2009年 02月

「007/慰めの報酬」

映画『007/慰めの報酬』ローマで上映会&フォトコール

【11月6日 AFP】映画「007」シリーズ最新作『007/慰めの報酬(Quantum of Solace)』の上映会とフォトコールが5日、イタリア・ローマ(Rome)で開催され、出演者の英俳優ダニエル・クレイグ(Daniel Craig)、ウクライナ出身の女優オルガ・キュリレンコ(Olga Kurylenko)らが登場した。(c)AFP

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007/慰めの報酬 Quantum of Solace

あまり評価をしていない監督と脚本家なので心配したが思ったより悪くない。アクションはボーン・シリーズを意識しているもののそれ自体は構わないが、ボーンの上を行っているとも思わない。一番面白いのはオペラのシーン。

映画の舞台は南米。敵は、表はエコで裏は資源マフィアという組み合わせはいいが、仕上がりはもう一つ。全体としてはジェームズ・ボンドが強すぎる。人間ドラマがうまいはず監督にしてはこの辺りの描写がイマイチだ。ボンド・ガールのオルガ・キュリレンコはウクライナ出身なのに色黒の南米女性を演じると言うちぐはぐさ。もう一人のイギリス美人ジェマ・アータートンの方が好みだ。悪役ドミニク・グリーン(マチュー・アマルリック)格好よく見えないが、現代的な悪徳商人としてはこれでいいのかもしれない。欲を言えばボディーガードがいた方が映画的には盛り上がったが、今のリアリティ重視の007シリーズでは無理だろう。しかしこうした遊びやユーモアが足りないのも事実だ。針は振り切れるところまでいったという感じで、ダニエル・クレイグ・ボンドとしては良くも悪くも次作で微調整を迫られるだろう。

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登録日:2009年 02月 22日 22:50:10

「20世紀少年 第2章/最後の希望」

セリフから構図まで原作マンガからの引用をした第1章は条件付で評価を保留したが、この第2章はあれよりはふつうのマンガ原作映画にはなっている。ケンヂ(唐沢寿明)の出番はほぼなく、(豊川悦司)の登場も後半ということで、中心はカンナ(平愛梨)と小泉(木南晴夏)のあまり見かけない若手女優、マンガならこれでも通じるが、彼女たちががんばってもさすがに映画では少しきつい。またサダキヨ(ユースケ・サンタマリア)、ヤマネ(小日向文世)といったキャラクターが改心するのが早すぎる気もするが、この位のテンポでいいのかもしれない。春波夫(古田新太)は存在としては悪くないがうまく利用されてなく、むしろ狂言回しに使った方が良かった。藤木直人はマンガに似ているのにインパクト薄し。いい味を出しているのは前田健とその友達。第1章から引き続いてARATAもいい。とりあえず第3章まで付き合う

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登録日:2009年 02月 21日 20:47:55

『DRAGONBALL EVOLUTION』記者会見にエミ-・ロッサム出席

今年初のエントリーです。サンダンスもあったわけですが無視されたので。口紅は衣装に合わせたのでしょうが少し浮いてる気がします。

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登録日:2009年 02月 20日 00:09:39

「エグザイル/絆」

エグザイル/絆
EXILED放・逐

ジョニー・トーとは相性が悪い、というよりは公開劇場(規模)や巡り合わせが悪いのだが、これは終了直前に見てきた。結論から言うとやはりやや相性が悪いようで乗り切れなかった。アドリブがほとんどだと言うこの映画にストーリーについて文句をつけるのは間違っているだろう。それよりもこのスタイリッシュ銃撃戦に代表される雰囲気や登場人物たちが醸し出すダベリ感にはまれるかがポイントとなる。その意味でははまれなかった自分のような人物には語れることはあまりない。もちろん銃撃戦そのものは素晴らしい、それでも重さが足りず浮いていると感じしまう。音楽がライ・クーダー風味なのはウォルター・ヒル作品もサム・ペキンパーやセルジオ・レオーネから影響を受けているからだろうか、同じくライ・クーダー風だった「バベル」よりは必然性がある。

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登録日:2009年 02月 11日 23:43:41

「そして、私たちは愛に帰る」

<第60回カンヌ国際映画祭>コンペティション部門出品作品『Auf der Anderen Seite 』の上映会開催

【5月24日 AFP】第60回カンヌ国際映画祭(60th Cannes Film Festival)8日目を迎えた23日、『Auf der Anderen Seite』の上映会が行われた。
 
 トルコ系ドイツ人のファティ・アキン(Fatih Akin)監督が手がけた同作品は、コンペティション部門出品22作品のひとつとしてパルム・ドール(Palme d’Or)を狙う。(c)AFP

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そして、私たちは愛に帰る/AUF DER ANDEREN SEITE/THE EDGE OF HEAVEN

ドイツ生まれのトルコ系移民二世であるファティ・アキン監督による映画。三章構成となっているが、振り返って"ああ、そうだったのか"となるような強いつながりはない。一章と二章にはそれぞれ「~の死」となっていてこれが明るい映画ではないことが分かる。そしてここではやや意外な人があっけなく死んでゆく、それによって浮かび上がってくるのが母子関係である。この母子関係がやや特殊な感じがする。三章の最後では別の父子関係にうまい具合に収斂されてゆく。

この映画に登場する娘はわがままであり、母親は彼女に振り回される。それに対して息子は真面目だというのは監督の価値観の反映だとすると、少しずるい気もするが、彼の苦悩や弱さもきちんと描いていてラストへの流れも納得できるものになっている。

全体を通して印象に残るのは船に乗る場面。イスタンブールは海によってアジアとヨーロッパに分かれており、それを結ぶ意味もあって船が象徴的に使われるのではないかと思う。

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登録日:2009年 02月 09日 22:41:45

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

ブラッド・ピット、映画『ベンジャミン・バトン』フォトコールに登場

【1月23日 AFP】デヴィッド・フィンチャー(David Fincher)監督の映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生(The Curious Case of Benjamin Button)』のフォトコールが22日、フランス・パリ(Paris)で行われ、主演俳優のブラッド・ピット(Brad Pitt)が登場した。フランス公開は2月4日。(c)AFP


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ベンジャミン・バトン 数奇な人生/The Curious Case of Benjamin Button

ブラッド・ピットが老けた姿で生まれ次第に若返ってゆくデビッド・フィンチャー監督作品。上映時間は2時間47分と長いがこれはエピソードが多いと言うよりは所謂大河ドラマ演出のせいだろう。原作はフィッツジェラルドの短編、脚本は『フォレスト・ガンプ』のエリック・ロスなので手触りは似ている。一番の違いは『フォレスト・ガンプ』の主人公が時代と係わってゆく映画だったのに対して、『ベンジャミン・バトン』は主人公の個人史の側面が強いこと。世間との係わり合いでは第二次世界大戦、テレビに映るビートルズ、ベンジャミンの永遠の人であるデイジー(ケイト・ブランシェット)が"わたしがやっているのはクラシック・バレエではなくモダン・バレエなのよ"という場面くらいだ。さらに物語は死ぬ間際のデイジーが病院で過去を振り返るスタイルになっているのだが、ここはハリケーン・カトリーナが襲ってくる直前のニューオーリンズとなっているのに1927年の大洪水は無視している。同じことは音楽にも言え、時代に合わせて音楽が鳴るということはあまりない。ニューオーリンズという面白い土地に物語を設定しているのにこれは惜しい気がするが、ベンジャミンが時代を超えた存在であるということかもしれない。それはそれでいいのだがやや欠点があって段々身体が若返るベンジャミンの姿と実年齢の関係がよく分からなくなってくる。これは年代の区切り方が細かすぎるかもしれない。見ている側としては今の40代のブラッド・ピットと記憶の中の20、30代の基準に見ているので外見の変化はもっと大雑把でも良かった。それと死ぬ間際20年くらいの描写は少なすぎると思う。

ベンジャミンは若返ると言われるが、脳の様子や知識がどうなっているのかは不明。言い換えれば脳みその皺という奴が増えるのか減るのかはよく分からない。最後のほうではボケてゆき最後は自分が誰かも分からない状態で死ぬ。この辺の設定はもう少しはっきりとしていたほうが良かったかもしれない。80歳の身体で生まれたからには80歳でわけだが、そこにデイジーと関係が絡んでくる、見ているほうとしては俳優の実年齢の時点で曲線が交わると分かっているが、その時点から自分の老いとともにベンジャミンの退行を見なければいけないデイジーの辛さと、その姿を見て自分の行動を決めるベンジャミンにも感動するわけだ。

俳優ではブラッド・ピットはメイクに頼る部分も多いがそれに文句をつけるほどやぼではない。デイジーを演じられる女優は多くないだろうしケイト・ブランシェットは見事にこなしたものの、正直に言えば適役ではないと思う。それでも夜中の屋外のわずかな光で踊ってみせる場面はこの映画のハイライトのひとつ。『バベル』ではピットとブランシェット演じる夫妻の娘を演じたエル・ファニングが演じた6歳のデイジーは非常に印象に残る。ベンジャミンの母親役のタラジ・P・ヘンソンは役としてはもうけものだが、さほどいいとは思わなかった。しばしばブランシェットと比べられるティルダ・スウィントンはここではややコミカルな味付けて変化をつけている。

惜しいのが撮影、デジタルカメラだと思うのだが、ノスタルジーや暖かみを感じさせる場面が少ない本作では今ひとつ。とくにポンチャートレイン湖の場面が美しく思えないのが致命的だ。デビッド・フィンチャーの前作『ゾディアック』では気にならなかったがあれは終始冷たい画だからよかったのだろう。しかしフィンチャーが死を扱って生を見つめなおすというある種甘い映画を作るとは意外だ。親の死があったそうだが、その意味ではティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』に近いのかもしれない。フィンチャーのベストとは思わないがフィルモグラフィーの中にこんな作品があってもいい。また同時期に『レボリューショナリー・ロード』が公開されたことも興味深い。1920年代と50年代、アメリカにとって第二次世界大戦を挟んで全盛期といわれる二つの時代、20年代を代表するフィッツジェラルド原作の『ベンジャミン・バトン』と50年代を題材にした辛口の『レボリューショナリー・ロード』、こうした両極端なものがあってこそ幅が出るというものだ。個人的には現時点で『レボリューショナリー・ロード』の方が気に入っているのだが。

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登録日:2009年 02月 07日 22:13:48

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