2009年 05月

「消されたヘッドライン」

ラッセル・クロウ、映画『消されたヘッドライン』ワールドプレミアに登場

【4月22日 AFP】ケヴィン・マクドナルド(Kevin Macdonald)監督の政治スリラー映画『消されたヘッドライン(State of Play)』のワールドプレミア上映会が24日、英ロンドン(London)のレスタースクエア(Leicester Square)で開催され、出演者のラッセル・クロウ(Russell Crowe)、ヘレン・ミレン(Helen Mirren)が登場した。(c)AFP

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消されたヘッドライン / State of Play

現「ハリー・ポッター」シリーズの監督であるデヴィッド・イェーツの「セックス・トラフィック」と並ぶ代表作と思われる「ステート・オブ・プレイ~陰謀の構図~」の映画化。オリジナル・ドラマはNHK-BSで2008年秋のレギュラー放送と年末年始の集中放送があった。
http://www3.nhk.or.jp/kaigai/stateofplay/
(あらすじはネタバレ全開なので、映画との比較も容易)

ということでドラマを見始めたときには映画化の話は知っていた。中でも興味を持ったのは脚本家にピーターモーガンの名前があったことだった。言うまでもなく彼は映画版の監督ケヴィン・マクドナルド「ラストキング・オブ・スコットランド」の脚本家であり、これに出ていたジェームズ・マカヴォイはオリジナル・ドラマの出演者で、映画で編集長を演じるヘレン・ミレンはモーガンの出世作「クィーン」の主演女優だ。ところが米国公式HPが出来た時には彼の名前は脚本家のクレジットから外れ、マシュー・マイケル・カーナハン(「キングダム/見えざる敵」)、トニー・ギルロイ(「フィクサー」)、ビリー・レイ(「アメリカを売った男」)がクレジットされている。つまり何度かリライトされているわけだ。リライトが多い映画にいいものなしは定説だが、この映画の場合はオリジナル・ドラマと比較しても大筋には変更がない。つまり舞台をイギリスからアメリカに移し、問題企業を軍事企業に変更する以外はキャラクターや彼らの行動を整理するくらいなのではないか、その意味ではリライトと言うよりはブラッシュ・アップというほうがふさわしいのかもしれない。軍事企業になったことでリアリティは増した。というよりニュースでも見かける題材になったのだが、スケールアップしたようでいて、話としては小ぢんまりしたように感じた。とくに企業の悪事に関してはほとんど主人公の議員のセリフで説明してしまうのはかなりのマイナス。ビル・ナイからヘレン・ミレンになった編集長はやや性格が変わったようで、イライラしている姿ばかりが目立つ。オリジナル・ドラマでは上層部と現場の間を取り持つような男だったと記憶している。映画では新オーナーのことをやけに気にかけていている。そこには新聞の未来に対する不安があるのだが、あまり深いところまでは追求できていない。WEBと紙媒体の対立と言うのもありきたりだ。

オリジナル・ドラマはなかなか面白かった。ジェームズ・マカヴォイ、ケリー・マクドナルドと脇の二人はアカデミー賞ノミネート作品で見たばかりだったし、編集長がこれまたよく見かけるビル・ナイというのもよかった。文句をつけるとしたらラストか、それ自体はいいとしてそこまで引っ張りすぎなような気がしたのだ。これが1時間6回ではなく、2時間2回だったらもっと引き締まったものになっていたのではないかと思う。

初期にはエドワード・ノートンとブラッド・ピットが予定されていた主演にはラッセル・クロウとベン・アフレックが起用された。この二人が大学のルームメイトと言うのは無理があるのだが、間にベン・アフレックの妻を演じるロビン・ライト・ペンを置くとけっこうしっくり来て、それ以降は気にならなくなる。記者会見で浮気相手が死んだことを知り泣き崩れる場面はベン・アフレックの良さが出ている。ラッセル・クロウ登場時のBGMはポーグス風の曲、ここはニューヨークでもボストンでもないぞと思ったが、実際にはザ・チーフタンズの「ファイアー・イン・ザ・キッチン」に参加していたカナダのGreat Big Sea、誰も気付くようなバンドではないがラッセル・クロウ演じるカル・マカフリーの外様感はよく出ていると思う。オリジナル・ドラマではケリー・マクドナルドが演じた若手女性記者デラを演じるのはレイチェル・マクアダムス、実はこの二人同じ年。年齢不詳のマクドナルドはともかく、マクアダムスは本当に新人記者に見えてかわいいが、役者としてはそこから脱皮したいところか。せっかくいい配役をされているのになんとも惜しいのがドミニク・フォイ役のジェイソン・ベイトマン。オリジナル・ドラマではあんなことや、こんなことをされているかわいそうな人を、アメリカを代表するヘタレ役俳優が演じるので期待したのだが見せ場があまりない。やっぱりフォイはもっといたぶらないとダメだ。

新聞社内の様子なら昨年見た「クライマーズ・ハイ」の方が(ややわざとらしく描いているのだが)面白かったと思うが、あの映画の主題がそこにあるので仕方ない。この映画はどうしてもジャーナリズム問題とサスペンスのどちらつかずになっている部分があるので、映画化するならそのどちらかに特化するのもひとつの手だったと思う。オリジナル・ドラマなら1時間で終わるのでそういったことが気にならなかったが、2時間の映画としてみるとやや気になる。結局はその二つよりは登場人物たちの行動に焦点は置かれているのはオリジナル・ドラマからの流れだ。

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登録日:2009年 05月 26日 23:57:49

「天使と悪魔」

世界同時公開控える映画『天使と悪魔』、ローマでワールドプレミア

【5月5日 AFP】映画『ダ・ヴィンチ・コード(The Da Vinci Code)』の続編『天使と悪魔(Angels & Demons)』のワールドプレミアが4日、イタリア・ローマ(Rome)で開催された。(c)AFP

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天使と悪魔 / Angels & Demons

原作が長いのでカットされる部分が多かろうと事前に読んでから観賞。「ダ・ヴィンチ・コード」を見ていたのでハサシンをポール・ベターニに変換して読んでいた(ちなみに今作に出演しているステラン・スカルスガルドとベターニは知り合いで、ベターニとジェニファー・コネリーの息子はスカルスガルドの名前にちなんで名づけられた)。

「ダ・ヴィンチ・コード」が原作のダイジェストにとどまり、スケールダウンしているパートもあったのに対して、この「天使と悪魔」は小説のハイライトと言うべきところも含めて削るところはばっさりと削り、俳優による解説よりは行動、つまりはスピード重視の娯楽作だ。小説の柱であった親子関係(教会からの反発を恐れたのか)も削っている。その結果としてセルン研究所のパートもかなり省略され、ラングドンを呼び出すのもセルンではなくバチカン関係者となっている。そのためヴィットリアとラングドンがペアを組む必然性がやや弱くなっているのだが、事件が起こればその点は気にならなくなる。

スピード重視はいいとして、少々弱いと感じるのは物語ではなく画の見せ方で印象的なショットが足りないと思う。例えば刻印も思ったより小さく、(まあグロテスクになっても困るのだが)インパクトがない。小説では人が死にすぎだと思ったが、そこには工夫があるのはいい。既読者も楽しめるようにミスリードされるパートがあるのはいい。

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登録日:2009年 05月 24日 21:55:41

「ウォーロード/男たちの誓い」

第27回香港電影金像獎、ジェット・リー主演『The Warlords』が8部門受賞

【4月14日 AFP】香港のアカデミー賞とも称される「第27回香港電影金像獎(27th Hong Kong Film Awards)」授賞式が13日に開催され、ジェット・リー(Jet Li)主演、ピーター・チャン(Peter Chan)監督の映画『The Warlords』が最優秀作品賞、監督賞、主演男優賞を含む8部門を独占した。
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(c)AFP/Guy Newey

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ウォーロード/男たちの誓い The Warlords/投名状

ジェット・リー、アンディ・ラウ、金城武共演の歴史ドラマだが時代が清朝末期なので戦いは近代戦に近く、この3人が出ている「HERO」「LOVERS」のような優雅さやワイヤー・アクションはなく、リアル志向の戦争映画といっていい。これで映画賞を受賞しているジェット・リーの演技も大げさなアクションではなく、葛藤する男の姿を見せてくれる(やや声が高いのが気になる)。

という具合に戦争の悲惨さや厳しい判断とその先にある虚しさまで語られるのだが、やや物足りない。音楽が大げさで映画のトーンと合っていないし、"男とは~"といったナレーションが多用され心理描写が弱く感じられるのだ。それでもそれまでさんざん人を殺しておきながら最後に"戦いは虚しい"と唐突に言い出す「レッドクリフ」よりは何倍も説得力はある。それだけに語り口がもう少し工夫されていれば傑作になったはずだ。

俳優に関してはアンディ・ラウならこの程度は出来て当然だと思うが、金城武がラスト近くに空気が抜けた風船のようになる(急にバカになってように見える)のが残念。アンディ・ラウの奥さんを演じたシュー・ジンレイは地味目ながらも良かった。

なんでも今回見たのは国際バージョンで、もう少し長いバージョンもあるようだ。それでも心理描写が急に深くなるとは思えない。日本版のエンディングはTHE ALFEEが担当しているがさすがに高見沢の声も衰えてきているようだ。

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登録日:2009年 05月 22日 20:52:15

モバイル「サイドキックLX」の発売記念イベントにエミー・ロッサム登場

モバイル「サイドキックLX」の発売記念イベントにヒルトン姉妹ら登場

【5月19日 AFP】米カリフォルニア州ハリウッド(Hollywood)で14日、携帯電話会社T-モバイル(T-Mobile)のモバイル端末「サイドキックLX(Sidekick LX)」の発売記念パーティーが開催された。
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衣装はリーム・アクラ。エミーはウィーザーの演奏を楽しんだようです。このメイクだと顔が大きく見えるのよね。

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登録日:2009年 05月 20日 20:59:45

「デュプリシティ ~スパイは、スパイに嘘をつく~」

映画『デュプリシティ』ワールドプレミア上映、ジュリア・ロバーツ登場

【3月11日 AFP】映画『デュプリシティ ~スパイは、スパイに嘘をつく~(Duplicity)』のワールドプレミア上映会が10日、英ロンドン(London)のレスター・スクエア(Leicester Square)で開催され、出演者のジュリア・ロバーツ(Julia Roberts)、クライヴ・オーウェン(Clive Owen)らが出席した。(c)AFP



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デュプリシティ ~スパイは、スパイに嘘をつく~ / Duplicity

「ザ・バンク」でふれていたクライヴ・オーウェンの新作。これが予想以上に面白い。オーウェンの相手も薄味のナオミ・ワッツより濃い目のジュリア・ロバーツの方が合っている。事前の情報では元MI6とCIAで顔見知りの男女が企業スパイとなってまた対決という程度しか入れておかなかったのだが、6年前にドバイで二人が出会うところから始まる。ここでいきなり分割画面を使って、おしゃれなスパイ・アクションを思わせ、トニー・ギルロイ監督の前作「フィクサー」とはかなり違う印象を持たせる。ところが凝ったスローモーションで見せるのは二人が勤める会社トップ同士(トム・ウィルキンソンとポール・ジアマッティ)のケンカだ。そうこれはスパイ・アクションの皮を被ったコメディなのだ。なにせスパイを雇う会社がトイレタリーの会社というのだから、それ以外ありえない。元MI6とCIAがこんな会社に勤めているだけでおかしい。

そして現在のニューヨークに時世が移り6年ぶりに二人が、出会うことになる。そこに行くまでの尾行が「フレンチ・コネクション」みたいでまた楽しい。「チェイサー」の刑事も見習うべきだ。そして二人が出会ったときに交わす会話の妙、やがて二人の関係が実はこの6年の間に色々あったことが分かる。この付かず離れずの男女関係といえば、ジュリア・ロバーツがかつて一番得意としていたロマンチック・コメディと呼ばれたものと同じ手法である(もっとも本作はさほどロマンチックではないのだが)。仕事のためと言えほかの女性と寝たクライヴ・オーウェンに対して怒るジュリア・ロバーツの表情が最高だ。オーウェンが偽名にジェームスを使うのも面白い、この世代の英国人俳優はほとんど007候補と言われていたことを思い出す(本作にジュード・ロウが出ていたら面白いだろうなと思う場面がひとつある)。

本作の最後には騙しあいの末のオチが待っていて、これがかなり強引なのだが、観客を裏切るならこのくらいの方が気持ちいい。ただ巻き戻し映像の挿入はあまり効果的ではない。企業スパイの狙いはライバル会社の新製品で、これはマクガフィンにする手もあったと思うが終盤で内容が分かる。しかし登場人物に注目しているとそれが何であるかはある程度見当が付くと思う。むしろ会社トップ同士によるケンカの理由の方が謎のままになっていて、これをあれこれと想像するのも楽しいかもしれない。

脚本家でもあるトニー・ギルロイのパンフレット・インタビューによるとソダーバーグでクルーニー、スピルバーグでクルーズの可能性もあったという。クライヴ・オーウェンとジュリア・ロバーツは濃い顔をしていても、強烈な個性で画面を支配するようなタイプではないので、トム・ウィルキンソンとポール・ジアマッティを始めとした脇役がそこをうまく埋めていている。

「フィクサー」では"狙いは分かるけど、全体としてはやや難あり"という印象を受けたトニー・ギルロイだったが、コーエン兄弟が「バーン・アフター・リーディング」でやろうとしていたことが"堅物たちはは本当は間抜け、そんな彼らが真面目にやっている行動をコメディに落とし込む"という方法論であるとして、それをうまくやってのけたのはこちらではないかと思う。「BAR」の笑いがニヤニヤだとすると、こちらは声を出して笑ったり、プっと吹き出すと言えば違いを表現できるだろうか、ギルロイの次回作が楽しみになる一作。

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登録日:2009年 05月 11日 21:09:08

「バーン・アフター・リーディング」

『Burn After Reading』、トロント国際映画祭で上映

【9月8日 AFP】カナダ・トロント(Toronto)で開催中の第33回トロント国際映画祭(Toronto International Film Festival)で5日、コーエン兄弟の新作『Burn After Reading』が上映され、出演者のブラッド・ピット(Brad Pitt)、ティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)、ジョン・マルコヴィッチ(John Malkovich)らが会場に姿を見せた。(c)AFP/Getty Images

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バーン・アフター・リーディング / Burn After Reading

このコーエン兄弟の新作のポイントはなんと言っても既知感。身内のフランシス・マクドーマンド、過去作に出演済のジョージ・クルーニー、クルーニーの弟分であるブラッド・ピット、ピットとは「ベンジャミン・バトン」で共演していたティルダ・スウィントン、ピットのパートナーと「チェンジリング」で共演していたジョン・マルコヴィッチ。オスカー・クラスの俳優をこれだけ並べることができるのも監督の力量の一つだ。

コーエン兄弟は一つの作品の中にシリアスな部分とおかしな部分が同居しているタイプの作家だが、「ノー・カントリー」のようなシリアスな作品のあとなのでコメディ色が強く笑える。しかしそのこれを面白いと言わないと"分かってないなあ"と言われかれないタイプの面白さのような気もする。この映画の登場人物たちはすべてがバカ、というか自意識過剰か自分のことを過大評価している人間ばかりである。ことの発端からしてジョン・マルコヴィッチ演じるCIA局員の勘違いと自分への過大評価だ。そしてそんなドタバタ劇の後ろで流れる音楽だけがやけにシリアスで逆に"これはコメディですよ"と主張しているように感じられる。

口汚いジョン・マルコヴィッチや筋肉バカを演じるブラッド・ピットはたしかに面白い(それだけにピットの退場場面はやや意外だった)。ただ何か消化不良に感じられてしまう。ほとんどがあて書きだというキャラクター自体は面白いのに、各キャラクターが絡んでもあまり効果的ではないようだ。メーンの5人以外ではフランシス・マクドーマンドに密かに思いを寄せるリチャード・ジェンキンズが印象に残る。彼はキャラクターをうまく演じたと言うよりは与えられた役をうまくこなしたからそう感じられるのだろう。初の(?)「扉をたたく人」でオスカーにノミネートされたが、コーエン兄弟の人を見る目はさすがということか。

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登録日:2009年 05月 10日 23:37:37

<09年コスチューム・インスティテュート・ガラ>にエミー・ロッサム出席

<09年コスチューム・インスティテュート・ガラ>会場を彩る豪華なゲストたち

【5月8日 MODE PRESS】米ニューヨークのメトロポリタン美術館(Metropolitan Museum of Art)コスチューム・インスティチュート(Costume Institute)で4日、ミューズとしてのモデルとファッションの関連性に焦点をあてた展覧会「The Model as Muse: Embodying Fashion」のガラパーティが開催された。
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この時期恒例のメトロポリタン美術館・コスチューム・インスティテュート・ガラ、エミーは過去にも出席しています。
http://www.actiblog.com/emfanphoto/56853
Twitterによると「リアーナとても素敵で、わたしとレイトン・ミースターに声かけてくれたわ」って二人より年下なんですけどね。ちなに二人が写ったショット「Just Leighton」にありました。ちなみにリアーナが公の場に登場したのはグラミー賞キャンセル以来初のようです。

ブレイク・ライヴリーとレイトン・メーステル
http://www.afpbb.com/article/entertainment/fashion/2600331/4112569

ほかにふれているのはシンディ・クロフォード、(親戚の?)ヴェラ・ウォンボノカニエ・ウェストなど。
ちなにも衣装はエミーがキャロライナ・ヘレラ、レイトンがルイ・ヴィトンです。相変わらず腰のラインが最強。

ヴェラ・ウォンとレイチェル・ワイズ
http://www.afpbb.com/article/entertainment/fashion/2600051/4112871

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登録日:2009年 05月 09日 00:03:56

「チェイサー」

第61回カンヌ国際映画祭、『The Chaser』上映に

【5月18日 AFP】現在開催中の第61回カンヌ国際映画祭(Cannes Film Festival)で17日、コンペティション部門外作品『The Chaser』の上映会が開催され、レッドカーペットに監督・出演者らが登場した。(c)AFP

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チェイサー / 追撃者

注目の韓国映画。一応連続猟奇殺人事件だが、犯人はすぐに捕まってしまい、そこからが長いというか話が展開する。犯人が主人公や警察組織を操る様子が面白い。その意味ではサイコ・サスペンスと言ってもいい。犯人と分かっているのは見ているこちらだけで映画のなかの主人公や警察は分かっていないのでやきもきする感じが効果的だ。

この手の韓国映画でいいのは主人公が完全無欠のヒーローではない点だ。この映画でも主人公ジュンホ(キム・ユンソク)は元刑事のデリヘル経営という存在で、たった一人の部下も頼りない若造だ。対するのは殺人鬼ヨンミン(ハ・ジョンウ)、バック・グランドは分からないが主人公よりはスマートだ。話は以前いなくなったデリヘル嬢に関する情報を捜していたジュンホが、犯人らしい男の携帯番号をつきとめたところから始まる。その番号からの電話が入り、かぜで休んでいたミジン(ソ・ヨンヒ)を行かせる。ジュンホはミジンにメールで連絡を取るように言うが、家に行って浴室からメールをしようとすると圏外で出来ない。この浴室こそがヨンミンが用意した殺しの現場なのだがまずその汚さがリアルで、不気味さを増幅させる。ヨンミンはミジンをノミで殺そうとするが、直前にじゃまが入る。それでも観客はこのときにミジンが死んだと思うのだが、その後にそれは違うと分かる。

ジュンホとヨンミンが運転する車が衝突すると言うやや拍子抜けの展開から、ジュンホはその男が自分の追っている男だと分かり、街中を追いかけ格闘し捕まえる。この追いかけっこがいい、なにも屋根をいくつも飛び越えなくてもいい逃走シーンは出来るのだと再認識させられた。この時点でジュンホはデリヘル嬢がヨンミンに殺されているとは思わずにあくまでも売り払われたと思いて、ヨンミンの正体を知っているこちらからすると滑稽に映る。やがて二人が行った警察でヨンミンは自分が連続殺人犯だと証言し、ミジンはまだ生きていると言う。ここで観客はミジンの身の上にさらなる恐怖が襲い掛かることになることに気付く。

この映画の警察は少々情けない。ジュンホが刑事を辞めた理由も内部のゴタゴタが原因だし、応援を頼んだ先輩は市長を警備していて、その市長はクソを投げられ、その事件を扱っているという有様だ。ヨンミンは逮捕状なしで捕まえたために12時間以内に明確な証拠が必要となるが、ヨンミンは詳しい供述をしない。実は彼は過去にも証拠不十分で釈放されている。この警察を操る姿がレクター博士を連想させるが、完璧なプロのレクターとは違いヨンミンの行動は行き当たりばったりに見える。それが通じてしまうのが韓国の警察の甘いところだと監督は言いたいのだろう。

後半の見所はジュンホとヨンミンの直接対決だけでなく、ヨンミンの行方が話の大きな柱になっている。何回も絡み合わなかった糸が最後にピタッと絡み合う瞬間までかなりの緊張感を持ってこちらに訴えかけてくる。しかしその一方で後半になるとやや話が雑になっている部分もあるのが惜しい。長編デビュー作としては申し分ないが、毎回そうした点が解消されない恐れもある。

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登録日:2009年 05月 08日 00:15:05

「チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室」

「第15回ウーマン・イン・ハリウッド」授賞式、豪華女優陣が出席

【10月7日 AFP】映画界で活躍する女性をたたえる賞「第15回ウーマン・イン・ハリウッド(Women In Hollywood)」の授賞式が6日、ファッション誌「エル(ELLE)」主催により米カリフォルニア(California)州ビバリーヒルズ(Beverly Hills)にあるフォーシーズンズホテル(Four Seasons Hotel)で行われた。
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(c)AFP/Getty Images

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チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室 / Charlie Bartlett

学園映画によく出てくるものに学園内ドラッグ・ディーラーというのがある。東京の高校が舞台だった「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」ではたしか売るものがドラッグでなく電気製品にすることでパロディになっていたと思う。この映画では主人公は頭が良すぎるのか副業に色々なことをやって私立校を退学になり公立校へ転校させられる。その高校では、転校初日にボコボコにされた不良と組んでドラッグ販売と悩み相談で金を稼ぐことになる。もちろん途中で話は良くないほうに進み、この商売は挫折する。でも相談は続けるというのがにくい。

主人公のチャーリーがどうしてドラッグを入手できるかというと精神科医のホーム・ドクターがいるので先生に嘘の症状を言えばいくらでも入手可能という素晴らしい家庭だからだ。つまりここでこの家庭が壊れかけていることが分かる。母親の状態はときに不安定で父親はいない。チャーリーが必死に父親の存在を否定する場面がいじらしい。

チャーリーが気にかける女子生徒スーザンは校長の娘で、事なかれ主義の校長を演じるのはロバート・ダウニーJr.で、シングル・ファーザーの彼はアル中気味。青春映画でデビューし、チャーリー・チャップリン(主人公の名前に注目)の伝記映画でアカデミー賞にノミネートされながらも、度々のドラッグ問題でキャリアを台無しにしかけた本人そのままなので苦笑してしまう。

チャーリーとスーザンの関係、終盤にあるチャーリーの演説、生徒の誰もが他人から見れば小さなことで悩んでいるなど学園映画のフォーマットから大きく外れないが悪くはない。とくにチャーリーと校長との直接対決は変な方向に行きそうな場面もあって面白かった。

チャーリーを演じたアントン・イエルツィンはこの手の真面目な役しか出来そうそうもないかなと思ったら、今年の夏の大作「スター・トレック」と「ターミネーター4」に出ているそうだ。母親役のホープ・デイヴィスは「アメリカン・スプレンダー」の人、この二つしか見てなければ同一人物だとは気付くまい。スーザン役のカット・デニングスは少し腫れぼったい目から厚めの唇までのラインは誰に似ているかというと、他でもないエミー・ロッサムに似ている(少なくてもエミーとアン・ハサウェイよりは似ている)。ただしデニングスの方が気だるく、醸し出す空気はかなり違うので、引きで見ればエミーにあまり似ていなく、むしろ彼女の方が肉感的だ。

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登録日:2009年 05月 05日 22:21:56

「スラムドッグ$ミリオネア」

トロント国際映画祭、観客賞に『スラムドッグ・ミリオネラ』

【9月14日 AFP】カナダ・トロント(Toronto)で開催中の第33回トロント国際映画祭(Toronto International Film Festival)で13日、最高賞の観客賞(People's Choice Award)に英国のダニー・ボイル(Danny Boyle)監督の『スラムドッグ・ミリオネラ(Slumdog Millionaire)』が選ばれた。
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(c)AFP

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スラムドッグ$ミリオネア / Slumdog Millionaire

小説「ぼくと1ルピーの神様」を読んでから予告を見ると、かなり脚色されていることが分かる

(1)原作は「クイズ・ミリオネア」じゃない
権利関係でもめることを避けたのか「ミリオネア」ではなく、二番煎じのクイズ番組となっている。そのために運転資金が足りなくて番組開始時には最高金額の賞金を出さず、人気番組となって余裕が出来たらそれを出すことにしているために主人公が正解すると困ると言うことになっている。ちなみに映画の製作に名を連ねているCeladorはオリジナルの「ミリオネア」を作った会社なので何の問題もない。
(2)主人公の名前が違う
小説はではラム・ムハンマド・トーマスとなっており、この名前自体がヒンドゥー、イスラム、キリストと3つの宗教が混ざり合っていて、その由来に関する章もきちんとある。これからも分かるように原作にはインドにおける宗教問題が度々出てくる。
(3)捜しているのは恋人ではなく、友人
もちろん主人公が思いを寄せる人はいるが、全体の流れでは友人の方が重要。ちなみに映画とは違い、きょうだいはいない。

ダニー・ボイル監督以外は無名と言われるが、音楽のA・R・ラフマーンはインド映画に詳しくない人間でも名前くらいは知っている。アメリカでインド系の俳優と言えば先ごろホワイトハウス入りを宣言して俳優を休業すると宣言したカル・ペンが有名だろうが、この映画には彼が主演した「その名にちなんで」でペンの父親を演じたイルファーン・カーンが主人公を取り調べる警官を演じている、彼は「マイティ・ハート」や「ダージリン急行」にも出演しているので見たことがある人もいるだろう。

オープニングで主人公のジャマールが警察で尋問を受け、拷問までされる。そして少年時代のスラムの話へと流れる。ここで連想する映画はブラジルの「シティ・オブ・ゴッド」だが、あれほど殺伐とはしていない。映像は生き生きとしているがそんなには生々しくはない。そこがイギリス人スタッフによるインドを舞台にしたという外部からの視点の映画らしくて悪くない。街や列車の中を走る場面の数々は印象的で見所のひとつになっている。全体として驚きはないがテンポよく見せてしまうだけのものはある。ジャマールの便所ダイヴ、ウンコまみれの画だけで映画史に残る。

原作と違いジャマールにはサリームという兄がいて、思いを寄せるラティカに幼い頃に知り合っている。ラティカの設定はあまり成功していないように思うが、兄を持ってきたのは成功している。兄弟で善と悪を分けるという設定はよくあるが、ここで純粋にラティカを追い求める弟の姿がある種のファンタジーであることを示している(ちなみに原作を読んでの感想はインド版わらしべ長者だった)。逆に言えスラムから上り詰めても兄のようにギャングになるのが精一杯なのだろう。青年ジャマールの顔は穏やかというか修羅場を乗り越えてきた人間にしては陰がないのだが、案外そんなものかもしれないし、このファンタジーの中ではこれでもいい。この映画の成功に対して、映画の内容やスラム在住の子役に関して色々とネガティブな報道がされ、事態は単純でないと思うが、「未来を写した子どもたち」の感想にも書いたように可能性を奪い取ることだけはやめてほしい。

全体のストーリーとしては原作の荒唐無稽な部分を削っているのはいいとしても、あの人とあの人が実はつながっていたと言うような面白味はなく。流れとしては一方通行なのは少々残念。多くの人が街頭テレビで見守る最後の問題が比較簡単な問題なのには少々白けるが、電話がつながるかのスリルとラティカの答えているときの清々しい表情がとても良い。あとこの映画は英語字幕の付け方がけっこうおしゃれだ。

A・R・ラフマーンの音楽は最上のものとは思わないがいい仕事をしている。最後の"Jai Ho"も映像込みだと盛り上がる。でも歌詞を付けたほうがよかった。ラティカのテーマ?はエンヤの"May It Be"に似ている。M.I.A.の曲も後から2008年を振り返ればグラミー賞にノミネートされたどの曲よりも記憶に残ることになるだろう。それにしても自分の習慣とは言えエンドロールを見ないで席を立つ人がいるのはもったいなさ過ぎる。ただでさえ面白いのに、小さなジャマールとラティカにまた会えるのだから。

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登録日:2009年 05月 03日 22:32:28

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