「ザ・ロード」。 「ザ・ウォーカー」よりシリアスだが、物足りない点も


ザ・ロード / The Road

「ザ・ウォーカー」に続く終末映画シリーズ第二弾、と言ってもアメリカでの公開時期はこちらの方が早いし、一度公開延期されている、なによりコーマック・マッカーシーの原作付きだ。主演はヴィゴ・モーテンセンと息子役のコディ・スミット=マクフィーなのだが、この二人以外はあまり出てこない。というかロバート・デュヴァルやガイ・ピアースも出てくるが通り過ぎるだけの存在といっていい。例外はシャーリーズ・セロン演じる母親、彼女は今はいないので回想シーンのみに登場する。セロンという配役は一種の話題集めだが、この美人を使うことによって荒廃した現在との対比ができている。しかしそれより面白いのは息子役の子がモーテンセンといいうよりセロンのほうに似ている。父親は息子を見て妻を思い出ことがあるだろうし、見ているほうもこの子がアップになるたびにセロンを思い出す。

世界が崩壊した理由は提示されない。薄暗いだけではなく自身も頻発することから地上だけではなく地殻にも何か影響があったようだ。これを見て思い出すのはヴィゴ・モーテンセンが出ているから言うのではないが、「ロード・オブ・ザ・リング」でモルドールにいるときのフロドとサムを思い出す。

旅の途中で父子は食糧問題、強盗、挙句の果てに人食いの問題に出くわす。それらを必要以上に大げさにすることはなく全体のトーンは淡々としている。ここは評価の分かれ目になりそうだで、見ながらウトウトしてしまったことを白状しておく。それでも見ていてあの世界には入り込んだようには感じられた。油断して寝たら襲われるかもしれない世界ではこんな人間はすぐに死ぬだろうが。

終盤父子が安らげそうな場所を見つけたと思うとすぐに出て行かなくてはならなくなり、目的地である海に着いても何も起こらない、通りすがりに対しても父親は(物を取られたとはいえ)以前より辛く当たる。この父親の心境の変化がこの映画が他の映画とは違うところだ。全体としては小説をうまく映画化しているのだがあまりイマジネーションが刺激されない。監督の力量差といえばそれまでだが、ここがコーエン兄弟「ノー・カントリー」との違いである。むしろ、ニック・ケイヴが担当した音楽の方がほどよいノイズを奏でてイマジネーションを刺激してくれる。彼の映画音楽を聞いたのは本人もカメオ出演した「ジェシー・ジェームズの暗殺 」以来だ。あれは西部劇だったが、これも変形の西部劇とも言えるが「子連れ狼」の方が近い。「子連れ狼」は海外でも人気があり「ロード・トゥ・パーディション」の原作がかなり影響を受けているらしい。

最後にこの親子が運ぼうとしている"火"について、全体の流れからすると人食いなどをしない善人が持つ心ということになるが、そう簡単ではない。原作小説の解説にもあるが"火"は神話でプロメテウスが人間に与えてしまったものとして出てくる。日本では自然というと人間という小さな円を包んでくれる大きな円として考えがちだ。エコという言葉がなにやら優しいものと一人歩きしている。ヨーロッパではもっと対立構造にある。"火"(科学)こそ、人間が自然と対抗するための必要として存在する。映画に出てくる"火"は世界を壊してしまった要因である。となるとこの映画の"火"の使い方はあまりうまくない。と最後にはやや原作よりの話になってしまった。

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登録日:2010年 06月 27日 20:22:44

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