかも。
ハミルトンとの「契約条項」や「恩義」を武器に。(←妄想、妄想)
◆雑感
あとツマラナイ事だけど、最近すっごく気になってる事をひとつ。
《「ロン・デニスの妻」の露出度の高さ》
アレは、一体ナンなんだ?
マーサ・スチュワートみたいな「カリスマ主婦」でも目指してるとか?
「ルイスを育てた私たち」なんてタイトルで本を出すつもりだとか?
立ってるだけで“ヘンな色気”がプンプンして来るんですけど…。
ミカ・ハッキネンが活躍していた当時、
ミカのGF「イリヤ」の出入りを「スタッフの気が散るから…」って
あまり歓迎してなかったんじゃなかったっけ?>ロン
やっぱり「ロン・デニス」って、よく分からないな。
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登録日:2007年 08月 27日 15:03:07
「才能のある若いヤツは取りあえずツブしとけ」で一句
【8月24日 AFP】F1第12戦・トルコGP(Turkish Grand Prix 2007)の開幕を翌日に控えた23日、マクラーレン・メルセデス(McLaren-Mercedes)のフェルナンド・アロンソ(Fernando Alonso、スペイン)とルイス・ハミルトン(Lewis Hamilton)がスポンサーのイベントに出席し、4日に行われたF1第11戦・ハンガリーGP(Hungarian Grand Prix 2007)での騒動以来、初めて顔を合わせることとなった。
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(c)AFP
アロンソは 聞けばいいかも… プロストに
またまた〜(笑)
スポンサーの手前なら、そりゃ〜いくらでもネコかぶるでしょ?
この2人がこのままで済むワケないって、絶対。
マクラーレン移籍直後のアロンソは、
まさか自分がシーズン中盤まで
こんな状態になってるとは予想しなかっただろね。
デビューしたての若造相手に
ここまで頭を押さえられたままでいるなんて…
こんな時は、どうしたらいい?
夏休みだからね〜〜…
F1にも「こども電話相談室」みたいなのがあればいいのに。
「スペイン出身の〜アロンソですッ。(シュコ〜〜←鼻息)
才能のある若いドライバーをー(シュコ〜〜)
ツブす方法教えてください(シュコ〜〜)」
「じゃーね〜アラン・プロスト先生に聞いてみようか?
先生。よろしくお願いしま〜す」
「はい。アロンソ君は〜どーして若い子をツブしたいのかな〜?」
「…ウザ…(小声/え?何て?…はあ?…分からん…)
………分かりません(シュコ〜〜)」
「アロンソ君。《人を呪わば穴ふたつ》って言葉知ってるかな〜?」
「はあ…」
「むかし、先生にもあったんだ(苦笑)イロイロとさ…
まあね、今思えばみんないい思い出?なんだけどさ…(笑)」
「……………先生?あのー質問は…」
「エーット、なんだっけ?そうそうあんまりイジメ過ぎると
後ろからぶつけられたりして危ないから、ドアは気をつけてシメましょう」
「分かりましたかー。アロンソ君」
「………はーい」
まあ、1988年を振り返って見るなら
常にポイントで先行していたのはプロストの方。
最終総ポイント数でも[セナ:94pt/プロスト:105pt]で
プロストの圧勝…だったんだけど…。
それでも「負けちゃった」のは《有効ポイント制》のせい。
最近、F1を見始めた人には“耳馴染み”ないでしょうが
1990年までF1は「全16戦中の獲得ポイント上位11戦分」
っていう《有効ポイント》で競ってました。
何ででしょうね?
まあ、昔のクルマは今みたいに信頼性が高くないから
故障したりとかで『無念のリタイア』が必ずあったから?
年間数戦の取りこぼしがある事を前提にしたルールだったのか。
「もしも、現代F1に《有効ポイント制》が残っていたら…」
今ごろ苦しんでいたのはハミルトンの方かも。
ターボも復活するんじゃね?って言ってるし、
このままだと《有効ポイント制》も復活したりして…。
◆ちょっとタラレバ
《有効ポイント制》が、もし1991年以降も続いていたなら…
確実に「歴史が変わっていた」のは、
『1994年/最終戦/オーストラリアGP/アデレード』
ミハエルとデーモン・ヒルの「疑惑の接触」はなかった…はず。
第15戦・鈴鹿終了時点で[ミハエル:92pt/デーモン:91pt]
両者のポイント差は[1pt]。
ところがコレに《有効ポイント制》を当てはめると…
ミハエルは、まだポイントを上げたレースが
10戦(失格裁定で2レース欠場)だから[92pt]まるまる有効。
最終戦で上げるポイントもそのまま加算されます。
ところがデーモンは、すでに12戦で入賞。
1戦余分なので第3戦サンマリノの[6位:1pt]が減算されて[90pt]。
しかも手持ちの11戦の入賞内容は1位と2位のみ。
だから、最終戦で優勝しても[1位:10pt − 2位:6pt]=[+4pt]
デーモンの加算可能総ポイント数は[94pt]止まりなのです。
ミハエルにあと必要なのは、5位[2pt]オンリー。
たとえデーモンと同ポイントになっても優勝回数で1勝上回るから
ミハエルが余裕で「チャンピオン獲得」。
しゃかりきに「トップを走り続ける」必要もなく、
ムリせずデーモンの後ろをついて行くだけでよかったんだから…
「疑惑の接触」が起こる可能性も「ほぼなかった」…かもね。
ひょっとしたら
「黒ミハエル」だって生まれなかった………んなこたーねえか(笑)
最後の大ドンデン返しもアリ。
鉄壁の絶対防御もアリ。
《有効ポイント制》のマカ不思議
どーゆーアンダスタン?
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登録日:2007年 08月 24日 16:20:38
「ロン・デニスって、ドM?」で一句
【8月7日 AFP】F1第11戦・ハンガリーGP(Hungarian Grand Prix 2007)で論争の的となったマクラーレン・メルセデス(McLaren-Mercedes)のチーム内に起きた緊張は、フェルナンド・アロンソ(Fernando Alonso)のチームでの未来に大きな疑問符を覆った。
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(c)AFP/ANDREW FAGAN

ストレス量 反比例かな? ロンの髪
[解説]
この世の中で「絶対やりたくない仕事」が《F1のチーム代表》。
いくらレース好きだから始めた事とはいえ、
現在のロン・デニスを見ているとチームもドライバーも絶好調。
ポイントリーダーなのに抱え込むのはストレスばかり。
そりゃ、髪も白く、薄くなるはずです。
そう言えば、F1の代表って「薄い人」多いですね。
フェラーリ、ウィリアムズ、ギ・リジェ、ザウバー…。
最近じゃ、ベルガーもかなりヤバイ感じです。
バーニー・エクレストンやケン・ティレルは真っ白。
…ジョーダンは、え〜っと(以下自粛)
[雑感]
ロン・デニスという人物像をアレコレ伝え聞くトコロによると
「堅物」と思われがちな印象とはウラハラに内実は「熱情家」だそうな。
「やり手」で「策士」「ネゴシエイター」でありつつ
「お茶目」で「冗談好き」で「ギャンブラー」でもあるらしい。
“多面性を持った人物”である事はたしか。
それでも少なくとも“バカ”ではないはず…ですが、
あれだけツライ目にあって散々懲りた
「セナ・プロ時代」と同じ轍をまた最近踏んでる気がします。
「ハミアロ」?「アロハミ」?う〜〜んイマイチ。
大方の予想通り「ハミルトン&アロンソ戦争」ついに勃発です!
って事で「夏休み企画・温故知新」
マクラーレン「セナ・プロ時代」プレイバック!!
◆黄金タッグ誕生
1987年、イタリアGP決勝前のモンツァで「ある2つのニュース」が発表されました。
一つは、マクラーレンの次期搭載エンジンがポルシェから「ホンダ」に代わる事。
もう一つがアラン・プロストのチームメイトに「アイルトン・セナ」が迎え入れられる事。
ニュースを聞いた誰もが来期のマクラーレンは「手強くなる」と思いました。
ただし、フェラーリやロータスより少し勝ち星が多い程度に…。
ナゼなら翌88年からは「ターボ過給圧」が
4.0バールからさらに2.5バールへと制限されるため。
ウィリアムズやベネトンの3.5リッター自然吸気勢の方がずっと有利なはず。
大半の専門家も88年は87年以上の「混戦」を予想していました。
◆プロストのジレンマ
最初、マクラーレンへのホンダ搭載を強く希望したのはアラン・プロストでした。
マクラーレンサイドからホンダへのラブコールは86年からすでに始まっていたのです。
しかし、ホンダサイドから出された絶対条件は「セナ」。
プロストは内心、悩みました。
もう1人の「ナンバーワン」が来たら「元ナンバーワン」がどうなるか。
ルノーではルネ・アルヌー、マクラーレンではニキ・ラウダを相手に
「新ナンバーワン」の自分がどうノシ上がってきたか振り返れば分かる事でした。
ジレンマに陥りながらもプロストは、首をタテに振りました。
「自分は、ルネやニキとは違う」と考えたのでしょうか?
もし、そうだったなら、その予想は「別の意味(悪い方)で大当たり」でした。
◆ロン・デニスの目算
一方、チーム代表のロン・デニスはもっと楽観的でした。
マクラーレンの指揮権を前代表テディ・メイヤーから委譲(?)されて7年。
その間、レースでも経営面でも実に上手くチームマネージメントをこなし、
あらゆる点で最高にプロフェッショナルなチームを築き上げた自負心がありました。
1981年 ジョン・ワトソンとアンドレア・デ・チェザリス
1982〜83年 ニキ・ラウダとジョン・ワトソン
1984〜85年 ニキ・ラウダとアラン・プロスト
1986年 アラン・プロストとケケ・ロズベルグ
1987年 アラン・プロストとステファン・ヨハンソン
一流ドライバー同士でも、いかなる組み合わせでも
誰でも“手なずけられる自信”があったはずです。
「プロストとセナも大差ない」ロンがそう考えたとしてもムリはありません。
ただし、そうだったとしたら、その予想は「想像以上に甘い考え」でした。
◆セナの野望
プロストとロン・デニス、両者の読みが外れた最大の要因。
それは「アイルトン・セナの常識はずれな●●の強さ」でした。
(●●には、いろんな言葉が当てはまります。思いつくまま入れてみましょう)
レーサーは誰だって「他人に負けたくない」と思うもの。
それは「初期の」アラン・プロストも同じでした。
ただデビューから8年。いくつもの悔しいレースを体験するうちに
例え「勝てるマシン」に乗っていても勝てない時もある。
たとえ1位で勝てなくても「最終的にチャンプを獲る」レースをすれば良い。
偉大なるニキ・ラウダから直にその「コツ」を学び
そうやってプロストは、チャンピオンを2年連続で勝ち取り、
誰からも「プロフェッサー」と呼ばれるようになったのです。
しかし、セナは違いました。
デビューから4年経っても「たった6勝」
常にマシンに足を引っ張られ続けだったセナ。
一度も「勝てるマシン」に乗った経験がありません。
だから「勝てるマシン」を手に入れたら
「全レースで勝てる」
セナは、絶対そう信じていました。
そして、それこそがセナが目標にしていた「野望」でした。
「誰よりも一番“速い”事を証明し続ける事」
それが“《レーサー》アイルトン・セナの存在理由”だったからです。
◆ホンダの計略
信頼性の高いマクラーレンのマシンを手に入れるためセナは、
ホンダにマクラーレンとの提携を働きかけます。
セナが「勝てるマシン」を熱望したように
ホンダもまた「勝てるチームと勝てるドライバー」を渇望していました。
ホンダもまた「全レースで勝てる」自信があったからです。
86年最終戦、アデレード。総帥・本田宗一郎の見ている眼前で
マンセルのタイヤバーストとともに失った王座。
あの瞬間にウィリアムズはホンダの信頼を完全に失います。
1年の猶予期間。ウィリアムズはホンダの願いを叶えますが、時すでに遅く
ホンダのパートナーの座は、マクラーレンへと委ねられます。
そして、結ばれた4者の絆は、全員の思惑どおり
最高のパッケージングとして結実します。
名車「MP4/4」にホンダターボ最終進化形エンジン「RE168E」
そして、アイルトン・セナ&アラン・プロストという2強レーサー。
「全てのレースに勝てる」
無敵のマクラーレン・ホンダ・パッケージの誕生でした。
チームの誰もが「完璧なシーズン」となる事を喜びました。
2人のレーサーを除いて…。
(「激突!! 1988年編」へつづく)
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登録日:2007年 08月 22日 01:03:09
「アロンソ、ピット独占?で5番手降格」で一句
【8月5日 AFP】F1第11戦・ハンガリーGP(Hungarian Grand Prix 2007)。
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(c)AFP
ハンガロゲート? いくらナンデモ なかロンソ
[解説]
さあ〜〜〜。いよいよ本格的にキナ臭くなってまいりました!
マクラーレンお得意「お姉様イビリ」状態。
セナプロ泥沼時代の再来かぁあああ〜。
などと昔懐かし「古館節」の煽り声が聞こえてきそうな雰囲気ですが、
はたして、両者にかつての「セナ・プロ」のような意図が
本当にあったのでしょうか?
もし、アロンソが「ワザと」ハミルトンの邪魔をやったとすれば
去年「ラスカスゲート」のミハエルと同様ですが…さて。
[雑感]
「ええ〜〜!?そこまでやるう?…うわ〜ハミルトン可哀相ぉ〜」
ハンガリーGP予選3回目。
予選終了直前、マクラーレンのピット上で発生した珍事。
詳しくは、アチコチで紹介されているはずなので繰り返しませんが
カンタンに言えば、
「アロンソがピットアウトを遅らせたため、
ハミルトンが最後のタイムアタックに間に合わなかった」
「ワザと」とか「潰された」と書くと《ハミルトン側》表現になり、
「ピットアウトできなかった」と書くと《アロンソ側》表現になってしまいます。
ただ見ていた多くの人は「アロンソがワザとハミルトンの邪魔をした」と感じ、
ハンガリーGPのレーススチュワードも少なからず
そう判断したために「5番手降格」という裁定が下されたのでしょう。
でも、あの事件の『実情』はどうなのでしょう?
その「藪の中」をちょっと覗いてみたいと思います。
(例によって今回も「ほぼ妄想」ですので真に受けないように…)
◆F1の予選方法
今回の件でフツーの人にはちょっと「?」な部分があるかと思います。
そこでまず、現在F1の予選がどうなっているかの説明から始めましょう。
F1の予選は去年から「ノックダウン方式」という方法が取られています。
予選をQ1-Q2-Q3の3セッション(各15分)に分け、
参加ドライバー22人をQ1&Q2で下位から各6名ずつ振るい落とし、
残った10名によってQ3で上位グリッドの順位を決めます。
◆予選に必要な周回数
タイムトライアルに必要な周回数は最低3周。
《サーキットに出る周》+《タイムアタックする周》+《ピットに戻る周》
1周が1分20秒前後とすると1ターンに必要な時間は4分〜5分。
15分以内で計算すれば、タイヤ交換の時間を含めて1セッション9周が基本です。
ただし、チェッカー直前にスタートラインを越えていれば
その周回のタイムアタックまでは認められます。
F1雑誌の予選結果などを見ればよく分かります。
Q1-Q2で下位チームは、みっちり3ターン(9周)走りますが、
上位は大体1ターン(3周)で終了。
ワンメイクタイヤの選定に悩んでいるチームがたまに2ターン走ったり、
タイヤの皮むき目的に多めに走ったりもします。
ところがQ3になると様相が一変します。
Q1-Q2では余裕ぶっこいていた上位チームもピット出口に殺到。
予選開始と同時にコースイン。規定時間15分間をフルに走り続けます。
総周回数にして10〜11周、コースによっては12周まで走れます。
ナゼ、そんなシャカリキになって走るのでしょう?
そこで重要となるのが「フュエル・バーンオフ」と呼ばれる周回です。
◆走るは《タイムのみ》のためならず
Q3を走った人には、ひとつ特典があります。
Q3中に走った周回数分だけ「燃料給油」してもらえるのです。
この制度が導入されたキッカケは、
あまりにも上位チームが予選で走らないためでした。
2005年の予選セッションの結果を見ると予選セッション1時間中、
みんな3周しか走らないという有様です。(燃料制限アリだから当然)
そこで導入されたのが「ノックダウン方式」と「燃料給油サービス」でした。
「予選中もサーキットを思う存分走ってもらう」
↓
「特にお目当ての上位のレーサーたちの走りが多く見られる」
↓
「土曜日予選にもたくさんお客さんが見に来てくれる」
↓
「入場料収入が増える」
↓
「(゜Д゜)ウマ〜〜〜〜! 」
そんな純粋(?)なF1運営者たちの思惑さえも
上手に戦略として利用してしまうのが「ナンデモあり」なF1の世界。
(FIA設定燃費X周回数)という給油量の算定方法を逆手に取って、
Q3の周回中に低燃費走行を絡める事で
規定量より1リットルでも多く燃料をせしめ、
決勝レース(特に第1スティント)のレース戦略に幅を持たせる事。
それがQ3でドライバーたちに課せられた「もうひとつの仕事」。
それが「フュエル・バーンオフ」です。
規定にがんじがらめな現代F1では必要不可欠な常套手段なのです。
「バーンオフ」は最終アタック後のクールダウンラップまで含まれます。
チームラジオで「ゆっくり走ってね」と《念押し》されるのはそのためです。
◆ハミルトンの命令違反行為?
今回の事件に関してマクラーレンが「アロンソの異常な行為」を
釈明(?)するために提出した「ハミルトンの命令違反」に
この「フュエル・バーンオフ」が関係してきます。
Q3開始前。ピットレーン出口のトップにいたのはハミルトン。
その後ろがアロンソ。
そもそもこの順番が「間違い」だったとマクラーレンは主張します。
序盤6周の「フュエル・バーンオフ」を含む総周回12周を当初予定していた
とするマクラーレン陣営は「アロンソ先行」を念頭に置いていたそうです。
しかし、ハミルトンはその「約束事項」を破り、
しかも「アロンソ先行」を指示しますがこれを無視。
そのため総周回数を「11周へ変更」を余儀なくされ、
それが予定外の「アロンソ20秒ストップ」という事態を招き、
それが巡り巡って不可抗力的に
「ハミルトンの予選妨害」へと繋がったという主張です。
しかし、そう言われてもな〜…というのが正直な感想です。
なぜならQ3中のマクラーレン陣営の様子が何度も映されていましたが、
序盤のピットには彼らが主張するような
「緊張状態」はまるで感じられなかったからです。
◆Q3での「20秒」ストップ?
レーススチュワードから公式発表されたコメントにある「20秒ストップ」。
これがQ3での1回目と2回目どちらを差しているのか
判然としない部分があります。
そこで実際のアロンソの2回のピットストップを振り返ってみます。
《アロンソ1回目のストップ》
[ 残り 7:42 ]
予定より1周少ない5周のバーンオフを終え、アロンソがピットイン。
ロリポップマンの指示による長い制止、そして指でカウントダウン。
[ 残り 6:53 ]
ロリポップが上がる。チームがアロンソに課した制止時間は51秒。
スタートしかけるアロンソ。
しかし、右フロントのアップライト部に
タイヤウォーマーのヒモがひっかかり、さらにタイムロス。
[ 残り 6:43 ]
やっとスタート。余分にかかった時間は「10秒」。
《アロンソ2回目のストップ》
[ 残り 2:14 ]
こちらが問題となったピットストップ。タイヤ交換は7秒で終了。
ここでまた長い制止を指示されるアロンソ。
[ 残り 1:51 ]
ロリポップが裏返る。
[ 残り 1:48 ]
ロリポップが上がる。チームが制止させた時間は34秒。
それでもスタートしようとしないアロンソ。
ハミルトン担当のタイヤクルーにせかされても無視。
アロンソは「このタイヤで本当にいいのか?」とクルーに再確認。
[ 残り 1:36 ]
ここでアロンソがゆっくりとピットをスタート。
余分にかけた時間は「12秒」。
アロンソの主張する「間に合わない」発言は明らかに間違っています。
さて?ここで問題です。
アロンソが「カウントダウンされた」と主張する「20秒」
マクラーレンチームがアロンソに待つように指示した「20秒」
とは、それぞれどれを指すのでしょうか?
どうもマクラーレンとアロンソが言う「20秒」は
ビミョーに違う気がするのです。
◆アロンソの立場を客観的に見る
テレビやサーキットで見ている人々には残り時間がリアルタイムで見えています。
ただし、F1のコクピットにはそんな《ストップウォッチ》はついていません。
ドライバーが“頼り”とするのはピットからの無線連絡だけです。
だから、アロンソが2回目の長いピットインからゆっくりスタートした時点で、
タイムリミットギリギリだったと言う事実を
アロンソ本人は把握していなかった…可能性はあります。
言い換えるなら「“ワザと”ハミルトンのアタックラップを潰す」ためには
「ピットの“協力”」でもない限りは不可能だとも言えます。
チームの『罪』を認めたスチュワードの判断はその点にあるのでしょう。
◆マクラーレンの不可解な主張
明らかにQ3終了後、不機嫌ありありだったロン・デニス。
アロンソ担当のフィジカルトレーナーをとっつかまえ、
ポール獲得で喜ぶアロンソにも歩み寄って何事か言いたげでした。
一方で2位に終わったハミルトンへ慰めの言葉をかける担当スタッフ。
誰がどう見ても「ナニがあったか」はミエミエの状態と言えます。
それでも「アロンソよりハミルトンが悪かった」と主張するマクラーレン。
何故か?仮定として考えられるのは…
アロンソの子供じみた行為の是非を問うより、
彼の『スポーツマンらしからぬ行為』に対するペナルティーのダメージを
これから熾烈化するフェラーリとのポイント争いに備えて
少しでも緩和するためにあえて「お話をデッチ上げた」…でしょうか?
過ぎた事をアレコレと追求する事で事態を悪化させるよりも
つねにチームへの不信感を漏らし、「現状への不満」をアピールし続ける
アロンソとの関係修復へ向けた協力関係を新たに築く突破口として
この災いを「福」となすための「建設的な妥協案」…でしょうか?
そのために子飼いのハミルトンを利用したのでしょうか?
◆やぶ蛇
結局、マクラーレン&アロンソの目論みはどれも空振りに終わり、
「妨害行為」へのアロンソ自身に対する嫌疑は晴れることなく
ペナルティーとしてポール記録は抹消《5番手降格》を言い渡され、
本当の理由はどうあれ、マクラーレンチームもアロンソと共謀したとして
ハンガリーGPの《チームポイント剥奪》が決定されます。
まさに「やぶ蛇」。
アロンソだけが罪をかぶった方がキズが浅かったのではないでしょうか?
あるいはロン・デニスには、目先のポイントよりも
アロンソと「共倒れ」になる事で彼に「負い目」という貸しを作り
来期へ向けた契約を有利に進めるというメリットの方を優先した…のかも?
◆アロンソが止まった理由
スタッフの凡ミスによる1回目のピットストップ「10秒」のタイムロス。
これをアロンソはどう受け取ったのでしょうか?
ずっとチームへの不信感を募らせ続けているアロンソ。
ハミルトンのためにチームが「ワザと」やったのでは…
一瞬、そんな疑心暗鬼に囚われた可能性はないでしょうか?
だから、今度はアロンソが「ワザと」同じように「12秒」止まってみせた。
たまたま運悪くハミルトンが…後ろで待っているとは知りつつ…。
ニュルブルクリンクの表彰台前についマッサへ暴言を吐いたように
大した根拠もなく感情的に、つい反射的に…
本人にさしたる「悪意」もないままに。
◆見損ねた《伝説》
しかし、今回といい去年の「ラスカスゲート」といい
たしかに「不届きな行為」があったもののどちらも
“お膳立て”とすれば、間違いなくレースが面白くなりそうな展開でした。
それを「なかった事」にしてしまったのは「正義」の名の下に下された裁定です。
ただ心の片隅でこうも思うのです。
今回、もしもアロンソがポールのままであったなら…
抜けないハンガロリンクでアロンソの鉄壁な防御と
ハミルトンの『神業オーバーテイク』がガチンコ激突。
しかも序盤のツバぜり合いでお互いに消耗しきったマクラーレンに
終盤襲いかかるフェラーリ・ライコネン…
想像するだにスリリングな展開ではないでしょうか?
ペナルティーを下すのはそれからでも遅くなかった…のでは?と。
1988年のブラジルGP。
フォーメーションラップ後のマシントラブルで
Tカーに乗り換えたアイルトン・セナ。
最後尾からスタート。
黒旗が出される直前まで見られたセナの鬼神のような走り。
もしもアレが乗り換える直前に
競技委員会から「ストップ」がかかっていたなら…。
私たちは貴重なセナの《伝説》をひとつ見損ねた事でしょう。
そう考えると先週末の私たちは、
《伝説》と成り得たレースを見損ねた不幸な観客…だったのかもしれません。
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登録日:2007年 08月 12日 15:31:38
「完璧新人ルイス・ハミルトンの北米シリーズ連続ポールトゥーウィン」で一句
【6月18日 AFP】F1第7戦・米国GP(United States Grand Prix 2007)、決勝。マクラーレン・メルセデス(McLaren-Mercedes)のルイス・ハミルトン(Lewis Hamilton)は、1時間31分09秒965をマークして2戦連続のポール・トゥ・ウィンでキャリア2勝目を飾った。(c)AFP
捕捉不能? シューミネーター以上? ハミルトン
[解説]
ただただ呆れかえるばかり。
新人ルイス・ハミルトンによる完璧な北米制覇劇。
シーズン序盤からチーム内でのポイント調整によって
さんざんチャンスの芽を摘まれ続けても「腐る」コトなく、
ジッと新人らしく「時」を待ち続けたハミルトン。
疑惑のモナコゲートを軽やかにスルー。
そして海を渡り、迎えた新大陸での2連戦。
すべての鎖から解き放たれたように
「真の実力」を万人に見せつけたハミルトン。
ポイントリーダーのプレッシャーを微塵も感じさせない落ち着きっぷり。
ありとあらゆる波瀾にみちたモントリオールでも
あくびが出るほど単調だったインディアナポリスでも
終始ペースを乱す事なく、連続ポールトゥーウィンを達成。
完全無欠の運転能力と沈着冷静な判断能力でレースを支配し、
ライバルもチームメイトさえ完膚無きまでに粉砕してしまう姿から
かつて「シューミネーター」と畏れられたミハエル・シューマッハ。
そんなミハエルのレース運びすら「人間らしく」思えるほどの
ルイス・ハミルトンの「パーフェクト・ゲーム」。
それは「驚異の新人」という言葉の範疇を越えています。
はたして、ハミルトンにはどんなアダ名がつけられるのでしょうか?
[雑感]
ハミルトンとアロンソの関係を
過去の「師弟関係」に当てはめようとしましたが断念しました。
なぜなら過去に似た「関係」が見当たらないからです。
プロストとラウダにも
プロストとセナの関係にも似ていない。
ムリヤリ当てはめるとしたら
「もしも」セナとミハエルが同じチームになっていたら…
チョットだけ似てたかも…と想像するばかり。
生まれて初めて体験したコースも規定時間内に習得し解析し
やすやすとポールトゥーウィンしてみせるハミルトンに
果たしてアロンソから「学ぶべき点」があるでしょうか?
◆メディアとの関係
地元イギリスメディアを完全に味方につけているのは当然として、
各国のメデイアもおおむね好印象なハミルトン。
その主な要因は記者会見で見せる「歴戦の勇者」並みな対応ぶり。
はたして往年のニキ・ラウダでもここまで落ち着いていたでしょうか?
過不足のない情報提供に「爽やかオーラ」のアピール。
それでも最大の敵アロンソをちゃっかり挑発する事は忘れない。
あどけなさの残る童顔、だけど中味はかなり「老獪」です。
◆レーススタイル
GP2時代に比べるとずっと地味になったハミルトンの走り。
おそらくハイテク装備のF1マシンの性能をフルに活かして
必要最小限度のインプットで最大のレスポンスを引き出せるためでしょう。
マシンやタイヤにムリをさせない走りのスタイルは、
かつて「教授」と呼ばれた頃のアラン・プロストを彷彿とさせます。
◆マシン開発能力
今年のMP4-22を実質開発したのは
ペドロ・デ・ラ・ロサと言われます。
しかし、開幕当初のフェラーリF2007との
小さかったアドバンテージをグッと広げ、
低速・テクニカルコースなモナコでも
高速・ストップ&ゴーのジル・ヴィルヌーブでも
高速・低速ハイブリッドなインディアナポリスでも
キッチリ速いオールマイティーなマシンに熟成させたのは、
現役ドライバー(特にアロンソ)による力が大きいはず。
しかし、その一番おいしい部分を味わっているのは
新人のルイス・ハミルトンのように見えます。
かつてウィリアムズでパトレーゼとデーモン・ヒルが開発した
FW14のおいしい部分を掠ったナイジェル・マンセルのように…。
◆ポイント獲得
これに関しては言わずもがな。
デビュー戦からこれまで一度もリタイアする事なく、
それどころか表彰台に唯一立ち続けているハミルトン。
おそらく英国ブックメーカーでは、
「ハミルトンが表彰台から転げ落ちる日はいつか?」
という賭けが成立している事でしょう。
「いつポイントを取り損なうか?」や「いつリタイアするか?」
「いつペナルティをもらうか?」でも賭けが行われているかも…。
完走すら難しいF1でこういう状況は過去にも例がありません。
「しぶとさ」は、すでにラウダやネルソン・ピケ以上でしょう。
◆ポールポジション
アイルトン・セナが誰よりもこだわった記録。
しかし、今年のレギュレーションでは
ポールポジションは、あくまで最終予選(Q3)でのトップ。
(つまり決勝スタートでの燃料搭載量を見越してのタイム計測1位)
セナがこだわった純粋な速さという点では
「ポールに価値がない」と言えるかもしれません。
もしも今年の予選が「週末最速=ポール」という条件なら
フェルナンド・アロンソ(7戦中4回)が圧倒的です。
「純粋な速さへのこだわり」では、ハミルトンはプロストみたいな
「ポールは取りたいけどまあ2列目以内でも十分」タイプかも。
ただし、以前のような「週末最速=ポール」に戻るか
GP2みたいにポールにポイントが加算されたなら、
ハミルトンも「ポール取り」を真剣に目指す可能性はありえます。
◆チーム掌握術
おそらくハミルトンに足りない部分があるとすればこの点。
ただし、この部分で過去秀でていたレーサーといえば
アイルトン・セナとミハエル・シューマッハぐらい。
セナは圧倒的な走りのカリスマ性で
ミハエルは徹底したコミュニケーション能力で
チームの人心をすべて自分へと集中させる事ができました。
その点アロンソは、まだまだ未熟。
昨年も「オレの足引っ張るヤツがチーム内にいる!」
なんて逆ギレ発言を平気でしたりして、
チームのやる気を削いだりするので手本にはならないかと…。
◆表彰台での笑顔
これはもう確実にミハエル・シューマッハを見習っています。
優勝した時だけでなく、2位でも3位でも笑顔を絶やさず
表彰台に立てた事を存分に喜んでみせる。
そして、他の入賞者たちの健闘をしっかりと讃える。
今回のインディアナポリスでもアロンソとマッサの肩を
まるでチャンピオン経験者のごとく叩く姿を見て、
すでにハミルトンの「王道」が引かれ始めているのを感じました。
F1という「ショー」の締めくくりをキチンと意識した姿。
バーニーさんはそういう部分までちゃ〜んと見てますから…。
◆チャンピオンの可能性
とにかく、いままでのチャンピオンの必要条件をすべて
デビュー早々から身につけているという点で比類なき
「完成され過ぎたチャンピオン候補生・ハミルトン」
この夏のヨーロッパ連戦でどうなるか分かりませんが、
下手をすればトルコ、遅くともイタリアかベルギーあたりで
私たちは「デビュー年チャンピオン」という
「歴史的瞬間」に立ち会っちゃう可能性があります。
それじゃ〜、ちょっとツマラナイんで、
アロンソ、マッサ、あと少しだけライコネン。
ここらでガツンと先輩レーサーとしての意地と走りを
若造に見せつけてやってほしいもんです。
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登録日:2007年 06月 19日 18:17:21
「アロンソのモナコ2連覇に水差すつもりはないけれど…疑惑のモナコ」で一句
【6月14日 AFP】前週11日のモントリオールで行われたF1第6戦・カナダGP(Canada Grand Prix 2007)で、新星ルイス・ハミルトン(Lewis Hamilton)が優勝したことをきっかけに、チームメイトの王者フェルナンド・アロンソ(Fernando Alonso)が不満を爆発させるなど問題を抱えていたマクラーレン・メルセデス(McLaren-Mercedes)は、内部不協和音を静めるために動いている。
≫続きを読む…
(c)AFP
チームオーダー? ロンより強行 モナコオーダー?
[解説]
シーズン序盤に「チームオーダー」?
マクラーレン(特にロン・デニス)が?
などと疑問視する向きもありましたが
過去に例(1998年開幕戦オーストラリア)がないわけではなく
アレに比べればずっと「スマート」に行われた
今回の「レース・コントロール」。でも、やっぱりバレバレ(笑)
そうまでしてアロンソを勝たせたかった…というより
ハミルトンを勝たせたくなかった真意とは何だったのでしょう?
そもそもアレは「チームオーダー」だったのでしょうか?
もっと強い「モナコオーダー」って可能性はないでしょうか?
※注意/今回の内容は、事実に基づかないフィクションです。
[雑感]
「大興奮のカナダ」も終わり、もうすぐインディアナポリス予選が…
って時にナンですが…
やっぱりどう見ても不自然だった
モナコでのマクラーレンの行動についてちょっとヒトコト。
ハミルトンの勝利を信じて疑わなかった
イギリスメディアあたりから抗議殺到。
喧々囂々にたまらずFIAも出てきて調査開始。
その結果は「そんな事、ありえないんじゃネーノ?(笑)」でした。
…過去の可能性の大小を鑑み状況的に見てどうあろうと「クロはクロ」。
「事が行われた」のは試合直後のデニスのコメントで明らか。
FIAの調査が「まず結果ありき」なのも過去の例に明らか。
別にその是非を問うつもりはまったくありません。
シロがクロになる事もクロがシロになる事も
F1では「よくある事」ですから。
◆試合直後のロン・デニスのコメント
「モータースポーツの事を考えれば、自由にレースさせたかったが、
スマートにならなければならない時があるという事さ」
【Smart】
1)(痛みなどが)ひどい、激しい(キズなどが)ヒリヒリ痛む
2)(人の行動などが)活発な、機敏な、てきぱきした、速い
3)気の利いた、賢い、利口な、才気のある
4)抜け目のない、ずるい、生意気な、如才のない
◆誰のための「オーダー」?
今回の件で一番分からないのは「オーダー」の意図。
「アロンソのモナコ2連覇を達成させるため?」
「アロンソを気分良くさせ今シーズンを頑張ってもらうため?」
「ハミルトンとアロンソのポイント差を広げさせないため?」
これがフラビオ・ブリアトーレなら「あるある」なお話。
でも、ロン・デニスにとってハミルトンは手塩にかけた「宝」。
「モナコ」で初優勝なんてこれ以上の勲章はないワケで。
あのセナが「モナコ」にこだわり続けたのも
デビュー年に「優勝」を取り上げられたトラウマのせい。
それでもロンはハミルトンを「勝たせるワケ」にはいかなかった。
その理由とは一体何なのでしょう?
まずは「モナコ」にまつわるエピソードをアレコレと…。
◆セナの「モナコ」トラウマ
天才アイルトン・セナがF1で初めて優勝に近づいたのが
デビューした年、1984年のモナコ。
豪雨の中、決行されたレースは
次々とマシン&ドライバーたちがリタイアしていく中、
1位プロストと2位セナの一騎打ちの様相を呈し始めます。
雨の苦手なプロストはどんどんペースが落ち、
一方のセナはぐんぐん差を縮めていきます。
あと数周もすればプロストに追いつき首位交替は必至…
そう思われた31周目。
競技長ジャッキー・イクスの越権的な「独断」で
赤旗&チェッカーが同時に降られ、突然のレース中止。
これによりプロストの優勝が確定します。
セナがモナコで優勝の美酒を味わうのはその3年後。
ホンダターボを得た87年まで待たなくてはなりませんでした。
◆セナの奇行
1987年、恒例のロイヤル・パーティーでの事。
セナは、F1新人の中嶋悟にこんな提案をします。
「ドレスコードを破ってパーティーに参加しよう」と。
セナと中嶋は、正装であるタキシードを着ずにラフなブレザー姿や
ジーンズスタイルで参加し、ひんしゅくを買います。
軽いいたずらのつもりが「世間知らず」のレッテルを貼られ、
イイ年して恥をかかされた中嶋にはイイ迷惑な話ですが、
セナにとってその行動は「モナコ」に対する
「ある種のアピール」ではなかったのでしょうか?
欧州人のエリオ・デ・アンジェリスやベルガーではなく、
アジア人の中嶋悟と行う事に意味がある「アピール」…。
◆ロイヤルボックスへ向けられたたシャンパン
1989年、モナコでの2勝目。
同僚プロストを破っての勝利に浮かれたセナは、
思わずシャンパンをロイヤルボックスへ向けてしまいます。
シャンパンの飛沫を浴びて逃げまどう大公ファミリー。
それを制しようと赤鬼のような物凄い形相でセナの前に立ちはだかる側近。
果たしてセナの行為は「偶発的」だったのでしょうか?
悪ビレない彼からは「意図的」な空気すら感じられるのですが…。
◆レーニエ大公への耳打ち
1994年、セナがいなくなって初めてのモナコGP。
優勝したミハエル・シューマッハへ優勝杯を渡すレーニエ大公。
その耳元へ側近の1人がこう耳打ちしたと言われます。
「やっとモナコにふさわしい優勝者が現れましたね(笑)」
レーニエ大公は、その側近を不謹慎とたしなめたられたそうです。
側近がセナを「モナコにふさわしくない」と言った意図とは
前記のようなセナの子供っぽい行動を差すのでしょうか?
それとも「別の意味」でしょうか?
◆渡されなかったキャップ
1998年の表彰式。
ロイヤルボックスの壇上へ上がる1〜3位入賞者たち。
その中でミカ・ハッキネンだけキャップをかぶっていませんでした。
ブリヂストンタイヤにとって初めての優勝。しかもワンツー。
タイヤメーカーにとってもこれ以上ない栄誉の舞台。
しかし、ブリヂストンの担当者がミカへ手渡そうとした
ロゴ入りキャップはまわりの側近によって阻まれてしまいます。
3位のアーバインはグッドイヤーのキャップをかぶっているのに…。
結局、記者会見の席でもロゴ入りキャップを渡せずじまい。
千載一遇の晴れの舞台をブリヂストンは飾る事ができませんでした。
◆差別という常識
モナコに限らず「欧米」では「差別」が当然のように存在します。
(全ての欧米人が差別意識を持っているという意味ではありません)
初めてエンジンサプライヤーとしてチャンピオンシップを手にしたホンダ。
しかし、彼らが手にしたトロフィーに「ホンダ」の名前はありませんでした。
多くの日系企業もそうした「当たり前な差別」を乗り越えて地位を築いています。
それらの多くは欧米人たちのプライドに基づく反感、
伝統や格式を守るための防衛意識、
あるいは民族的な「血」への嫌悪感かもしれません。
現代において貴族階級意識がまだ色濃く残るモナコで
特にその傾向が顕著に現れたとしてもなんら不思議はありません。
◆妄想アンダーグラウンド
華やかな場所には、必ず「影」となる世界が存在します。
小さなバチカンにさえ「アンダーグラウンド」が存在するのであれば
モナコにも当然「アンダーグラウンド」ぐらいあるはずです。
そこにはどんな「支配力」が存在するのでしょう?
「いきなり黒人がモナコで優勝するってどーよ?」
…例えば、そんな「動議」が上がり「採決」が行われます。
そこでの決定事項が「ある筋」から「ある人物」の耳に
「情報」として伝わったとしたら…どうなるのでしょう?
◆カナダ表彰台裏でのロン・デニス
私がこんな妄想を抱いたきっかけは、
カナダGPの表彰台裏の様子でした。
ロン・デニスの様子が明らかにヘンでした。
アロンソが琢磨にブチ抜かれて7位に終わった事がショック?
自分が育てた「秘蔵っ子」の初優勝ですよ。
もっと心から喜んであげても良さそうなものなのに…。
なぜかロンの表情には「申し訳なさ」がアリアリと見えたのです。
ロンが申し訳なく思わなければならない理由とは…。
モナコGP終了直後のコメントに
その理由が隠されている気がします。
「スマートにならなければならない時がある」
ロン・デニスの言う「スマートになる」の意味は
「利口になる」?「ズル賢くなる」?
それとも「痛みを伴う」でしょうか?
※注意/繰り返しますが、あくまで妄想ですので。
不幸にも真に受けて他人から「バカじゃね?」と言われても
一切関知しません。悪しからず。
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登録日:2007年 06月 16日 22:47:57
「アロンソとハミルトンのビミョーな関係」で一句
<07 F1・第5戦 モナコGP>フリー走行1回目、アロンソ トップタイムをマーク
【5月24日 AFP】F1第5戦・モナコGP(Monaco Grand Prix 2007)、フリー走行1回目。
≫続きを読む…
(c)AFP
この道は プロストの道? ラウダ道?
[解説]
2007年。F1シーズン開幕当初は、
もっぱら《フェラーリvsマクラーレン》、
おおむね《ライコネンvsアロンソ》という
単純な2極対決図式が予想されていました。
ところが、いざフタを開けてみれば、
前述の2人にフェラーリのフェリペ・マッサ、
マクラーレンの新人ルイス・ハミルトンまでが絡んで、
ポイント差もほぼ横一線、四つ巴の戦いとなり、
各チーム内でも、すでに主導権を巡る
シーソーゲームがひそかに熱を帯び始めています。
アロンソはハミルトンを「気にしていない」とは言うものの、
スペインGP表彰台上のいかにも不機嫌そうな表情を見る限り
混戦状態がシーズン中盤まで続いたら
果たして「平静」でいられかどーか…大いにギモンです。
もしも、そんな事態となった場合、
2連覇チャンピオンのフェルナンドがたどる道は、
若きプロストに覇者たるべき規範を示した「ニキ・ラウダ」の道か?
勝利に貪欲なセナに対し容赦なくキバをむいた「アラン・プロスト」の道か?
チームも同じマクラーレン。もう「平静」でいられません。
[雑感]
「両雄並び立たず」とは、よく言われます。
それはセナプロに限った事でなく、だまし合い、憎み合い、
チーム分裂にまで発展する例も珍しくありません。
ただし、そうなるのは大抵、同世代レーサー同士によるものです。
デビューしたての新人がベテランレーサーと組む場合、
コテンコテンにやられるか、慕われ可愛がられるかのいずれか。
そんな世代格差パートナーシップの実例をいくつかご紹介しましょう。
◆ファンジオとモス
このふたりがタッグを組んだのは、1955年。
F1創世期以前から活躍し、F1でも2度ワールドチャンピオンに輝いていた
アルゼンチンの英雄、ファン・マヌエル・ファンジオ(43歳)と
F1デビューして4年目、英国の誇りスターリング・モス(26歳)。
無敵を誇るメルセデス・ベンツ・ワークス自慢の名車W196を駆り、
全7戦中3回の1-2フィニッシュを上げ、チャンピオンシップでも1-2位。
他チームに圧倒的な力の差を見せつけシーズンを制覇します。
ル・マン耐久レースでの大惨事のあおりを受け、メルセデスが55年を最後にF1から撤退。
56年には、モスはマセラッティへ、ファンジオはフェラーリへと移籍します。
この年もファンジオがチャンピオンとなり、モスはランキング2位。
57年、今度はファンジオがマセラッティに移籍。
モスは地元英国のバンウォールから参戦し、
ファンジオは、ニュルブルクリンクで伝説の走りを見せチャンピオン獲得。
モスは、英国車初優勝という偉業を達成しながらランキング2位に終わります。
http://www.youtube.com/watch?v=3ghBtK2tvdQ
↑当時モスが乗っていたマセラッティのマシン紹介。試走させているのは、ジョン・ワトソン。
止めたマシンのコクピットに座ってコメントしているのがモス本人です。
50年代マシンの《開放的》なコクピットに注目。シートベルトも当然ありません。
当時の記録映像も盛りだくさん。50年代F1の雰囲気がよく分かります。
ベンツ、フェラーリ、マセラッティ、ランチアとF1黎明期を彩るワークスチーム。
マシンを駆るのはファンジオ、ホーソン、サーティース…いずれも名だたるレーサーたち。
1957年を最後にファンジオは引退しますが、この2人の関係は終生
騎士道精神に満ちたライバルであり、戦友でもありました。
結局、チャンピオンになれなかったモスですが、
ファンジオに対する尊敬の念は、生涯失われる事がありませんでした。
メルセデスへ移籍した55年の初戦・炎天下のアルゼンチンGP。
3時間にも渡るレースをたった1人で走りきったファンジオ。
一方、モスは熱中症にかかりリタイアしますが、休憩後、
別のレーサーの車でフィニッシュ、計3人で4位3ポイントを獲得します。
(この頃のF1は、1台を数人で交代して走らせる事が許されていました)
あの時にモスは「このオヤジにだけは勝てる気がしねえ」なーんて
自己暗示にかかってしまったのでは…と勝手に推測します。
◆ヒルとスチュワート(とクラーク)
ヴィンテージなF1ファンの目には、
今年のルイス・ハミルトンの活躍が若き日の
ジャッキー・スチュワートの勇姿に重なるのではないでしょうか?
名監督ケン・ティレルのもとで連戦連勝して英国F3でチャンピオン。
65年、35歳となった名手グラハム・ヒルのチームメイトとして
名門BRMから鮮烈デビューを果たした25歳のスチュワート。
デビュー戦・開幕南アフリカGPで
ジム・クラーク、ジョン・サーティース、ブルース・マクラーレンなど
並み居る強豪を相手にいきなり6位入賞を果たすと
続く第2戦モナコでは、早くも3位表彰台を獲得します。
http://www.youtube.com/watch?v=HIHP1HoQppw
↑ちょっと画質が悪すぎ?
白地にタータンチェックの鉢巻きヘルメットがスチュワート。
ヒル3年連続のモナコ優勝。元祖「モナコマイスター」誕生の瞬間です。
さすがに絶対的な速さではロータス&天才ジム・クラークにおよびませんが
第3戦ベルギー/スパ・フランコルシャン、
第4戦フランス/クレルモン−フェラン、
第6戦オランダ/ザンドフールトと
続け様に2位表彰台を獲得します。
そして、第8戦モンツァでは、天才クラーク、名手ヒルを相手に
周ごとに目まぐるしく入れ替わる激しいトップ争いを演じてついに初優勝。
デビュー8戦目での初勝利。誰もが「神童」と騒ぎたてたのです。
本来クラークの対抗馬であるはずのグラハム・ヒルは
最終的にランニング2位に滑り込み、なんとかナンバー1の面目を保ちます。
それでもスチュワートの輝きに対して、ヒルの印象が薄く感じられました。
そして、誰もがスチュワートの時代がもうすぐ来ると感じたのです。
あまり本文と関係ありませんが、
↓ニュルブルクリンク旧コースのオンボード映像です。
http://www.youtube.com/watch?v=n6aNnZ4q80s
ニキ・ラウダが「燃えちゃった」危険なコースなんて言われてますが、
はっきり言ってコレ、そのへんの2車線林道と大差ありませんよ。
こんなところでレースやろうとする方が間違ってます。キ○ガイ沙汰です。
これまた本文と関係ないレースですが
↓1969年イタリアGPでのスチュワート優勝の映像です。
http://www.youtube.com/watch?v=cQURylYN13w
1位/ジャッキー・スチュワート(マトラ)
2位/ヨッヘン・リント(ロータス)
3位/ジャン・ピエール・ベルトワーズ(マトラ)
4位/ブルース・マクラーレン(マクラーレン)
1〜4位のタイム差が0.2秒以内のデッドヒートレース。
みんなこういうフィニッシュシーンが見たいんですよね〜。
◆スチュワートとセベール
恩師ケン・ティレルの率いるマトラチームで69年にチャンピオン初獲得。
70年マーチを経て、71年には《ティレル》チームとして2度目の栄冠に輝き、
すっかり王者としての貫禄さえ身につけたジャッキー・スチュワート。
彼がマーチ時代から可愛がった愛弟子とも言える存在が
フランス人の“イケメン”レーサー、フランソワ・セベールでした。
女優ブリジッド・バルドーと浮き名を流すほどのプレイボーイでしたが、
彼の走りには、誰もが可能性を認めるものがありました。
デビュー2年目の71年シーズン中盤から
フランス、ドイツ、イタリアと表彰台の常連となり、
最終戦アメリカGPで初優勝を遂げます。
ランキングでも同期のロニー・ピーターソンに続く3位でした。
http://www.youtube.com/watch?v=CvCHv-_Ce6s
モナコを快走するスチュワートとティレル001。
http://www.youtube.com/watch?v=-8SwaLKVfJo
フランスGPクレルモンフェランを快走するスチュワートとティレル001。
セベールも2位でバンザイフィニッシュ。
http://www.youtube.com/watch?v=eNXMmRR0FNc
ベルギーGPスパ。スタート前のドライバーズミーティングではティレルの2人が中心。
セベールが背が高過ぎるのか?ジャッキーが…。
http://www.youtube.com/watch?v=20jJdKTpLPw
ドイツGPニュルブルクリンク。追いすがるフェラーリを圧倒して、1-2勝利。
http://www.youtube.com/watch?v=d3q5h3xg9TI
アメリカGPワトキンズ・グレン。
トラブルで後退したスチュワートに代わって首位を走り、初優勝を飾るセベール。
同期のロニー・ピーターソンが3位でした。
ロニーの初優勝は、その2年後、73年のフランスGP。
その時の2位は、セベールでした。
名車ロータス72Dとエマーソン・フィッティパルディが活躍した
72年はリタイアが多くパッとしませんでしたが、
翌73年には、このシーズンいっぱいの100戦目を区切りに
引退を決めていた師ジャッキーのバックアップに努めます。
抜こうと思えば抜けたレースでも、すすんで2位キープに甘んじるセベールに
誰もが来期ティレルでのナンバー1としての活躍に期待していました。
そんな明るい未来予想図が、最終戦で突然、地獄絵と化してしまいます。
セベールにとって初優勝の地、ワトキンズ・グレンのガードレールに無惨に散った夢。
愛弟子のあまりに凄惨な最期にショックを受けたスチュワートは、
100戦目となるレースを辞退し、そのまま引退してしまいます。
ありゃ〜、肝心のニキ・ラウダとアラン・プロストの話までたどり着かない(困)
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登録日:2007年 05月 25日 00:53:53
- プロフィール
- 斎藤モ吉
- (男)
- 福岡の片田舎でデザイナー兼ライター営業中。F1にハマったきっかけは、仕事関係で見始めた1987年のドイツGP。プロストとピケの麗しい姿に感動。
好きなレーサーは、ジル・ヴィルヌーブとアイルトン・セナ。好きなF1マシンはフェラーリ312T4。好きなF1マンガは『赤いペガサス』。好きなF1映画は『グランプリ』。好きな言葉はジル・ヴィルヌーブの『来年がやってくるってどうして言えるんだい? 』
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