ペップのドーピング疑惑が晴れる

バルサのドリームチームの一員で、現在バルサBの監督を務めるペップ(Pep)ことジョセプ・グアルディオラ(Josep Guardiola)の現役時代のドーピング疑惑に対して、23日、イタリア・ブレシアの高等裁判所から無罪の判決が出ました。

この疑惑はブレシア(Brescia)に所属していた2001年10月21日のラツィオ戦(0-5で敗戦)でのドーピング検査で禁止薬物であるナンドロロンの陽性反応が出たことによるもの。このナンドロロンはアナボリックステロイド、いわゆる筋肉増強剤の一種ですが、トレーニングや肉食で自然に体内に生成される場合もあるそうです。

ペップは当時、すでにイタリアのプロリーグから4ヶ月の出場停止と5万ユーロの罰金を科されています。

2005年5月の1審判決では執行猶予付き懲役7ヶ月の判決を受けましたが、上訴。多くの反証を提出したことで、高等裁判所は1審判決を破棄しました。

マルケーゼ(Tomaso Marchese)弁護士は、イタリアのドーピング検査の問題を指摘する一方、ペップもようやく疑惑が晴れたことに満足感を示しています。

「あれから2年かかって、ようやく終わった。自分が完全に無実だということを証明したかった」
(Josep Guardiola)


中盤の底でチームを操り、ピボーテの代名詞となったペップ。DFラインの前で屈強なフィジカルを活かして守備に専念する従来のポジション観を一変させてくれました。両サイドのエストレーモ(extremo:ウインガー)の足に吸い込まれるようなロングパス、中盤の底からデランテーロ(delantero:FW)にぴたりと合うスルーパスを出せる信じられないようなプレービジョンを誇り、ドリームチーム解体後は主将として、バルサを引っ張りました。

バルサの流れるようなパスワークを阻止するため、ペップには相手チームがよくマンマークを付けてきました。なかでもマラガ戦では190cmを超える長身FW(名前は思い出せません)をつけられ、あまりの違和感に笑ってしまった記憶があります。

頭脳的なポジショニングとパスセンスを武器にプレーしたスタイルは、まさにバルサの「4番」のプレー。この系譜はシャビ(Xavi)、イニエスタ(Andés Iniesta)、セスク(Cesc Fabregas)、クロサス(Marc Crosas)らに受け継がれています。

2000年にはバルサのフランク・デブール(Frank De Boer)、ユーベのダービッツ(Edger Davids)らに同じくナンドロロンの陽性反応が出ましたが、フィジカル的なものをまったく感じさせないペップに筋肉増強剤疑惑が浮上したのには驚かせられると同時に、イタリア流がなおさら信用できなくなったものです。

バルサのトップチームに11年間在籍し、バルサ以外のフットボールで自分のプレーを試したいと語っていたペップの国外挑戦だっただけに怒りも覚えました。

ともあれ、これでペップもいままで以上に現在の任務、バルサBをセグンダB(2部B:上から3番目のカテゴリ)に昇格させることに専念することができます。

ペップ経歴
選手時代

1984 バルサ入団
1990-2001 FC Barcelona
2001-2002 Brescia
2002-2003 AS Roma
2003-2005 Al-Ahli(UAE)
2006 Dorados(México)

1992-2001
スペイン代表

1995-2005
カタルーニャ代表(FIFA未加盟)

監督時代
2007- FC Barcelona B

参考記事:グアルディオラ、ブレシアでのドーピング容疑が晴れる
スペインのel mundoの記事。ブレシアで主将を務めた写真もあるので紹介。

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登録日:2007年 10月 26日 20:23:27

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Sho
H.N.クレマ・カタラナでたまにバルサ系サイトに出没。バルサファンで、好きな選手はロナルト・クーマン。ほかにひいきの選手はドラガン・ストイコビッチ、シュテフィ・グラフ(テニス)、パウ・ガソル(バスケ)、ガブリなど。
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