「瞳の奥の秘密」。 「ソルト」よりも酷い。脚本が悪いとこうも無残な結果となる

瞳の奥の秘密 / El secreto de sus ojos / The Secret in Their Eyes

アカデミー賞の結果を見ていると"この作品はあの部門にノミネートされていていても獲れそうもないけど、別の部門ではなんとかいけそう"と思うケースがいくつかあり、その通りになることがある。それを政治的と見るか、神の見えざる手と見るかはその人次第。また外国語映画部門は一ヶ国一映画エントリーという方式から候補作の選定の過程が不透明で、かつ投票も含めて少人数で行われることが知られている。その意味ではこの部門を獲ったからといって"ハリウッドが認めた"というのは大げさなのだ。

ということで本年度アカデミー賞外国語部門を受賞したアルゼンチン映画。予告では内容が分かりにくいので期待しないで見に行ったら期待外れに終わった。物語は刑事裁判所を定年退職したベンハミンが25年前に扱っていた殺人事件を題材にして小説を書こうとしてかつて恋心を抱いていた年下の女性上司イレーネのもとを訪れ、事件のことを思い出すというもの。

事件は女性教師が被害者、警察は近所の職人を逮捕し自白を強要させた。警察の汚いやり方と対比させるなら主人公たちがするのは地道な捜査ということになるのだが、この映画は驚くべき展開を見せる。ベンハミンは夫モラレスの元を訪れ亡き妻が写っている写真の中に彼女にいやらしい視線を投げかけている男を見つけ、その男ゴメスの現在の居所を探そうとする。おいおい女を見つめるだけでなんの犯罪になるんだ?本来ならゴメスの身辺調査をして彼は問題行動を起こすような人間である証拠を見つけるとなるはずだ。なにせ事件は暴行殺人なのだから。ゴメスの居所を調べようと母親と連絡を取るとゴメスは逃げてしまいベンハミンはゴメスの実家を捜査したいと申し出るが上司に断られる。

ここから単独行動が始まり、ある種法律外の捜査となるので汚いこともとうぜん出てくる。そこでは正義と違法捜査を天秤にかけるのがふつうで、例えば被っている帽子が偶然風に飛ばされたようなふりをして家の中に入るのがよくある手だ(ここではベンハミンが靴紐を直してゴメスの実家から母親が外出した後で家の様子をうかがう場面はある)。ところがこの映画ではまったく違う。部下のパブロが堂々と家の中に入ってしまいすべてを台無しにする。ここにはアウトローながら正義心があるなどということはなく、単なるバカな行動でしかない。すぐに母親が戻ってきたので彼らは退散するが、ゴメスの手紙を盗む。このことが上司にばれて事件を追及することはできなくなる。これは当然だ。

数年後ベンハミンは駅で容疑者ゴメスを見張るモラレスを偶然に見かけ、事件のことを思い出す。保管していたゴメスの手紙からパブロは彼がラシン(サッカー・チーム)のファンであることを分析し、彼をスタジアムに通い何度目でついに遭遇する。不法入手した手紙をきっかけにサッカー・ファンであることを特定することだけでも問題なのに、偶然に出会ってしまう脚本も酷い。その前に近所のバーかなにかで"こいつ見たことない?"と調べるのがふつうだ(アルゼンチンには聞き込み文化がないのか?)。少し声を掛けられただけで逃げるゴメス、追うベンハミン。容疑は分からないが別件逮捕でもないらしい(アルゼンチンには公務執行妨害はないのか?)、取調室ではイレーネがセクハラならぬ、セクシャル誘導尋問で自白させる。警察も裁判所も酷い。弁護士は出てこないのも不思議だ。

というわけでこれを見ながら"これは何かのパロディか?"と思いながら見ていたが最後までツイストはなく終わってしまった。テレビにはイサベル・ペロン(エビータ後のペロン妻)がいて、その後の軍の政治介入した暗い時代を暗示させているようだ。たしかにゴメスはいつのまにか大統領のSPとなり、パブロもベンハミンの家で何者かに殺される。それらがそれなのかもしれない。例えば「天はすべて許し給う」の本歌取りであるトッド・ヘインズの「エデンより彼方に」にあったようなユーモアや毒はなくただ映像が流れてゆくだけだ。しかもそれに薄っぺらい恋愛描写を入れるので見ていて胸焼けがしてくる。サッカー場での攻防が映像的に面白くてもまった効果的ではないのだ。

脚本は監督のフアン・ホセ・カンパネラと原作小説家エドゥアルド・サチェリが担当している。パンフレットに小説からの変更点が載っている。

* サッカー場、小説には出てこない
* ベンハミンがゴメスのいやらしい目つきで彼を犯人と特定する場面→小説では根拠がたっぷりと語られる
* ゴメスがイレーネの挑発にのって犯行を認める場面→小説ではイレーネは出てこず、パブロがやる
* ゴメスがベンハミンとイレーネを無言で脅す→小説には出てこない

二人は映像に訴えようとしたのだろうが、そのアイディアが安易であるか、映像への過信があるようで見事に失敗している。セリフで説明しすぎる映画というのがあるがこれはその逆だ。映画は"この流れは映像を見て読み取って"と訴えるが出来上がったものは過程を描かずクライマックスだけを繋げただけの画になっている。冷静に考えればサッカー場でゴメスが逃げるのも、裁判所で脅す場面も不自然だ。(厳密に言えば違うが)刑事物で捜査過程を軽視すれば説得力なくなるのは当たり前だ。

それでも俳優の演技は悪くない。過去と現在を演じわけた主役の男女では若い女性のソレダ・ビジャミルの方が良い演技だと思う。脇のゴメス役のハビエル・ゴディーノも良い。クリスチャン・ベイルを連想させる目つきもいいが、もっと無個性な部分が良い。パブロ役のギレルモ・フランチェラはウディ・アレンにも似たいい味を出している。

本作と同様にアカデミー賞外国語映画賞ジャック・オーディアール監督「アン・プロフェット」、ミヒャエル・ハネケ「白いリボン」等がつまらないとしても本作ほど酷くは無いだろう。

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登録日:2010年 08月 14日 21:06:21

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