「ぼくのエリ 200歳の少女」。 「ハングオーバー!~」ほど濃くないがそれも味

ぼくのエリ 200歳の少女 / Lat den ratte komma in / Let the Right One In

雪に始まり、雪に終わるなんとも静かな映画だ。脚本は原作小説家が担当しているがエリとオスカーの物語以外は大幅にカットしている。エリの同居人ホーカンの変態性もかなり削られ、全体的もおどろおどろしさも控え目だ。ということでヴァンパイア映画にしては直接的な残酷描写は多くない。最近のヴァンパイアものというと「30デイズ・ナイト」やギレルモ・デル・トロ(この映画を推薦している)の小説「ストレイン」のようにゾンビ的な展開になるのだが、ここではもっとロマンチックなオスカーという少年とヴァンパイアのエリとの交流として描いている。ロマンチックといっても少年はいじめられているというのが現代的でいい(舞台は原作と同じく80年代のもよう)。

この二人の対比が一番の見所となっている。宣伝ポスター等でおなじみの絵柄では黒髪のエリが後ろにぼんやりと写っていて、手前に金髪のオスカーが写っている。このバランスが絶妙だ。でも僕のように逆だと思ってしまった人も少なくないだろう。いじめられっ子のオスカーがエリと出会うことによって新しい力を得る。これによってオスカーはエリに守られ、彼自身には危険が及ばなくなるが、エリの世界に引きずり込まれることは、オスカーはふつうの生活ができなくなることを意味する。

普通ならヴァンパイアでいることの孤独を描くのだが、この映画(小説)はヴァンパイアのパートナーになる人間の孤独に重点が置かれている。ラストを見ながら彼の運命に思いをはせたくなる。エリの素性に関しては原作にあった説明描写がかなり削られより神秘的なものになっているが、日本版では修正が入っているためその辺が分かりづらくなっているのはなんとも残念だ。気になったのはプールの場面で例のやりとりがなく、力ずくで入ること。ここの場面の前後は原作と同じようにもう少しエピソードを重ねた方が良かったと思う。また原作にあった英米の音楽の要素も取り除かれその分ローカル色が出ているのはよかったと思う。

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登録日:2010年 07月 14日 00:10:06

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